
2025年に休業・廃業・解散が判明した医療機関は823件、うち診療所は661件で、いずれも過去最多を更新しました。背景にあるのは経営者の高齢化で、年齢が判明した診療所経営者1万553人のうち70歳以上が56.7%を占めます(出典:帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」(2026年1月23日公表))。承継の受け手を探している診療所は、確実に存在します。それでも「案件がどこにあるのか分からない」という相談は絶えません。理由は単純で、承継案件の多くは公開されていないからです。
中小企業庁は、後継者不在の事業者(譲り渡し側)の事業を、社外の第三者(譲り受け側)がM&Aの手法で引き継ぐことを「中小M&A」と定義しています。親族への承継や、院内スタッフへの承継はここに含まれません(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)用語集)。
そして同ガイドラインは、この中小M&Aを支える「支援機関」として、M&A専門業者・金融機関・商工団体・士業等専門家・M&Aプラットフォーマー・事業承継・引継ぎ支援センター等の公的機関を挙げています。つまり承継案件の情報は、どこか1か所に集約されているのではなく、この6種類の担い手にそれぞれ分散して存在しています。「案件が見つからない」の実態は、多くの場合「まだどの担い手にも自分の希望条件が登録されていない」という状態です。
買い手の立場から実際に使える窓口を、費用と特徴で整理すると次のようになります。
| 窓口 | 誰が運営するか | 相談時の費用 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 国(全国47都道府県48か所) | 無料 | 親族内承継も第三者承継もワンストップ。登録された民間支援機関やプラットフォーマーへの取次ぎも行う |
| 日本政策金融公庫「事業承継マッチング支援」 | 日本政策金融公庫 | 無料 | 後継者を募集する事業者を、譲り受け希望者側から探せる。取引支店への相談から始まる |
| M&A仲介会社 | 民間 | 着手金の有無は会社による | 売り手と買い手の双方と契約する形。案件の母数は大きい |
| 買い手FA(買い手側だけの支援者) | 民間 | 着手金の有無は会社による | 買い手だけと契約し、その側に立って交渉を支援する形 |
| M&Aプラットフォーム | 民間 | 登録・閲覧は無料が多い | オンラインで案件を一覧できる。掲載案件の実在性・進捗の確認が必要 |
このほか、取引のある金融機関や顧問税理士も支援機関に位置づけられています。公的窓口については、事業承継・引継ぎ支援センターが全国47都道府県48か所(東京都のみ千代田区と立川市の2か所)に設置され、相談は無料・秘密厳守で受け付けられています(出典:中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援センター」)。センターには、後継者不在の小規模事業者と、事業を営んでいない創業希望者をつなぐ「後継者人材バンク」事業もあります。
日本政策金融公庫の「事業承継マッチング支援」も、譲り渡したい方と譲り受けたい方をつなぐ無料のサービスです。譲受を希望する側は事業規模にかかわらず利用でき、「後継者募集企業」から自分で探すことができます(出典:日本政策金融公庫「事業承継マッチング支援」)。
「非公開案件」という言葉は、特別なルートがあることを示すものではありません。中小M&Aガイドラインが示す標準的な手順そのものが、実名を後から開示する設計になっているためです。順序は次のとおりです。
用語の定義はいずれも同ガイドラインの用語集によります(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)用語集)。加えて同ガイドラインは、譲り渡し側に関する情報の拡散を防ぐため、候補先を数社程度に絞り込んだうえでノンネーム・シートを送るケースがあるとしています。
診療所では、この配慮の必要性がより高くなります。承継の話が患者やスタッフに先に伝わると、成立する前に患者離れや離職が起きかねないからです。買い手から見れば、「秘密保持契約を結ぶまで実名は出てこない」のが通常の進み方だと理解しておくのが正確です。
どの窓口でも、最初に聞かれるのは希望条件です。ここが曖昧なままだと、窓口の側も打診のしようがありません。最低限、次の5点は言語化しておきます。
特に資金の上限は、案件を絞り込む最も強い条件になります。承継開業に必要な資金の考え方は、別記事で詳しく整理しています。
