健康診断で「眼底検査」を受けたことはありませんか。目の奥をのぞき込むあの検査は、視力を調べるためだけのものではありません。血圧が高い状態が長く続くと、目の奥にある細い血管が少しずつ変化していきます。この変化は「高血圧性網膜症」と呼ばれ、高血圧による臓器障害のひとつとして扱われています。しかも困ったことに、かなり進むまで見え方の異常として自覚されないことが少なくありません。この記事では、高血圧が目にどのような影響を与えるのか、眼底検査で何がわかるのか、そして血圧を下げることが目にとってどんな意味を持つのかを、順を追って整理していきます。
網膜の血管は、体の中で唯一「直接見える」血管
血圧が高い状態が続くと、心臓・腎臓・脳の血管に負担がかかります。ただ、これらの臓器の細い血管を外から直接のぞくことはできません。CTやMRIといった画像検査を使っても、太い血管の形は評価できますが、直径が0.1ミリにも満たないような細動脈そのものを生きたまま観察するのは容易ではないのです。
ところが、目だけは事情が違います。瞳孔の奥に広がる網膜には、細い動脈と静脈が網の目のように走っています。瞳孔は光を通す「窓」ですから、専用の器械で光を当てれば、その血管を拡大して、切ったり刺したりすることなく観察できます。体の中でこれができる場所はほかにありません。だからこそ眼底検査は、目の病気を見つける検査であると同時に、全身の細い血管がどのような状態にあるかを推し量る手がかりとしても使われてきました。
血圧が高い方の網膜を観察すると、動脈が細くなっていたり、動脈と静脈が交差する場所で静脈が押しつぶされたように見えたり、小さな出血や白い斑点が現れていたりします。こうした一連の変化をまとめたものが高血圧性網膜症です。日本高血圧学会は2025年8月に「高血圧管理・治療ガイドライン2025」を発行しており、その第9章では高血圧性臓器障害の診断が扱われ、眼底もその評価対象のひとつに含まれています(出典:日本高血圧学会「高血圧管理・治療ガイドライン2025」)。
高血圧性網膜症とは?目の奥で起きていること
まず血管が「縮む」段階
網膜の細動脈には、押し寄せる血圧が高くなると自分から細くなって奥の組織を守ろうとするしくみがあります。ホースの先を指でつまむと勢いは増しますが、その先へ流れ込む量は抑えられるのと似た働きです。高血圧の初期にみられる網膜の変化は、この「縮み」が主役です。この段階では血管の形が変わっただけで、網膜そのものは傷んでいません。血圧が下がれば元に戻る余地も残されています。
次に血管の壁が「硬く厚く」なる段階
高い圧力にさらされ続けると、細動脈は縮むだけでは対応しきれなくなり、血管の壁そのものが厚く硬くなっていきます。これは全身で進む動脈硬化と同じ性質の変化が、網膜という見える場所で起きていると考えるとわかりやすいでしょう。壁が厚くなった動脈は、交差する静脈を上から圧迫します。眼底写真で「動脈と静脈の交差部で静脈がくびれて見える」と指摘されるのは、この状態です。
さらに進むと血液成分が「しみ出す」段階
血管の壁が傷むと、血液の成分を内側にとどめておくバリアの働きが弱まります。すると、網膜に小さな出血が起きたり、血液中の脂質やたんぱく質がしみ出して黄白色の沈着物になったり、細い血管が詰まって神経線維がむくんだ「綿花様白斑」と呼ばれるふわりとした白い斑点が現れたりします。ここまで来ると、網膜そのものが障害を受けている段階です。さらに極端に血圧が高い状態では、視神経が眼球に入る部分(視神経乳頭)がむくむことがあり、これは全身の血管に強い負担がかかっているサインとして重く受け止められます(出典:Clinical Optometry「A Review of Hypertensive Retinopathy and Chorioretinopathy」2020年)。
眼底検査でわかる高血圧性網膜症の段階
高血圧性網膜症の重症度は、1939年に提唱されたKeith-Wagener-Barker分類が長く使われてきました。眼底所見をもとに、次の4段階に分けるものです。
- ✔ 第1度:網膜の細動脈が全体的に軽く細くなっている
- ✔ 第2度:部分的にはっきりと細くなり、動脈と静脈の交差部で静脈が圧迫されている
- ✔ 第3度:第2度の所見に加えて、網膜の出血・しみ出した沈着物・綿花様白斑がみられる
- ✔ 第4度:第3度の所見に加えて、視神経乳頭のむくみがみられる
