
クリニックの引き継ぎでは、健康保険の「保険医療機関」の指定に注目が集まりやすい。しかし労働者災害補償保険法、生活保護法、障害者総合支援法、児童福祉法にも、それぞれ独立した「指定医療機関」制度がある。旧医院がこれらの指定を受けていた場合、承継後の医院に自動的には引き継がれない。制度ごとに指定権者・要件・更新期間が異なり、窓口も労働局・都道府県・市に分かれる。
健康保険法上の保険医療機関の指定は、承継の類型(事業譲渡・法人成り・遡及指定の可否)によって扱いが変わることは既出の記事で整理した。これとは別に、労災保険・生活保護法・障害者総合支援法・児童福祉法は、それぞれの根拠法で独自に「指定医療機関」を定めている。共通しているのは、指定が病院・診療所という施設ではなく「開設者の申請」に対して行われる点で、生活保護法第49条の2第1項は「病院若しくは診療所又は薬局の開設者の申請により行う」と定め、障害者総合支援法第59条第1項・児童福祉法第19条の9第1項もほぼ同じ文言を置いている。つまり開設者が入れ替わる承継では、旧開設者への指定が新開設者にそのまま乗り移る保証はなく、各制度の規定を個別に確認する必要がある。
デューデリジェンス(DD)の段階でこの点が抜けやすいのは、労災保険・公費負担医療の患者数が医業収益全体に占める比率が小さい医院では、決算書や保険医療機関の指定状況ほど注目されないためである。しかし該当する患者がいる医院では、指定の空白がそのまま医療扶助・公費負担分の未収金や患者離れに直結するため、案件の初期段階で確認しておく価値がある。
労災保険の療養の給付は、労働者災害補償保険法施行規則第11条第1項により、都道府県労働局長が指定する病院・診療所・薬局・訪問看護事業者において行うと定められている。指定・取消しの際は、労働局長が名称・所在地・診療科名を公告する(同条第2項)。指定申請の窓口は所在地を管轄する都道府県労働局で、東京都医師会の案内によれば、申請書のほか病院施設等概要書、管理者の医師免許証の写し、開設許可証の写し、労働保険関係成立届などの提出が必要になる。名称・所在地・診療科目・病床数の変更や、開設者または管理者の異動があったときは、労働局の労災補償課へ届出が必要とされている。ただし施行規則の条文自体には、開設者が交代した場合に変更の届出で足りるのか、廃止・新規指定の扱いになるのかを直接定めた規定は見当たらなかった。事業譲渡のように旧医院を廃止して新医院を開設する類型では、労災保険指定も新規の指定申請が必要になる可能性が高いとみて、早めに管轄労働局に相談するのが確実である。
生活保護法第49条は、都道府県知事等が医療扶助を担当する医療機関を指定すると定める。ここで見落としやすいのが第49条の2第2項第1号で、申請に係る病院・診療所・薬局が健康保険法第63条第3項第1号の保険医療機関・保険薬局でないときは、指定を「してはならない」と義務的に定められている点である。つまり生活保護法の指定は、保険医療機関の指定が前提条件になる。指定の有効期間は第49条の3により6年ごとの更新制で、健康保険法の指定更新の規定が準用される。変更については第50条の2が「名称その他厚生労働省令で定める事項」に変更があったとき、または事業を廃止・休止・再開したときに10日以内の届出を義務づけている。承継で保険医療機関の指定を新規に取り直す場合、生活保護法の指定もそれに連動して取り直しが必要になると考えるのが自然だが、この点を明文で定めた条文は確認できなかった。地方厚生局の案内では指定更新の申請様式が新規申請と共通化されているとの記載もあり、実務は厚生局・都道府県の窓口ごとに確認する必要がある。
障害者総合支援法第59条第1項は、指定自立支援医療機関の指定を「病院若しくは診療所又は薬局の開設者の申請」により行うと定める。同条第2項第1号は、申請に係る病院等が健康保険法上の保険医療機関・保険薬局でないときは、指定をしないことができるとする。生活保護法が「してはならない」という義務規定であるのに対し、こちらは都道府県知事の裁量を残す書きぶりになっている。指定の有効期間は第60条により6年ごとの更新制で、健康保険法第68条第2項の規定が準用される。変更の届出は第64条が「名称及び所在地その他主務省令で定める事項」に変更があったときの届出義務を定めるが、条文上は届出期限を明記していない。千葉県の案内では、指定の際の住所地や開設者に変更が生じる場合は改めて新規申請の扱いになるとされており、都道府県ごとに運用が示されている。精神通院医療・更生医療・育成医療のいずれも同じ枠組みで指定されるため、承継前に旧医院がどの区分の指定を受けているかを確認しておく必要がある。
