
M&Aの相談先を国に登録している事業者は、2026年3月9日時点で3,399件あります(出典:中小企業庁「M&A支援機関登録制度に係る登録FA及び仲介業者の公表(令和7年度公募2月分)」/2026年3月9日)。ただしこの3,399件は、立場の異なる2種類の事業者が混ざった数字です。承継でクリニックを買う側に立つとき、この違いを知らずに契約すると、交渉の途中で不利益に気づくことになります。
違いは「誰と契約しているか」の一点です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)は、両者を次のように定義しています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」用語集/2024年8月)。
| 仲介者 | FA(ファイナンシャルアドバイザー) | |
|---|---|---|
| 契約の相手 | 譲り渡し側と譲り受け側の双方 | 譲り渡し側または譲り受け側の一方 |
| 業界での呼び方 | 両手 | 片手 |
| 立場 | 双方の間に立って成立を支援する | 契約した側に立って交渉を支援する |
| 手数料の負担者 | 双方から受け取る | 契約した側が払う |
業界では、双方から手数料を受け取る形を「両手」、一方だけの側に立つ形を「片手」と呼びます。FAは、一方の当事者の側に立って交渉を支援する立場のことです。不動産の売買で売主と買主の両方から手数料を取る業者と、買主だけの条件交渉を代行する業者を思い浮かべると近くなります。
どちらが優れているという話ではありません。仲介者は双方の事情を把握しているため、条件の折り合いをつけて成立まで運ぶ力があります。FAは依頼した側の利益だけを見て動きます。価格や条件を詰めたいのか、案件に出会うことを優先するのかで噛み合う相手が変わります。
構造上、仲介者は「成立させること」で双方から報酬を得ます。ここに依頼者の利益とずれる余地が生まれます。
第3版では、この点について仲介者向けの禁止事項が具体化されました。禁止されたのは、追加手数料を支払う者やリピーターを優遇すること、具体的には当事者のニーズに反したマッチングを優先して実施したり、譲渡額を誘導したりする行為です。あわせて情報の扱いに係る禁止事項が明確化され、これらを仲介契約書に仲介者の義務として定めることが求められました(出典:経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」/2024年8月30日)。
読み替えると、規律が要るほどには実際に起きていた、ということになります。買い手が気をつけるべきは次の2つです。
ガイドラインは仲介を禁じていません。双方代理に近い構造であることを認めたうえで、禁止事項と説明義務で管理する設計です。買い手が取るべき対応は「仲介を避ける」ことではなく、相手がどちらの立場で入っているかを契約書で確認し、必要なら別の専門家の意見を取ることです。
ガイドラインは手数料を4種類に整理しています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章V/2024年8月)。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 着手金 | 契約締結時に支払う |
| 月額報酬 | 契約期間中、毎月支払う(リテイナーフィーとも呼ばれる) |
| 中間金 | 基本合意など、途中の節目で支払う |
| 成功報酬 | 成立時に支払う。金額が最も大きくなることが多い |
成功報酬の計算のもとになる金額には、譲渡額・移動総資産額・純資産額の3通りがあります。どれを使うかで総額が変わります。移動総資産額は負債も含むため、借入のあるクリニックでは譲渡額を基準にした場合より大きくなります。この1行を読み違えると、想定と請求額が離れます。
料率にはレーマン方式が広く使われ、あわせて最低手数料が設定されることが多くあります。ガイドライン第3版は、この最低手数料についても金額の分布や適用事例を紹介しています。
仲介契約の場合、確認すべき手数料は自分の分だけではありません。ガイドラインは、相手方の手数料に関する事項についても確認・開示を求めています。売り手側がいくら払っているかは、その仲介者にとって案件がどう見えているかの手がかりになります。
譲渡額の見方はクリニックM&Aの相場とのれん評価で扱っています。のれんとは、決算書に載らない収益力の価値のことです。
検討の段階によって答えが変わります。
案件に出会う段階では、仲介者に接触する意味があります。売り手と契約しているのは多くの場合仲介者であり、案件の入口はそこにあります。買い手FAだけに依頼していても、案件そのものは仲介会社が抱えていることが多いのが実情です。
条件を詰める段階では、自分の側に立つ人が必要になります。買う前に対象の内容を調べる調査(DD)で何を見るか、見つかった問題を価格や契約条件にどう反映するか。利害が対立する場面なので、双方の間に立つ人に判断を委ねる形にはなりません。DDで何を確認するかはクリニックのデューデリジェンスにまとめています。
