2026年9月3日、厚生労働省は全ての都道府県で令和8年度の地域別最低賃金の改定額が答申されたことを公表しました。全国加重平均は1,177円で、前年度から56円の引上げです。医療機関にとってこれは「ニュース」ではなく、10月から12月にかけて順次発生する実務です。受付・医療事務・看護助手・清掃といった時間給の職員を抱える診療所や病院では、発効日までに賃金台帳の点検を終えておく必要があります。

本記事では、答申された数値そのものと、医療機関の給与実務でつまずきやすい論点――何が最低賃金の判定に入るのか、月給の職員はどう確認するのか、就業規則を直さないとどうなるのか――を、厚生労働省の一次資料と最低賃金法の条文から整理します。

令和8年度の地域別最低賃金はいくらになったのか?

答申された改定額の全国加重平均は1,177円で、昨年度の1,121円から56円の引上げです。47都道府県すべてで54円から65円の引上げとなりました(出典:厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」令和8年9月3日)。

厚生労働省は、全国加重平均56円の引上げについて「昭和53年度に目安制度が始まって以降で2番目の高さ」としています。また最高額(東京都1,280円)に対する最低額(宮崎県1,085円)の比率は84.8%で、昨年度の83.4%から改善し、この比率の改善は12年連続となりました。地域間の格差そのものは残っていますが、縮小の方向にあるという整理です。

引上げ額の内訳は、65円が1県、64円が1県、63円が2県、62円が2県、61円が4県、60円が4県、59円が5県、58円が4府県、57円が7県、56円が11道県、55円が3県、54円が3都府県です。最も引上げ額が大きかったのは佐賀県の65円(1,030円→1,095円)でした。

審議会が示した目安と、実際の答申額はどうずれたのか?

目安額はAランク54円、B・Cランク56円でしたが、47都道府県のうち33都道府県が目安額を上回る引上げを答申しました(別紙の「目安差額」欄が+表示になっている県)。目安どおり(差額±0)だったのは14都道府県です(出典:厚生労働省(別紙)「令和8年度地域別最低賃金 答申状況」令和8年9月3日)。

ここで一点、目安の位置づけについて留保が必要です。中央最低賃金審議会が令和8年7月28日に厚生労働大臣へ提出した答申は、冒頭で「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安については、その金額に関し意見の一致をみるに至らなかった」と述べています。ランク別の金額は労使が合意した数値ではなく、公益委員見解として地方最低賃金審議会に提示されたものです(出典:中央最低賃金審議会「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について(答申)」令和8年7月28日)。「国が決めた目安を各県が上回った」と単純化せずに読む必要があります。

自院はいつから新しい額を払わなければならないのか?

発効日は都道府県ごとに異なり、令和8年10月1日から12月2日までにばらけています。全国一斉ではありません。しかも答申時点では確定しておらず、厚生労働省は「答申された改定額は、都道府県労働局での関係労使からの異議申出に関する手続を経た上で、都道府県労働局長の決定により」順次発効される予定としています。別紙にも「発効日は、答申公示後の異議の申出の状況等により変更となる可能性有」と明記されています。

最も早いのは10月1日(東京・神奈川・大阪・埼玉・千葉・愛知・北海道・宮城・栃木など)、最も遅いのは12月2日の沖縄県で、岩手県と熊本県が12月1日、佐賀県が11月15日、京都府が11月16日と続きます。複数県に施設を持つ医療法人では、同じ法人内で改定のタイミングが2か月以上ずれることになります。給与システムの改定日を法人一律で設定していると、早い県で下回るか、遅い県で前倒しの人件費が発生します。

なお最低賃金法第14条は、地域別最低賃金の改正の決定は「公示の日から起算して三十日を経過した日」(決定で別の日を定めたときはその日)から効力を生ずると定めています。発効日は法律上の手続を踏んで決まるものなので、確定額と確定日は必ず所轄の都道府県労働局の公示で確認してください。

どの手当が最低賃金の判定に入り、どれが入らないのか?

