
インボイス制度の2割特例は、令和8年9月30日を含む課税期間が最後です。国税庁の整理では、個人の開業医は令和8年分(2026年分)の申告が最終、3月決算の法人は令和9年3月期が最終になります。さらに2026年10月1日からは、免税事業者などインボイス未登録の相手からの仕入れについて、控除できる割合が70%に切り替わります。社会保険診療は非課税なので影響を受けるのは一部ですが、自由診療や診断書料など課税売上のあるクリニックでは、申告の計算方法が変わります。
消費税の申告に関係するのは課税売上だけです。国税庁の質疑応答事例は、国民健康保険法などに基づく診療を消費税法別表第二第6号に基づく非課税としています。一方、タックスアンサーNo.6201は、社会保険の給付対象外となる美容整形、差額ベッド、市販の医薬品の購入を、非課税とならない取引の例に挙げています。
| 売上の種類 | 消費税の扱い | インボイスとの関係 |
|---|---|---|
| 社会保険診療(保険適用の診察・検査・処方) | 非課税 | 課税売上に入らないため、2割特例や3割特例の計算対象にもなりません |
| 美容医療など保険適用外の自由診療、差額ベッド、市販薬に当たる物品の販売 | 課税 | 課税売上として基準期間の判定・納税額の計算に入ります |
事業者は、基準期間(個人は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が1,000万円以下なら、原則として納税義務が免除されます(タックスアンサーNo.6501)。ただし同じ資料が明記しているとおり、インボイス発行事業者の登録をすると、この免税は受けられません。保険診療が中心で自由診療が少ないクリニックは、課税売上が1,000万円以下の免税事業者という構図がありえます。そのうえで登録をした事業者だけが、2割特例や3割特例の話に入ります。
つまり最初に確認するのは制度の細部ではなく、次の2点です。自院は登録しているか。基準期間の課税売上はいくらか。課税売上の拾い方は、承継時の決算書の読み方の記事の考え方が使えます。
2割特例は、免税事業者だった小規模事業者がインボイス発行事業者になった場合に、納付する消費税額を売上に係る消費税額の2割にできる特例です。国税庁の特設ページによると、要件は登録をしていることと、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であることの2つです。対象は令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日を含む課税期間です。
| 事業者 | 最後に使える課税期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 個人(暦年) | 令和8年分(2026年1月〜12月) | 課税期間に令和8年9月30日を含む最後の年 |
| 法人(3月決算) | 令和9年3月期(2026年4月〜2027年3月) | 国税庁特設ページの例示 |
| 法人(12月決算) | 令和8年12月期 | 課税期間に令和8年9月30日を含む最後の期(上の規定から読み取れる整理) |
注意したいのは、「9月30日で一斉に終わる」わけではない点です。課税期間が9月30日を含んでいれば、その期の申告までは使えます。個人の開業医なら、来年3月の令和8年分の確定申告が最後の2割特例になります。
また、登録していても2割特例が使えない課税期間があります。国税庁のQ&Aは、基準期間の課税売上高が1,000万円を超える期間、特定期間の売上高で免税点が使えない期間、新設法人で免税点の特例が制限される期間のほか、課税選択届出書の提出後2年以内に一般課税で100万円以上の調整対象固定資産を仕入れた場合や、1,000万円以上の高額特定資産を仕入れた場合などを挙げています。開業直後に内装や医療機器へ大きく投資するクリニックでは、この点を見落としやすくなります。
令和8年度税制改正で、3割特例が新設されました。国税庁の資料によると、対象は「個人事業者である適格請求書発行事業者」で、適用は令和9年分と令和10年分の消費税申告です。納付額は、課税標準額に対する消費税額から、その7割を控除した額、つまり売上に係る消費税額の3割になります。適用にあたっては、確定申告書にその旨を付記します。
要件は、免税事業者がインボイス発行事業者となったこと(または課税事業者選択届出書を提出したこと)で免税点制度の適用を受けられなくなる課税期間であることと、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であることです。法人は対象外と明記されています。
簡易課税との関係も整理しておきます。3割特例を使った翌課税期間から簡易課税に移る場合、通常は適用を受けたい課税期間の前日までに届出が必要ですが、この特例ではその課税期間の申告期限までの届出で足ります。国税庁は、2割特例の後に簡易課税へ移る場合にも同様の扱いを案内しています。
| 計算方法 | 納付額の目安(売上に係る消費税額を100とした場合) | 使える期間・条件 |
|---|---|---|
| 2割特例 | 20 | 令和8年分(個人)まで。法人は決算期による |
| 3割特例 | 30 | 個人のみ。令和9年分・令和10年分 |
| 簡易課税(医療業は第五種) | 50 | 基準期間の課税売上高5,000万円以下。届出が必要 |
この表は売上側の消費税だけで比べた目安です。簡易課税の納付額は「売上税額×(1−みなし仕入率)」なので、第五種の50%なら売上税額の5割になります。一般課税は実際の課税仕入れで決まるため、表には入れていません。
