看護師のキャリアは長く「管理職か、専門看護師・認定看護師か」という二択で整理されてきました。そこに第三の軸として加わったのが、2015年10月に始まった特定行為に係る看護師の研修制度です。制度開始から10年で修了者は1万人を超え、2026年には制度そのものの見直しが動いています。

本記事では厚生労働省の公表資料を典拠に、制度の中身・修了者の実像・診療報酬上の評価・費用負担の軽減策を整理し、2026年の見直しについて「確定していること」と「検討段階のこと」を分けて示します。

特定行為研修とは何か?看護師の裁量はどこまで広がるのか

特定行為研修は、医師があらかじめ作成した手順書にもとづき、看護師が診療の補助として一定の医行為(特定行為)を実施できるようにするための研修制度です。対象は21区分38行為で、研修を修了した看護師が医師の指示を受けて実施します。医師の指示を離れて独立して判断する制度ではありません。

厚生労働省のリーフレットは「専門的な知識と技術が必要とされる特定行為(診療の補助)を、研修を受けた看護師が医師の指示を受けて安全に行っています」と説明しています(出典:厚生労働省「特定行為に係る看護師の研修制度」リーフレット)。

ここが実務上の分かれ目になります。手順書があらかじめ整備されている領域では、看護師の判断で動ける範囲が広がります。逆に手順書が整備されていない職場では、研修を修了しても実施の場面が生まれません。「資格を取ること」と「実施できる環境があること」は別の問題であり、これは後述する制度見直しの論点にも直結します。

区分と行為の一覧、研修の構成(共通科目・区分別科目)は、厚生労働省の解説ページで確認できます(特定行為とは特定行為区分とは特定行為研修とは)。

修了者はいま何人いるのか?研修機関はどこにあるのか

厚生労働省医政局看護課の集計では、特定行為研修の修了者は令和6年9月現在で11,441人指定研修機関は426機関、年間の受け入れ可能人数(定員)は6,149人です。直近1年の修了者は2,621人増加しています(出典:厚生労働省「特定行為研修制度の推進について」第36回医道審議会保健師助産師看護師分科会看護師特定行為・研修部会 資料1、令和7年2月26日・PDF)。

指定研修機関の内訳は、病院・診療所が大半を占めます。

設置主体 機関数 構成比
病院・診療所 287 67.37%
大学病院 55 12.91%
大学 40 9.39%
医療関係団体等 23 5.40%
大学院 20 4.69%
専門学校 1 0.23%
合計 426 100%

※令和6年9月現在。厚生労働省医政局看護課調べ(同資料)。

注意したいのは地域差です。同資料の都道府県別グラフでは、東京都・大阪府・愛知県などに指定研修機関が集中し、機関数が1桁台にとどまる県も少なくありません。勤務地によって「通える研修機関があるか」の前提条件が大きく変わります。最新の指定状況は厚生労働省の指定研修機関についてのページで確認できます。

どの区分を選ぶべきか?領域別パッケージ研修という選択肢

21区分から自分に必要な区分を選ぶ方式に加えて、実務でセットで必要になる区分をまとめた領域別パッケージ研修が用意されています。令和6年9月現在で、パッケージ研修を実施する指定研修機関は249機関、修了者は2,030人です(同資料)。

領域は6つで、実施機関数には次のような差があります。

領域 実施している指定研修機関数
術中麻酔管理領域 140
在宅・慢性期領域 94
救急領域 77
集中治療領域 55
外科術後病棟管理領域 52
外科系基本領域 43

※令和6年9月現在。厚生労働省医政局看護課調べ(同資料)。

区分別に見ると、修了者数が最も多いのは「栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連」で9,465人、次いで「呼吸器(人工呼吸療法に係るもの)関連」が4,471人、「動脈血液ガス分析関連」が4,139人です(同資料。区分別修了者数の合計値は57,014名で、1人が複数区分を修了しているため実人数とは一致しません)。

キャリア設計の観点では、「自分が働きたい場で実際に必要とされる区分か」から逆算するのが現実的です。術中麻酔管理領域の実施機関が最多である一方、在宅・慢性期領域は94機関にとどまります。在宅領域を志向する場合、研修機関の選択肢は相対的に狭くなります。

修了後はどこで働いているのか?病院以外の道はあるのか

結論から言えば、修了者の就業先は現時点で圧倒的に病院です。厚生労働省が衛生行政報告例をもとに作成した集計(令和3年6・7月現在、n=6,541)では、病院が86.2%を占めています(同資料)。

