
厚生労働省の実施要綱(令和8年度)によると、無床診療所には「賃上げ支援事業」で1施設15万円、「物価支援事業」で1施設17万円の給付金が、都道府県を通じて支給されます。賃上げ側は職員の賃金改善に充てることが条件で、令和8年8月1日までに賃金改善報告書を提出する仕組みです。受付はすでに終わった都道府県もあるため、今は「受け取ったあとに何を守るか」を確認する時期です。この記事では、一次資料で確認できた対象・金額・報告・返還のルールを整理します。
正式には「医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業」の一部で、診療所・薬局・訪問看護ステーションを対象にした「診療所等賃上げ支援事業」と「診療所等物価支援事業」の2本立てです。実施主体は都道府県で、国が都道府県の経費を補助します。病院向けは別の枠組みで、厚生労働省が外部事業者に業務委託して申請を受け付けています(厚生労働省「医療機関等における賃上げ・物価上昇支援事業について」)。
目的は、賃上げ支援が「賃上げ経費の給付金を支給して賃上げにつなげること」、物価支援が「令和6年度診療報酬改定以降の物価高騰に対応し、診療等の経費を補填すること」と、実施要綱に書かれています。つまり、同じ時期に申請できる給付金でも、賃上げ支援は使い道に条件が付き、物価支援は賃金改善を要件としない、という性格の違いがあります。診療報酬のベースアップ評価料(職員の賃上げを目的とした点数)と合わせて使う前提の事業なので、仕組みはベースアップ評価料の解説記事もあわせて確認してください。
給付額は施設の種類と許可病床数で決まります。病床数の基準日は令和7年8月1日時点の使用許可病床数です(厚生労働省の公表ページ)。
| 区分 | 賃上げ支援事業 | 物価支援事業 |
|---|---|---|
| 無床診療所(医科・歯科) | 1施設15万円 | 1施設17万円 |
| 有床診療所 | 許可病床数×72,000円(2床以下は1施設15万円) | 許可病床数×13,000円(13床以下は1施設17万円) |
| 賃金改善の要件 | あり(賃金改善に充てる) | なし |
対象になる施設の条件も、2つの事業で異なります。賃上げ支援は、令和8年3月1日時点でベースアップ評価料を届け出ている診療所が対象です。現行制度では評価料を届け出られない診療所は、令和8年6月1日時点で見直し後の評価料を届け出ることを誓約する場合に対象になります。物価支援は、原則としてすべての診療所等が対象です。
共通の条件として、埼玉県の案内では「令和7年4月1日から申請時点まで診療報酬請求の実績があること」と「令和8年1月2日以降に廃院・廃止の予定がないこと」が挙げられています。実施要綱では、令和8年1月1日時点で廃院・廃止している施設は対象外です。法人が複数の診療所をまとめて算定することもできますが、申請は診療所の所在する都道府県ごとに行います(厚生労働省Q&A第1版 Q22)。
物価支援事業は、賃金改善を要件としません。実施要綱は、診療等の経費を補填する給付金と位置づけ、無床の歯科診療所には、歯科技工所への委託料に適切に転嫁するなど、歯科技工所の物価高騰にも配慮することを求めています。
実施要綱は、賃金改善を「基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ」と定めています。原則として、令和7年12月から令和8年5月までの間に対象職員のベースアップを行い、令和8年6月1日以降もその水準を維持または拡大することが求められます。Q&Aでは、令和7年11月の賃金水準と比べて令和7年12月から令和8年5月の6か月間に改善することが対象で、令和8年1月から3月だけの改善は対象外とされています(Q14)。
賃金表の見直しに時間がかかる場合の特例もあります。令和7年12月から令和8年3月までの最大4か月分を一時金や特別手当で3月までに支給し、4月と5月にベースアップを行って6月1日から相当水準のベースアップを実施する方法です。ただし、4月と5月は基本給や毎月の手当の引上げが必要で、一時金だけでは足りません(Q19)。兼務職員は勤務実態があれば対象にでき、年度の途中で採用した職員は採用月から、退職した職員は退職月までの月数分が対象です(Q24〜Q26)。
実施要綱では、令和8年8月1日までに「賃金改善報告書」(別紙様式2)を都道府県知事に提出し、支給額の全部が賃金改善に充てられたことを確認する、と定めています。一部でも充てられていなければ、減額して返還を求められます。埼玉県は、実績報告を令和8年7月1日から8月1日までの期間に、電子申請フォームの「マイページ」から受け付けると案内していました。
