
個人情報保護委員会と厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」は令和8年4月に一部改正されており、患者や家族から診療情報の開示を求められたときは、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」の内容に従うこととされています。「カルテを見せてほしい」と言われてから慌てて調べるクリニックは少なくありません。この記事では、診療所が開示請求を受けたときの請求できる人、進め方、方法、手数料、断れる場合、記録の保存までを、公表資料にもとづいて整理します。
個人情報保護法第33条は、本人から保有個人データの開示を求められたとき、事業者は原則として本人に開示するとしています(個人情報保護委員会「個人情報保護法の基本」令和5年9月)。保有個人データとは、事業者が開示や訂正などの権限を持つ個人データのことです。診療所のカルテもこれに当たるのが通常です。
そのうえで、前述のガイダンスは「患者等からの求めにより個人情報である診療情報を開示する場合は、同指針の内容に従う」としています。つまり実務の手順は、法律そのものよりも、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」(以下「指針」)を軸に組み立てることになります。
指針でいう診療記録とは、診療録、処方せん、手術記録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、紹介状、退院時の診療経過の要約など、診療の過程で作成・記録・保存された書類や画像等の記録です(指針2)。診療録だけでなく、検査結果や紹介状も対象になり得る点は見落としやすいところです。
指針7(2)では、請求できる人は原則として患者本人です。本人以外では、法定代理人、診療契約の代理権を持つ任意後見人、本人から代理権を与えられた親族、判断能力に疑いがある成人患者を世話している親族なども請求できるとされています。満15歳以上の未成年者については、疾病の内容によって本人のみの請求を認めることもできます。
患者が亡くなった場合は、指針9にもとづき、遅滞なく死亡に至るまでの診療経過や死亡原因などを遺族に提供します。遺族の範囲は配偶者、子、父母およびこれに準ずる者(法定代理人を含む)で、患者の生前の意思や名誉を十分に尊重することも求められています。個人情報保護委員会のQ&Aでも、死者の情報であっても保存している限り、生存者と同様の安全管理措置が必要とされています。
| 請求する人 | 根拠 | 確認しておく点 |
|---|---|---|
| 患者本人 | 指針7(2) | 本人確認の方法を院内で決めておく |
| 法定代理人・任意後見人・委任を受けた親族など | 指針7(2) | 請求の資格を証明してもらう(指針7(3)) |
| 満15歳以上の未成年者 | 指針7(2) | 疾病の内容によって、本人のみの請求を認めることもできる |
| 遺族(配偶者・子・父母など) | 指針9 | 患者の生前の意思や名誉に配慮する |
指針7(3)が定める流れは次のとおりです。クリニックでは「管理者」が院長に当たるため、院長が担当医の意見を聴いて判断する形になります。
| 段階 | 指針の内容 |
|---|---|
| ①申立て | 管理者が定めた方式で申し立てる。書面が望ましいが、申立ての理由の記載を求めることは不適切 |
| ②資格の証明 | 申立人は、開示を求める資格があることを証明する |
| ③可否の決定 | 管理者は担当医の意見を聴いたうえで、速やかに可否を決めて申立人に通知する |
| ④開示の実施 | 日常診療への影響を考慮して、日時・場所・方法を指定できる |
期限について、個人情報保護法は「遅滞なく」開示することを求めています。個人情報保護委員会のFAQ(Q9-12)は、検索や集約に通常必要な期間を考慮した合理的な期間内であれば「遅滞なく」に当たるとしており、具体的な日数は示していません。参考までに、厚生労働省が2018年に周知した調査(2017年9〜10月、特定機能病院・大学病院87施設)では、開示までの日数は2〜4週間程度が中心でした。診療所の実態とは異なるため、目安にとどめてください。
個人情報保護委員会と厚生労働省のQ&A(Q5-3)では、開示は原則として書面の交付、または請求した人が同意した方法で行うとされています。閲覧にするか写しを渡すかも、請求者と相談して決められます。
本人が電磁的記録(PDFなどのデータ)での開示を請求した場合は、原則としてその方法で開示します(個人情報保護委員会FAQ Q9-10)。ファイル形式(PDF、Wordなど)や提供方法(記録媒体の郵送、メール添付、ダウンロードなど)は事業者が定めることができ、本人の指定に応じる義務まではありません。指定された形式での開示が技術的に難しければ、対応可能な形式で足ります。ただし、本人の利便性の観点から、できる限り要望に沿うことが望ましいともされています。