この分類のうち、第1度・第2度は主に血管の形の変化、第3度以上は網膜組織そのものの障害を意味します。第3度以上の所見があるときは、血圧が急速に上がっている状態や、全身の臓器に負担が及んでいる状態が疑われるため、より詳しい評価が必要になります(出典:Clinical Optometry「A Review of Hypertensive Retinopathy and Chorioretinopathy」2020年)。なお、日本の健診では第2度をさらに細かく分けた分類が用いられることもあり、結果票に「Ⅱa」「Ⅱb」といった表記が並ぶことがあります。表記が違っても、読み取ろうとしていることは共通です。
自覚症状がほとんど出ないのはなぜ?
高血圧性網膜症のやっかいなところは、初期から中期にかけて、見え方の変化としてはほとんど気づけない点にあります。理由のひとつは、変化が網膜の周辺から少しずつ進むことです。ものを細かく見分ける働きを担っているのは、網膜の中心にある「黄斑」という直径数ミリの領域で、ここが無事なら視力の数値は保たれます。周辺で小さな出血が起きていても、視野の端の情報は脳が補ってしまうため、本人は違和感を覚えにくいのです。
もうひとつの理由は、変化が何年もかけてゆっくり進むことです。片方の目だけに異常が出ても、もう片方の目が見え方を補ってしまうため、片目ずつ確かめない限り気づけません。高血圧そのものが「自覚症状の乏しい状態」であるのと同じ構図が、目の中でも起きていると言えます。だからこそ、症状の有無ではなく、定期的な検査で確認することに意味があります。
高血圧が関わるそのほかの目の病気
網膜静脈閉塞症
網膜の静脈が詰まり、その先の血液が行き場を失って出血やむくみを起こす病気です。急に見えにくくなったり、視野の一部が欠けたりする形で気づかれることが多く、高血圧性網膜症とは違って自覚症状がはっきり出るのが特徴です。この病気の危険因子を調べた研究のまとめでは、加齢に加えて、高血圧・動脈硬化・糖尿病・脂質異常症といった全身の状態が関与すると報告されています(出典:Journal of Ophthalmology「Risk Factors for Central and Branch Retinal Vein Occlusion: A Meta-Analysis of Published Clinical Data」2014年)。厚く硬くなった動脈が交差部で静脈を圧迫することが、詰まりのきっかけのひとつと考えられています。
糖尿病網膜症との違いと重なり
眼底の出血や白斑という所見だけを見ると、高血圧性網膜症と糖尿病網膜症は似た顔をしています。実際には血管が傷むしくみが異なり、眼科では所見の分布や形から区別していきます。ただ現実には、高血圧と糖尿病は同じ方に併存することが多く、両方の影響が重なった眼底になることも珍しくありません。糖尿病がある方が眼科での定期検査をすすめられるのは有名ですが、血圧の管理もまた、目の血管を守るうえで切り離せない要素です。
血圧が急激に上がったときの見え方の異常
血圧が短期間に極端に高くなると、網膜だけでなくその奥の脈絡膜という血管の層にも障害が及び、網膜の下に水がたまって急にかすんで見えることがあります。頭痛や吐き気をともなって急に視界がかすむ、暗く感じる、といった変化が出た場合は、目だけの問題ではない可能性があります。時間をおかずに医療機関に連絡してください。
眼底の変化は「全身の血管」を映す鏡
眼底検査が高血圧の診療で重視されるのは、目そのものを守るためだけではありません。網膜の細い血管に起きている変化が、脳の細い血管に起きている変化と似ていることが、繰り返し指摘されてきたからです。
高血圧性網膜症と脳卒中の関係を調べた10研究・約2万6,800人分のデータをまとめた解析では、高血圧性網膜症がある人の脳卒中リスクは、ない人と比べて1.87倍(95%信頼区間1.42〜2.45)と報告されています。重症の網膜症がある人ではその差はさらに大きく、網膜症のない人に対して3.10倍(1.91〜5.05)でした。種類別では脳梗塞との関連がはっきりしており、1.79倍(1.20〜2.67)と報告されています(出典:BMJ Neurology Open「Stroke risk in patients with hypertensive retinopathy: a systematic review and meta-analysis」2026年)。高血圧と脳の血管の関係については高血圧と脳卒中の関係でも詳しく取り上げています。
