
令和7年度の概算医療費は49.2兆円で、前年度から2.6%増えました。ところが、医療機関を受診した延べ患者数にあたる受診延日数は▲0.7%、入院外に限れば▲1.6%で減っています。増えたのは1日当たり医療費(+3.3%)のほうです(出典:厚生労働省「令和7年度 医療費の動向」(令和8年8月28日公表))。承継案件の資料に「売上は横ばい」と書かれていても、その裏で患者が減り、単価だけが売上を支えていることがあります。患者数とレセプトは、それを見分けるための数字です。
レセプトは「診療報酬明細書」の通称です。保険診療で行った内容とその点数を、患者1人・1か月・1医療機関ごとに1枚にまとめ、審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険団体連合会)に請求します。1点は10円です。国が公表している医療費の統計も、このレセプトを集計したものです(令和7年度の集計対象は約21.4億件分)。
承継の検討で使うのは次の3つです。
| レセプトの数字 | 意味 | 読み取れること |
|---|---|---|
| 件数 | その月に受診した患者の数(1人1か月で1件) | 患者の頭数。月ごとの増減で季節変動が見える |
| 受診延日数(診療実日数) | 延べ来院回数 | 来院の量。件数で割ると1人あたりの月間受診回数になる |
| 点数(医療費) | 保険診療の売上(1点10円) | 日数で割ると1日当たり単価になる |
ここで最初につまずきやすいのが「1件=1人1か月」という数え方です。月に3回来ても1件、1回でも1件です。したがって年間のレセプト件数を12で割っても、実際の患者の人数(実患者数)にはなりません。毎月通う慢性疾患の患者は1人で年12件になるからです。年間件数が多い医院は、患者が多いのではなく「同じ患者が何度も通っている」だけかもしれません。どちらなのかは、件数と受診延日数の両方を並べて初めて分かります。
案件の患者数は、国が公表している同じ指標と比べるのが早道です。厚生労働省は「医療費の動向」で、医科診療所の1施設当たりの医療費と受診延日数を、主たる診療科別に毎年公表しています。令和7年度は、医科診療所の平均で1施設当たり医療費が1億1,150万円、1施設当たり受診延日数が年14,084日でした(入院・入院外の合計)。
| 主たる診療科 | 1施設当たり医療費(年・万円) | 1施設当たり受診延日数(年・日) | 受診延日数の前年度比 |
|---|---|---|---|
| 医科診療所 平均 | 11,150 | 14,084 | ▲1.7% |
| 内科 | 11,055 | 11,391 | ▲2.2% |
| 小児科 | 7,651 | 12,116 | ▲6.4% |
| 外科 | 10,827 | 12,562 | ▲2.7% |
| 整形外科 | 14,873 | 29,121 | +0.7% |
| 皮膚科 | 7,928 | 18,747 | ▲0.2% |
| 産婦人科 | 12,184 | 11,429 | +2.6% |
| 眼科 | 13,128 | 14,051 | ▲1.0% |
| 耳鼻咽喉科 | 9,813 | 17,700 | ▲6.5% |
(出典:厚生労働省「令和7年度 医療費の動向」表11-1・表13-1・表13-2。医療費は保険診療分で、患者負担分を含みます。自由診療は含みません)
この表の使い方は2つあります。1つは水準の確認です。週5日・年間250日の診療と置けば、平均の年14,084日は1日あたり約56人にあたります(当社試算)。案件の1日患者数がこれを大きく下回るなら、その理由を確かめる必要があります。
もう1つ、こちらのほうが重要なのですが、伸び率の確認です。令和7年度は医科診療所の平均でも受診延日数が▲1.7%で、耳鼻咽喉科は▲6.5%、小児科は▲6.4%でした。一方で整形外科は+0.7%、産婦人科は+2.6%です。同じ「患者が減っている」でも、その診療科全体が減っているのか、その医院だけが減っているのかで、意味はまったく違います。診療科全体の傾向なら立地や診療内容の問題ではなく、承継後に自分が引き継いでも同じ流れの中にいることになります。その医院だけが減っているなら、原因が特定できれば戻せる可能性があります。案件の推移を見るときは、必ず同じ年度の診療科平均と並べてください。
1日当たり単価は、医療費を受診延日数で割って求めます。入院外(外来)に限った令和7年度の医科診療所の数字を、診療科別に計算すると次のようになります。
| 主たる診療科 | 入院外の1日当たり医療費(円) |
|---|---|
| 医科診療所 平均 | 約7,742 |
| 内科 | 約9,619 |
| 小児科 | 約6,309 |
| 外科 | 約8,224 |
| 整形外科 | 約4,804 |
| 皮膚科 | 約4,227 |
| 産婦人科 | 約9,891 |
| 眼科 | 約9,100 |
| 耳鼻咽喉科 | 約5,483 |
(厚生労働省「令和7年度 医療費の動向」表20-1(入院外 医療費)を表22-1(入院外 受診延日数)で除して算出。同資料が定義する1日当たり医療費と同じ計算方法です)
表を見ると、整形外科や皮膚科の単価は平均を下回り、内科や産婦人科は上回ります。しかしこれは経営の巧拙ではなく、診療の中身で構造的に決まる数字です。整形外科はリハビリテーションで来院回数が多くなるぶん1日あたりは薄くなり、内科は検査と処方が乗るぶん厚くなります。ですから診療科をまたいで単価を比べても意味がありません。比べるのは同じ診療科の平均とです。
