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クリニック承継の案件情報はどう読む?ノンネーム・シートの見方【2026年版】
承継・M&A 2026.08.31

クリニック承継の案件情報はどう読む?ノンネーム・シートの見方【2026年版】

厚生労働省の医療施設調査によると、2024年10月1日現在の一般診療所は105,207施設で、そのうち94.9%にあたる99,792施設が無床診療所です(出典:厚生労働省「令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況」)。承継の対象になるクリニックの多くはこの規模です。ところが最初に届く案件情報は、「関東・内科・年商8,000万円台」といった数行の要約にすぎません。この数行から何が読み取れて、何が読み取れないのか。公的な定義にそって整理します。

この記事の要点

  • 最初に届く案件情報は「ノンネーム・シート」。売り手が特定されないように要約したもので、判断材料としては足りない前提で扱う。実名や財務の中身は、秘密保持契約を結んだ後の「企業概要書」で初めて出てくる
  • 年商・譲渡希望額・開設形態(個人か医療法人か)の3つは、読み方を間違えると検討の順番ごと狂う。特に年商は利益ではないため、規模の目安以上には使えない
  • 案件情報には載らないが承継の可否を左右するものがある。建物の賃貸借契約、施設基準、保険医療機関の指定、スタッフの雇用条件の4つは、早い段階で確認事項として持っておく

ノンネーム・シートと企業概要書は何が違う?

案件情報には段階があります。中小企業庁のガイドラインは、最初に出る資料を「ノンネーム・シート(ティーザー)」と呼び、売り手が特定されないよう企業概要を簡単に要約した企業情報で、買い手に関心の有無を打診するために使うものと定義しています。次に出る「企業概要書(IM・IP)」は、秘密保持契約を締結した後に買い手へ提示する、実名や事業・財務に関する情報が記載された資料とされ、仲介会社やFA(一方の当事者の側に立って交渉を支援する立場)が売り手から提供された情報をもとに作成することが多い、と説明されています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」用語集(令和6年8月))。

つまり、名前が出ないのは隠しているからではなく、順番がそう決まっているからです。あなたの手元に来るまでの流れも、同じガイドラインに書かれています。売り手側は候補となる買い手を数十社程度まとめた「ロングリスト」を作り、そこから数社程度に絞った「ショートリスト」の相手にだけノンネーム・シートを送る、というケースがあります。案件が届いた時点で、あなたはすでに何らかの条件で選ばれている、ということです。

 ノンネーム・シート企業概要書(IM・IP)
渡される時期打診の最初秘密保持契約の締結後
医院名出ない出る
所在地都道府県・地方などの粒度具体的に分かる
数字年商などのレンジ表示決算書ベースの数値
分量数行〜1枚数十ページになることもある
使い道興味を持つかどうかの判断条件を提示するかどうかの判断

ここを取り違えると、ノンネーム・シートの数行で「良い/悪い」を決めてしまいます。この段階でやるべきなのは評価ではなく、秘密保持契約を結んで次の資料をもらう価値があるかどうかの選別です。

案件情報の各項目は何を意味する?

クリニックのノンネーム・シートに載る項目は、おおむね決まっています。項目ごとに「読めること」と「読めないこと」を分けておくと、面談で聞くべき質問がそのまま出てきます。

項目読めること読めないこと(要確認)
所在地(都道府県・沿線など)おおよその商圏の性格駅からの距離、競合の数、診療圏の重なり
診療科必要な設備と自分の専門との適合実際の診療内容の構成、自由診療の比率
年商(医業収益)レンジ事業規模の目安利益、季節変動、直近の推移
譲渡希望額売り手の期待水準算定根拠、何が対価に含まれるか
開設形態(個人/医療法人)取り得る承継の手法持分の有無、他の出資者の存在
病床(無床/有床)人員配置と当直体制の重さ実際の稼働状況
従業員数組織の規模常勤・非常勤の別、勤続年数、給与水準
建物(自己所有/賃貸)初期費用の構造賃貸借契約の残存期間と承継の可否
譲渡理由売り手の事情の大枠希望時期の切迫度、譲れない条件

右の列が、そのまま秘密保持契約後の質問リストになります。案件を見た日のうちに書き出しておくと、企業概要書が届いたときに読む速度が変わります。

「個人開設」と「医療法人」で読み方はどう変わる?

