
保険診療の個別指導は、診療所にとって「いつか来るかもしれない」ものです。厚生労働省が2026年1月29日に公表した令和6年度の実施状況では、個別指導は2,494件で、前年度から1,030件増えました。この記事では、対象の選ばれ方、当日と終了後の流れ、日ごろの備え方を、厚生労働省の公表資料から整理します。
保険医療機関への指導・監査は、似た名前の制度が並びます。厚生労働省の指導大綱(別添1)は、指導の形態を「集団指導」「集団的個別指導」「個別指導」の3つに分けています。集団指導は対象を一定の場所に集めて講習などの方式で行うもの、集団的個別指導は集めたうえで個別に簡便な面接懇談方式で行うもの、個別指導は個別に面接懇談方式で行うものです。
このほか、厚生労働省は実施状況の統計で「新規個別指導」「適時調査」「監査」を別に集計しています。新規個別指導は新規に指定された医療機関が対象の指導として件数が公表されています。適時調査は施設基準の届出内容を確認する調査で、監査は不正または著しい不当が疑われる場合などに行われます。
| 区分 | 内容(公表資料の記載) | 主な位置づけ |
|---|---|---|
| 集団指導 | 対象を集めて講習等の方式で行う。新規指定の機関は概ね1年以内にすべてを対象に実施(指導大綱 第4の2) | 制度の周知 |
| 集団的個別指導 | 集めたうえで個別に面接懇談を行う。平均点数の高い機関(高点数)から選定(同 第4の3) | 高点数への指導 |
| 個別指導 | 原則として指導月以前の連続した2カ月分のレセプト等をもとに面接懇談方式で行う(同 第6の3) | 診療・請求内容の確認 |
| 適時調査 | 施設基準の届出内容などを調査(適時調査実施要領) | 施設基準の適合確認 |
| 監査 | 不正又は著しい不当を疑うに足りる理由がある場合などに実施(監査要綱 第3) | 行政措置・返還の判断 |
診療所の院長にとっての実務上の違いは、指導が「改善を促す面接」であるのに対し、監査は戒告・注意・指定取消などの行政措置につながり得る点です。個別指導の結果が「要監査」とされた場合や、個別指導を正当な理由なく拒否した場合は、監査に進むと指導大綱に定められています。
厚生労働省の令和6年度の実施状況(2026年1月29日公表)によると、指導・監査の件数は次のとおりです。なお、資料の区分は「医科」「歯科」「薬局」で、診療所だけの数字は公表されていません。医科には病院も含まれる点に注意してください。
| 区分 | 全体 | 医科 | 前年度(全体)との差 |
|---|---|---|---|
| 個別指導 | 2,494件 | 894件 | 1,030件増 |
| 新規個別指導 | 5,989件 | 2,599件 | 587件減 |
| 集団的個別指導 | 15,506件 | 5,838件 | 前年度は10,568件 |
| 適時調査 | 2,729件 | 2,722件 | 19件減 |
| 監査 | 34件 | 20件 | 12件減 |
個別指導が前年度の1,464件から2,494件へ増えた一方、新規個別指導は6,576件から5,989件へ減っています。令和6年度は、全体として指導の中でも個別指導の比重が高まった年といえます。ただし、1年分の数字の増減だけで今後の傾向を断定することはできません。
返還金額は、令和6年度に確定した額で見ると次のとおりです。指導・監査を実施した年度とは一致しない場合がある、と資料に注記されています。
| 区分 | 返還金額 | 前年度との差 |
|---|---|---|
| 合計 | 約48億5,333万円 | 約2億3千万円増 |
| 指導による返還分 | 約17億2,536万円 | 約3億7千万円増 |
| 適時調査による返還分 | 約22億9,921万円 | 約9億円減 |
| 監査による返還分 | 約8億2,876万円 | 約7億5千万円増 |
指定取消等は23件(指定取消9件、指定取消相当14件)、保険医等の登録取消等は18人と公表されています。件数は全国の医療機関・薬局の合計で、1件あたりの返還額や診療所の平均額は資料からは分かりません。
個別指導の対象は、地方厚生(支)局に置かれる選定委員会などを通じて、指導大綱の基準で選ばれます。都道府県個別指導は、原則として対象となった機関すべてに実施されます。指導大綱(第4の4(1))が挙げる対象の例は次のとおりです。
もう一つの入口が「高点数」です。指導大綱は、診療報酬明細書1件当たりの平均点数が高い機関(取扱件数の少ない機関は除く)を、平均点数の高い順に集団的個別指導の対象としています。集団的個別指導の翌年度も高点数に該当した場合は、翌々年度に個別指導が行われます(第7の1(1))。一方、集団的個別指導または個別指導を受けた機関は、翌年度と翌々年度は集団的個別指導の対象から除かれます。
つまり、平均点数が高いこと自体が違反を意味するわけではありません。ただし、情報提供の有無など外から見えない要素もあるため、自院が選ばれる可能性を事前に予測することは難しい、というのが実情です。備えは「いつ来ても説明できる状態にしておく」ことになります。
個別指導の実施通知は文書で行われます。当日は、原則として指導月以前の連続した2カ月分のレセプトをもとに、診療録など関係書類を閲覧しながら、面接懇談の方式で進みます。必要に応じて都道府県医師会などに立会いを依頼する、とも指導大綱に定められています。
指導後の措置は、指導大綱(第7の1(2))で次の4つに分かれます。
| 措置 | 内容 |
|---|---|
| 概ね妥当 | 診療内容・請求が概ね妥当適切な場合 |
| 経過観察 | 適正を欠く部分はあるが軽微で、理解も十分得られ、改善が期待できる場合。改善が認められないときは再指導 |