心臓についても同じ方向の報告があります。高血圧があり糖尿病のない約1万1,000人を5〜13年追跡した6つのコホート研究を統合した解析では、年齢・性別・収縮期血圧・コレステロール・喫煙の影響を調整したうえで、軽度の高血圧性網膜症がある人は心血管疾患の発症率が1.13倍(1.00〜1.27)、冠動脈疾患が1.17倍(1.02〜1.34)、中等度の網膜症では心血管疾患が1.25倍(1.02〜1.53)と報告されました(出典:International Journal of Cardiology: Cardiovascular Risk and Prevention「Hypertensive retinopathy and cardiovascular disease risk: 6 population-based cohorts meta-analysis」2023年)。差は決して大きくありませんが、軽い段階の所見でも意味を持ちうることを示しています。
これらはあくまで集団を対象にした統計であり、眼底に所見があるからといって、その方が必ず脳卒中や心臓の病気になるという意味ではありません。ただ、「血圧をもう少ししっかり管理したほうがよい状態にある」ことを示す材料としては十分に価値があります。
血圧を下げると、目の変化は戻るのでしょうか
気になるのは「今からでも間に合うのか」という点でしょう。初期の血管の細まりについては、血圧を下げることで元の方向へ戻りうることを示した報告があります。高血圧の外来患者51人を対象に、降圧薬による治療を6か月続ける前後で網膜血管の太さを測定した研究では、網膜細動脈の平均直径がわずかながら統計学的に有意に増加し、動脈と静脈の直径の比も改善したと報告されています(出典:The Journal of Clinical Hypertension「Regression of Alterations in Retinal Microcirculation Following Treatment for Arterial Hypertension」2007年)。人数が限られた研究であり、変化の幅も小さいため、この結果だけで多くを語ることはできません。それでも、早い段階の変化は固定したものではないという方向性を示しています。
一方で、いったん出血や沈着物が生じた段階や、血管の壁が厚く硬くなってしまった段階の変化は、血圧を下げても短期間でそのまま消えるわけではありません。ここでも「早いほうがよい」という原則は変わりません。血圧の状態を正しく把握するには、診察室での測定だけでなく家庭での測定が欠かせません。測り方の基本は高血圧の診断基準と測定方法で解説しています。
眼底検査はどこで、どのように受けるのか
眼底検査は、眼科のほか、健康診断や人間ドックのオプションとして受けられることが多い検査です。内科でも眼底カメラを備えている施設があります。方法は大きく分けて2つあり、ひとつは眼底カメラで写真を撮る方法、もうひとつは医師が器械をのぞきながら直接観察する方法です。写真を撮るだけであれば数分で終わり、痛みもありません。
網膜の周辺までしっかり見る必要がある場合には、瞳孔を広げる点眼薬(散瞳薬)を使うことがあります。この場合は薬の効果で数時間ほどまぶしさを感じたり、手元が見えにくくなったりするため、当日の車やバイクの運転は避けてください。散瞳を行うかどうかは目的によって変わりますので、運転の予定がある日は事前に医療機関へ確認しておくと安心です。
どのくらいの頻度で受けるべきかは、血圧の状態や、糖尿病・腎臓病などほかの持病があるかどうかによって変わります。健診で眼底所見を指摘されたことがある方、血圧の数値が高めで推移している方は、かかりつけの医師に一度相談してみてください。指摘された所見の程度によっては、眼科での継続的な確認をすすめられることもあります。
こんな症状があるときは早めに相談を
高血圧性網膜症そのものは症状が乏しいものですが、次のような見え方の変化は、網膜の血管に急な出来事が起きている可能性を示します。片目ずつ手で覆って確認したときに気づくことも多いので、思い当たる場合は放置しないでください。
- ✔ 急に片方の目が見えにくくなった、視野の一部が欠けた
- ✔ 視界に墨を流したような黒い影や、細かい浮遊物が急に増えた
- ✔ ものがゆがんで見える、中心が暗く感じる
- ✔ 強い頭痛や吐き気とともに、視界がかすむ・暗くなる
とくに最後の項目は、血圧が急激に上がっている状態でみられることがあります。この場合は目だけの問題として様子を見ず、すぐに医療機関へ連絡してください。
