
2026年(令和8年)4月1日から、保険医療機関の管理者になるには、臨床研修の期間を含めて病院または診療所で3年以上の経験を持つことが要件になりました(健康保険法第70条の2第1項)。承継でクリニックを引き継ぐ買い手にとって、これは「そもそも院長になれるか」に直結する変更です。本記事では承継にともなう行政手続きを、保健所・地方厚生局・都道府県という3つの窓口に整理し、何をいつ出すのかをまとめます。
最初に切り分けたいのは、開設者が変わるかどうかです。行政手続きの量は、ここでほぼ決まります。
事業譲渡(売り手が個人開設のクリニック)では、開設者が売り手から買い手に入れ替わります。診療所そのものは同じ場所で続いていても、行政の手続き上は「いったん廃止して、新しく開設する」扱いです。廃止届・開設届も、保険医療機関の指定も、施設基準の届出も、原則としてすべてやり直しになります。
持分譲渡(売り手が医療法人)では、開設者は医療法人のままです。法人格が存続するので、開設届も保険医療機関の指定も取り直しません。そのかわり、理事長交代にともなう役員変更の届出や、管理者(院長)が交代するなら管理者変更の届出が必要になります。契約形態そのものの違いは事業譲渡と持分譲渡の記事で整理しています。
以下は、手続きの量が多い事業譲渡のケースを前提に進めます。
医療法にもとづく手続きの窓口です。提出先は都道府県知事ですが、保健所を設置する市や特別区にクリニックがある場合は、その市長・区長が窓口になります。
| 手続き | 誰が | 期限 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 診療所廃止届 | 売り手 | 廃止から10日以内 | 医療法第9条第1項 |
| 診療所開設届 | 買い手(医師個人) | 開設後10日以内 | 医療法第8条第1項 |
| 診療所開設許可 | 買い手(医療法人など) | 開設前に許可を取得 | 医療法第7条第1項 |
| エックス線装置備付届 | 買い手 | 備えてから10日以内 | 医療法第15条第3項・施行規則第24条の2 |
注意したいのは3行目です。開設後10日以内の「届出」で済むのは、臨床研修等修了医師が個人として開設する場合に限られます。買い手が医療法人として開設するなら、届出ではなく事前に都道府県知事の開設許可が必要です。許可は審査に時間がかかるため、個人で引き継ぐのか法人で引き継ぐのかによって、逆算すべきスケジュールが変わります。
エックス線装置も見落としがちです。同じ機械が同じ場所に置かれたままでも、開設者が変われば買い手側は備付けの届出が必要になり、売り手側は装置を備えなくなった場合の届出を出すことになります(医療法施行規則第24条第12号)。
保険診療を続けるための手続きです。保険医療機関の指定は、申請者の希望がない限り毎月1日付で行われ、地方社会保険医療協議会の部会への諮問を経ます。そのままでは廃止から指定までのあいだに保険診療の空白が生まれるため、例外として遡及指定の取扱いがあります。
ここで、第三者への承継に特有の落とし穴があります。「保険医療機関等の遡及指定及び機能移転の取扱いについて」(令和8年6月5日保医発0605第2号)は、所在地を変えず開設者だけが変わる場合に簡便な手続きを認めていますが、その対象は血族、またはその医療機関に勤務していた保険医などへの変更に限られています。外部の第三者が買い手になる一般的なM&Aは、この枠に入りません。「その他の場合」として扱われ、原則として遡及指定を希望する日の3か月前までに予定届出書を出し、事前相談を行うことになります。詳しい類型分けは遡及指定ルールの記事にまとめています。
もう一点、施設基準は自動では引き継がれません。旧医療機関で届出が受理されていた施設基準であっても、新医療機関として、地方厚生局ごとに定められた期日までに改めて届け出る必要があります。届出があれば遡及指定日から算定できますが、出し忘れればその分の加算は取れません。実績を要する施設基準については、旧医療機関の実績を届出上の実績として扱える救済があります。
承継を考える医師がいま最も影響を受けるのが、ここです。管理者には2つの系統の要件があり、混同しないでください。
