「家庭で測った血圧と、病院で測ってもらった血圧が違うのですが、どちらを信じればいいですか」。血圧の学校にもよく届く質問です。診察室では緊張して高めに出る、逆に家ではのんびりしていて低めに出る——多くの方は「病院で測る血圧のほうが正式な数値」だと感じているかもしれません。しかし近年の大規模な追跡研究は、むしろ逆の答えを示しています。将来の脳卒中や心臓病のリスクをより正確に映し出すのは、日々の家庭血圧の記録のほうだという結果が、繰り返し確認されているのです。
結論から言うと、家庭血圧は「診察室血圧の代わりに測る簡易版」ではありません。何年もかけて数千人規模の集団を追跡した研究によって、家庭血圧の高さや測定ごとのばらつきそのものが、脳卒中や心不全、心筋梗塞といった重大な病気の発症を予測する独立した手がかりであることがわかってきました。この記事では、日本発の代表的な研究をもとに、家庭血圧がなぜこれほど重視されるようになったのか、そして2025年に改訂されたガイドラインが示す目標値と測り方の要点を整理します。
家庭血圧と診察室血圧は、なぜ同じ人でもずれるのか
血圧は本来、一日のうちでも大きく変動する数値です。起床直後は交感神経が優位になって高くなりやすく、リラックスした夜間には下がるのが自然な動きです。診察室での測定は、多くの場合ひと月に一度、しかも受診という非日常の場面での一回きりの数値にすぎません。白衣を着た医師や看護師を前にすると血圧が上がる「白衣効果」が働く人もいれば、反対に病院ではリラックスしてしまい、実際の生活の中ではもっと血圧が高い人もいます。どちらの場合も、診察室での一回の測定だけでは、その人の本当の血圧水準を捉えきれません。
これに対して家庭血圧は、同じ環境・同じ姿勢で、朝と夜、日を変えて何度も測定を積み重ねます。一回ごとの数値のブレは大きくても、何日分もの記録を平均すれば、その人本来の血圧水準にかなり近づきます。統計的に言えば、測定回数が増えるほど測定誤差は打ち消し合って小さくなっていくため、家庭血圧の平均値は診察室での一回の測定よりも「その人の真の血圧」を反映しやすいのです。加えて、脳卒中や心筋梗塞は起床後数時間の「モーニングサージ」と呼ばれる血圧の急上昇の時間帯に多く起こることが知られており、この時間帯の血圧は診察室では原理的に測定できません。家庭血圧、特に朝の測定値だけが、この危険な時間帯の血圧を映し出せるのです。
大迫研究が示した「家庭血圧の力」
家庭血圧の重要性を世界に先駆けて示したのが、岩手県大迫町(現・花巻市)で1986年に始まった地域住民研究、通称「大迫研究」です。2026年で開始から40年を迎えるこの研究は、一つの地域に住む人々の家庭血圧を長期間にわたって記録し続け、その後の健康状態を追跡するという、当時としては非常に地道な手法をとりました(出典:オムロン ヘルスケア「大迫研究40周年」プレスリリース)。
この大迫研究のデータを用いた解析の一つでは、脳卒中の既往がない35歳以上の住民2,368人を平均9.4年間追跡し、174件の脳卒中・一過性脳虚血発作が確認されました。血圧が「正常高値」に相当する人たちを、家庭血圧による分類と、診察室で測った血圧(スクリーニング血圧)による分類の両方で比較したところ、家庭血圧で正常高値に分類された人は、そうでない人に比べて脳卒中のリスクが有意に高いという結果が出ました(相対ハザード1.91、95%信頼区間1.04〜3.51)。ところが同じ集団を診察室血圧の分類で見た場合には、この差は統計的な意味を持ちませんでした(出典:Kikuya M, et al.「Proposal of a Risk-Stratification System for the Japanese Population Based on Blood Pressure Levels: The Ohasama Study」Hypertension Research)。つまり、診察室での数値だけを見ていたら「特に問題なし」と判断されてしまうような人の中に、家庭血圧で見ると将来の脳卒中リスクが高い人が隠れていた、ということです。この知見は、国際的に広く使われている家庭血圧の高血圧診断基準「135/85mmHg以上」の確立にもつながりました。
治療を受けている人でも、家庭血圧が将来を左右する―HONEST研究
「もう薬を飲んで治療しているのだから、細かい数値の変動は気にしなくてよいのでは」と思う方もいるかもしれません。しかし、すでに降圧薬による治療を受けている患者を対象にした研究でも、家庭血圧の水準は将来のリスクと強く結びついていることがわかっています。全国の医療機関で降圧治療を受けている患者21,591人を対象に、朝の家庭血圧と心血管イベントとの関係を平均2.02年間追跡した「HONEST研究」では、心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントが280件発生しました(発生率は1,000人年あたり6.46件)。解析の結果、朝の家庭収縮期血圧が1mmHg上がるごとに、心血管イベントのリスクはおよそ3.9%ずつ高くなるという関係が確認されています(出典:Kario K, et al.「Home blood pressure and cardiovascular risk in treated hypertensive patients: the HONEST study」Hypertension Research)。