| 再指導 | 適正を欠く部分があり、再度指導しなければ改善状況を判断できない場合 |
| 要監査 | 監査要綱の要件に該当すると判断した場合。後日速やかに監査を実施 |
結果は地方厚生(支)局が文書で通知し、指導担当者が口頭でも説明します。指摘事項については改善報告書の提出が求められます。不正又は不当が疑われて患者から受療状況の聴取が必要な場合は、患者調査が行われ、その結果で再指導や監査に進みます。
返還の扱いは、監査要綱(第6の4)に記載があります。不正又は不当の事実に係る返還金は、原則として保険者を通じて診療報酬から控除するなどの方法で措置され、返還期間は原則5年間とされています。個別の事案で返還がどの範囲になるかは、事実関係によって異なるため、本稿では断定しません。
厚生労働省保険局医療課医療指導監査室が公表している「保険診療確認事項リスト(医科)」は、令和6年度改定版ver.3が最新として掲載されています。診療報酬の請求で誤りやすく、個別指導で指摘されることの多い事項を集めたもので、保険診療の質的向上と適正化を図ることが目的です。
注意したいのは、このリストが点数表の全項目を網羅していないことです。個別指導ではリストの事項を機械的に当てはめるのではなく個々の症例を確認するため、リストにない事項が指摘されることもある、と説明されています。算定要件や施設基準は、最新の告示・通知で別途確認する必要があります。診療所に関係しやすい確認事項は次のとおりです。
| 分野 | リストの確認事項(要旨) |
|---|---|
| 診療録 | 診療の都度、遅滞なく必要事項を記載する。前回の記載の複写による追記は不適切。完結の日から5年間保存する |
| 傷病名 | 医師が記載・入力する。診療が終わった傷病名は削除せず転帰を記載する。検査や投薬を通すためだけの病名は不可 |
| 初診料・再診料 | 検査結果を聞きに来ただけの場合などに別に算定するのは不適切。電話再診は医師以外の対応では算定不可 |
| 外来管理加算 | 問診と身体診察を行い、聴取事項や所見の要点を診療録に記載していることが前提。処置やリハビリを行った場合は算定不可 |
| 特定疾患療養管理料 | 初診日から1か月を経過する前の算定は不可。主病は実際の管理対象である必要がある |
| 情報通信機器を用いた診療 | オンライン診療の指針に沿い、診療内容・日時・時間を診療録に記載する |
同じ厚生労働省の「令和7年度 特定共同指導・共同指導(医科)における主な指摘事項」には、診療録に診療内容の記載がほとんどない日がある、医学的根拠のないレセプト病名がある、ビタミン剤の投与理由が具体的に書かれていない、医療情報システムのID・アクセス権限が利用目的に基づいて付与されていない、といった項目が挙がっています。これは主に病院等を対象とした指導ですが、診療録・傷病名・投薬理由の記載という基本は診療所にも共通します。
新規に指定された保険医療機関は、指導大綱(第4の2(1))で、概ね1年以内にすべてを対象として集団指導が行われます。また、統計上の「新規個別指導」は令和6年度に5,989件あり、新しく指定された医療機関が受ける指導として集計されています。新規個別指導の選定時期や方法の詳細は、本稿で確認した指導大綱の本文には記載がなく、実施通知で確認する必要があります。
医院を承継した場合は、診療録の記載ルールや傷病名の付け方、施設基準の届出内容が前院長のやり方のままになっていないかを、早い段階で点検するのが現実的です。承継後30〜90日の進め方とあわせて、カルテ運用の確認を日程に入れておくと抜けにくくなります。
指導大綱では、支払基金等や保険者等からの情報提供があった機関、再指導や経過観察で改善が認められない機関、集団的個別指導のあとも高点数に該当した機関などが挙げられています。選定の詳細はすべて公開されているわけではなく、自院が選ばれる時期を予測することは困難です。
原則として指導月以前の連続した2カ月分のレセプトをもとに、診療録など関係書類を閲覧し、面接懇談の方式で行われます。診療録の記載、傷病名と診療内容の整合、算定要件を満たしているかの確認が中心になります。
指導後の措置は、概ね妥当・経過観察・再指導・要監査の4つで、指摘があっても直ちに返還となるとは限りません。返還は監査要綱の定めに基づき、不正又は不当の事実に係るものが原則として保険者を通じて措置されます。個別の事案は事実関係によるため、厚生局の通知内容を確認してください。
指導大綱は、集団的個別指導・個別指導で、必要に応じて都道府県医師会等に立会いを依頼すると定めています。院内の誰が同席できるかなど個別の取扱いは、実施通知に記載された案内で確認してください。
本稿の確認時点(2026年10月)で、厚生労働省のページに掲載されている最新の実施状況は令和6年度分です。令和6年度分の公表は2026年1月29日でしたが、令和7年度分の公表時期は案内されていないため、公表されたら数値を更新する必要があります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の指導・監査の結果や返還の有無・範囲を保証するものではありません。実際の対応にあたっては、管轄の地方厚生(支)局・都道府県医師会、および弁護士・社会保険労務士・医療事務の専門家等に必ずご確認ください。数値・制度は2026年10月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年10月20日/最終更新日:2026年10月20日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身