
厚生労働省の集計では、全国約10.5万施設の医科診療所のうち、電子カルテを導入済みなのは57,662施設、未導入は47,232施設です(厚生労働省医政局医療情報担当参事官室「電子カルテの普及について」第33回 医療等情報利活用ワーキンググループ資料・2026年6月26日)。承継で引き継ぐ相手が紙カルテのままである可能性は、半分近くあるということです。本記事では、承継でカルテとシステムをどう引き継ぐのかを、患者の同意・保存義務・データ移行・入れ替えの判断という4点に整理します。
結論から書くと、必要ありません。個人情報保護委員会は「医療機関の廃止等の理由により、別の医療機関が業務を承継することになりましたが、診療録等の個人データを提供する際に、患者の同意が必要なのでしょうか」という問いに対し、これは「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」(個人情報保護法第27条第5項第2号)に当たり、承継先の医療機関は第三者に該当しないので、患者の同意がなくても提供可能と回答しています。
ただし、引き継いだあとの使い方には制限があります。同委員会は、事業の承継に伴って取得した個人情報は「当該他社が特定した利用目的の達成に必要な範囲内」で利用できるとしています。売り手が患者に示していた利用目的の範囲、またはそれと関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えない変更後の範囲、という枠がかかります。系列の別院と患者情報を共同利用するといった新しい使い方をしたいなら、利用目的の変更手続きを別に踏む必要があります。
なお、同意が不要なのは「事業の承継」に当たる場合です。前提として開設者が変わるのか、法人が存続するのかで承継の全体像が変わります。事業譲渡と持分譲渡の違いはクリニック承継の事業譲渡と持分譲渡はどう違う?で整理しています。
ここが承継で最も抜けやすい論点です。医師法第24条第2項は、診療録のうち「病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において(中略)五年間これを保存しなければならない」と定めています。保存義務の主体は医師個人ではなく、施設の管理者(院長)です。事業譲渡で管理者が売り手から買い手に入れ替われば、そのまま診療を続ける患者のカルテについては、買い手が保存義務を引き受ける立場になります。
保険診療をしている以上、保険医療機関及び保険医療養担当規則第9条も効いてきます。同条は療養の給付の担当に関する帳簿・書類その他の記録を完結の日から3年間、患者の診療録は完結の日から5年間保存すべきものとしています。承継日をまたいで義務が残る形です。
| 対象 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 診療録(カルテ) | 5年間 | 医師法第24条第2項 |
| 患者の診療録(保険診療) | 完結の日から5年間 | 療養担当規則第9条ただし書 |
| 療養の給付の担当に関する帳簿・書類その他の記録 | 完結の日から3年間 | 療養担当規則第9条 |
実務で決めておくのは次の3点です。①引き渡すカルテの範囲(何年分か、休眠患者を含むか)、②引き渡し方法と時点、③引き渡し後に売り手が過去分を参照したくなった場合の扱い。とくに③は、承継後に売り手へ患者や保険者から照会が来たときに問題になります。契約書に書いていなければ、その都度の交渉になります。
紙カルテの承継で見落とされるのは、単純に置き場所です。長く続いた診療所ほど紙の量は多く、承継を機に内装を変えるなら、カルテ庫の面積を先に確保しておく必要があります。
院外に置く場合の考え方は、厚生労働省の通知「診療録等の保存を行う場所について」(平成14年3月29日医政発第0329003号・保発第0329001号)が示しています。同通知は紙媒体のままの外部保存も認めていますが、条件として①診療の用に供するものであることに鑑み、必要に応じて直ちに利用できる体制を確保すること、②個人情報の保護が担保されること、③外部保存は保存義務を有する病院・診療所等の責任において行い、事故等が発生した場合の責任の所在を明確にしておくことを挙げています。倉庫会社に預けても、責任は管理者から離れないという整理です。
紙をスキャンして電子化する場合は、同通知が電子媒体での外部保存に求める真正性・見読性・保存性の確保が前提になります。電気通信回線を通じて外部保存するときは、保存先のサーバ等の設置場所や運用管理規程の整備も同通知の対象です。「とりあえず全部PDFにしてクラウドへ」では要件を満たしません。
電子カルテを引き継ぐ場合、論点はベンダーとの契約と、データの持ち出しやすさに移ります。確認する順番は次のとおりです。
