
診療所の管理者には、2026年4月1日から「医療に係る安全管理に関する記録の整備」が求められるようになりました(出典:厚生労働省「医療法施行規則の一部を改正する省令の公布等について」医政発0319第1号/2026年3月19日)。この種の実務は診療の合間に片づくものではなく、院長個人の時間から差し引かれます。事務長代行は、その持ち出しを組織の仕事に戻すための選択肢です。
事務長代行は、クリニックの事務長が担う業務を外部の事業者や専門人材が受託する形態です。医療機関の経営管理・労務・行政対応・数値管理といった、診療以外の運営業務をまとめて引き受けます。
一般企業のバックオフィス業務の外部委託に近いものですが、医療機関では保険診療のルール、保健所や地方厚生局への届出、施設基準の維持といった固有の実務が中心になります。レセプト請求だけを外部に出す「レセプト代行」とも別物で、請求が滞りなく回る体制をつくり維持する側の仕事を扱います。
呼び名は事業者によって幅があります。名称ではなく、契約書に書かれた業務範囲と意思決定の権限で中身を確認してください。
制度改正が短い間隔で続いており、そのたびに院内の手順とスタッフへの説明をつくり直す必要が生じているためです。2026年に施行された、または施行が予定されている主な項目を時系列で整理します。
| 時期 | 内容 | 診療所で生じる実務 |
|---|---|---|
| 2026年4月1日 | 医療法施行規則の改正が施行。全ての病院・診療所・助産所の管理者に、医療に係る安全管理に関する記録の整備が求められる | 記録の様式・保存方法の見直し |
| 2026年8月1日 | 高額療養費制度の月額上限が引き上げられ、「年間上限」が新設 | 窓口での患者説明、限度額適用認定の案内の更新 |
| 2026年8月1日 | 期限切れの健康保険証で受診できる取扱いが7月31日で終了 | 受付フローの変更、掲示物とスタッフ教育 |
| 2027年3月(予定) | OTC類似薬について、薬剤料の4分の1を別途負担とする見直しが検討されている | 処方時の患者説明、処方箋様式への対応 |
2026年4月1日施行の改正省令(令和8年厚生労働省令第27号)では、3つの事項が定められました。うち診療所に関わる範囲は次のとおりです(出典:厚生労働省「医療法施行規則の一部を改正する省令の施行に伴う留意事項等について」医政地発0331第1号/2026年3月31日)。
報道では「2026年4月から管理者に研修が義務付けられた」とまとめられていることがありますが、通知を読むと研修の施行日は2029年4月1日で、対象施設も限定されています。無床のクリニックが2026年に対応すべきなのは記録の整備のほうです。制度対応では、どの施行日にどの類型が該当するかを分けて読む作業が毎回発生します。
高額療養費制度は2026年8月診療分から、月単位の限度額が引き上げられるとともに、年単位の上限額が新たに導入されました。年間の区切りは8月から翌年7月までです。長期に治療を受けている患者への配慮として、多数回該当(年4回目以降)の金額は現行水準が据え置かれ、所得区分の細分化は2027年8月からの適用となります(出典:厚生労働省「(参考)高額療養費制度の見直しについて」/2026年)。
同じ8月1日には、有効期限が切れた健康保険証を持参した患者に保険診療を認める取扱いも終了し、以降はマイナ保険証または資格確認書の提示が前提となりました(出典:厚生労働省「資格確認方法について」/2026年8月時点)。窓口で説明する側から見れば、負担額の説明と資格確認の説明が同じ月に切り替わったことになります。
制度改正には、告示や通知を読む人、院内の手順に落とす人、スタッフに説明する人がそれぞれ必要です。院長が3つとも兼ねている診療所では、その分だけ診療と経営判断の時間が削られます。
事務長の業務は、診療報酬に直接ひもづかない運営業務の全般に及びます。求人や契約書に現れる範囲を整理すると、おおむね次の5領域です。
このうち院長でなければ判断できないのは、経営方針と診療内容に関わる部分です。手続きや調整に属する業務には、権限を明確にすれば委任できるものが多く含まれます。
開業直後のクリニックで事務長という役職を置いている例は多くありません。看護師長や医療事務のリーダーが実務を分担し、判断が必要な部分は院長に集まる形になりがちです。この構造では、スタッフが増えるほど院長への相談件数が増え、診療時間の前後が埋まっていきます。