患者等が補足的な説明を求めたときは、速やかに応じ、担当医が説明するのが望ましいとされています(指針7(1))。一方、2018年の厚生労働省通知は、医師の立会いを必須とすると患者が開示を受ける機会を不当に制限するおそれがあるため不適切としています。
指針7(4)は、管理者が開示に要する費用を申立人から徴収できるとしています。個人情報保護法第38条も、手数料は「実費を勘案して合理的であると認められる範囲内」で定めるとしています。個人情報保護委員会のFAQ(Q9-29)も、手数料の額は実費を勘案して合理的な範囲で定める必要があると説明しています。
厚生労働省の2018年7月20日付通知(診療情報の提供等に関する指針について(周知))では、次の点が示されています。
同通知に添付された調査では、費用は「999円以下」が67%、「5,000円以上」が16%でした。ただしこれは特定機能病院・大学病院87施設の結果で、診療所の相場ではありません。コピー代・人件費・郵送費など、自院で実際にかかる費用を積み上げて決め、受付に掲示しておくと説明しやすくなります。
指針8は、次の2つの場合に診療記録の全部または一部を提供しないことができるとしています。いずれも個別の事例ごとの慎重な判断が必要とされています。
提供しないときは、原則として申立人に文書で理由を示し、あわせて苦情処理の体制も説明します(指針8)。苦情の受け皿として、院内の体制の整備や、医療安全支援センター・医師会の苦情処理機関などの相談窓口の活用が指針11で挙げられています。
2003年の「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」報告書は、訴訟を前提としていることだけを理由に開示しないのは適当でないとしています。なお、個人情報保護委員会のFAQ(Q9-7)では、「保有する情報をすべて開示せよ」という請求に対し、範囲を特定する事項の提示を求めることができ、業務の適正な実施に著しい支障が生じるおそれがある場合には全部または一部を開示しないことができるとされています。どの条文・どの根拠で不開示にするのかは、個別の判断になるため専門家への確認をおすすめします。
診療録は、診療所の管理者のもとで5年間保存する必要があります(医師法第24条。起算点は最終記載日。千葉市保健所の案内による)。保存している診療録は、請求があれば開示の対象になり得るため、承継や閉院で記録を引き継ぐときは、誰が管理し、開示請求を誰が受けるのかを先に決めておく必要があります。
診療録を含む記録の引き継ぎや、閉院後の保管については、院長業務の切り分け、電子カルテの移行、閉院手続きの記事もあわせてご確認ください。
指針7(3)は、申立ての理由の記載を求めることは不適切としています。書面での申立てが望ましいとされていますが、様式に「請求の理由」欄を設けるのは避けましょう。
本人の同意や代理権の確認が必要です。本人から代理権を与えられた親族や、判断能力に疑いがある成人患者を世話している親族は請求できますが、資格の証明が求められます(指針7(2)(3))。患者が亡くなっている場合は、配偶者・子・父母などの遺族への提供として指針9にしたがいます。
法律上、具体的な日数は定められていません。個人情報保護法は「遅滞なく」開示することを求めており、検索や集約に通常必要な期間を考慮した合理的な期間内であればよいとされています(個人情報保護委員会FAQ Q9-12)。
本人が電磁的記録での開示を請求した場合は原則としてその方法で開示しますが、ファイル形式や提供方法は事業者が定められます。指定どおりの形式が技術的に難しければ、対応できる形式で足りるとされています(個人情報保護委員会FAQ Q9-10)。
一律額が不適切な場合があるとされています。実際にかかる費用を積み上げ、実費を勘案して合理的な範囲で定めます(厚生労働省 2018年通知、指針7(4))。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の請求への対応や、開示の可否・手数料の適否を保証するものではありません。実際の対応にあたっては、管轄の保健所・個人情報保護委員会の相談窓口および弁護士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年10月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年10月28日/最終更新日:2026年10月28日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身