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クリニックの人材定着と賃上げ原資・評価制度の設計(2026年)
経営・集患 2026.08.17

クリニックの人材定着2026|賃上げ原資の作り方と評価制度の設計

スタッフが辞めるたびに採用と教育をやり直す——この繰り返しが、クリニック経営の利益とスタッフの疲弊の両方を削ります。2026年は令和8年度診療報酬改定でベースアップ評価料の対象が事務職員まで広がり、賃上げの原資を制度から確保しやすい局面に入りました。本記事では、原資の作り方と評価制度の設計を、一次情報にあたりながら実務手順として整理します。

この記事の要点

  • 医療・福祉の一般労働者は入職率13.1%・離職率13.1%で「入って出ていくだけ」の均衡状態にあり、採用強化だけでは人員は増えない(出典:厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」/2025年公表)。
  • 令和8年度改定でベースアップ評価料の対象職員が拡大し、事務職員と40歳未満の医師も対象に入った。賃上げ目標は令和8年度+3.2%(看護補助者・事務職員は+5.7%)(出典:厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の概要 1.賃上げ・物価対応(賃上げ)」/2026年)。
  • 制度が求めているのは「賃金表の水準そのものを上げるベースアップ」であり、定期昇給は含まれない。原資の確保と評価制度の整備はセットで考える必要がある。

クリニックの人材定着とは?なぜ今、経営課題なのか

人が入れ替わり続ける構造が、統計としてはっきり表れています。令和6年(2024年)の医療・福祉分野は、一般労働者で入職率13.1%に対し離職率13.1%、入職超過率は0.0ポイントでした。産業計が入職率11.8%・離職率11.5%(入職超過率+0.3ポイント)であることと比べると、医療・福祉は「採っても同じだけ抜けていく」状態にあります(出典:厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」/2025年公表)。

賃金水準の差も定着に効いています。令和7年(2025年)6月時点の一般労働者の所定内給与は、医療・福祉が31万5,700円で、産業計の34万600円を下回りました。平均勤続年数も医療・福祉は9.9年と、産業計の12.7年より短くなっています(出典:厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査 結果の概況」/2026年3月24日公表)。

採用単価と教育コストを考えれば、1人の離職を防ぐ効果は1人の採用に勝ることが少なくありません。人材定着を「福利厚生の話」ではなく「収益構造の話」として扱う視点が、2026年の出発点になります。開業前後の労務設計についてはクリニックの採用・労務整備の初手2026もあわせてご覧ください。

賃上げの原資はどこから確保する?

原資は主に3つの経路から組み立てられます。順に見ていきます。

ベースアップ評価料2026は何が変わった?

令和8年度改定の最大の変更は、対象職員の拡大です。従来は「主として医療に従事する職員(医師・歯科医師、専ら事務作業を行う事務職員等を除く)」でしたが、改定後は「当該保険医療機関に勤務する職員」となり、事務職員および40歳未満の医師・歯科医師が新たに対象に入りました(経営者・法人役員、業務委託により勤務する者、40歳以上の医師・歯科医師は除く)。

賃上げ目標も引き上げられ、令和8年度に+3.2%(看護補助者・事務職員は+5.7%)、令和9年度にさらに同率という2段階の設定になっています。点数や届出の詳細はベースアップ評価料2026とは?点数・対象職種・届出を解説で個別に整理しています。

区分令和8年6月〜令和9年5月令和9年6月〜
初診時(新たに賃上げを行う施設)17点34点
初診時(継続的賃上げ実施施設)23点40点
再診時等(新たに賃上げを行う施設)4点8点
再診時等(継続的賃上げ実施施設)6点10点
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の点数(出典:厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の概要 1.賃上げ・物価対応(賃上げ)」/2026年)

改定前が初診時6点・再診時等2点だったことを踏まえると、外来クリニックにとって原資の厚みは相応に増しています。なお「継続的賃上げ実施施設」の高い点数を取るには、令和8年3月31日時点でベースアップ評価料を届け出ているなどの条件を満たす必要があります。

業務改善助成金は使えるのか?

パート職員の時給を底上げしたいクリニックには、業務改善助成金という選択肢があります。事業場内で最も低い賃金を50円以上引き上げ、あわせて生産性向上に資する設備投資などを行った場合に、費用の一部(最大600万円)が助成される制度です。令和8年度の申請受付は2026年9月1日からで、助成率は引上げ前の事業場内最低賃金が1,050円未満なら4/5、1,050円以上なら3/4。50円・70円・90円の3コースが設定されています。対象となる労働者は週所定労働時間20時間以上の雇用保険被保険者で、同一事業所の申請は年度内1回までです(出典:厚生労働省「令和8年度業務改善助成金のご案内」/2026年4月)。

交付決定前に設備を導入すると助成対象外になる点、予算の範囲内で募集が早期終了する場合がある点は、申請前に必ず確認してください。設備投資と組み合わせる補助金についてはクリニックの補助金2026も参考になります。

3つ目の経路は「原資を生む業務設計」

制度からの原資には上限があります。残る一手は、同じ人員でこなせる業務量を増やす、あるいは減らすことです。予約・問診のデジタル化、レセプト業務の標準化、シフト設計の見直しといった打ち手は、賃上げの持続可能性を左右します。人件費率を据え置いたまま一人当たり賃金を上げるには、この設計が避けて通れません。

「ベースアップ」と「定期昇給」は何が違う?