Q&Aによると、申請時と実績報告時に証拠書類の添付は不要です。ただし、賃金台帳などは補助金額の確定年度の終了後5年間保管する必要があります(Q21)。提出の期限はすでに過ぎているため、出し忘れや内容の不安がある場合は、診療所の所在地の都道府県の担当窓口に早めに確認してください。物価支援事業については、実施要綱に「賃金改善報告書」のような実績報告の規定はなく、申請時に知事が必要と認める書類を添える形です。国の公表ページは、使途の詳細を都道府県の案内に従うとしています。
実施要綱とQ&Aから確認できる返還のパターンは次のとおりです。賃上げ支援と物価支援に共通するものと、賃上げ支援だけのものがあります。
| 場面 | 返還の扱い |
|---|---|
| 給付後に正当な理由なく廃院・廃止した(両事業) | 全額返還。事業譲渡等で譲受先が診療等を継続するなど、知事がやむを得ないと認めた場合は除く |
| 申請内容の偽りなど不正な手段で受給した(両事業) | 全額返還 |
| 支給額の一部を賃金改善に充てられなかった(賃上げ支援) | 充てられなかった分を減額し、返還を求める |
| 他の賃金項目を引き下げて効果を打ち消した(賃上げ支援) | 支給額の全額返還を求められることがある(Q29) |
| 賃金改善部分を他の補助金で賄っていた(賃上げ支援) | 「生産性向上・職場環境整備等支援事業」で賃上げ部分を賄っていることが明確な場合、その額は本事業の賃金改善に含められない(Q29) |
なお、自己都合退職などで未対応の月分が生じた場合は、労働基準関係法令に照らして返還の要否を個別に判断するとされています(Q19)。一方、受診患者数の変動でベースアップ評価料の収入が増減しても、給付金を賃金改善に充てていれば返還は不要です(Q23)。承継を予定しているクリニックは、事業譲渡で譲受先が診療を継続する場合の例外があることを覚えておくとよいでしょう。承継の類型ごとの違いは事業譲渡と持分譲渡の違いの記事、閉院時の手続きは閉院手続きの記事で整理しています。
受付期間は都道府県ごとに異なります。確認できた範囲では、埼玉県は令和8年4月20日から5月31日まで(掲載日2026年6月29日の時点で受付終了)、東京都は令和8年6月11日から8月7日まで(更新日2026年7月15日)でした。国の公表ページは、診療所等の申請期限を載せず、都道府県の案内を待つよう求めています。
すでに受け取った診療所は、賃金台帳と賃金改善の内訳が、実績報告の内容と一致しているかを見直してください。まだ申請していない診療所は、自院の所在地の都道府県のホームページで、受付の状況を確認してください。再開や追加の案内があるかどうかは、国の資料からは判断できません。なお、消費税の仕入控除税額の報告は、本事業では不要とされています(Q&A第1版 Q9)。給付金の会計・税務上の扱いは、顧問税理士に確認してください。
賃上げ支援事業が15万円、物価支援事業が17万円で、両方の要件を満たせば合計32万円です。賃上げ支援は、令和8年3月1日時点でベースアップ評価料を届け出ているか、令和8年6月1日時点で届出を誓約していることが条件です。
賃上げ支援の賃金改善には使えません。実施要綱は、管理者、法人の理事長、個人事業主を対象外の者としています。対象は、クリニックで働く職員の賃金改善です。
令和7年12月から令和8年3月までの最大4か月分を一時金や特別手当で払う方法は認められます。ただし、令和8年4月と5月は基本給や毎月の手当の引上げが必要で、6月1日から相当水準のベースアップを実施することが前提です。
申請時と実績報告時の証拠書類の添付は不要です。ただし、賃金台帳などは補助金額の確定年度の終了後5年間保管する必要があります。
受付期間は都道府県が決めています。埼玉県と東京都は受付を終えていましたが、他の都道府県の状況は国の資料から分かりません。自院の所在地の都道府県のホームページで、最新の案内を確認してください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、給付金の受給可否や賃金改善の算定、会計・税務上の処理を保証するものではありません。実際の申請・報告にあたっては、診療所の所在地の都道府県の担当窓口、および社会保険労務士・税理士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年10月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年10月16日/最終更新日:2026年10月16日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身