案件情報の1行にすぎない開設形態は、実際にはその後の手続きの全体を決めます。医療施設調査によると、2024年10月1日現在の一般診療所105,207施設の開設者は、医療法人が47,711施設(45.3%)、個人が38,719施設(36.8%)です。前年からの動きを見ると医療法人は994施設増え、個人は489施設減っています(出典:厚生労働省「令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況」表3)。案件として出てくるのは、この2つの形態がほとんどです。

個人開設のクリニックは、法人格そのものを引き継ぐことができません。設備や内装、什器などを買い取る形(事業譲渡)になり、前の院長は廃止の届出を、あなたは新たに開設の手続きを行います。医療法人の場合は、法人を存続させたまま出資持分の譲渡や社員・役員の交代で引き継ぐ形が中心になります。どちらを選ぶかで、必要な届出も、譲渡対価に何が含まれるかも変わります。

手続き面でとくに影響が大きいのが、保険医療機関としての指定です。承継のタイミングによっては診療の空白が生じ得るため、指定の切り替えを日程に組み込んで検討します。詳しくは遡及指定のルール変更を整理した記事で扱っています。

年商と譲渡希望額はどう関係している?

案件情報のなかで、いちばん誤読されやすいのが年商です。年商は医業収益であって、手元に残る額ではありません。厚生労働省が中央社会保険医療協議会に示した分析では、医療法人の経常利益率について、2022年度から2023年度にかけて平均値・中央値がどの類型(病院・無床診療所・有床診療所)でも低下傾向にあり、最も頻繁に現れる値(最頻値)はどの類型においても0.0%〜1.0%だったと報告されています(出典:厚生労働省保険局医療課「医療機関等を取り巻く状況について」(中医協 総-3、2025年8月27日))。年商のレンジが大きいことと、承継後に返済しながら経営が回ることは、別の話だということです。

では譲渡希望額はどう見るか。ガイドラインは、企業価値・事業価値の評価(バリュエーション)について、評価額は譲渡額を決める際の目安の一つとして取り扱われるとし、評価手法は複数あり、企業の実態や事業の特性に応じて選ばれる、と説明しています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」用語集(令和6年8月))。掲載されている額は確定価格ではなく、売り手側の出発点です。

実務的には、年商のレンジから1日あたりの患者数を逆算しておくと、面談での質問が具体的になります。年商 ÷ 年間の診療日数 ÷ 想定される1人あたり単価、という単純な割り算で構いません。出てきた人数が自分の診療スタイルで無理なくこなせる数かどうか。ここが合わないと、譲渡額を議論しても意味がありません。譲渡額の考え方はクリニックM&Aの相場とのれんの記事で詳しく扱っています。

案件情報だけでは分からないことは?

ノンネーム・シートに載らないもののうち、承継の可否そのものを左右する項目があります。次の4つは、企業概要書を読む前から確認事項として持っておいてください。

  1. 建物の賃貸借契約:ガイドラインは、賃貸借契約や取引基本契約などについて、株主の異動や支配権の変動により相手方に解除権が発生することを定める「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)」があると説明しています。承継を機に貸主が契約を解除できる建付けになっていないか、契約書で確認する必要があります
  2. 施設基準:届出の内容がそのまま引き継がれるとは限りません。人員配置や実績要件を満たせるかを、承継後の体制で見直します
  3. 保険医療機関の指定:開設形態が変わる場合、指定の申請が必要です。診療の空白期間が生じないよう日程を組みます
  4. スタッフの雇用条件:常勤・非常勤の別、勤続年数、給与水準、就業規則の有無。従業員数という1つの数字からは何も分かりません

もうひとつ、案件情報そのものの信頼性の問題があります。ガイドラインは、M&Aプラットフォームを運営する事業者に対する留意点として、掲載案件の実在性の確認掲載案件の進捗状況の確認を挙げています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第2章VI(令和6年8月))。裏を返せば、掲載されているだけでは、いま本当に動いている案件かどうかは分からないということです。気になる案件があれば、「この案件は現在どの段階ですか」「他に検討中の買い手はいますか」と最初に聞いてください。

案件を持ってきた相手が国の登録制度に登録されているかどうかも確認できます。中小企業庁のM&A支援機関登録制度では、登録された支援機関のデータベースが公開されており、支援機関の種類や所在地に加えて、最低手数料の水準や報酬基準額の種類などで検索できるよう整備されています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」5.M&A支援機関登録制度)。

気になる案件が出たら次に何をする?

ガイドラインが示す一般的な流れは、意思決定 → 仲介会社・FAの選定 → バリュエーション → 買い手の選定(マッチング)→ 交渉 → 基本合意の締結 → デュー・ディリジェンス(買う前に対象の内容を調べる調査)→ 最終契約の交渉・締結 → クロージング、という順序です(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章II(令和6年8月))。案件情報を受け取ってからの実務は、この後半に対応します。

順番やることこの段階で判断すること
1自分の条件を書き出す(診療科・エリア・時期・上限額)案件を見る前の基準を固定する
2秘密保持契約(NDA)を締結する次の資料をもらう価値があるか
3企業概要書を読み、質問を出す数字の中身と前提が説明できるか
4院長との面談・現地確認患者層・スタッフ・建物の実態
5意向表明書を出す暫定的な条件を提示できるか
6基本合意書を締結する独占交渉に入ってよいか
7デュー・ディリジェンス表に出ていないリスクの有無