さらに興味深いのは、平均的な血圧の高さだけでなく、日によるばらつきの大きさそのものもリスクに関わっていた点です。HONEST研究では、朝の家庭収縮期血圧の平均が145mmHg以上あり、かつ測定日ごとの変動幅も大きかった群は、血圧が安定して低い群に比べてリスクが4倍を超えていました(ハザード比4.63)。同じ「平均血圧145mmHg以上」でも、日々のばらつきが小さい群ではここまでのリスク上昇は見られていません。治療を受けて血圧が下がったように見えても、測定するたびに数値が大きく上下しているようであれば、それ自体が体の血管や自律神経の状態を反映するサインである可能性がある、ということです。
白衣高血圧・仮面高血圧を見分けられるのは家庭血圧だけ―J-HEALTH研究
診察室血圧と家庭血圧を組み合わせて見ることの意味を、さらにはっきりと示したのが「J-HEALTH研究」です。降圧治療を受けている高血圧患者4,596人(平均年齢60.8歳)を平均3.5年間追跡し、診察室血圧と家庭血圧の組み合わせによって4つのグループに分けて心血管リスクを比較しました。両方とも目標範囲に収まっている「良好コントロール群」を基準にすると、診察室・家庭血圧のいずれも高い「コントロール不良群」のリスクはおよそ2.05倍でした。注目すべきは、診察室血圧は目標範囲内なのに家庭血圧だけが高い、いわゆる仮面高血圧の患者群で、リスクがおよそ2.00倍と、コントロール不良群に迫る高さを示したことです(出典:「The Importance of Home Blood Pressure Measurement for Preventing Stroke and Cardiovascular Disease in Hypertensive Patients: A Sub-Analysis of the J-HEALTH Study」Hypertension Research)。この研究の症例数は大規模とは言えず、信頼区間には幅があるため一つの研究だけで断定はできませんが、大迫研究をはじめとする他の研究と同じ方向を向いた結果として重要視されています。
一方で、診察室血圧は高いのに家庭血圧は正常範囲に収まっている白衣高血圧の患者群では、リスクの上昇ははっきりとは見られませんでした。診察室での数値だけを基準に薬を強めてしまうと、実際にはそれほどリスクの高くない人に対して、必要以上の治療を行うことにもなりかねません。診察室血圧という一つの物差しだけでは、リスクを見逃すことも、逆に過大評価してしまうこともある——だからこそ、日々の家庭血圧を組み合わせて見る必要があるのです。
2025年版ガイドラインが示す目標値と、記録を続けるコツ
こうした研究の積み重ねを受けて、日本高血圧学会のガイドラインは版を重ねるごとに家庭血圧の位置づけを高めてきました。2025年に発行された最新の『高血圧管理・治療ガイドライン2025』では、年齢による目標値の違いをなくし、原則としてすべての年代で診察室血圧130/80mmHg未満、家庭血圧125/75mmHg未満を目指すことが示されています(出典:ケアネット「全年齢で130/80mmHg未満を目標に、『高血圧管理・治療ガイドライン2025』発刊/日本高血圧学会」)。診察室血圧よりも家庭血圧の目標値のほうが低く設定されているのは、白衣効果を差し引いた「素の血圧」により近い数値だと考えられているためです。
2025年版ガイドラインでは、こうした日々の記録を続けやすくする工夫として、血圧管理アプリなどのデジタル技術の活用も新たに盛り込まれました。紙の血圧手帳に手書きで記録する方法ももちろん有効ですが、スマートフォンと連動する血圧計や記録アプリを使えば、朝晩の数値を自動的にグラフとして残すことができ、受診の際にも医師と一緒に数週間単位の変化のパターンを確認しやすくなります。大切なのは記録の形式そのものよりも、数値の変化を継続的に振り返る習慣を持つことです。
数値の意味を理解したうえで大切なのは、正しい方法で、無理なく記録を続けることです。測定のタイミングや姿勢、カフの巻き方によって数値は簡単に変わってしまうため、具体的な手順は血圧の正しい測り方の記事も参考にしてください。一日だけ良い数値が出た、あるいは悪い数値が出たことに一喜一憂するのではなく、数週間単位での平均的な傾向として自分の血圧を捉える視点が、ここまで見てきた研究の結果からも裏付けられています。
