糖尿病が怖いのは、血糖が高いことそのものではなく、高い状態が何年も続くことで全身の血管が傷んでいくことです。この記事では、糖尿病の合併症がどこに、どういう順番で、どのくらいの期間で起こるのかを整理し、それらが「血糖を保てば防げる」ものであることを、研究の根拠とともに説明します。
合併症は「細い血管」と「太い血管」に分けて考えます
高血糖は血管の内側の壁を傷つけます。傷み方は血管の太さによって異なり、合併症も大きく2つに分かれます。
- 細小血管障害:目・腎臓・神経の細い血管に起こる。糖尿病に特有で、「三大合併症」と呼ばれる
- 大血管障害:心臓・脳・足の太い血管に動脈硬化が起こる。糖尿病がなくても起こるが、糖尿病があると2〜4倍起こりやすい
細小血管障害は血糖の高さと期間に強く比例します。大血管障害は血糖に加えて、血圧・脂質・喫煙などが重なって進みます。
三大合併症の進み方
三大合併症には、進みやすい順番があります。一般に「し・め・じ」(神経・目・腎臓)の順で現れると言われ、神経障害がもっとも早く、腎症がもっとも遅く症状として表れます。
神経障害:もっとも早く、もっとも多い
糖尿病の診断から5年ほどで現れることが多く、糖尿病患者のおよそ3〜4割に何らかの神経障害があるとされます。細い血管の障害と、神経細胞そのものの代謝の異常の両方が原因です。
症状は足の指先から始まり、左右対称に広がります。ジンジンする、砂利の上を歩いているような感じ、靴下を履いているような感覚の鈍さ、こむら返りが増える、などが典型的です。進行すると痛みを感じにくくなり、靴ずれや小さな傷に気づかず化膿させてしまうことがあります。糖尿病で足を切断する原因の多くは、この「気づかない傷」から始まっています。
神経障害は自律神経にも及びます。立ちくらみ、便秘と下痢を繰り返す、発汗の異常、勃起障害などが、糖尿病の神経障害として現れることがあります。
網膜症:自覚症状がないまま進み、失明の原因になります
網膜の細い血管が傷み、出血やむくみが起こります。日本では成人の中途失明の主要な原因の一つです。
網膜症の厄介な点は、かなり進行するまで視力に影響が出ないことです。初期(単純網膜症)から中期(増殖前網膜症)までは自覚症状がなく、視力が落ちたときには進行期(増殖網膜症)に達していることが少なくありません。この段階になると治療をしても視力の回復は難しくなります。
糖尿病と診断されたら、症状がなくても年に1回は眼科で眼底検査を受けることが推奨されています。血糖を保つことに加えて、早期に見つけてレーザー治療などで進行を止められるかどうかが、視力を守る鍵になります。
腎症:透析導入の原因の第1位です
腎臓の糸球体という細い血管の塊が傷み、まず尿にたんぱく(アルブミン)が漏れ出します。進行すると腎臓の濾過機能が落ち、最終的には人工透析が必要になります。日本で新たに透析を始める人の原因のうち、糖尿病性腎症は約4割を占め、長年第1位です。
腎症は5段階に分けられ、第1期・第2期はまったく症状がありません。しかし第2期(微量アルブミン尿)の段階なら、血糖と血圧を厳格に管理することで進行を止めたり、正常に戻したりできることが分かっています。そのため、糖尿病の定期検査では「尿アルブミン」を測ります。通常の尿検査(尿蛋白)では検出できない、ごく早期の漏れを捉えるためです。
大血管障害:心筋梗塞・脳梗塞・足の血流障害
糖尿病があると、心筋梗塞や脳梗塞のリスクは糖尿病のない人の2〜4倍になります。動脈硬化は高血糖だけでなく、高血圧・脂質異常症・喫煙・肥満が重なることで加速します。糖尿病の人の多くがこれらを併せ持っているため、糖尿病の治療では血糖だけでなく血圧と脂質も同時に管理します。
足の太い血管が詰まる「末梢動脈疾患」も見逃せません。歩くと足が痛くなって休むと治る(間欠性跛行)という症状で始まり、進行すると安静時にも痛み、傷が治らなくなります。神経障害と重なると、痛みを感じないまま重症化することがあります。
そのほかの影響
- 歯周病:糖尿病があると歯周病が悪化しやすく、逆に歯周病があると血糖が下がりにくくなります。相互に影響する関係です
- 感染症:免疫の働きが落ち、肺炎・尿路感染症・皮膚感染症にかかりやすく、治りにくくなります
- 認知症:糖尿病があると認知症のリスクが約2倍になることが疫学調査で示されています
- 骨折:骨の質が低下し、骨密度が保たれていても骨折しやすくなります
合併症は「血糖を保てば防げる」:研究が示していること
ここまで読むと不安になるかもしれませんが、重要なのはここからです。これらの合併症は、血糖をよい範囲に保っていれば、発症を防いだり進行を大きく遅らせたりできることが、長期の臨床研究で確かめられています。
日本で行われた熊本スタディでは、HbA1cを7.0%未満に保った群で、網膜症・腎症の発症と進行が明らかに少ないことが示されました。英国のUKPDSでは、血糖の厳格な管理によって細小血管障害が25%減少し、さらに長期の追跡で心筋梗塞や死亡も減ることが分かりました。これらの研究が、「HbA1c 7.0%未満」という治療目標の根拠になっています。
さらに、血圧を下げること、LDLコレステロールを下げること、禁煙することは、それぞれ独立して合併症を減らします。糖尿病の治療が「血糖だけ」を見ないのは、このためです。
合併症を防ぐために、定期的に確認すること
| 検査 | 目的 | 頻度の目安 |
|---|---|---|
| HbA1c・血糖 | 血糖の管理状態 | 1〜3か月ごと |
| 尿アルブミン | 腎症の早期発見 | 年1回以上 |
| 血清クレアチニン(eGFR) | 腎機能 | 年1回以上 |
| 眼底検査 | 網膜症の早期発見 | 年1回(眼科) |
| 足の診察・神経の検査 | 神経障害・足病変 | 年1回以上 |
| 血圧・脂質 | 大血管障害の予防 | 受診のたび |
まとめ
- 合併症は細い血管(神経・目・腎臓)と太い血管(心臓・脳・足)に起こります
- 神経障害がもっとも早く、網膜症は無症状で進み、腎症は透析の原因第1位です
- 心筋梗塞・脳梗塞のリスクは2〜4倍。血圧・脂質・喫煙が重なると加速します
- HbA1c 7.0%未満を保つと合併症が明らかに減ることが、日本と英国の研究で示されています
- 眼底・尿アルブミン・足の診察を定期的に受けることが、早期発見の要です
合併症は「なってから治す」より「ならないようにする」ほうがはるかに確実です。血糖を保つことと、定期検査を続けることが、その両輪になります。
参考文献
- Ohkubo Y, et al. Intensive insulin therapy prevents the progression of diabetic microvascular complications in Japanese patients with non-insulin-dependent diabetes mellitus: a randomized prospective 6-year study (Kumamoto Study). Diabetes Res Clin Pract. 1995;28:103-117. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7587918/
- UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group. Intensive blood-glucose control with sulphonylureas or insulin compared with conventional treatment and risk of complications in patients with type 2 diabetes (UKPDS 33). Lancet. 1998;352:837-853. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9742976/
- Holman RR, et al. 10-year follow-up of intensive glucose control in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008;359:1577-1589. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0806470
- 日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2024」 https://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=4
- 日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況」 https://docs.jsdt.or.jp/overview/
- 国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター https://dmic.ncgm.go.jp/
