
厚生労働省「種類別医療法人数の年次推移」によると、令和8年(2026年)3月31日現在の医療法人は59,893法人。うち社団医療法人59,514法人の内訳は、出資持分あり35,104法人・持分なし24,410法人で、持分ありは前年(35,766法人)から662法人減りました。クリニックを承継で引き継ぐとき、この「持分の有無」によって、結ぶ契約も、踏む手続きも、かかる税金も変わります。本記事は買い手の立場から、3つの類型と選択の判断軸を整理します。
事業譲渡は、クリニックという事業を構成する個々の資産と契約を、一つずつ選んで買い取る契約です。医療機器、内装、テナントの賃借権、カルテ、スタッフの雇用、そして「のれん(決算書に載らない収益力の価値)」を、それぞれ移転させます。
持分譲渡は、医療法人という器ごと引き継ぐ形です。出資持分を買い取り、社員(法人の意思決定をする構成員。従業員のことではありません)と役員を入れ替えます。法人格そのものは変わらないので、契約も許認可も原則としてそのまま残ります。
ここで注意したいのは、医療法人の持分は株式会社の株式とは似て非なるものだという点です。医療法人には剰余金の配当が禁じられており(医療法第54条)、持分は配当を受ける権利ではなく、退社時の払戻しや解散時の残余財産の分配に対応する権利として設計されています。株式と同じ感覚で価値を見積もると、判断を誤ります。
売り手側の形態は、実務上つぎの3つに整理できます。案件情報を見るときは、まずどれに当たるかを確認してください。
| 売り手の類型 | 主に使われる形 | 開設者 | 保険医療機関の指定 |
|---|---|---|---|
| 個人開設(院長個人が開設者) | 事業譲渡 | 入れ替わる | 取り直す |
| 持分あり医療法人(経過措置型) | 出資持分の譲渡 | 変わらない | 原則そのまま |
| 持分なし医療法人(基金拠出型など) | 社員・役員の交代 | 変わらない | 原則そのまま |
平成19年(2007年)4月1日の改正医療法施行以降、出資持分のある医療法人は新たに設立できません。それ以前に設立された持分あり医療法人は「経過措置型医療法人」として存続しており、冒頭の35,104法人がこれにあたります。母数は毎年減っているので、持分ありの案件は今後さらに希少になっていきます。
持分ありの案件で見落とされやすいのが、出資者が院長1人とは限らないことです。設立時に親族や当時の役員が出資していると持分が分散しており、全員から買い取れないと支配が中途半端に残ります。定款と出資者名簿は、早い段階で開示を求めてください。
一方、持分なし医療法人には売買できる「持分」がありません。承継は社員の入退社と理事・理事長の交代で行い、買い手が支払う対価の位置づけは個別に設計することになります。「法人を買う」という言い方はできても、実態は持分ありの場合とかなり違うので、契約の作り方は税理士・弁護士と早い段階で詰めてください。
ここが、事業譲渡と持分譲渡でもっとも実務負担の差が出るところです。
事業譲渡の場合、開設者が入れ替わります。売り手は診療所を廃止したときから10日以内に都道府県知事へ廃止届を出し(医療法第9条第1項)、買い手は開設後10日以内に開設届を出します(医療法第8条第1項)。ただしこの届出でよいのは、臨床研修等修了医師が個人として開設する場合です。買い手が医療法人として開設するときは、届出ではなく都道府県知事の開設許可が必要になります(医療法第7条第1項)。許可は届出より時間がかかるため、スケジュールの前提が変わります。
保険医療機関の指定も取り直しです。関東信越厚生局の案内によれば、指定は申請者の希望がない限り毎月1日付で行われ、地方社会保険医療協議会の部会への諮問を経ます。ただし開設者の変更で患者が引き続き診療を受けているようなケースには遡及指定の取扱いがあり、令和8年(2026年)9月1日以降は「保険医療機関等の遡及指定及び機能移転の取扱いについて」(令和8年6月5日保医発0605第2号)に基づいて運用されます。ここを外すと保険診療に空白が生まれるので、契約日より先に厚生局への事前相談を入れてください。
持分譲渡の場合、開設者は医療法人のままなので、開設届も保険医療機関の指定も原則として取り直しません。そのかわり、理事長の交代にともなう役員変更の届出、必要に応じた定款変更の認可申請など、都道府県への法人側の手続きが発生します。院長が交代するなら管理者変更の届出も必要です。なお管理者は臨床研修等修了医師でなければならないと定められています(医療法第10条第1項)。
