「血圧はどこまで下げればよいのか」という降圧目標をめぐる議論は、高血圧治療のなかでも特に活発に研究されてきたテーマです。この記事では、心血管疾患のある高血圧患者を対象に、より厳格な降圧目標とより緩やかな降圧目標を比較した、コクラン共同計画によるシステマティックレビューの内容を紹介します(出典:Saiz LC, et al. “Blood pressure targets for the treatment of people with hypertension and cardiovascular disease.” Cochrane Database of Systematic Reviews. 2022, Issue 11. CD010315)。
このレビューの内容
このコクランレビューは、心血管疾患(脳卒中、冠動脈疾患など)の既往がある高血圧患者を対象に、収縮期135/拡張期85mmHg以下を目指す「厳格な降圧目標(intensive)」と、収縮期140〜160/拡張期90〜100mmHg以下を目指す「標準的な降圧目標(standard)」を比較したランダム化比較試験7件、合計9,595人のデータを統合したものです。追跡期間は平均3.7年でした。2017年に初版が発表され、2022年11月18日に最新版(第5版)に更新されています。コクラン共同計画は、特定の製薬会社や医療機関から独立した立場で、世界中の研究者がボランティアとして参加し、既存の臨床試験データを網羅的に収集・統合してエビデンスをまとめる国際的な非営利組織であり、そのレビューは医療政策やガイドライン作成において重要な参考資料として広く用いられています。
わかったこと:明確な優劣は示されなかった
レビューの結果、厳格な降圧目標を目指した群と標準的な降圧目標の群との間で、総死亡率(相対リスク1.05、95%信頼区間0.91〜1.23)、心血管死亡率(相対リスク1.03、95%信頼区間0.82〜1.29)のいずれについても統計学的に有意な差は見られませんでした。心血管イベント全体の発生率については、厳格な目標群でわずかに少ない傾向(相対リスク0.89、95%信頼区間0.80〜1.00)がみられたものの、信頼区間の上限が1.00に達しており、エビデンスの確実性は「低い」と評価されています。一方で、有害事象により治療を中止した人の割合は、厳格な降圧目標群で明らかに多く(相対リスク8.16、95%信頼区間2.06〜32.28)、より積極的な降圧治療には、めまいや低血圧症状といった副作用のリスクが伴うことも示されました。
レビューの結論
著者らは、「厳格な降圧目標(135/85mmHg以下)を目指すことによる明確な健康上の利益は示されなかった」と結論づけています。心血管疾患のある高血圧患者において、より厳しい数値を目指すことを一律に推奨する根拠は、現時点でこのレビューの対象となった試験群からは十分に得られていない、という慎重な立場が示されているのが特徴です。
JSH2025の降圧目標との関係をどう理解するか
この結果を見ると、「日本高血圧学会が推奨する130/80mmHg未満という降圧目標は厳しすぎるのでは」と感じるかもしれません。しかし、両者を単純に比較する際にはいくつかの注意点があります。まず、このコクランレビューが対象としたのは主に心血管疾患の既往がある患者で、厳格群の目標は135/85mmHg以下であり、JSH2025が掲げる130/80mmHg未満とは対象集団も目標値も異なります。また、JSH2025の降圧目標は、このレビュー単独ではなく、SPRINT試験やSTEP試験、BPROAD試験など、より新しい大規模臨床試験の結果も総合的に踏まえて設定されています。高血圧の基本で解説しているように、降圧目標は年齢や合併症の有無によっても個別に調整されるため、「エビデンスが割れているから薬を飲まなくてよい」ということではなく、自分にとっての適切な目標値は主治医と相談しながら決めていくことが大切です。
なぜこうした議論が起こるのか
降圧目標のようなテーマで、研究ごとに異なる結論が出ることは、医学研究では珍しいことではありません。対象患者の年齢や併存疾患、追跡期間、使用された降圧薬の種類などが試験ごとに異なるため、単純に数値だけを比較することは難しく、システマティックレビューはこうした複数の試験結果を統合してより確からしい結論を導こうとする手法です。ただし、統合してもなお結論が「明確な優劣なし」となる場合もあり、これはエビデンスが「弱い」ということではなく、「まだ十分な質の高いデータが揃っていない、あるいは対象集団によって効果が異なる可能性がある」ことを示す誠実な結論であると理解することが大切です。
「厳格な降圧」に伴う副作用のリスク
このレビューが示したもう一つの重要な点は、降圧目標を厳しくするほど、それに伴う副作用のリスクも増える可能性があるということです。血圧を積極的に下げようとすると、めまいや立ちくらみ、急激な血圧低下による転倒リスクの増加など、生活の質に影響する副作用が出やすくなることがあります。特に高齢者や、複数の合併症を抱える患者では、降圧の「やりすぎ」がかえって害になる場合もあるため、数値だけを追い求めるのではなく、個々の患者の状態に応じたバランスの取れた治療方針が重要です。
システマティックレビューを読むときの注意点
コクランレビューのようなシステマティックレビューは、単一の研究よりも信頼性が高いエビデンスとされていますが、それでも「対象となった試験の範囲内での結論」であることに留意が必要です。このレビューの検索対象は2022年1月までであり、その後に発表された大規模試験の結果は反映されていません。医学的エビデンスは日々更新されていくものであり、ガイドラインは常に最新の複数の研究を踏まえて改定されます。一つのレビュー結果だけを取り上げて「降圧目標に意味がない」と結論づけるのではなく、複数のエビデンスを総合的に見る視点が大切です。
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この記事の監修者
鎌形博展株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
救急医療の最前線で培った臨床経験をもとに、現在は医療法人社団季邦会(首都圏7拠点)の理事長として、高血圧・糖尿病・脂質異常症など生活習慣病の診療にあたっています。日々の診療で得た知見を本メディアの監修に活かしています。
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- 基礎自治体による互助を活用した災害時要援護者対策 : Edutainment・Medutainmentで創る地域コミュニティの力 鎌形博展, 中村洋 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 修士論文 2016
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