もう一つの変更は、仕入税額控除の経過措置です。インボイス発行事業者ではない相手から仕入れても、一定割合は控除できる措置が続いています。令和8年度改正で、この割合が「2年・2年・1年」で段階的に下がる形に見直されました。国税庁のリーフレットによると、施行は令和8年10月1日以後の課税仕入れからです。
| 期間 | 控除できる割合 |
|---|---|
| 令和8年10月1日〜令和10年9月30日 | 70% |
| 令和10年10月1日〜令和12年9月30日 | 50% |
| 令和12年10月1日〜令和13年9月30日 | 30% |
| 令和13年10月1日以後 | 0% |
国税庁は、改正前は3年間の50%を経て0%となる予定だったと説明しています。本来なら10月から50%になるはずだった割合が、70%で始まる形です。もう一つ、上限も入りました。1つのインボイス非発行事業者からの課税仕入れの合計が1億円(改正前は10億円)を超える場合、その超えた部分には経過措置を認めません。個人の診療所では届きにくい水準です。
クリニックで気をつけたいのは、この割合が効くのは課税売上に対応する仕入れだけという点です。社会保険診療は非課税売上なので、課税売上割合が95%未満になる場合、仕入税額控除は個別対応方式か一括比例配分方式で計算します(タックスアンサーNo.6421)。個人の外注先や小規模な工事業者など、未登録の相手への支払いが課税売上に対応する部分は限られます。一方、簡易課税を選んでいれば、実際の仕入れ側の登録状況は計算に使いません。
国税庁の日本標準産業分類からみた事業区分の表は、医療業(病院、診療所、歯科診療所)を第五種事業に位置づけています。みなし仕入率は50%です。簡易課税は、基準期間の課税売上高が5,000万円以下で、適用を受けたい課税期間の初日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出することが要件です(タックスアンサーNo.6505)。
判断の軸は単純です。課税売上に対応する実際の仕入率が、みなし仕入率の50%を上回るかどうかを見ます。自由診療でも、材料費や外注費の割合が高い診療科なら、一般課税のほうが有利になることがあります。一般課税では控除できる仕入税額が課税売上対応分に絞られる点も含め、税理士に試算を依頼するのが確実です。
特例の要件は事業者ごとに判定されます。個人のクリニックが医療法人になると、開設者は個人から法人へ変わります。3割特例は「個人事業者である」ことが要件なので、法人成り後は対象外です。2割特例も、令和8年9月30日を含む課税期間までという期間の制限は変わりません。法人成りの年の基準期間や新設法人の判定は複雑なため、届出の前に税理士へ確認してください。
承継の場面では、国税庁が明記しているのは相続の場合です。相続人は、みなし登録期間中は被相続人の登録番号を記載したインボイスを交付できますが、承継を続けるなら、この期間中に自ら登録の申請をする必要があります。みなし登録期間は、相続のあった日の翌日から、相続人が登録を受けた日の前日または被相続人の死亡の翌日から4月を経過する日のいずれか早い日までです。
親から子への承継ではなく、事業譲渡や持分譲渡による承継では、今回確認した国税庁の資料に同様の明記がありません。買い手は「売り手の登録番号を使い続けられる」と決め打ちせず、譲渡の契約形態ごとに、買い手自身の登録が必要かを承継前に確認してください。契約形態による違いは事業譲渡と持分譲渡の記事で整理しています。売り手の課税事業者区分と申告状況は、DDで拾う項目に加えるのが安全です。
登録しなければ、基準期間の課税売上高が1,000万円以下の間は免税事業者のままです(タックスアンサーNo.6501)。ただし登録するかどうかは、事業者を相手にする課税取引で相手から登録を求められるかなど、取引の実態で決まります。保険診療は非課税のため、インボイスの対象外です。
令和9年分は2割特例が使えません。要件を満たせば、令和9年分・令和10年分に限り3割特例を使えます。ほかに簡易課税、一般課税の選択肢があります。3割特例を使った場合は、その翌課税期間から簡易課税に移るための届出を、その課税期間の申告期限までに出せる特例があります。
使えません。国税庁の資料は、3割特例の対象を「個人事業者である適格請求書発行事業者」に限っています。法人は、2割特例の最終期が終わったあとは簡易課税か一般課税から選びます。
国税庁の特設ページは、3月決算の法人の例として、令和9年3月期までを挙げています。課税期間が令和8年9月30日を含んでいれば、その期の申告まで使える考え方です。決算期が異なる法人は、自院の課税期間で判定してください。
国税庁の適格請求書発行事業者公表サイトで、登録番号から検索できます。経過措置の割合は令和8年10月1日以後の課税仕入れから70%に変わるため、外注費が多い場合は、主要な支払先だけでも登録の有無を一覧にしておくと、仕入税額控除の見込みを立てやすくなります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の消費税の申告内容や登録・届出の要否を保証するものではありません。実際の登録・届出・計算方法の選択にあたっては、税理士等の専門家および所轄の税務署に必ずご確認ください。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月29日/最終更新日:2026年9月29日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身