児童福祉法第19条の9第1項は、指定小児慢性特定疾病医療機関の指定を病院・診療所・薬局の開設者からの申請に基づいて行うと定める。同条第3項第1号は、健康保険法上の保険医療機関・保険薬局でないとき等に指定をしないことができるとしており、自立支援医療機関と同じ裁量規定の書きぶりになっている。指定の有効期間は第19条の10により6年ごとの更新制である。変更の届出については第19条の14が「名称及び所在地その他厚生労働省令で定める事項」の変更を10日以内に都道府県知事へ届け出るよう定めている。栃木県の案内では、開設者の住所・氏名・名称に変更が生じた場合は「指定小児慢性特定疾病医療機関変更届出書」の提出で足り、新規申請時のような指定通知書の再発行は行われないとされている。同じ「開設者の変更」でも、自治体の案内によって新規申請扱いと変更届扱いの両方が見られ、制度共通のルールとしては確定できない。承継の実務では、旧医院がどの公費負担医療の指定を受けているかを棚卸しした上で、指定権者ごとの窓口に個別に確認する進め方が確実である。
4制度に共通するのは、①指定が施設ではなく開設者の申請に対して行われること、②生活保護法・自立支援医療・小児慢性特定疾病の3制度は健康保険法上の保険医療機関・保険薬局であることを指定の要件(生活保護法は義務規定、残る2制度は裁量規定)に含んでいること、③自立支援医療と小児慢性特定疾病は指定の有効期間を6年ごとの更新制とし、健康保険法の更新規定を準用していることである。共通しないのは、開設者が交代する承継の場面での取扱いで、条文レベルでは4制度とも明記がなく、届出で足りるとする自治体の案内(小児慢性特定疾病の栃木県の例)と、新規申請の扱いになるとする自治体の案内(自立支援医療の千葉県の例)の両方が確認できた。全国一律の運用があるという前提で進めず、承継する医院の所在地を管轄する窓口に、承継の類型を伝えたうえで個別に確認するのが現時点での確実な進め方である。
いいえ。労災保険指定医療機関、生活保護法の指定医療機関、自立支援医療機関、小児慢性特定疾病の指定医療機関は、いずれも健康保険法の保険医療機関とは別の指定です。生活保護法第49条の2や障害者総合支援法第59条は保険医療機関であることを指定の要件の一つとして挙げていますが、要件を満たすことと指定が自動的に引き継がれることは別の問題です。承継の際は制度ごとに窓口へ確認してください。
所在地を管轄する都道府県労働局長です(労働者災害補償保険法施行規則第11条第1項)。開設者または管理者の異動があったときは、労働局の労災補償課へ届出が必要とされています。
はい。生活保護法第49条の2第2項第1号は、健康保険法上の保険医療機関・保険薬局でない病院・診療所・薬局には指定をしてはならないと定めています。指定の有効期間は第49条の3により6年ごとの更新制です。
都道府県知事が行い(障害者総合支援法第59条第1項)、指定の有効期間は6年ごとの更新制です(同法第60条)。精神通院医療・更生医療・育成医療のいずれも同じ条文の枠組みで指定されます。
児童福祉法第19条の14は、名称・所在地その他省令で定める事項に変更があったときの10日以内の届出義務を定めています。栃木県のように変更届出書の提出で足りるとする自治体がある一方、条文自体は開設者交代の扱いを明記していないため、承継前に指定権者である都道府県・政令市の窓口に確認してください。
公費負担医療の対象患者は、指定を受けた医療機関でなければ現物給付(自己負担分以外の公費負担)を受けられません。指定に空白期間が生じると、その間は患者にいったん全額を負担してもらい、後日払い戻す運用になるか、医院側が公費負担分を回収できなくなるおそれがあります。保険医療機関の遡及指定(承継の類型によって認められる場合がある)とは別の手続きなので、公費負担医療の指定についても空白が生じない申請時期を個別に確認してください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の手続きの要否を保証するものではありません。実際の各種指定申請・届出にあたっては、管轄の都道府県労働局・地方厚生局・都道府県および政令市の担当窓口に必ずご確認ください。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月25日/最終更新日:2026年9月25日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身