厚生労働省は令和8年8月28日、「医療機関・薬局間における情報の共有・標準化等に関する検討会」の第1回を開きました。テーマは、薬局から処方医へ患者の服薬状況などを伝える、いわゆるトレーシングレポート(TR)を電子化し、様式をそろえることです(出典:厚生労働省「第1回 医療機関・薬局間における情報の共有・標準化等に関する検討会 資料」令和8年8月28日開催)。

本記事は、同回の資料2(事務局資料・37枚)と議事概要を読み、決まった方向性と、まだ決まっていない論点を分けて整理します。会議と議事録は非公開と開催要綱で定められており、公表されているのは資料と議事概要だけです(出典:厚生労働省「資料1 開催要綱」令和8年8月28日開催)。

トレーシングレポートの電子化は、何が決まったのか?

制度として決まったものはまだありません。第1回で合意されたのは、対象文書の絞り方と、様式を標準化する方向性の2点です。事務局資料は、電子カルテ情報共有サービスの基盤等を活用し、2030年を目途に仕組みを実装することを「対応方針」として示しています(出典:厚生労働省「資料2 第1回 医療機関・薬局間における情報の共有・標準化等に関する検討会資料」令和8年8月28日開催 p.29)。

この方針は、検討会より前に開かれた第32回 医療等情報利活用ワーキンググループ(令和8年5月29日)の資料を踏まえたものとされています。共有の範囲は、これまでの紙の運用と同じく「文書の発出元・先の医療機関・薬局間まで」とする案です(同資料 p.4・p.29)。検討会は令和8年度に4回程度開く予定で、進め方の図では、要件定義やモデル事業、実装時期は令和9年度以降の欄に置かれています(同資料 p.8)。

トレーシングレポートは、いまどれくらいやり取りされているのか?

調剤報酬で文書による情報提供が要件になっている項目だけでも、年に数百万回単位の算定があります。事務局は、NDBオープンデータの算定回数で規模を示しました。

主な調剤報酬(2026年) 様式 2024年度算定回数(参考)
服薬情報等提供料1 別紙様式1-1又はこれに準ずるもの 約42万回
服薬情報等提供料2 別紙様式1-1又はこれに準ずるもの 約111万回
服薬情報等提供料3 別紙様式1-2又はこれに準ずるもの 約1.4万回
服用薬剤調整支援料1 明記無し(文書により情報提供) 約1.2万回
服用薬剤調整支援料2 別紙様式2又はこれに準ずるもの 約2.9万回
吸入薬指導加算 明記無し(文書により情報提供) 約234万回
在宅患者訪問薬剤管理指導料1,2,3 明記無し(文書により情報提供) 約154万回
在宅患者緊急訪問薬剤管理指導料1,2 明記無し(文書により情報提供) 約75万回

表は資料2の p.12・13 から主な行を抜き出したものです(調剤後薬剤管理指導料など、回数の小さい行は省略)。出典は「第11回NDBオープンデータ 調剤行為(算定回数)」と記載されています。資料には、かかりつけ薬剤師指導料等を算定している場合は服薬情報等提供料を算定しないため、実際の文書発行枚数は算定回数を上回る可能性が高いという注記があります(同資料 p.12・13)。算定回数は文書の枚数そのものではない点に注意が必要です。

紙とFAXの運用は、どこに負担を生んでいるのか?

受け取る医療機関の9割超が紙で受け取り、病院では医師以外の職種が最初に扱っています。事務局が令和8年7月8日〜23日に関係団体の会員へ配ったアンケート(回答は病院138、診療所233、歯科診療所550、薬局2,141施設)の結果です(同資料 p.15)。

設問 結果
TRを紙媒体で受け取っている医療機関 92%(200施設中184施設)
TRを紙媒体で作成・送付している薬局 74%(1,515施設中1,121施設)
200床以上の病院で、最初に扱うのが医師以外(薬剤師・事務員等) 96.2%(52施設中50施設)
医科診療所で、最初に扱うのが医師 46%(113施設中52施設)
TRを「全て」または「必要に応じて」保存している医療機関 90.5%(200施設中181施設)

このアンケートは団体経由でGoogleフォームを送付して集めたもので、無作為抽出ではありません。設問ごとの母数(n=200など)は回答施設数の合計と一致しないため、資料に示された分母のまま記載しています(同資料 p.15〜18)。

資料は現場の負担として、薬局側では送付先ごとに様式やFAX番号を確かめる手間、医療機関側では様式がそろわず内容の把握に時間がかかることや、紙をPDF化して電子カルテに取り込む作業を挙げています(同資料 p.14)。病院では主に薬剤師の、診療所では医師の負担になっていると考えられる、と資料自身が述べています(同資料 p.17)。

どの文書から電子化・標準化するのか?

