
クリニックの業務には、外部に委託するときに委託先を自由に選べないものがあります。医療法第15条の3と医療法施行令第4条の8は、検体検査・滅菌消毒・医療機器の保守点検などを「診療等に著しい影響を与える業務」と定め、厚生労働省令の基準に適合する者にしか委託できないとしています。承継で引き継いだ院長がつまずくのは、この線引きが前院長の頭の中にしかなかった場合です。本記事では、院長本人でなければできない業務、常勤職員を置く業務、基準適合業者にしか出せない業務を条文単位で整理します。
承継では、建物・設備・スタッフ・患者を引き継ぎます。しかし引き継がれないものが1つあります。前院長が「自分でやっていた業務」と「誰かに任せていた業務」の切り分けです。
新規開業なら業務を1つずつ設計しますが、承継はすでに回っている状態を受け取るため、誰が何をしているかが見えないまま院長の席に座ります。前院長が長年こなしていた事務作業は言語化されておらず、引き継ぎ資料にも出てきません。結果として、空いた席の分がそのまま新院長に乗ります。
ここで効いてくるのが管理者の責務です。医療法第15条第1項は、病院または診療所の管理者は「この法律に定める管理者の責務を果たせるよう」従業者を監督し、その他管理及び運営につき必要な注意をしなければならないと定めています。監督する責任は、業務を誰かに任せても管理者から動きません。
承継直後の30〜90日に何が院長へ集まるかは承継の直後30〜90日で何をするかで整理しました。本記事はその先の「何を手放すか」を扱います。
最初に固定すべきは、そもそも手放せない業務です。
| 業務 | 根拠 | 誰の義務か |
|---|---|---|
| 診察、診断書・処方箋の交付 | 医師法第20条(無診察治療等の禁止) | 医師本人 |
| 診療録への記載 | 医師法第24条第1項 | 診療した医師本人 |
| 診療録の5年間の保存 | 医師法第24条第2項 | 管理者 |
| 従業者の監督、管理・運営上の注意 | 医療法第15条第1項 | 管理者 |
| 医療安全の指針策定・職員研修・事故報告等の改善方策 | 医療法第6条の12、施行規則第1条の11第1項1号・3号・4号 | 管理者 |
| 院内感染対策の指針策定・研修・報告 | 施行規則第1条の11第2項1号イ・ハ・ニ | 管理者 |
表の3行目は見落としやすい箇所です。記載は診療した医師の義務、保存は管理者の義務と主体が分かれており、前院長時代の診療録を引き継いだ場合、保存責任は新しい管理者に移ります(カルテとシステムの移行)。
なお医療法第10条は、医業をなす診療所を臨床研修等修了医師に管理させることを開設者に義務づけています。管理者の席そのものを外部の人材に置き換えることはできません。
あります。ここが外注の検討で最もつまずく層です。医療法施行規則第1条の11第2項は、管理者が講じなければならない措置として、医薬品安全管理責任者(第2号)と医療機器安全管理責任者(第3号)の「配置」を定めています。同項のただし書は第3号の2と第4号にしか適用されないため、無床の診療所もこの2つの配置義務の対象です。
厚生労働省医政局長通知「良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律の一部の施行について」(平成19年3月30日)は、両責任者の要件を次のように示しています。
「常勤職員」と明記されているため、この役割を外部の事業者に委託することはできません。医師が院長1人のクリニックでは、院長自身か常勤の看護師が担います。責任者の業務には、従業者への研修、医薬品の安全使用のための手順書の作成、医療機器の保守点検計画の策定が含まれます(同項第2号ロ、第3号ロ)。つまり「保守点検の作業」は外注できても、「保守点検の計画を作ること」は院内に残ります。作業と計画を一括で業者任せにできる前提で体制を組むと、穴があきます。
医療法第15条の3は、委託先に条件を付けています。第1項は検体検査について、衛生検査所の開設者または基準に適合する病院・診療所等に委託しなければならないと定めます。第2項は、診療または入院に著しい影響を与えるものとして政令で定める業務について、「当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならない」と定めています。
その政令が医療法施行令第4条の8で、7つの業務を挙げています。検体検査と合わせて「8業務」と呼ばれます。ただし診療所では、対象範囲が病院より狭くなります。
| 委託する業務 | 基準を定める条文 | 無床クリニックでの扱い |
|---|---|---|
| 検体検査 | 法第15条の3第1項、規則第9条の8 | 対象 |
| 医療機器・繊維製品の滅菌消毒 | 規則第9条の9 | 対象 |
| 患者等給食 | 規則第9条の10 | 病院のみ(令第4条の8第2号が「病院における」と限定) |
| 患者の搬送 | 規則第9条の11 | 対象 |
| 医療機器の保守点検 | 規則第9条の12(対象は規則第9条の8の2により特定保守管理医療機器) | 対象 |
| 医療ガス供給設備の保守点検 | 規則第9条の13 | 対象 |
| 寝具類の洗濯 | 規則第9条の14 | 診療所はただし書により第10号のみで足りる |