両者は費用の多寡ではなく、抱えるリスクの種類が違います。比較すると次のようになります。
| 項目 | 常勤採用 | 事務長代行(外部委託) |
|---|---|---|
| 着手までの期間 | 採用活動が必要。募集から入職まで数か月かかることがある | 契約後、比較的短期間で着手できる |
| 費用の性質 | 給与・賞与・社会保険料が固定費として発生 | 委託範囲に応じた月額。範囲の調整がしやすい |
| 業務範囲 | 院内の業務を幅広く担える | 契約で定めた範囲に限られる |
| 常駐性 | 常駐するため、その場での判断がしやすい | 訪問頻度とオンライン対応の設計が必要 |
| 属人化のリスク | 退職時に業務が止まる可能性がある | 事業者側で担当交代の体制を持つ場合がある |
| 医療機関特有の知識 | 経験者の採用は競争が激しい | 複数の医療機関を見た経験が蓄積されている場合がある |
常勤採用が向くのは、業務量が年間を通じて安定していて、常駐でなければ回らない業務が多い場合です。分院展開や在宅医療のように、現場での即時判断が頻繁に必要な形態が当てはまります。
外部委託が検討されやすいのは、業務量に波がある場合です。開業直後の立ち上げ期、制度改正が集中する期間、承継直後の引き継ぎ期は一時的に負荷が跳ね上がりますが、その状態が続くわけではありません。常勤で人を採ると、波が引いた後も固定費が残ります。
承継の直後は、前院長の代から勤めるスタッフとの関係づくりや届出の再申請が同時に発生します。この時期の実務は医院承継の引き継ぎ実務で整理しています。
費用は委託する業務範囲と訪問頻度で決まります。当社(株式会社EN)の事務長代行は月額5万円からで、範囲に応じて設定しています。
金額そのものより、次の3点を見積書で確認すると比較しやすくなります。
常勤採用と比べる際は、給与だけでなく社会保険料の事業主負担や採用費用も含めて考えます。
委託がうまく機能しない原因の多くは、業務の切り分けではなく権限の設計にあります。契約前に次の4点を決めておくと、着手後の手戻りが減ります。
スタッフへの説明も先に考えておく必要があります。外部の人材が入ることを既存スタッフが「監視」と受け取ると定着しません。何を任せ、何は変わらないのかを具体的に伝えることが前提になります。詳しくはクリニックの人材定着で扱っています。
レセプト代行は診療報酬請求の作成・点検を受託するもので、対象が請求事務に限られます。事務長代行は労務・行政対応・数値管理・院内体制の整備を含む運営業務全般を扱う点が異なります。
開業直後は届出、労務整備、業務手順の作成が同時に発生するため、外部の支援を検討する時期の一つです。ただし院内のルールが固まっていない段階では、任せる範囲を絞り、院長が方針を決める部分を明確にしておく必要があります。
研修の受講に関する規定(医療法施行規則第1条の10の6)の施行日は2029年4月1日で、2026年4月時点では義務化されていません。対象も病院と、全身麻酔手術または分娩を合計で年間120件以上実施している有床診療所等に限られます。2026年4月1日から全ての診療所に求められるのは、医療に係る安全管理に関する記録の整備です。
業務量が年間を通じて安定しているかどうかで変わります。常勤採用は給与と社会保険料が固定費になるため、量が安定していれば単位あたりの費用は下がります。立ち上げ期や制度対応期のように波がある場合は、範囲を調整できる外部委託のほうが総額を抑えられることがあります。
契約時に引き継ぐ資料の範囲と解約の予告期間を定めておけば、内製化に切り替えることは可能です。手順書やマニュアルを院内に残す形で進め、委託中に作成された文書の帰属を契約書で確認しておいてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の契約内容や労務・個人情報の取り扱いの適法性を保証するものではありません。委託契約の締結、労務手続き、患者情報の取り扱いについては、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。医療安全に関する記録の整備など医療法施行規則上の対応は、所轄の保健所にもご確認ください。数値・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年8月18日/最終更新日:2026年8月18日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身