制度上のベースアップは、賃金表の改定によって同じ年齢・職位の職員の給与が前年度より引き上がることを指します。年齢や勤続年数が増えたことによる昇給、すなわち定期昇給はベースアップに含まれません。賃金表がないクリニックの場合は、給与規程や雇用契約に定める基本給等そのものを引き上げる必要があります(出典:厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の概要 1.賃上げ・物価対応(賃上げ)」/2026年)。

評価料を充てられる範囲は、基本給等の引上げと、それに連動して増える賞与・時間外手当・法定福利費の事業主負担分です。令和8年度改定では、恒常的に夜間を含む交替制勤務をとっている職場の職員に支払う夜勤手当も、毎月支払われる手当に準じて基本給等に含めてよいこととされました。

ここが評価制度と直結します。賃金表がないまま個別交渉で給与を決めていると、「何をどれだけ上げたのか」を報告書で証明しづらく、職員から見ても昇給の見通しが立ちません。

評価制度はどう設計すればよい?

小規模なクリニックでも、次の4ステップなら現実的に運用できます。

  1. 等級を3〜4段階に絞る:受付・医療事務・看護職それぞれについて、担当できる業務範囲で等級を定義します。細かすぎる制度は運用が続きません。
  2. 簡易な賃金表を作る:等級×号俸のマトリクスに基本給を置きます。ベースアップは「表の数字を書き換える」形になるため、実績報告の説明も容易になります。
  3. 評価項目を職務行動に限定する:人柄ではなく、レセプト精度、患者対応、後輩指導といった観察可能な行動に絞ります。年2回、各30分の面談でも機能します。
  4. 昇給ルールを文書化して周知する:どの評価でいくら上がるのかを事前に示すことが、定着への最も直接的なメッセージになります。就業規則・給与規程への反映も忘れないでください。

制度設計に伴う就業規則の変更や労働条件の不利益変更の判断には、社会保険労務士など専門家の確認を挟むことをおすすめします。

2026年8月にやるべき手続きは?

ベースアップ評価料を算定する医療機関には、毎年8月の報告義務があります。2026年(令和8年)8月に必要なのは、令和7年度算定分の賃金改善実績報告書と、令和8年度算定分の賃金改善中間報告書です。算定を開始した年度によって提出すべき様式が異なるため、厚生労働省の特設ページで様式を確認してください(出典:厚生労働省「令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等について」/2026年7月31日更新)。

手続き面では負担が軽くなった部分もあります。届出時の「賃金改善計画書」の添付は不要となり、届出書添付書類の作成・提出のみで足りることになりました。また、同一の給与体系に基づく複数の医療機関を有する法人では、法人内で通算して区分計算や報告書作成を行えます。

賃金以外に定着を左右する要素は?

給与だけで人が残るわけではない、というのが現場の実感でしょう。シフトの予見可能性、有給の取りやすさ、業務の属人化解消、院長との対話頻度——このあたりが積み上がって初めて、賃上げが定着に転換します。とくに医療・福祉のパートタイム労働者は入職率16.6%・離職率15.7%と流動性が高く(出典:厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」/2025年公表)、非常勤層への配慮が全体の安定に効いてきます。

賃上げの事実を職員に正しく伝えることも重要です。制度上の増額は給与明細の数字に紛れがちで、説明がなければ「上がった実感がない」で終わってしまいます。

よくある質問(FAQ)

Q. 事務職員もベースアップ評価料の対象になったのですか?

A. 令和8年度改定で対象職員が「当該保険医療機関に勤務する職員」に拡大され、事務職員が含まれることになりました。ただし経営者・法人役員、業務委託により勤務する者は対象外です(出典:厚生労働省/2026年)。

Q. 定期昇給だけで賃上げ要件を満たせますか?

A. 満たせません。制度上のベースアップは賃金表の改定等により賃金水準そのものを引き上げることを指し、年齢や勤続年数の増加による定期昇給は含まれないと明記されています(出典:厚生労働省/2026年)。

Q. 2026年8月に提出する報告書は何ですか?

A. 令和7年度算定分の賃金改善実績報告書と、令和8年度算定分の賃金改善中間報告書です。算定開始時期によって様式が異なります(2026年8月時点)。

Q. 賃金表がないクリニックはどうすればよいですか?

A. 給与規程や雇用契約に定める基本給等を引き上げる形で対応できます。ただし報告や職員への説明を考えると、簡易でも賃金表を整備しておくほうが運用は安定します。

Q. 業務改善助成金はいつから申請できますか?

A. 令和8年度分は2026年9月1日から受付が始まります。交付決定前に設備を導入すると助成対象外となるため、順序に注意してください(出典:厚生労働省/2026年4月)。

今すべきこと(チェックリスト)

  • 2026年8月の実績報告書・中間報告書の提出状況を確認する(未提出なら最優先)。
  • 自院が「継続的賃上げ実施施設」の要件を満たしているか、届出区分を点検する。
  • 賃金表の有無を確認し、なければ等級3〜4段階の簡易版の作成に着手する。
  • パート職員の時給水準を確認し、業務改善助成金(2026年9月1日受付開始)の活用可否を検討する。
  • 賃上げの内容を職員に説明する場を、給与改定のタイミングに合わせて設ける。

株式会社ENでは、クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継をワンストップで支援しています。ベースアップ評価料の届出・報告実務や、賃金表・評価制度の設計といった「院長が手を動かしにくい領域」の伴走をご希望の方は、お気軽にご相談ください。ほかのコラムはクリニック開業ラボ コラム一覧からご覧いただけます。

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参考・出典

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。実際の労務・税務手続きにあたっては、医師・社会保険労務士・税理士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。

公開日:2026年8月17日/最終更新日:2026年8月18日

執筆者

鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身

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