| 施設の清掃 | 規則第9条の15 | ただし書により診療所は適用外 |
実務上の意味は2つです。滅菌消毒と特定保守管理医療機器の保守点検は、価格だけで業者を選べません。一方で清掃はクリニックでは基準の縛りがなく、一般の清掃業者に委託して差し支えありません。「医療機関の清掃は専門業者でなければならない」と説明されることがありますが、診療所はただし書で外れています。
業者選定の目安は、厚生労働省の課長通知「病院、診療所等の業務委託について」(平成5年2月15日 指第14号)が示しています(後述のFAQを参照)。
なお滅菌消毒は令和7年2月7日に改正が入っています。厚生労働省医政局地域医療計画課長通知(医政地発0207第1号)により、感染症法第6条第2項から第5項まで・第7項に規定する病原体による汚染以外の「感染のおそれがある医療機器等」の委託について、運搬体制および防護服の着用等による作業体制が確立している場合は、院内で消毒を行うことなく院外へ運搬できるようになりました。委託契約を見直すなら、この改正を前提に条件を確認してください。
残ります。委託は責任の移転ではありません。個人情報保護法は、安全管理措置(第23条)、従業者の監督(第24条)、委託先の監督(第25条)を並べて定めています。第25条は、個人データの取扱いを委託する場合は「委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない」と規定しています。
個人情報保護委員会・厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29年4月14日、令和8年4月一部改正)は、これを委託実務に落としています。検体検査・食事の提供・施設の清掃・医療事務の業務などを委託する医療機関等は、ガイダンスに沿った対応を行う事業者を委託先として選定し、委託先における個人情報の取扱いについて定期的に確認を行い、適切な運用が行われていることを確認する等の措置を講ずる必要がある、としています。
注目すべきは「医療事務の業務」が名指しで入っていることです。レセプトや受付業務の外注は医療法の8業務には入りませんが、個人情報保護の側から監督義務がかかります。外注した業務について院長側に残るのは委託先の選定、契約時の取扱いの取り決め、定期的な確認の3つで、「委託したので見なくてよい」という状態は制度上作れません。
ここまでの条文を判断の順序に組み替えます。費用の比較から入らないことが要点です。
第4層の判断は、費用と時間で比較できます。事務長を常勤で採用するか外部に委託するか、どこまで任せるかは事務長代行の判断基準と費用で整理しています。当社の事務長代行は月額5万円からで、範囲を絞って始めることもできます。
労務を院内に残す場合の基本設計は採用・労務の立ち上げ、定着の仕組みは人材定着・評価制度、外注費が損益にどう効くかは損益分岐点を参照してください。
できません。平成19年3月30日の厚生労働省医政局長通知は、医薬品安全管理責任者が「常勤職員」であることを明記しています。外部の薬局に所属する薬剤師は自院の常勤職員ではないため要件を満たしません。院長自身か、常勤の看護師など通知に挙げられた資格を持つ職員から選んでください。
契約の効力とは別に、医療法第15条の3の対象業務(検体検査・滅菌消毒・特定保守管理医療機器の保守点検など)は、委託先が現在も厚生労働省令の基準に適合しているかを確認する必要があります。委託の義務を負うのは管理者なので、管理者が交代した時点で確認の主体も変わります。契約書の写しと委託先の体制に関する資料を、承継時に受け取っておくのが確実です。
法令上の基準としては必要ありません。医療法施行規則第9条の15はただし書で「診療所又は助産所における当該業務を委託する場合にあつては、この限りではない」としており、診療所は適用外です。ただし院内の感染対策上の要求と、個人情報保護法第25条の委託先監督義務は別に検討してください。
移りません。医療法第15条第1項の管理者の監督義務は、業務を委託しても残ります。加えて医療・介護関係事業者向けガイダンスは、委託先の個人情報の取扱いを定期的に確認する措置を求めています。外注は作業を減らす手段であって責任を移す手段ではない、という前提で範囲を決めてください。
なりません。厚生労働省の課長通知「病院、診療所等の業務委託について」は、厚生労働省令で定める基準に適合している者であれば、サービスマークの交付を受けていない者に委託することは差し支えないとしています。マークの有無ではなく、基準を満たしているかで判断してください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の業務委託の可否や届出の要否を保証するものではありません。委託先が厚生労働省令の基準に適合しているかの判断、安全管理体制の整備、委託契約の内容については、管轄の保健所・地方厚生局および弁護士・社会保険労務士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月10日/最終更新日:2026年9月10日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身