
医院承継やクリニックのM&Aで避けて通れないのが、買い手による「デューデリジェンス(DD=買収前調査)」です。売り手院長にとっては、自院の財務・契約・労務・許認可を第三者に細かく点検される場面であり、準備不足は価格の引き下げや破談につながります。この記事では、DDで具体的に何を見られるのか、診療所ならではの確認項目、そして売り手が今できる準備を整理します。
デューデリジェンスは、買い手が基本合意の後、最終契約の前に対象クリニックの実態を精査する調査工程です。売り手が示した情報に相違がないか、簿外の債務や法的リスクが隠れていないかを確認し、その結果を最終的な価格・契約条件に反映させます。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、契約の表明保証はDDの結果を踏まえて適切に検討されるべきであり、期間や責任の上限が不明確なままだと売り手が過大な責任を負うおそれがあると整理しています(出典:中小企業庁・経済産業省「中小M&Aガイドライン(第3版)」2024年8月30日公表)。DDは買い手のためだけの手続きではなく、売り手が負う責任の範囲を確定させる工程でもあります。
買い手が確認する領域は、大きく財務・税務・法務・労務・事業(ビジネス)の5つに分かれます。診療所M&Aでは、規模の大小にかかわらず次の観点が点検されます。
| DDの種類 | 主に見られる内容 |
|---|---|
| 財務DD | 過去数期の決算書、レセプト請求と入金の整合、リース残債、未払金、簿外・偶発債務の有無 |
| 税務DD | 申告内容と納税状況、消費税・源泉の処理、過大な役員報酬や交際費などの否認リスク |
| 法務DD | 開設者の種別(個人/医療法人)、行政への届出、賃貸借契約の承継可否、係争や行政指導の履歴 |
| 労務DD | 雇用契約と就業規則、未払残業代の有無、退職金規程、社会保険の加入状況 |
| 事業DD | 患者数・診療圏・レセプト単価の推移、主要スタッフの定着、設備の老朽度、集患チャネル |
各領域は独立しているようで連動します。たとえば労務DDで未払残業代が見つかれば、財務DD上は偶発債務として価格に反映され、契約では補償条項の対象になります。
医療機関のDDで最も注意すべきは、保険医療機関としての「指定」を承継後も切れ目なく維持できるかどうかです。開設者が変わると保険医療機関の指定は原則として引き継がれず、新たな指定が必要になります。個人から医療法人への変更や、開設者が替わっても診療を継続する場合などでは「遡及指定」が認められる余地がありますが、要件や運用は地方厚生局・都道府県によって異なるため事前相談が欠かせません(出典:東海北陸厚生局「保険医療機関の指定に関する手続き」/各厚生局案内、2026年8月時点)。この手続きを怠ると承継直後に保険診療ができず、経営に直接影響します。
施設基準の扱いも点検されます。移転を伴う承継では、おおむね2km以内なら施設基準を引き続き適用できる一方、これを超える場合は新規の届出が必要とされる運用があり、算定できる点数が変わり得ます(出典:地方厚生局の移転手続き案内、2026年8月時点)。加えて、承継など開設者変更に伴う新規指定は個別指導の対象になり得る点も、買い手は確認します。
このほか、カルテ(診療録)の引き継ぎと保存、賃貸借契約が承継後も継続できるか、医療機器のリース残債と保守契約、行政指導や返戻・査定の履歴なども、診療所DDの定番の確認事項です。
DDで発見された事項は、価格の減額、契約条件の追加、あるいは破談という形で結果に表れます。軽微であれば表明保証や補償条項で手当てし、重大であれば取引そのものが見送られることもあります。
売り手にとって不利なのは、DDの直前に問題が初めて表面化するケースです。事前に把握して開示していれば交渉で調整できた事項も、隠れていた事実として発覚すると信頼を損ない、価格交渉力を大きく下げます。早期の情報整理と誠実な開示が、結果的に売り手の利益を守ります。
準備の基本は、買い手が確認する項目を先回りして自ら点検し、書類を揃えておくことです。決算書・申告書、賃貸借契約や医療機器リース契約、就業規則と雇用契約、行政への各種届出、保険医療機関の指定関係の書類は、DD開始前にファイルとして整理しておくと調査が円滑に進みます。
労務や税務で気になる点があれば、DDで指摘される前に専門家へ相談し、是正または開示方針を決めておくことが望ましいといえます。準備の質は、承継のスピードと最終的な条件の双方を左右します。
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DDは買い手が自らのリスク確認のために行うため、費用は原則として買い手負担です。専門家への調査依頼費用は、国の事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用枠)で補助対象となる場合があります。金額・要件は年度により変わるため、申請時に一次情報で確認してください(2026年8月時点)。
診療所の規模や資料の整い方によりますが、資料開示から数週間程度が一つの目安です。書類が事前に整理されているほど短縮されやすくなります。
行われます。医療法人か個人かにかかわらず、財務・労務・許認可などの確認は必要です。個人開業では事業譲渡の形をとることが多く、保険医療機関の指定の取り直しや遡及の確認が特に重要になります。
逆効果です。未開示の事実が後から発覚すると、表明保証違反として補償や減額の対象になり、破談のリスクも高まります。事前に開示し、対応方針を示す方が交渉上も有利です。
医院承継・M&Aのデューデリジェンス対応は、財務・法務・労務・医療許認可が絡む複合的な作業です。株式会社ENは、クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで支援しており、承継の打診からDD対応、クロージング後の運営体制づくりまで伴走します。自院の承継準備や売却の進め方に迷われている院長は、まずは現状整理からご相談ください。
※本記事は2026年8月時点の公表情報に基づく一般的な情報提供です。保険医療機関の指定・施設基準・税務・労務の取り扱いは制度改正や地域運用により変わり得ます。実際の承継・M&Aの判断にあたっては、税理士・弁護士・社会保険労務士や地方厚生局など、専門家・所管窓口への確認を必ず行ってください。
公開日:2026年8月6日/最終更新日:2026年8月6日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の調査結果の評価を保証するものではありません。実際のデューデリジェンスの実施にあたっては、税理士・公認会計士・弁護士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。