まず、調剤報酬上「文書での情報提供」が求められている項目を対象にし、そのうち様式があるものから実装する方針で合意されました。資料は、薬局から医療機関への情報提供を要件とする報酬を4パターンに分けています(同資料 p.31)。

①様式があるもの(服薬情報等提供料1,2,3、服用薬剤調整支援料2)、②様式はないが文書での提供が求められるもの(服用薬剤調整支援料1、吸入薬指導加算、在宅患者訪問薬剤管理指導料など)、③情報提供は求められるが文書が必須でないもの、④必要に応じて情報提供が求められるもの、の4つです。事務局案は①と②を当面の対象とするものでした。

議事概要によると、この案は「概ねその方針で進める」ことで合意され、まず様式のあるものからシステムに実装し、様式のないものも使用頻度などの実態を踏まえて標準様式の検討を並行して進めるとされました(出典:厚生労働省「第1回 医療機関・薬局間における情報の共有・標準化等に関する検討会 議事概要」令和8年8月28日開催)。構成員からは、吸入指導・がん化学療法・在宅など、様式がなくても重要性と使用頻度が高いものを対象に含めるべきだという意見も出ています。

標準様式になると、トレーシングレポートの書き方は変わるのか?

様式が報酬上で示されているものは、その様式がそのまま標準様式になる案です。それ以外は、自由記載を基本とした様式を関係団体と作る方向です。資料 p.37 は、服薬情報等提供料1〜3と服用薬剤調整支援料の様式を標準様式として使い、その他の文書は送付元・送付先や患者情報だけ記述方法を規定し、ほかは自由に書ける項目を残す、という構成を示しています。

資料 p.35 は、標準化の利点として、作成する薬剤師の年次やスキルに依存せず一定の品質で報告書を作れること、医療機関側で残薬や服薬状況の記載場所が分かりやすくなることを挙げています。一方で、独自様式で書いていた内容が共通様式に書けなくなる可能性や、不要な項目が入ることでかえって作成に時間がかかる可能性も留意点として明記しています。

議事概要では、既存の紙様式には電子処方箋などで既に共有されている情報も含まれているため、必要な情報に絞った簡潔な様式にすべきだという意見が記録されています。

確定していることと、検討段階のことは何か?

確定しているのは、検討会の設置と、第1回で合意された2つの方針だけです。規格、様式の項目、運用フロー、調剤報酬との関係はいずれも未定です。

確定していること(資料・議事概要で確認できる範囲)は次のとおりです。検討会は医薬局総務課を事務局として設置され、会議と議事録は非公開、資料と議事要旨を公表すること。第1回で、対象文書の範囲(p.31の事務局案)と標準化の方向性(p.36の4項目)が合意されたこと。標準様式は関係団体の協力を得て作ること。

検討段階のことは、資料 p.29 が「課題」として並べているものです。電子カルテ情報共有サービスの診療情報提供書と合わせてHL7 FHIRを採用し、TRを構造化データとして共有するか。標準様式でどの項目を共有するか。医師・薬剤師・患者の負担を最小にする業務フローをどうするか。中央側と医療機関・薬局側のシステムにどの機能を実装するか。これらはいずれも「〜するべきか」という問いの形で示されており、結論は出ていません。2030年目途という時期も、資料上は「目指す」とされた目標です。

議事概要には、電子カルテや電子薬歴の改修負担・費用対効果を十分に検証すべき、受け手の既読・未読管理や病院薬剤師への権限付与も検討すべき、実証で課題が出たら方針を柔軟に変えることを前提にすべき、といった意見も並んでいます。現場の薬剤師にとっては、「どの文書が、どの順番で、どんな様式で電子化されるか」は第2回以降の資料で決まっていくと読むのが正確です。

薬剤師の働き方をめぐる国の議論としては、薬剤師のキャリアパス懇談会 第1回や、調剤の外部委託、認定薬局の見直しも別の記事で扱っています。

よくある質問(FAQ)

トレーシングレポートの電子化は、いつから始まるのですか?

開始日は決まっていません。資料は、電子カルテ情報共有サービスの普及も見据えて「2030年目途の仕組みの実装を目指す」としています。要件定義やモデル事業、実装時期は令和9年度以降の検討事項です。

今使っている独自様式は使えなくなりますか?

現時点で使えなくなるという決定はありません。資料は、電子的な共有の仕組みでは様式の標準化が必須だとしたうえで、従来の様式を使えなくなる可能性に留意が必要だと書いています。紙での運用がどうなるかは示されていません。

薬局から送ったTRは、ほかの医療機関からも見られるようになりますか?

事務局案では、共有の範囲は文書の発出元と送付先の医療機関・薬局の間までです。全国の医療機関が閲覧できる形は想定されていません。

調剤報酬の算定要件は変わりますか?

第1回の資料と議事概要に、算定要件を変える提案はありません。対象文書を選ぶ基準として、令和8年度改定後の調剤報酬(2026年)で文書による情報提供が求められているかどうかが使われています。

参考資料

※本記事の算定回数は資料2 p.12・13 の記載(出典:第11回NDBオープンデータ)を典拠としており、NDBオープンデータそのものは参照していません。アンケートの数値も資料2 p.15〜18 の記載によるもので、調査の個票や報告書は参照していません。資料2 p.21〜25 の令和7年度調査(薬局8施設・医療機関22施設)の数値は、回答数が少ないため本記事では使っていません。

参考・一次出典