
後継者が見つからないまま、閉院という選択肢が頭をよぎる院長は少なくありません。医療業の後継者不在率は61.8%(帝国データバンク2024年調査)と全業種平均を大きく上回り、第三者への医院承継(M&A)は現実的な出口として広がっています。本記事では、初回の打診からクロージングまでの流れを6ステップで整理し、医療法人ならではの論点まで解説します。
医院承継は、院長が築いた診療所や医療法人を後継者に引き継ぐことを指し、承継先によって大きく3つに分かれます。中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」は、承継の類型を親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)に整理しています(出典:中小企業庁「事業承継ガイドライン 第3版」/令和4年3月改訂)。
医療業界で近年増えているのが、親族や勤務医に適任者がいない場合の第三者承継です。診療所は年間で約6,400件が廃止される一方、約7,300件が新設されており、開設・廃止の入れ替わりが活発な業界とされます(出典:日本M&Aセンター 医療業界M&A動向/2025年時点、報道・事業者資料による)。閉院すれば地域から医療機関が一つ失われますが、承継であれば患者・スタッフ・地域医療を残したまま引き継げる点が最大の利点です。
医院承継のプロセスは、6つの段階に分けて考えると全体像がつかみやすくなります。第三者承継(M&A)の一般的な流れは、事前準備を経て次のように進みます。
| ステップ | 主な内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| ①打診・マッチング | 仲介会社等を通じ、条件に合う相手を探索・初回打診 | 1〜6か月 |
| ②意向表明・トップ面談 | 譲受候補が意向表明書を提示、院長同士が面談 | 2〜4週間 |
| ③基本合意 | 価格・スキームの大枠を確認し基本合意書を締結 | 2〜4週間 |
| ④デューデリジェンス | 譲受側が財務・法務・労務・診療内容を精査 | 1〜2か月 |
| ⑤最終契約 | 譲渡契約書に調印、社員総会・理事会決議等を実施 | 2〜4週間 |
| ⑥クロージング | 対価の授受、各種変更手続き、引き継ぎを完了 | 1〜2か月 |
全体では半年から1年半程度を見込むのが一般的です。相手探しに時間がかかることも多いため、閉院を検討し始めた段階で早めに動くほど、選択肢は広がります。
打診・マッチングの段階では、譲渡の希望条件を整理し、仲介会社や金融機関を通じて候補を探します。この時点で診療圏・患者数・財務状況などの資料をまとめておくと、その後の交渉が円滑になります。
意向表明とトップ面談では、譲受候補が価格や承継後の運営方針を示し、院長同士が経営理念や地域医療への姿勢をすり合わせます。価格だけでなく「患者とスタッフを大切にしてくれるか」を見極める重要な場です。
基本合意の締結によって、独占交渉権や大まかな条件が固まります。法的拘束力は限定的ですが、以降の交渉の土台になります。
デューデリジェンス(買収監査)では、譲受側が財務・法務・労務・診療体制を精査します。ここで簿外債務や労務リスクが見つかると、価格の見直しや破談につながるため、日頃からの帳簿・契約書・許認可の整備が結果を左右します。
最終契約では譲渡契約書に調印し、医療法人であれば社員総会・理事会の決議など機関手続きを行います。クロージングで対価の授受と経営者交代を完了させ、保健所・地方厚生局への各種届出や名義変更を進めます。
医療法人の承継では、「出資持分あり・なし」の区別が税務を大きく左右します。持分ありの医療法人では、出資持分に相続税・贈与税が課され、評価額が高額になると納税負担が承継の障害になり得ます(出典:国税庁 No.4150「医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例」)。
負担を抑える仕組みが認定医療法人制度です。認定を受けた医療法人が要件を満たし、移行計画に記載した期限までに出資持分を放棄した場合、猶予されていた相続税・贈与税が免除されます(出典:国税庁 No.4150・No.4177)。この制度の移行計画認定の申請期限は、令和5年度税制改正により2026年12月31日まで延長されています(2026年7月時点。出典:厚生労働省 認定医療法人制度)。持分なし法人への移行を検討する場合は、期限までに逆算した準備が欠かせません。
個人開業のクリニックの承継では、医療機器や内装などの資産譲渡・賃貸借と、保険医療機関の新規指定手続きが中心になります。法人か個人かでスキームが異なるため、税理士・専門家への早期相談が安全です。
承継の成否は、契約後の患者・スタッフの引き継ぎで決まると言われます。スタッフの雇用は、承継スキームによって労働条件の扱いが変わるため、事前に処遇・雇用継続の方針を明確にし、早い段階で丁寧に説明することが離職防止につながります。
患者への周知では、診療の継続性を伝えることが不安の軽減になります。カルテなど個人情報の引き継ぎは、個人情報保護のルールに沿って適切に行う必要があります。院長交代の告知時期や方法も、譲受側と事前にすり合わせておくと混乱を避けられます。
A. 相手探しから引き継ぎ完了まで、半年〜1年半程度が目安です。条件に合う相手が早く見つかれば短縮でき、相手探しが難航すると長引きます。閉院を意識し始めた段階で動くのが得策です。
A. 親族や勤務医に後継者がいない場合でも、第三者承継(M&A)により医院を残せる可能性があります。医療業の後継者不在率は61.8%(2024年)と高く、第三者への承継は一般的な選択肢になっています。
A. 持分ありの法人は出資持分に相続税・贈与税がかかる一方、持分なし法人にはこの課税がありません。認定医療法人制度を使って持分なしへ移行すると、要件を満たせば猶予税額が免除されます(移行計画認定の申請期限は2026年12月31日)。
A. 財務(収支・借入・簿外債務)、法務(許認可・契約)、労務(雇用・未払残業)、診療内容などが精査されます。日頃から帳簿や契約書、届出関係を整えておくと評価が安定します。
A. M&A仲介会社、金融機関、税理士、承継支援会社などが窓口になります。医療特有の許認可や税務が絡むため、医療分野の実務に精通した支援者を選ぶと安心です。
医院承継は、準備の早さがそのまま選択肢の広さにつながります。株式会社ENは、クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで支援しています。「後継者がいないが医院は残したい」「何から手をつければよいか分からない」という段階でも、現状整理からご相談いただけます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。実際の承継・税務手続きにあたっては、医師・税理士・弁護士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年7月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年7月27日/最終更新日:2026年7月27日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7医院運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶応義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身