1つ注意点があります。基本合意書について、ガイドラインは基本的に法的拘束力がないものの、買い手の独占的交渉権や秘密保持義務等については法的拘束力を認めることが通常と説明しています。締結すると他の案件を並行して進めにくくなるということです。だからこそ、その前の段階で複数の案件を見比べておく必要があります。デュー・ディリジェンスで何を見るかはクリニックのDDの記事にまとめています。

まとめ

最初に届く案件情報(ノンネーム・シート)は、判断材料としては不足している前提で扱うことが大切です。年商・譲渡希望額・開設形態から読み取れることと読み取れないことを切り分け、気になる案件は秘密保持契約を結んだうえで企業概要書の開示を受けてから、詳しい検討に進んでください。

よくある質問(FAQ)

Q. ノンネーム・シートの段階で医院名を教えてもらえますか?

原則として教えてもらえません。ノンネーム・シートは売り手が特定されないよう要約した資料と定義されており、実名や事業・財務の情報が載る企業概要書は秘密保持契約の締結後に提示される、という順序になっているためです。名前が出ないこと自体は不自然ではありません。ただし、どの段階で何が開示されるのかを説明してもらえない場合は、その相手との進め方を考え直してよいと思います。

Q. 同じ案件が複数の会社から届くのはなぜですか?

売り手が複数の支援機関に依頼している場合や、支援機関どうしが連携して買い手を探している場合があります。同じ案件だと気づいたら、どの会社を窓口にするかを早めに決めてください。複数の窓口から同時に打診すると、売り手側に混乱が生じ、条件交渉で不利になることがあります。窓口の種類ごとの違いは承継案件の探し方の記事で整理しています。

Q. 年商が大きい案件のほうが安全ですか?

年商の大きさは安全性を意味しません。年商は医業収益であり、人件費・賃料・医療材料費などを差し引いた後に残る額とは別ものです。前述のとおり、医療法人の経常利益率の最頻値はどの類型でも0.0%〜1.0%という水準が報告されています。年商が大きいクリニックは、その分だけ人員や設備の固定費も大きい傾向があります。見るべきは規模ではなく、収益の構造です。

Q. 掲載されている譲渡希望額は交渉できますか?

交渉の対象になります。ガイドラインもバリュエーションの評価額を「譲渡額を決める際の目安の一つ」と位置づけています。ただし、根拠なく金額だけを下げる交渉は成立しにくいのが実際のところです。デュー・ディリジェンスで確認した事実(設備の更新時期、リースの残債、原状回復義務など)を材料にして、金額または支払い条件に反映させるのが通常の進め方です。

Q. 受け取った案件情報を家族や勤務先に相談してもよいですか?

秘密保持契約を締結した後は、契約で定められた開示可能な範囲に従ってください。契約書には、開示できる相手(配偶者や顧問税理士など)や目的外使用の禁止が定められているのが通常です。範囲を超えた相談は契約違反になり得ます。判断に迷う場合は、相談したい相手を具体的に挙げて、事前に窓口へ確認するのが確実です。

今すべきこと(チェックリスト)

  • 案件を見る前に、自分の条件を4つ書き出す(診療科/エリア/開業したい時期/投じられる上限額)
  • いま手元にある案件情報を、本記事の項目表にあてはめて「読めないこと」を書き出す
  • 案件を持ってきた相手に、いまの進捗段階と他の検討者の有無を確認する
  • 相手の会社名を、中小企業庁のM&A支援機関登録制度のデータベースで検索してみる
  • 秘密保持契約を結ぶ前に、開示できる相談相手の範囲を確認する
  • 年商レンジから1日あたり患者数を逆算し、自分の診療スタイルで回る数かを確かめる
  • 建物の賃貸借契約・施設基準・保険医療機関の指定・スタッフの雇用条件を、質問リストに入れる

関連コラム

参考・出典

本記事は、承継案件の情報開示の段階と各項目の見方について、一般的な情報提供を目的としたものです。個別の案件の評価、譲渡価額の妥当性、秘密保持契約や基本合意書の条項の解釈、事業譲渡・出資持分譲渡に伴う税務上の取扱い、開設許可・保険医療機関の指定・施設基準に関する届出の要否については、内容を保証するものではありません。契約条項の解釈は弁護士、譲渡に伴う税務は税理士、開設・廃止や指定に関する行政手続きは行政書士または管轄の保健所・地方厚生局、スタッフの雇用条件の引き継ぎは社会保険労務士に、実際の案件の資料を示したうえでご確認ください。

公開日:2026年8月31日/最終更新日:2026年8月31日

執筆者

鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身

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