まとめ
家庭血圧は、単に病院に行けない日の代わりに測る数値ではなく、長年の追跡研究によってその予測力が裏付けられてきた、独立した重要な指標です。今回取り上げた研究からは、次のような点が見えてきます。
- 大迫研究:診察室血圧では正常に見えても、家庭血圧が高ければ脳卒中リスクは上がる
- HONEST研究:治療中でも、朝の家庭血圧の高さと日々のばらつきの大きさがリスクに関わる
- J-HEALTH研究:仮面高血圧のリスクはコントロール不良に近く、白衣高血圧は過大評価されやすい
特に仮面高血圧は自覚症状がなく、健康診断や外来で測る血圧だけでは見つけることが難しいタイプの高血圧です。「たまたま受診した日の血圧が正常範囲だったから安心」と考えるのではなく、体調に変化がないときでも家庭血圧を定期的に確認しておくことが、将来のリスクにできるだけ早く気づくための手がかりになります。
診察室での数値だけで一喜一憂せず、家庭での記録を積み重ねていくこと。それが、将来の脳卒中や心臓病を防ぐための、地道でありながら確かな一歩になります。ご自身の目標値や治療方針については、記録した家庭血圧の推移を持参のうえ、かかりつけ医と相談しながら決めていくとよいでしょう。
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この記事の監修者
鎌形博展株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
救急医療の最前線で培った臨床経験をもとに、現在は医療法人社団季邦会(首都圏7拠点)の理事長として、高血圧・糖尿病・脂質異常症など生活習慣病の診療にあたっています。日々の診療で得た知見を本メディアの監修に活かしています。
専門科目
所属・資格
- 日本救急医学会
- 日本災害医学会所属
- 社会医学系専門医指導医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
- ICLSプロバイダー(救命救急対応)
- ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
- Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
- FCCSプロバイダー(集中治療対応)
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研究実績
- 災害医療救護訓練の科学的解析に基づく都市減災コミュニティの創造に関する研究開発 佐々木 亮,武田 宗和,内田 康太郎,上杉 泰隆,鎌形 博展,川島 理恵,黒嶋 智美,江川 香奈,依田 育士,太田 祥一 救急医学 = The Japanese journal of acute medicine 41 (1), 107-112, 2017-01
- 基礎自治体による互助を活用した災害時要援護者対策 : Edutainment・Medutainmentで創る地域コミュニティの力 鎌形博展, 中村洋 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 修士論文 2016
メディア出演
- フジテレビ 『イット』『めざまし8』
- 共同通信
- メディカルジャパン など多数
参考文献
- Kikuya M, et al.「Proposal of a Risk-Stratification System for the Japanese Population Based on Blood Pressure Levels: The Ohasama Study」Hypertension Research
- Kario K, et al.「Home blood pressure and cardiovascular risk in treated hypertensive patients: the HONEST study」Hypertension Research
- 「The Importance of Home Blood Pressure Measurement for Preventing Stroke and Cardiovascular Disease in Hypertensive Patients: A Sub-Analysis of the J-HEALTH Study」Hypertension Research
- 日本高血圧学会「高血圧管理・治療ガイドライン2025」(2025年8月29日発行)
- ケアネット「全年齢で130/80mmHg未満を目標に、『高血圧管理・治療ガイドライン2025』発刊/日本高血圧学会」(2025年9月8日)
- オムロン ヘルスケア「大迫研究40周年、『家庭で血圧を測る』文化の普及を支えた研究成果と功績を紹介」共同通信PRワイヤー



