
厚生労働省の第25回医療経済実態調査によると、令和6年度の一般診療所1施設あたりの損益差額率は、個人立が28.8%、医療法人が4.8%でした(出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告の概要」(令和7年11月26日公表))。同じ「診療所」で6倍近く開くのは、経営力の差ではありません。個人立の決算書には、院長自身の報酬が費用として入っていないからです。承継で診療所を引き継ぐとき、決算書は「儲かっているか」を確かめる書類ではなく、「自分が院長になっても同じ数字が出るか」を検算するための材料です。どこを、どの順番で見るのかを整理します。
まず、開設形態によって出てくる書類そのものが違います。個人立の診療所は法人ではないため、「決算書」として渡されるのは所得税の確定申告書一式です。医療法人であれば、法人としての決算書に加えて、都道府県への届出書類が存在します。
| 個人立の診療所 | 医療法人 | |
|---|---|---|
| 主な書類 | 所得税の青色申告決算書(損益計算書・貸借対照表) | 事業報告書等(財産目録・貸借対照表・損益計算書等) |
| 医療用の付表 | 青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》 | ― |
| 行政への提出 | 税務署(確定申告) | 都道府県知事(毎会計年度終了後3か月以内)+経営情報等の報告 |
| 院長の報酬 | 費用に計上されない(利益と一体) | 役員報酬として費用に計上される |
| 引き継ぐ対象 | 事業(資産・契約を個別に譲り受ける) | 事業または法人そのもの |
個人立の「所得」が大きく見える理由は、医療経済実態調査の注記にはっきり書かれています。個人立の一般診療所の損益差額には、開設者の報酬となる部分に加えて、建物や設備を現状以上に改善するための内部資金に充てられる分も含まれている、という位置づけです(出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告の概要」(令和7年11月26日公表))。つまり28.8%という数字は、院長の給料も将来の設備投資も引く前の金額です。
もうひとつ、個人立で注意が必要なのが所得計算の特例です。医業・歯科医業を営む青色申告者には、社会保険診療報酬について租税特別措置法第26条による所得計算の特例があり、この特例の適用を受ける所得は青色申告決算書の記載から除いて扱うこととされています(出典:国税庁「令和7年分 青色申告決算書(一般用)の書き方」)。この特例を使っている診療所では、決算書に並ぶ経費が実際に支払った額とは一致しません。人件費や材料費の水準を読み取る目的には使えないので、適用の有無を最初に確認してください。
合計額だけを見ても、承継後に残る収益なのか、院長個人に付いていた収益なのかが分かりません。次の順で分解します。
規模感の目安として、入院診療収益のない一般診療所(医療法人)1施設あたりの令和6年度の医業収益は169,706千円、介護収益は3,353千円でした(出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告の概要」(令和7年11月26日公表))。対象クリニックの数字がここから大きく外れる場合、診療科や自由診療の比率に理由があるはずなので、その理由を説明できるところまで確認します。
そのうえで、医業収益を「1日あたりの患者数 × 診療単価 × 年間診療日数」に置き換えて再現できるかを見ます。単価と患者数のどちらで数字を作っているのかが分かると、承継後に自分が維持できる範囲かどうかを判断できます。患者数の見立てには診療圏の条件も関わるため、診療圏調査の考え方とあわせて確認してください。
収益力を比べるには、院長の人件費を同じ条件にそろえる必要があります。医療法人の一般診療所の院長は、令和6年度の平均給料年額が28,766,158円、賞与が212,816円で、合計28,978,974円でした(出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告の概要」(令和7年11月26日公表))。個人立の決算書ではこれが0円です。したがって個人立の損益差額から自分が受け取るつもりの報酬を引いたあとの金額が、法人の損益差額と並べて比較できる数字になります。
スタッフの人件費についても、支払っている額が相場から外れていないかを見ます。医療法人の一般診療所における職種別の平均給料年額と賞与の合計(令和6年度)は次のとおりです。
| 職種 | 給料年額+賞与(1人平均) |
|---|---|
| 院長 | 28,978,974円 |
| 医師(院長以外) | 10,989,889円 |
| 薬剤師 | 6,610,790円 |
| 医療技術員 | 4,273,294円 |
| 看護職員 | 4,131,716円 |
| 事務職員 | 3,388,640円 |
| 看護補助職員 | 2,916,984円 |
出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告の概要」(令和7年11月26日公表)。相場より低い水準で回っているクリニックは、承継後に人件費が上がる可能性を織り込んで収支を組み直す必要があります。最低賃金や社会保険の適用範囲は動いているので、2026年10月からの人件費の変化もあわせて確認してください。
減価償却費は現金の支出を伴わない費用です。ここが小さいクリニックは「費用が少ない=儲かっている」のではなく、「設備の償却がすでに終わっている」だけかもしれません。償却が終わった資産は帳簿上ほぼゼロですが、実物は古くなっています。承継直後に入れ替えが必要になる分は、決算書の外で見積もります。
どの資産が何年で償却されるのかは法定の耐用年数で決まっています。診療所に関わる主なものは次のとおりです。
| 資産 | 法定耐用年数 |
|---|---|
| 建物(鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造/病院用) | 39年 |
| 建物(木造・合成樹脂造/病院用) | 17年 |
| 建物(金属造/病院用・骨格材の肉厚3mm以下) | 17年 |
| 電気設備(照明設備を含む/蓄電池電源設備以外) | 15年 |