就業場所 就業者数 割合
病院 5,636 86.2%
訪問看護ステーション 375 5.7%
診療所 214 3.3%
介護保険施設 194 3.0%
看護師等学校養成所・研究機関 40 0.6%
社会福祉施設 33 0.5%
その他 49 0.7%

※出典:厚生労働省「特定行為研修制度の推進について」(第36回部会 資料1)。令和4年度衛生行政報告例より看護課作成。

訪問看護ステーションと介護保険施設を合わせても1割に届きません。部会では「訪問看護ステーションや介護保健施設等の看護師が受講しにくい要因には、実習の場を自力で確保できないという課題がある」という意見が挙がっています(同資料)。在宅・施設領域で特定行為を担う人材は供給が追いついていない状態であり、この領域を志向する看護師にとっては、競合が少ない一方で受講のハードルが高い、判断の分かれるポジションになります。

研修修了は収入や評価につながるのか?診療報酬はどう評価しているのか

個人の給与体系は施設ごとに異なるため一般化できませんが、診療報酬上は「特定行為研修修了者の配置」が施設基準や算定要件に組み込まれており、医療機関にとって収益上の意味を持つのが実態です。これが処遇に反映されるかどうかは、施設との交渉材料になります。

厚生労働省の整理によれば、平成30年度改定以降、改定ごとに評価が追加されてきました(同資料)。

改定年度 特定行為研修修了者が要件に関わる主な項目
平成30年度 糖尿病合併症管理料、糖尿病透析予防指導管理料、在宅患者訪問褥瘡管理指導料、特定集中治療室管理料1・2
令和2年度 総合入院体制加算、麻酔管理料Ⅱ
令和4年度 重症患者搬送加算、重症患者対応体制強化加算、早期離床・リハビリテーション加算、精神科リエゾンチーム加算、栄養サポートチーム加算、褥瘡ハイリスク患者ケア加算、呼吸ケアチーム加算、術後疼痛管理チーム加算、専門性の高い看護師による同行訪問、機能強化型訪問看護管理療養費1〜3、専門管理加算、手順書加算
令和6年度 特定集中治療室管理料5・6、機能強化型訪問看護管理療養費1

※出典:厚生労働省「特定行為研修制度の推進について」(第36回部会 資料1)。

点数の水準としては、令和6年6月時点で重症患者搬送加算1,800点、専門性の高い看護師による同行訪問1,285点、手順書加算150点(患者1人につき6月に1回)、専門管理加算250点(月1回)、術後疼痛管理チーム加算100点(1日につき)などが同資料に整理されています。訪問看護ステーション側では、機能強化型訪問看護管理療養費1が月の初日の訪問で13,230円、専門管理加算が月1回2,500円です。いずれも令和6年6月時点の値であり、改定で変わります。実際の算定にあたっては該当年度の告示・通知を確認してください。

費用と時間の負担はどう軽減できるのか?

受講には受講料と勤務調整の両方が必要になります。厚生労働省の資料では、受講者本人向け・所属施設向け・指定研修機関向けの3層で支援策が整理されています(同資料)。

  • 受講者本人向け:教育訓練給付。厚生労働大臣が指定する教育訓練を受けた場合に、雇用保険から費用の一部が支給される仕組みです。同資料には一般教育訓練給付が受講費用の20%(上限年間10万円)、特定一般教育訓練給付が40%(上限年間20万円)、専門実践教育訓練給付が50%(上限年間40万円)と整理されています。受給には、その指定研修機関の特定行為研修があらかじめ教育訓練施設として厚生労働大臣の指定を受けている必要があります。
  • 所属施設向け:地域医療介護総合確保基金による受講料等の費用補助・代替職員雇用の費用補助。人材開発支援助成金による訓練経費・訓練期間中の賃金の一部助成。
  • 指定研修機関向け:研修機関導入促進支援事業、指定研修機関運営事業、組織定着化支援事業、施設整備事業。

教育訓練給付の給付率・上限額は雇用保険制度側の改正で変動します。上記は同資料に記載された整理であり、申請時点の要件は厚生労働省「教育訓練給付制度について」で確認してください。

2026年の制度見直しで何が変わるのか?