2026年4月1日時点で臨床研修を修了している医師の場合、要件は「保険医であること」と「臨床研修の期間を含め、病院または診療所において3年以上、保険診療その他の業務に従事した経験を持つこと」です。この3年は、週4日以上を常態として勤務し、かつ所定労働時間が週31時間以上であることを基本に、1か月単位で満たすかどうかを判断します。原則として36か月が必要です。
勤務の形が一般的でない場合には配慮措置があります。医局や法人の人事の都合で週に複数の医療機関に勤務している医師は、1つの保険医療機関で週2日以上を常態として勤務し、勤務する保険医療機関での診療に従事する時間の合計が週31時間以上であればよいとされています。育児・介護で所定労働時間が短縮されている医師は、週4日以上という要件は求められず、所定労働時間が週30時間以上であることのみで判断されます。大学や大学院に在籍して学業や研究が本業である医師は、週2日以上かつ診療に従事する時間が週16時間以上であれば、その期間の2分の1を経験年数に算入できます。
経過措置もありますが、買い手には効きません。令和8年4月1日時点で管理者だった医師は、同一の保険医療機関の管理者である限り令和11年3月31日まで続けられます。しかし承継でこれから別のクリニックの管理者になる買い手は、この経過措置の対象外です。
厚生労働省の疑義解釈・事例集は、まさに承継の場面を例に挙げています。臨床研修修了後に民間企業へ就職し、その後は診療に従事していない医師が実家の診療所を継ぐケースについて、「管理者となることはできない」とされています(医師の場合、あと1年の経験が必要)。臨床を離れていた期間があるなら、契約を詰める前に自分の経験年数を数えてください。
なお、専門医資格を持つ場合や、キャリア形成プログラムの適用を受けている場合など、別ルートで要件を満たす道もあります。「緊急に保険医療機関を承継するなど、やむを得ない理由のある者」も要件を満たすものとして扱われます。手続き面では、管理者の届出にあたって要件を満たすことを確認できる書類の添付が必要になりました。
保険医療機関の指定に気を取られて後回しになりやすいのが、都道府県が窓口になる手続きです。
開設届と保険医療機関の指定は取り直しません。ただし「何も要らない」わけではなく、理事長交代にともなう役員変更の届出、必要に応じた定款変更の認可申請、院長が代わるなら管理者変更の届出が発生します。管理者が代われば、後述の管理者要件の確認も必要です。
自動では引き継がれません。旧医療機関で受理されていた施設基準も、新医療機関として改めて届け出る必要があります。期日は地方厚生局ごとに定められているため、管轄の厚生局に確認してください。届出が間に合えば遡及指定日から算定できます。
買い手が臨床研修等修了医師として個人で開設するなら、開設後10日以内の届出です。医療法人として開設するなら、開設前に都道府県知事の許可が要ります。許可のほうが時間がかかるので、どちらで引き継ぐかは早い段階で決めてください。
適用されます。3年間の経過措置は令和8年4月1日時点で管理者だった医師を対象とするもので、これから承継で管理者になる買い手は含まれません。臨床研修の期間を含めて3年以上の経験があるかを、自分で確認する必要があります。
第三者への承継は遡及指定の「その他の場合」に当たりやすく、原則として希望日の3か月前までに予定届出書と事前相談が必要です。買い手が医療法人なら開設許可の期間も乗ります。逆算すると、契約日を決める前から厚生局・保健所への相談を始めておくのが安全です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の届出・許可の要否や管理者要件の充足を保証するものではありません。診療所の開設許可・開設届、保険医療機関の指定と遡及指定、施設基準の届出、生活保護法の指定および麻薬施用者免許については、管轄の保健所・都道府県・地方厚生局および行政書士等の専門家に必ずご確認ください。手続きの期限や必要書類は地方厚生局ごとに定められている項目があります。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月7日/最終更新日:2026年9月7日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身