
後継者不在のクリニックは、院長が動ける今のうちに選択肢を並べて比べるほど、有利な条件で次へ進めます。診療所の休廃業は2025年に823件と過去最多を更新し、その最大の要因は院長の高齢化と後継者不足でした(出典:帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」/2026年1月)。本記事では、後継者不在のクリニックが現実的に取れる5つの選択肢を、個人開設と医療法人の違いを踏まえて整理します。
この記事の要点
診療所の後継者不在は、院長の高齢化と「子どもが継がない」流れが重なって深刻化しています。帝国データバンクの調査では、全国の診療所経営者のうち70歳以上が56.7%を占めました(出典:帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」/2026年1月)。医療機関全体の80.3%を診療所が占めるため、この高齢化がそのまま業界全体の承継問題に直結します。
休廃業・解散は2025年に823件(うち診療所661件)と過去最多を更新し、倒産66件と合わせて889件に達しました(同調査)。廃業に至る背景には、後継者がいないまま院長が診療を続けられなくなるケースが多く含まれます。一方で日本企業全体の後継者不在率は50.1%まで低下し、7年連続で改善しています(出典:帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」/2025年11月)。改善の主因は、親族以外への承継やM&Aといった「脱ファミリー」の選択肢が広く使われるようになったことです。クリニックも例外ではありません。
選択肢は「引き継ぐ4つ」と「畳む1つ」に分けて考えると整理しやすくなります。以下の5つが基本形です。
| 選択肢 | 概要 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 親族内承継 | 子など親族の医師へ引き継ぐ | 継ぐ意思のある医師の親族がいる |
| 院内承継 | 勤務医・分院長など内部の医師へ引き継ぐ | 信頼できる勤務医が在籍している |
| 第三者承継(M&A) | 外部の医師・医療法人へ譲渡する | 親族・院内に後継者がいない |
| 認定医療法人化 | 持分あり法人を持分なしへ移行し税負担を抑える | 出資持分のある医療法人 |
| 閉院(廃業) | 診療を終了し施設を清算する | 承継の見込みがなく資産価値も低い |
親族内承継と院内承継は、患者やスタッフへの影響が小さく、診療方針も引き継ぎやすいのが利点です。ただし継ぐ意思と診療科の適性がある医師が身近にいることが前提になります。第三者承継(M&A)は、後継者が身近にいない場合の現実的な受け皿で、事業承継・引継ぎ支援センターでも第三者承継の成約は2024年度に2,132件と過去最多でした(出典:中小企業庁/2024年度実績)。承継の全体像は関連記事「医院承継の流れを6ステップで解説」でも詳しく整理しています。認定医療法人化は承継そのものではなく、医療法人の持分に関わる税負担を抑える制度対応です。閉院は最後の選択肢で、退職金や原状回復費など出ていくお金が大きくなりがちな点に注意します。
承継の手続きは、クリニックが個人開設か医療法人かで大きく変わります。個人開設の診療所は、院長個人に紐づく資産・契約を後継医師へ引き継ぐ形になり、後継者は改めて診療所開設届や保険医療機関指定の手続きを行う必要があります。事業用資産(内装・医療機器・のれん等)を個別に譲渡する取引になるため、契約や許認可の「引き直し」が中心です。
医療法人の場合は、法人格を残したまま理事長・役員を交代し、出資持分(持分あり法人の場合)や社員たる地位を移す形が一般的です。法人ごと引き継げるため許認可の連続性を保ちやすい一方、出資持分の評価額が高額になると、贈与税・相続税や買い取り資金が承継の壁になります。ここで関わるのが後述の認定医療法人制度です。自院がどちらの類型か、医療法人なら「持分あり/なし」のどちらかを、まず確認してください。
認定医療法人制度は、持分あり医療法人が持分なし医療法人へ移行する際に、出資持分に係る贈与税・相続税を猶予し、最終的に免除する仕組みです(出典:厚生労働省・国税庁「医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予等の特例」)。出資持分の払い戻し請求などで医業継続が難しくなる事態を避ける目的で、2014年の医療法改正で創設されました。
移行計画の認定を受けられる期限は、これまで2026年12月31日まででしたが、2029年12月31日まで3年延長される方針が令和8年度税制改正大綱(2025年12月)で示されています(出典:令和8年度税制改正大綱/2025年12月。報道・専門家解説による)。延長されたとはいえ、制度の検討から要件充足までには相応の時間がかかります。持分あり医療法人で承継を考える場合は、税理士など専門家に早めに相談し、自院に適用できるかを確認することをおすすめします。適用可否や要件は個別事情で異なるため、必ず最新の一次情報と専門家の判断を確認してください。
第三者承継での譲渡価格は、純資産に「営業権(のれん)」を上乗せして考えるのが基本です。営業権は将来生み出す利益への評価であり、患者数やレセプト単価、立地、診療科、スタッフの定着状況などで変動します。金額の目安や算定の考え方は個別性が高いため、本記事では断定を避けます(詳しくは関連記事「クリニックM&Aの相場は?のれん(営業権)の評価方法」をご覧ください)。
譲渡は「畳む」より手取りが大きくなりやすい点も見逃せません。閉院では退職金・原状回復・リース残債の清算など支出が先に立ちますが、承継なら院長は譲渡対価を受け取り、患者は通院先を、スタッフは雇用を維持できる可能性が高まります。第三者承継が広く使われるようになった背景には、こうした「三方よし」の性質があります。
準備は「棚卸し→相談→比較」の順で進めるのが失敗の少ない流れです。まず自院の状況を客観的に整理し、そのうえで専門家に相談し、複数の選択肢を並べて比較します。以下を目安にしてください。
株式会社ENは、クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで支援しています。「後継者がいないが、まだ何も決めていない」という段階からのご相談も歓迎です。選択肢の棚卸しだけでも、次の一手が見えやすくなります。
Q. 後継者がいないクリニックは、閉院するしかないのでしょうか?
A. いいえ。親族内承継・院内承継・第三者承継(M&A)・認定医療法人化など、閉院以外の選択肢が複数あります。近年は親族以外への承継やM&Aが一般化しており、閉院は最後の手段と考えるのが現実的です。
Q. 院長が高齢でも承継やM&Aは間に合いますか?
A. 院長が現役で診療できるうちに動くほど、条件面で有利になりやすいです。高齢での承継は計画が中断・白紙化するリスクが相対的に高いとされ(出典:帝国データバンク/2025年11月)、早期の情報収集と相談が重要です。
Q. 認定医療法人制度の期限はいつまでですか?
A. 移行計画の認定期限は、令和8年度税制改正大綱(2025年12月)で2029年12月31日まで3年延長される方針が示されています。適用要件は個別事情で異なるため、税理士等の専門家に確認してください。
Q. 個人開設の診療所でも第三者へ承継できますか?
A. 可能です。個人開設の場合は事業用資産や契約を後継医師へ譲渡し、後継者が診療所開設届や保険医療機関指定を改めて行います。医療法人より許認可の引き直しが多くなる点に留意してください。
Q. まず誰に相談すればよいですか?
A. 承継を専門に扱う支援会社や税理士、公的窓口である事業承継・引継ぎ支援センターなどが相談先になります。複数の選択肢を比較できる相手を選ぶと、判断がぶれにくくなります。
公開日:2026年7月30日/最終更新日:2026年7月30日
※本記事は制度・一般的な考え方の解説であり、個別の税務・法務・医療上の判断を保証するものではありません。承継や税制の適用可否は個別事情により異なります。実行にあたっては、医師・税理士・弁護士など専門家に必ずご確認ください。
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7医院運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶応義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身