まとめ
目は、高血圧が全身の細い血管に与えている影響を、そのままの姿で確かめられる唯一の場所です。この記事の要点を整理します。
- ✔ 網膜の血管は体の中で唯一直接観察できる血管で、眼底検査は全身の細い血管の状態を推し量る手がかりになる
- ✔ 高血圧性網膜症は「血管が縮む」「壁が厚く硬くなる」「血液成分がしみ出す」という順に進み、初期は自覚症状がほとんど出ない
- ✔ 網膜症の所見がある人では、脳卒中や心血管疾患の発症リスクが高めであることが複数の研究の統合解析で報告されている
- ✔ 早い段階の血管の細まりは、血圧を下げることで戻りうると報告されている一方、出血や沈着物が生じた段階の変化は短期間では消えない
- ✔ 急な視力低下・視野欠損・強い頭痛をともなうかすみは、様子を見ずに医療機関へ相談する
健診の結果票に眼底の所見が記されていたら、それは目からの知らせであると同時に、血圧の管理を見直すきっかけでもあります。数値の記録と定期的な検査を続けながら、主治医と相談していきましょう。
参考文献
- 日本高血圧学会「高血圧管理・治療ガイドライン2025」(2025年8月29日発行)
- Stroke risk in patients with hypertensive retinopathy: a systematic review and meta-analysis. BMJ Neurology Open, 2026.
- Hypertensive retinopathy and cardiovascular disease risk: 6 population-based cohorts meta-analysis. International Journal of Cardiology: Cardiovascular Risk and Prevention, 2023.
- A Review of Hypertensive Retinopathy and Chorioretinopathy. Clinical Optometry, 2020.
- Regression of Alterations in Retinal Microcirculation Following Treatment for Arterial Hypertension. The Journal of Clinical Hypertension, 2007.
- Risk Factors for Central and Branch Retinal Vein Occlusion: A Meta-Analysis of Published Clinical Data. Journal of Ophthalmology, 2014.
監修
監修:鎌形博展 株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
専門科目 救急・地域医療
所属・資格
- 日本救急医学会
- 日本災害医学会所属
- 社会医学系専門医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
- ICLSプロバイダー(救命救急対応)
- ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
- Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
- FCCSプロバイダー(集中治療対応)
- MCLSプロバイダー(多数傷病者対応)
研究実績
- 災害医療救護訓練の科学的解析に基づく都市減災コミュニティの創造に関する研究開発 佐々木 亮,武田 宗和,内田 康太郎,上杉 泰隆,鎌形 博展,川島 理恵,黒嶋 智美,江川 香奈,依田 育士,太田 祥一 救急医学 = The Japanese journal of acute medicine 41 (1), 107-112, 2017-01
- 基礎自治体による互助を活用した災害時要援護者対策 : Edutainment・Medutainmentで創る地域コミュニティの力 鎌形博展, 中村洋 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 修士論文 2016
メディア出演
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