| 給排水・衛生設備、ガス設備 | 15年 |
| 店用簡易装備 | 3年 |
| 医療機器・レントゲンその他の電子装置を使用する機器(移動式・救急医療用・自動血液分析器) | 4年 |
| 医療機器・同(上記以外) | 6年 |
| 医療機器・手術機器 | 5年 |
| 医療機器・消毒殺菌用機器 | 4年 |
| 医療機器・光学検査機器(ファイバースコープ) | 6年 |
出典:国税庁「令和7年分 青色申告決算書(一般用)の書き方」主な減価償却資産の耐用年数表。減価償却費の明細を見れば、いつ取得した資産がいくら残っているかが分かります。開業から15年以上経っているクリニックなら、内装や空調、給排水まわりは償却が終わっている可能性が高いと考えて現物を見に行ってください。
あわせて、損益計算書に出てこない現金の出入りを押さえます。借入金の返済元本は費用ではないので損益計算書には現れません。リース料は費用として出ますが、契約の残期間と残債は決算書の本体ではなく注記や契約書で確認します。医療機器をリースで入れているクリニックでは、この残債が譲渡価額の交渉材料になります。判断の前提はリースと購入の違いで整理しています。
損益計算書は1年の結果ですが、貸借対照表はそれまでの積み上がりです。一般診療所(全体)の1施設あたりの令和6年度の状況は、資産合計198,740千円、負債合計59,971千円(うち長期借入金32,086千円)、資本合計138,768千円でした(出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告の概要」(令和7年11月26日公表))。平均像との差そのものが問題なのではなく、差が生じている理由を説明できるかどうかが問題です。
見るべき箇所を挙げます。
そして、決算書に載っていないものが最大のリスクです。未消化の有給休暇、係争中の案件、賃貸借契約の原状回復義務、労働時間の管理不備などは、貸借対照表には出てきません。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)でも、最終契約・クロージング後に当事者間でトラブルとなりうるリスク事項について、仲介者・FAが依頼者へ具体的に説明することが求められています(出典:経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」(2024年8月30日))。決算書で当たりをつけ、調査で詰める、という順番になります。
なお、負債を引き継ぐかどうかは承継の方式で変わります。事業だけを譲り受ける形と、法人そのものを譲り受ける形では、簿外の負債を抱えるリスクの大きさが違います。方式の選択は税務・法務の判断を伴うため、税理士・弁護士に個別に確認してください。
案件情報の最初の段階(ノンネーム)では決算書は出てきません。年間売上のレンジや希望譲渡額といった限られた情報だけです。秘密保持契約を締結し、買い手として具体的に検討する段階に入ってから開示を受けます。依頼するのは次の書類です。
相手が医療法人の場合、決算に相当する情報は行政にも提出されています。医療法人は毎会計年度終了後3か月以内に事業報告書等を都道府県知事へ届け出るとともに、開設する病院・診療所ごとの収益及び費用などの経営情報等を報告することが義務づけられています(外部監査の対象となる医療法人は4か月以内)(出典:厚生労働省「医療法人に関する情報の調査及び分析等について」)。この報告義務は医療法第69条の2に基づくものです(出典:厚生労働省「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律 新旧対照条文(医療法・関係部分抜粋)」)。届出が期限どおりに行われているかは、法人の管理体制を見る手がかりになります。
開示された数字をどう検証していくかは調査(デューデリジェンス)の段階の話になります。案件情報の読み方はノンネーム・シートの見方、調査で確認する範囲はクリニックのデューデリジェンスで整理しています。
承継でクリニックを引き継ぐ前の決算書確認は、個人立か医療法人かで見るべき順序が変わります。院長報酬の置き直し、減価償却費の実態、貸借対照表に隠れるリスクを順に確認し、疑問点は税理士やM&A専門家に相談したうえで判断してください。
直近3期分に、決算後の月次試算表を加えるのが基本です。1期だけでは、たまたま良かった年なのか、下がり続けている途中なのかが判別できません。3期並べて、患者数・単価・人件費・減価償却費がそれぞれどう動いているかを見ます。診療報酬改定をまたいでいる期は、改定の影響と経営の変化を分けて読む必要があります。
あります。個人立の損益差額には院長報酬が含まれておらず、将来の設備更新に充てる分も引かれていません。ここから自分の報酬、譲渡価額の借入返済、更新が必要な設備の投資額を差し引くと、手元に残る金額は大きく変わります。決算書の「所得」を自分の年収の見込みとして読まないことが重要です。
売り手側の決算書には通常載っていません。のれんは、決算書に表れない収益力の価値を承継のときに値付けするものです。したがって、決算書から読み取った収益力が、提示されている譲渡価額を説明できるかを自分で検算する必要があります。評価の考え方は関連コラムで整理しています。
数字の当たりをつけるところまでは自分でできますが、税務上の処理の妥当性や簿外債務の有無の判断には専門家が必要です。特に医療法人の持分の扱い、退職金、消費税の課税関係は、承継の方式選択にそのまま影響します。開示を受ける段階で、医業に詳しい税理士に並走してもらう体制を先に作っておいてください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。決算書の税務上の処理の妥当性、承継方式ごとの課税関係、簿外債務の有無について、個別の判断を保証するものではありません。医療法人の事業報告書等・経営情報等の届出および報告に関する内容は、記事作成時点で公表されている資料に基づいています。実際の決算書の評価、承継方式の選択、契約条件の設計にあたっては、医業に詳しい税理士・弁護士、および所管の都道府県の担当窓口に必ずご確認ください。
公開日:2026年8月31日/最終更新日:2026年8月31日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身