健康診断で「血圧が高い」と指摘された一方で、動悸や体重減少、暑がりで汗をかきやすいといった症状に心当たりがある場合、その血圧上昇の背景に甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)が隠れていることがあります。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、心臓や血管の働きが直接変化し、通常の本態性高血圧とは異なる特徴的な血圧パターンが現れます。この記事では、甲状腺機能亢進症がなぜ血圧に影響するのか、その仕組みと見分け方、治療による変化を整理します。
甲状腺ホルモンが血圧を変える仕組み
甲状腺ホルモン(T3・T4)は全身の代謝を調整するホルモンですが、心臓と血管には特に強く作用します。日本甲状腺学会認定専門医による解説では、甲状腺ホルモン過剰による血圧上昇には主に3つの経路が関わるとされています。第一に、甲状腺ホルモンが心筋を直接刺激し、心拍数と心収縮力を高めて心拍出量を増やすこと。第二に、交感神経系が活性化され、心臓への刺激がさらに強まること。第三に、腎臓でレニン・アルドステロン系が活性化し、ナトリウムの再吸収が進んで体内の循環血液量が増えることです(出典:長崎甲状腺クリニック「甲状腺の血圧管理、高血圧、降圧薬」)。
一方で甲状腺ホルモン(T3)は血管平滑筋に直接作用し、血管を弛緩させる働きも持っています。この作用により末梢血管の抵抗はむしろ低下するため、甲状腺機能亢進症では「収縮期血圧は上がるが拡張期血圧は下がりにくい、あるいはやや低下する」という特徴的なパターンが生まれ、上下の血圧差(脈圧)が広がりやすくなります。
どのくらいの人に血圧上昇が起こるのか
甲状腺機能亢進症の患者のうち、高血圧を合併する割合は研究によって幅がありますが、およそ36〜59%程度と報告されています(出典:Medical News Today「Can hyperthyroidism cause high blood pressure?」)。決してまれな組み合わせではなく、動悸・体重減少・発汗過多・手指の震え・暑がりといった甲状腺機能亢進症に特徴的な症状を伴う血圧上昇では、原因を甲状腺の病気に求める視点が重要です。まれに甲状腺クリーゼ(甲状腺機能亢進症の急性増悪)を起こすと、急激な血圧上昇を伴う高血圧クリーゼとなり、集中治療室での管理が必要になることもあります(出典:NCBI Bookshelf StatPearls「Hyperthyroidism」)。
診断のポイント
甲状腺機能亢進症の診断は、血液検査でTSH(甲状腺刺激ホルモン)が抑制され、遊離T4・T3が上昇していることで確定します。バセドウ病が原因の場合は、TRAb(TSH受容体抗体)が陽性となることが多く、これも重要な手がかりです。甲状腺の腫れ方や超音波検査での血流の増加、必要に応じた甲状腺シンチグラフィー(放射性ヨウ素摂取率検査)によって、バセドウ病か、無痛性甲状腺炎か、機能性結節(プランマー病)かといった原因の鑑別が行われ、それぞれ治療方針が異なります。血圧が高いだけでなく、原因不明の頻脈や体重減少を伴う場合には、通常の降圧薬治療の前に甲状腺機能を確認することが推奨されます。
- 安静にしていても脈が速い(頻脈)が続く
- 暑くないのに汗をかきやすい、暑がりになった
- 食欲はあるのに体重が減ってきた
- 手指の震え、そわそわ感、動悸を感じる
これらの症状が血圧上昇と同時にみられる場合は、循環器内科だけでなく内分泌代謝内科(甲状腺専門外来)の受診も検討してください。二次性高血圧の原因はほかにも複数あり、本態性高血圧と二次性高血圧の違いでは全体像を、原発性アルドステロン症と高血圧では別のホルモン性の原因についても解説しています。
放置した場合の心血管リスク
甲状腺機能亢進症を治療せずに放置すると、血圧上昇だけでなく心臓そのものへの負担も蓄積していきます。慢性的な頻脈状態が続くことで心房が刺激され続け、心房細動という不整脈を発症するリスクが高まることが知られています。心房細動は動悸や息切れの原因になるだけでなく、心臓内に血栓ができやすくなり、脳梗塞のリスクを高めることにもつながります。また、心拍出量が増加した状態が長期間続くと、心臓に負荷がかかり続けることで心不全(高拍出性心不全)に至ることもあります。血圧の数値だけを見るのではなく、脈の速さやリズムの乱れにも注意を払うことが大切です。
治療で血圧はどう変わるか