最低賃金の対象になるのは「毎月支払われる基本的な賃金」です。実際に支払われた総額をそのまま時間額に割り戻すのではなく、次の6区分を差し引いてから判定します(出典:厚生労働省「最低賃金の対象となる賃金」)。医療機関の給与項目に当てはめると、判定額はしばしば額面よりかなり小さくなります。

最低賃金の対象とならない賃金 医療機関でよくある該当例
(1) 臨時に支払われる賃金 結婚手当、慶弔見舞金の性質を持つ一時金
(2) 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金 賞与、年2回支給の特別手当
(3) 所定労働時間を超える労働への賃金 時間外割増賃金(残業代)
(4) 所定労働日以外の日の労働への賃金 休日割増賃金(休日出勤手当)
(5) 22時〜5時の労働への賃金のうち通常の賃金の計算額を超える部分 夜勤手当のうち深夜割増に相当する部分
(6) 精皆勤手当・通勤手当・家族手当 皆勤手当、通勤費支給、扶養手当

とりわけ注意が要るのが(5)と(6)です。夜勤手当は全額が除外されるわけではなく、除外されるのは「通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分」=深夜割増に相当する部分だけです。夜勤手当を一律の定額で支給していて割増相当分の内訳が就業規則・賃金規程に書かれていない場合、そもそも判定額を計算できません。また(6)により、通勤手当や扶養手当を厚く設計している医療機関ほど、額面と最低賃金の判定額の差が開きます。

なお、資格手当・職務手当・役職手当は上記6区分のいずれにも該当しないため、判定に算入されます。手当の名称ではなく、支払いの性質で区分される点が実務上の分かれ目です。

月給の職員はどう確認すればよいのか?

地域別最低賃金は時間額で定められているため、月給制・日給制の職員も時間額に換算して比較します。厚生労働省は次の計算方法を示しています(出典:厚生労働省 最低賃金特設サイト「最低賃金のチェック方法は?」)。

時間給の場合は「時間給 ≧ 最低賃金額(時間額)」。日給の場合は「日給 ÷ 1日の所定労働時間 ≧ 最低賃金額」。月給の場合は「月給 ÷ 1か月平均所定労働時間 ≧ 最低賃金額」です。基本給が日給制で各種手当が月給制といった組み合わせの場合は、それぞれを時間額に換算してから合計し、最低賃金額と比較します。

同サイトのケーススタディでは、基本給150,000円・職務手当30,000円・通勤手当5,000円・時間外手当35,000円(合計220,000円)、年間所定労働日数250日・1日8時間の例で、通勤手当と時間外手当を除いた180,000円を用いて「(180,000円 × 12か月)÷(250日 × 8時間)= 1,080円」と換算しています。額面22万円でも判定額は1,080円――今年度の全国加重平均1,177円を下回る水準です。額面の印象で「うちは大丈夫」と判断しないことが、この計算式の要点です。なお厚生労働省は、計算方法の詳細は最寄りの都道府県労働局労働基準部賃金課室または労働基準監督署に問い合わせるよう案内しています。

就業規則を直さなければ違反にならないのか?

逆です。就業規則や労働契約を直さなくても、法律上は自動的に最低賃金額に置き換わります。最低賃金法第4条第2項は、最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は「その部分については無効とする」とし、「無効となつた部分は、最低賃金と同様の定をしたものとみなす」と規定しています(出典:最低賃金法(昭和34年法律第137号)/e-Gov法令検索)。

つまり規程を改定し忘れても、発効日以降は新しい最低賃金額で払う義務が生じ、実際に払った額との差額は未払賃金として残ります。「規程がまだ旧額だから」は抗弁になりません。

罰則もあります。同法第40条は、第4条第1項(最低賃金額以上の賃金を支払う義務)に違反した者を50万円以下の罰金に処すると定めています。あわせて第8条は、使用者に最低賃金の概要を「常時作業場の見やすい場所に掲示し、又はその他の方法で」労働者に周知させる措置を義務づけており、第41条第1号によりこの周知義務違反は30万円以下の罰金の対象です。掲示物の差し替えも発効日までの実務に含まれます。

派遣職員や試用期間中の職員はどう扱うのか?