データの持ち出しやすさは、制度の側からも改善が進んでいます。厚生労働省が策定している医科診療所・中小病院向け電子カルテの標準仕様では、情報提供・公開の項目として「電子カルテ間のデータ移行に必要な事項(データ形式を含む。)を開示できること」が評価対象に置かれ、オンプレミス型からクラウド型へ移行する際の参考資材として「共通データ移行レイアウト例」を示す方針が公表されています(前掲・第33回 医療等情報利活用ワーキンググループ資料)。ただしこれはこれから認証される製品の話であり、いま稼働している旧世代の製品が同じように書き出せるとは限りません。承継時点では、実機で試験的に書き出してもらうのが確実です。
移行しきれない部分が残る前提で、旧システムを一定期間だけ参照専用で残す選択もあります。この場合も保存義務と安全管理の責任は管理者に残るため、参照端末の管理とネットワークからの切り離しを運用管理規程に落とし込みます。買う前の調査(デューデリジェンス。買収前に対象の内容を調べる調査)で何を見るかはクリニックのDDで確認すべきことに、患者・スタッフを含む引き継ぎ全体の段取りは医院承継の引き継ぎ実務にまとめています。
判断材料になるのは、国の側の期限です。地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律第12条の3第4項は、令和12年(2030年)12月31日までに電子カルテの普及率が約100%となることを達成するよう、政府が医療機関の業務における情報の電子化を実現しなければならないと定めています。そのうえで厚生労働省は、オンプレミス型でカスタマイズされた現行の電子カルテから、クラウドネイティブで廉価なものへの移行を図る方針を示しています。
2026年時点のスケジュールは次のように公表されています(前掲資料)。
ここから読めるのは、「承継時にいったんそのまま引き継ぎ、次回のシステム更改で標準仕様準拠の製品へ移る」という順番が、制度の想定に沿うということです。一方で、引き継ぐ製品の保守終了時期が近い、あるいはオンライン資格確認や電子処方箋への対応が済んでいない場合は、承継後の早い段階で更改計画を立てる必要があります。
忘れやすいのは、引き継いだ瞬間から安全管理の責任が買い手に移ることです。医療法施行規則第14条第2項は、診療所の管理者に対し「医療の提供に著しい支障を及ぼすおそれがないように、サイバーセキュリティを確保するために必要な措置を講じなければならない」と定めています。基準になるのは、厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の第7.0版(令和8年6月)と、同時に示された「医療機関・薬局におけるサイバーセキュリティ対策チェックリスト」です。売り手の運用管理規程やバックアップの取り方をそのまま踏襲する前に、この版で点検し直してください。
承継にともなう提供そのものについては不要です。個人情報保護委員会は、医療機関の業務承継は個人情報保護法第27条第5項第2号の「事業の承継」に当たり、承継先は第三者に該当しないため患者の同意がなくても提供できるとしています。ただし引き継いだ情報の利用は、売り手が特定していた利用目的の範囲に縛られます。
厚生労働省の通知は、紙媒体のままの外部保存も一定の基準を満たせば認めています。基準は、必要に応じて直ちに利用できる体制の確保、個人情報の保護の担保、そして保存義務を有する診療所等の責任で行い事故時の責任の所在を明確にしておくことです。
製品によります。国が策定している標準仕様では、電子カルテ間のデータ移行に必要な事項(データ形式を含む)を開示できることが評価項目に置かれていますが、これは今後認証される製品に向けたものです。現に稼働している製品については、承継前にベンダーへ書き出し可否・形式・費用を書面で確認してください。
保険診療の診療録については、保険医療機関及び保険医療養担当規則第9条が「完結の日から五年間」と定めています。作成日ではなく完結の日を起算点とする点が、承継で引き渡す範囲を決めるときに影響します。個別の記録がいつ完結したと扱われるかは判断を要するため、専門家に確認してください。
できないわけではありませんが、承継直後はスタッフの引き継ぎと患者への告知に人手が要るため、同時進行は負荷が集中します。標準型電子カルテの完成が2026年度中、標準仕様の認証製品の提供開始が2027年4月を目標とされており、選べる製品はこれから増えます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の記録の保存期間の判定や、個人情報の利用目的の設定・変更の適否を保証するものではありません。診療録等の保存と引き渡し、患者情報の取扱い、電子カルテの外部保存および運用管理規程の整備については、管轄の保健所・地方厚生局、個人情報保護委員会の窓口、および弁護士・行政書士等の専門家に必ずご確認ください。システムのデータ移行の可否・形式・費用は製品ごとに異なるため、ベンダーへの直接確認が必要です。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月7日/最終更新日:2026年9月7日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身