甲状腺機能亢進症に伴う血圧上昇に対しては、まず甲状腺ホルモンそのものの治療(抗甲状腺薬、放射性ヨウ素治療、手術など)が土台になります。症状を早期に緩和する目的では、喘息などの禁忌がなければβ遮断薬が第一選択とされ、使用できない場合はカルシウム拮抗薬(ジルチアゼムなど)が代替として用いられます。反対に、サイアザイド系利尿薬は体内の水分・塩分がすでに失われやすい状態をさらに悪化させる可能性があるため、慎重な判断が必要です(出典:長崎甲状腺クリニック)。甲状腺機能が正常化すると血圧も改善する例が多く報告されていますが、必ずしも全員が正常化するわけではなく、甲状腺の治療後も血圧が高い状態が続く場合は、通常の高血圧としての管理が必要です。特に高齢で発症した甲状腺機能亢進症や、治療開始までの罹病期間が長かった場合は、血管や心臓の変化がすでに進んでいることがあり、甲状腺の治療が終わった後も定期的な血圧測定を継続することが勧められます。
2025年8月に改訂された日本高血圧学会のJSH2025では、全年齢を通じて診察室血圧130/80mmHg未満を降圧目標とする方針が示されており、甲状腺機能亢進症に伴う高血圧についても、原疾患の治療と並行してこの目標を意識した血圧管理が求められます(出典:CareNet.com「JSH2025発刊」)。
通常の高血圧との違いと受診の目安
一般的な本態性高血圧は、加齢や塩分の摂りすぎ、肥満、遺伝的な要因などが積み重なって徐々に進行することが多く、自覚症状がほとんどないまま健診で見つかるケースが大半です。これに対して甲状腺機能亢進症に伴う血圧上昇は、動悸・体重減少・発汗過多・手指の震えといった甲状腺の症状を伴い、比較的短期間で血圧が変化してくることが特徴です。降圧薬を新しく始めても効果が乏しい、あるいは脈が異常に速い状態が続くといった場合には、甲状腺機能の検査を一度受けてみる価値があります。
特に女性では、バセドウ病をはじめとする甲状腺疾患の頻度が男性より高いことが知られています。産後や、もともと甲状腺疾患の家族歴がある方で、急に動悸や体重減少とともに血圧が上がってきたと感じる場合は、二次性高血圧の可能性を念頭に、早めに医療機関を受診することをおすすめします。診断がつけば、甲状腺の治療と血圧管理を並行して進めることで、多くの場合は良好にコントロールできます。
治療中・治療後の血圧の測り方
甲状腺機能亢進症の治療を始めた後は、薬の効き具合や甲状腺機能の変化に伴って血圧が短期間で変動しやすくなります。医療機関での測定だけでなく、自宅で朝と晩に血圧を測り、記録をつけておくと、主治医が甲状腺の治療効果と血圧の関係を判断しやすくなります。測定は起床後1時間以内・排尿後・座って1〜2分安静にしてから行い、就寝前にも同様に測定するのが基本です。脈拍数もあわせて記録しておくと、頻脈の改善具合を確認する手がかりになります。抗甲状腺薬の減量や中止を検討する時期は主治医の判断によりますが、自己判断で服薬を中断すると甲状腺機能亢進症が再燃し、血圧や脈拍が再び不安定になることがあるため注意が必要です。
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この記事の監修者
鎌形博展株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
救急医療の最前線で培った臨床経験をもとに、現在は医療法人社団季邦会(首都圏7拠点)の理事長として、高血圧・糖尿病・脂質異常症など生活習慣病の診療にあたっています。日々の診療で得た知見を本メディアの監修に活かしています。
専門科目
所属・資格
- 日本救急医学会
- 日本災害医学会所属
- 社会医学系専門医指導医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
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研究実績
- 災害医療救護訓練の科学的解析に基づく都市減災コミュニティの創造に関する研究開発 佐々木 亮,武田 宗和,内田 康太郎,上杉 泰隆,鎌形 博展,川島 理恵,黒嶋 智美,江川 香奈,依田 育士,太田 祥一 救急医学 = The Japanese journal of acute medicine 41 (1), 107-112, 2017-01
- 基礎自治体による互助を活用した災害時要援護者対策 : Edutainment・Medutainmentで創る地域コミュニティの力 鎌形博展, 中村洋 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 修士論文 2016
メディア出演
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