派遣で受け入れている医療事務・看護補助などについては、派遣元の所在地ではなく派遣先――つまり自院の事業場の所在地を含む地域の最低賃金が適用されます。最低賃金法第13条が、派遣中の労働者には「その派遣先の事業の事業場の所在地を含む地域について決定された地域別最低賃金において定める最低賃金額により第四条の規定を適用する」と定めています。派遣会社との契約単価の見直しが、発効日までに必要になる場合があります。

試用期間中の職員については、減額の特例が存在しますが、使用者が都道府県労働局長の許可を受けたときに限られます。同法第7条は、(1)精神または身体の障害により著しく労働能力の低い者、(2)試の使用期間中の者、(3)職業能力開発促進法に基づく基礎的な職業訓練を受ける者、(4)軽易な業務に従事する者、について、許可を前提に厚生労働省令で定める率を乗じた額を減額できるとしています。許可を得ずに「試用期間だから」と低い時給を設定することはできません。

10月には社会保険の適用拡大も重なる

2026年10月には、短時間労働者の社会保険適用拡大も予定されています。時給の引上げと適用拡大が同じ月に重なる県では、パート職員の手取りと事業主負担の双方が同時に動きます。適用拡大の内容は2026年10月の社会保険適用拡大|賃金要件撤廃と企業規模要件の段階的縮小で扱っているため、本記事では扱いを最低賃金に限定します。両方を同時に見て、シフト設計と就業規則の改定を一度で済ませるのが実務上は効率的です。

よくある質問

今回の1,177円は確定した金額ですか?

いいえ。1,177円は答申された改定額の全国加重平均であり、各都道府県の額は異議申出の手続を経て都道府県労働局長が決定します。厚生労働省も発効日について「異議の申出の状況等により変更となる可能性有」と注記しています。自院に適用される確定額は、所轄の都道府県労働局の公示で確認してください。

看護師や薬剤師の給与でも最低賃金を確認する必要がありますか?

最低賃金法は職種を限定していません。第4条第1項は「最低賃金の適用を受ける労働者」に対する支払義務を定めており、資格職も対象です。実務上は時間給の職員から確認するのが現実的ですが、短時間勤務の資格職で通勤手当・家族手当の比重が大きい場合は、除外賃金を差し引くと判定額が想定より低く出ることがあります。

賞与を増やして対応することはできますか?

できません。賞与は「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」として最低賃金の対象から除外されるため、賞与を増額しても判定額は変わりません。判定額を動かすのは、毎月支払われる基本的な賃金(基本給、職務手当、資格手当など)です。

夜勤手当を出していれば時給が低くても問題ありませんか?

問題になり得ます。22時から5時までの労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分は最低賃金の対象から除外されます。夜勤手当を定額で支給している場合、割増相当部分と通常の賃金に相当する部分の区分が賃金規程で明確になっていなければ、判定額を正しく計算できません。まず規程上の区分を整理してください。

発効日までに何を終えておくべきですか?

自院の所在県の発効日と確定額の確認、除外賃金を差し引いた判定額の全職員分の再計算、時間額が下回る職員の賃金改定、賃金規程・労働条件通知書の更新、派遣契約単価の見直し、そして最低賃金の周知掲示の差し替えです。第4条第2項により規程の改定漏れは免責になりませんが、逆に規程が現行のままだと運用と書面が食い違うため、両方を揃えることになります。

参考資料

本記事の引上げ額の内訳・都道府県別の額と発効日は、上記2の別紙PDFに記載された内容を典拠としています。各都道府県労働局が個別に公示する決定額そのものは参照していません。確定額と確定した発効日は、所轄の都道府県労働局の公示でご確認ください。また本記事は制度の概要を解説するものであり、個別の賃金設計の適否については社会保険労務士または所轄の労働基準監督署にご相談ください。

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