両者は排他的ではありません。案件は仲介会社から紹介を受け、条件交渉と調査は自分側のFAや士業等専門家に見てもらう組み方ができます。ただし専任条項や直接交渉の制限に関する条項があると制約を受けます。第3版ではテール条項の対象の限定範囲や、専任条項がない場合の扱いも明確化されました。契約前に条項を読み合わせてください。
公的に確認できる材料が整っています。
M&A支援機関登録制度は2021年8月に創設された国の制度で、ガイドライン遵守の宣言等が登録の要件です。登録がなくても仲介やFAの業務は行えますが、事業承継・M&A補助金(専門家活用枠)で手数料を補助対象にできるのは登録を受けた機関の支援に限られます。登録機関を検索できる登録FA・仲介業者データベースでは、手数料体系も併せて公表されています。相談前に見ておくと、提示された条件が説明どおりか確かめられます。
第3版は仲介者・FAに対し、手数料の詳細説明、工程ごとに提供する業務の具体的な説明、そして担当者の保有資格・経験年数・成約実績の説明を求めています。会社の実績ではなく担当者の実績を聞いてよい根拠がここにあります。医療機関の承継経験があるかは、遠慮せず確認してください。
契約前のチェックには、中小企業庁が公表している仲介契約・FA契約締結時のチェックリストとM&A仲介契約/FA契約 重要事項説明書サンプルが使えます。提示された契約書にサンプルの項目が入っているか突き合わせられます。
セカンド・オピニオンを取ることは、ガイドラインが正面から認めています。同種の支援機関に意見を求める狭義のものと、士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターに相談する広義のものがあります。同センターは全国47都道府県48か所の公的窓口です(2024年8月現在)。
登録機関の不適切な対応については、M&A支援機関登録事務局に情報提供受付窓口が置かれています。
当社(株式会社EN)は、原則として買い手側だけに立つ片手の形で関与します。買い手の条件をうかがってから、提携するM&A仲介会社に問い合わせて案件を探すためです。売り手側と同時に契約しない前提で組んでいます。
ただし「利益相反が一切ない」とは申し上げません。個別の事情で例外が生じうるため、関与の形は案件ごとに書面で確認いただいています。また、必ずFAとして入るわけでもありません。条件に合う案件を紹介するだけで終わることもあります。
料金は、M&A仲介/FAとして関与する場合は譲渡価額の10%(税抜)で、最低500万円をいただいています。DD支援・開業コンサルティング・セカンドオピニオンは無料相談から500万円までの範囲です。承継後の運営を支える事務長代行は月額5万円からです。
承継全体の進み方は医院承継の流れ6ステップで確認できます。
禁止されていません。中小M&Aガイドライン(第3版)は仲介(双方と契約する形)を認めたうえで、双方から手数料を受け取る構造に利益相反のリスクがあることを前提に、禁止事項と説明義務を定めています。第3版では、追加手数料を支払う者やリピーターの優遇(ニーズに反したマッチングの優先、譲渡額の誘導等)が禁止事項として具体化され、仲介契約書に仲介者の義務として定めることが求められました。
案件の数だけで言えば、そうとは限りません。売り手と契約しているのは多くの場合仲介会社で、案件の入口はそこにあります。買い手FAの役割は案件数を増やすことではなく、条件の設定、案件の評価、価格や契約条件の交渉を依頼者の側で行うことにあります。
仲介契約では双方が払う形が一般的で、FA契約では契約した側が払います。金額は着手金・月額報酬・中間金・成功報酬の組み合わせで決まり、成功報酬の計算のもとになる金額を譲渡額・移動総資産額・純資産額のどれにするかで総額が変わります。契約前に、この基準と最低手数料の有無を確認してください。
中小M&Aガイドラインは、支援機関と契約する際や受けた助言の妥当性を検証したい場合にセカンド・オピニオンを求めることを想定しています。同種の支援機関に聞く形と、弁護士・公認会計士・税理士や事業承継・引継ぎ支援センターに相談する形のいずれも含まれます。ただし専任条項や直接交渉の制限に関する条項の内容によって取り扱いが変わるため、契約書を確認したうえで進めてください。
M&A支援機関登録事務局の登録FA・仲介業者データベースで検索できます。2026年3月9日時点の登録は3,399件(法人2,606件、個人事業主793件)です。データベースでは手数料体系も公表されているため、提示された条件と照らし合わせられます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の契約条項の有効性や交渉結果を保証するものではありません。仲介契約・FA契約や最終契約の内容、譲渡額の妥当性については、弁護士・公認会計士・税理士等の専門家、または事業承継・引継ぎ支援センターにご確認ください。手数料の水準や制度の内容は2026年8月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年8月18日/最終更新日:2026年8月18日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身