そのうえで、単価が同科平均より高い案件を見たときは、次の3つを確かめてください。
逆に、単価が平均より低いこと自体は減点材料とは限りません。見るべきは水準そのものではなく、水準の理由です。
厚生労働省の患者調査(令和5年)によれば、調査日に一般診療所で外来を受けた推計患者数は4,494.3千人で、そのうち65歳以上が2,250.8千人、75歳以上が1,396.4千人でした(出典:厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」表1)。割合にすると65歳以上が約50%、75歳以上が約31%です。一般診療所の外来は、すでに半分が高齢者です。ですから案件の患者に高齢者が多いこと自体は、特別なことではありません。
問題になるのは、偏りの程度と、その患者が10年後もそこにいるかどうかです。75歳以上が全国平均の31%を大きく超えている医院は、今の売上は安定していても、10年後には同じ患者が受診できなくなっている可能性があります。しかも高齢の患者ほど通院頻度が高いため、人数の減り方以上に売上が落ちます。
あわせて在宅医療の比重も確認します。同じ患者調査では、在宅医療を受けた推計外来患者数は239.0千人で、うち一般診療所が121.5千人(往診33.6千人、訪問診療86.1千人)でした。在宅医療を受けた患者数は平成8年以降、増加傾向が続いています。在宅の比重が高い医院は収益が安定しやすい一方、患者や施設との関係が院長個人に結びついていることが多く、承継後にその関係をどう引き継ぐかを契約の段階で決めておく必要があります。
患者数の将来を左右するのは、結局のところ診療圏に住んでいる人の数です。国立社会保障・人口問題研究所が、市区町村別・男女5歳階級別の将来推計人口を2050年まで公表しています。無料で誰でも確認できます。
(出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計)」。市区町村別のデータは同研究所の公表ページから取得できます)
実際の確認は次の手順で行います。
診療所の数そのものは減っていません。令和6年10月1日現在の一般診療所は105,207施設で前年から313施設増え、無床診療所に限れば99,792施設で539施設増えています(出典:厚生労働省「令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況」表1)。人口が減る一方で診療所は増えているため、1施設あたりの患者は構造的に薄くなります。将来人口を確認する意味はここにあります。
患者数とレセプトで分かるのは、あくまで「保険診療で何がどれだけ行われたか」です。承継の可否を分ける論点の多くは、そこには表れません。
患者数とレセプトは「その医院が続く見込みがあるか」を測る道具であって、「いくらで買うべきか」を決める道具ではありません。金額の判断には決算書の読み解きと買う前の調査が別に要ります。当社は原則として買い手の側だけに立って支援していますが、その立場でも、この2つを分けて考えることを最初にお願いしています。
レセプトは患者1人・1か月・1医療機関につき1件です。毎月通う患者は1人で年12件になるため、年間件数を12で割っても実患者数にはなりません。実患者数は、電子カルテやレセプトコンピュータから重複を除いて出してもらう必要があります。案件の検討段階では月次のレセプト件数の推移で代用し、詳細は調査の段階で確認するのが現実的です。
最初に開示される概要(ノンネーム)の段階では、年間売上のレンジと診療科、おおよその地域までが一般的です。秘密保持契約を結んだあとに、月次の診療報酬の推移やレセプト件数が開示される流れになります。売り手は診療を続けながら準備しているため、資料がすぐに揃うとは限りません。何を、いつまでに、どの粒度で見たいのかを先に伝えておくと、手戻りが減ります。
減っている理由によります。診療科全体が減っているのか、その医院だけが減っているのかを、まず同じ年度の診療科平均と比べて切り分けてください。院長の高齢化で診療日数や診療時間を絞ってきた結果として減っているなら、体制を戻せば回復する余地があります。一方で診療圏の人口そのものが減っているなら、承継後の努力では埋めにくい部分です。減っていること自体ではなく、減り方の中身を見ます。
平均との差がそのまま価格に反映されるわけではありません。譲渡価額は収益力や資産の状況、承継後に見込める体制など複数の要素で決まります。平均との比較は、価格交渉の材料というより「この案件で何を確認すべきか」を絞り込むための出発点として使ってください。具体的な金額の妥当性については、税理士や公認会計士など専門家の関与のもとで判断することをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の案件の評価や譲渡価額の妥当性を保証するものではありません。また、施設基準の届出や保険医療機関の指定など個別の手続きの要否を判断するものでもありません。承継の意思決定にあたっては、税理士・公認会計士および管轄の地方厚生局・保健所に必ずご確認ください。統計・制度は2026年9月時点の公表資料に基づきます。
公開日:2026年9月1日/最終更新日:2026年9月1日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身