民間の窓口に相談する場合、その業者が国の「M&A支援機関登録制度」に登録しているかを確認できます。この制度は令和3年8月に創設され、中小M&Aガイドラインの遵守を宣言した仲介業者・FAが登録されるものです。登録されているFA及び仲介業者は、令和8年3月9日時点で3,399件(法人2,606件、個人事業主793件)にのぼります(出典:中小企業庁「M&A支援機関登録制度に係る登録フィナンシャル・アドバイザー及び仲介業者の公表(令和7年度公募(2月分))について」(2026年3月9日))。
実際の確認には、登録支援機関データベースを使います。事業形態、仲介かFAかの別、支援業務を提供する都道府県、M&A専従者の人数などで検索でき、各社の手数料体系も併せて公表されています(出典:M&A支援機関登録制度「登録支援機関データベース」)。また、登録業者の支援を巡って問題を抱えた場合に情報提供できる窓口も設けられています(出典:M&A支援機関登録事務局「情報提供受付窓口」)。
なお、登録していなくても仲介業務やFA業務を行うことは可能です。登録の有無は安心の保証ではなく、ガイドラインの遵守を宣言しているかの確認手段として使うのが適切です。契約内容や手数料の説明に納得できないときは、他の支援機関に意見を求めること(セカンド・オピニオン)も同ガイドラインで想定されています。
国には「事業承継・M&A補助金」の専門家活用枠があり、買い手支援類型では仲介・FA費用やデュー・ディリジェンス費用などが補助対象になります。補助率は補助対象経費の3分の2以内、補助上限は600万円以内(デュー・ディリジェンス費用を計上する場合は200万円を加算)です。ただし、この補助金の対象者には医療分野特有の注意点が2つあります(以下いずれも2026年8月時点、15次公募の公募要領による)。
要件の原文は公募要領の「5. 補助対象者」で確認できます(出典:事業承継・M&A補助金事務局「専門家活用枠【買い手支援類型 売り手支援類型】公募要領(15次公募)Ver.1.0」(2026年5月))。15次公募の申請受付は2026年7月24日で終了しています。次回以降の公募は中小企業庁の公募ページで告知されるため、承継の時期と公募時期の重なりを早めに確認しておくのが実務的です。
探すこと自体はできます。事業承継・引継ぎ支援センターと日本政策金融公庫のマッチング支援はどちらも相談無料だからです。ただし、価格の妥当性の判断や契約書の内容確認は専門的な領域です。中小M&Aガイドラインも、実際に進める際は個別の事情を踏まえて支援機関と相談のうえ判断するよう促しています。
相談段階では問題ありません。ただし仲介契約・FA契約を結ぶ段になると、他社への同時依頼を制限する「専任条項」が置かれることがあります。中小M&Aガイドラインは専任条項や直接交渉の制限に関する条項について留意点を示しているため、契約書を結ぶ前に、制限される範囲と期間を必ず確認してください。
できません。ノンネーム・シートは、譲り渡し側が特定されないよう企業概要を簡単に要約したもので、関心の有無を打診するための資料です。診療圏や患者数、収支の実態、設備の状態といった判断材料は、秘密保持契約を締結した後に提示される企業概要書、さらにその先の調査で確認していくことになります。
探す窓口自体は変わりませんが、引き継ぐ対象と手続きが変わります。個人開業のクリニックは事業譲渡、医療法人は出資持分の譲渡や役員の交代といった形になり、必要な行政手続きも異なります。また前述のとおり、事業承継・M&A補助金では医療法人は補助対象外とされています。どちらの形態を想定するかは、条件を決める段階で整理しておくべき論点です。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。承継案件の探し方、支援機関の選び方、事業承継・M&A補助金の申請可否について記載していますが、補助対象者に該当するかどうかの最終判断、仲介契約・FA契約の条項の解釈、医療法人の出資持分譲渡や事業譲渡に伴う税務・法務の取扱い、開設許可・保険医療機関指定などの行政手続きの要否については保証するものではありません。個別の判断は、税理士・弁護士・行政書士などの専門家、および所轄の保健所・地方厚生局にご確認ください。制度・公募要領は改正されることがあるため、必ず最新の一次情報をご確認ください。
公開日:2026年8月27日/最終更新日:2026年8月27日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身