事業譲渡では、譲り受ける資産を課税資産と非課税資産に区分し、それぞれの対価を合理的に分けたうえで消費税が計算されます。国税庁の質疑応答事例「営業の譲渡をした場合の対価の額」では、営業権と有形固定資産が課税対象、土地は非課税として扱う例が示されています。買い手は税抜の譲渡価額に加えて、消費税分の資金を用意する必要があります。資金計画で見落とすと着地でつまずく項目です。
持分譲渡では、持分そのものの譲渡に消費税はかかりません。売り手側の所得税は、国税庁タックスアンサーNo.1463で「その他法人の出資者の持分」が株式等に含まれるとされていることから、上場していない持分は「一般株式等に係る譲渡所得等」として20%(所得税15%・住民税5%。ほかに復興特別所得税)の申告分離課税になります。売り手の手取りが読めると、価格交渉の前提が共有しやすくなります。
買い手にとっての実質的な差は、むしろ引き継ぐ範囲です。事業譲渡は資産と契約を選べるので、負債を引き継がない設計ができます。持分譲渡は法人ごと引き継ぐため、貸借対照表に載っていない債務、未払残業代、医療機器のリース残債、係争中の案件も、そのまま買い手のものになります。持分譲渡ほどDD(買う前に対象の内容を調べる調査)を厚くする必要がある、と考えてください。
もう一つ、持分あり医療法人の案件では認定医療法人制度の存在を確認します。持分なし医療法人への移行計画を都道府県経由で厚生労働大臣に認定してもらう制度で、期限は令和11年(2029年)12月31日までです。売り手がこの移行を検討している場合、承継の時期と契約の設計に直接影響します。
率直に言うと、買い手が形を自由に選べる場面は多くありません。売り手の法人形態が先に決まっているため、実務は「この類型なら、契約と手続きをどう組むか」の設計になります。そのうえで、次の5点は案件を見るときに毎回確認してください。
なお当社は、原則として買い手だけの側に立つ形(片手=買い手だけの味方として動く形)で支援しています。契約形態の設計は売り手側の税務・法務と利害が正面からぶつかる論点なので、誰の側に立つ専門家なのかは早めに確かめておいてください。
売買できる「持分」が存在しないだけで、承継自体はできます。社員の入退社と理事・理事長の交代によって法人の実質的な支配を移す形になり、買い手が支払う対価をどう位置づけるかを個別に設計します。持分ありの案件と同じ契約書のひな形は使えないため、税理士・弁護士を早期に入れてください。
必ず止まるわけではありません。開設者の変更で患者が引き続き診療を受けている場合などには遡及指定の取扱いがあります。ただし条件と必要書類が定められているため、契約日を決める前に管轄の地方厚生局へ相談するのが安全です。令和8年9月1日以降の取扱いは通知(令和8年6月5日保医発0605第2号)に基づきます。
雇用主である医療法人が存続するため、契約を結び直す必要は原則としてありません。一方、事業譲渡では雇用主が変わるので、承継するスタッフ一人ひとりと新たに雇用契約を結び、本人の同意を得ることになります。承継直後の離職はここでの説明の丁寧さに左右されます。
期限は定められていません。平成19年4月以降は新設できないだけで、既存の法人は経過措置型医療法人として存続します。ただし令和8年3月31日現在で35,104法人と、前年から662法人減っています。持分なしへの移行が進んでいるため、案件としての希少性は上がっていく方向です。
形態だけで高い安いは決まりません。事業譲渡は消費税分の資金が別途必要になる一方、負債を引き継がない設計ができます。持分譲渡は消費税がかからない代わりに、簿外債務のリスクを価格に織り込む必要があります。表面の譲渡価額ではなく、DDの結果を反映した総額で比べてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の契約形態の適否や税務上の取扱いを保証するものではありません。事業譲渡・持分譲渡の選択、消費税および譲渡所得の計算、医療法上の許可・届出の要否については、税理士・弁護士・行政書士等の専門家および管轄の都道府県・保健所・地方厚生局に必ずご確認ください。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月4日/最終更新日:2026年9月4日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身