ここは「確定していること」と「検討段階のこと」を明確に分ける必要があります。2026年時点で確定しているのは、見直しの議論が正式なプロセスに乗り、審議会の部会で報告まで進んだという事実です。個別の見直し内容がどの形で省令・通知に落ちるかは、部会資料と議事録で確認する必要があります。

確定していること(一次情報で確認できる事実)

  • 厚生労働省に「看護師の特定行為研修制度見直しに係るワーキンググループ」が設置され、第2回(2025年10月)、第3回(2025年10月)、第4回(2025年12月)が開催された(厚生労働省「特定行為に係る看護師の研修制度」トピックス欄)。資料は同ワーキンググループのページで公開されています。
  • 2026年2月25日第38回 医道審議会保健師助産師看護師分科会 看護師特定行為・研修部会が開催され、議題(1)として「特定行為研修制度の見直しに関する報告について」が取り上げられた。この議題は公開で、YouTubeによるライブ配信も行われた(厚生労働省「第38回医道審議会保健師助産師看護師分科会看護師特定行為・研修部会を開催します」)。同部会の議題には指定研修機関の指定・区分変更の承認・指定の取消しも含まれています。
  • 2026年3月12日、特定行為研修に関する電子申請用様式が更新された(同トピックス欄)。
  • 過去の議論の経緯・実績データは、看護師特定行為・研修部会のページおよび前掲の第36回部会 資料1で追えます。

検討段階のこと(部会・WGで論点として挙がっているもの)

部会の議事で繰り返し挙がっている論点は、大きく3つです(前掲・第36回部会 資料1「これまでの主なご意見」)。

  1. 修了後のフォローアップ体制。「修了者の組織的な養成・配置の仕組みをつくることが必要」「修了後の継続的なフォローアップ体制が重要ではないか」「修了者の実践によりどのような効果があったのかという視点での評価が必要ではないか」といった意見が出ています。研修を修了させることから、修了後に実践させることへ論点が移っていると読めます。
  2. 地域・在宅領域での受講しやすさ。実習の場を自力で確保できないという課題に対し、近隣の指定研修機関や協力施設と連携して受講機会を提供する体制整備が必要という意見が挙がっています。
  3. 施設特性に応じた研修内容。「医師の配置が少ない介護保険施設では特に修了者の活躍が期待されるが、介護保険施設で行われる医行為は限られており、病院と同じ研修内容では負担が大きいのではないか」という指摘があります。基礎教育との接続については、「看護師基礎教育での一部実施も含めて検討すべき」と「新人となってから受講を始めるほうがよい」の両方の意見が記録されています。

これらは結論ではなく論点です。確定内容は部会資料・議事録および施行通知の改正で確認するのが確実です。受講を検討している看護師としては、「所属施設の特性に応じて研修負担が調整される方向で議論されている」という程度に押さえ、正式な通知を待つのが妥当でしょう。

受講を検討する看護師は何から始めればよいのか?

順序をつけるなら、①働きたい場を決める → ②その場で必要な区分・領域を特定する → ③通える指定研修機関を探す → ④費用の手当てを組むの4段階です。区分から選び始めると、修了後に実施の場がない状態になりやすいためです。

確認すべき具体的な項目は次の5点です。

  • 所属施設に手順書があるか。整備されていなければ、修了しても特定行為を実施できません。誰が作成し、どのプロセスで承認されるのかを事前に確認します。
  • 指導医が確保できるか。実習と修了後の実践の双方で、協働する医師の理解が前提になります。厚生労働省は医師向けの「特定行為研修修了者の活用ガイド」を学会が作成する事業も進めています(同資料)。
  • 研修機関が教育訓練給付の指定を受けているか。指定がなければ給付は受けられません。
  • 所属施設が基金の補助を使えるか。代替職員の確保まで含めて調整できるかで、実際に受講できるかが決まります。
  • 修了後の処遇について事前に話し合えるか。診療報酬上の評価がある項目を担う場合、その貢献をどう評価するかは施設ごとの判断です。曖昧にしたまま修了すると、負担だけが増える構造になりえます。

よくある質問(FAQ)

特定行為研修を修了すると、医師の指示なしに医行為ができるようになりますか?

いいえ。特定行為は、医師があらかじめ作成した手順書にもとづき、医師の指示を受けて実施するものです。医師の指示から独立して判断・実施する制度ではありません(厚生労働省「特定行為とは」)。

特定行為研修の修了者は何人いますか?

厚生労働省医政局看護課の集計で、令和6年9月現在11,441人です。同時点の指定研修機関は426機関、年間の受け入れ定員は6,149人でした(第36回看護師特定行為・研修部会 資料1)。

21区分すべてを修了する必要がありますか?

ありません。必要な区分を選んで受講する方式が基本で、実務でセットになる区分をまとめた領域別パッケージ研修(6領域)も用意されています。令和6年9月現在、パッケージ研修の修了者は2,030人です(同資料)。

訪問看護ステーションで働きながら受講できますか?

制度上は可能ですが、実習の場を自力で確保しにくいという課題が審議会でも指摘されています。近隣の指定研修機関や協力施設との連携、代替職員の確保が実務上の鍵になります。厚生労働省は「地域における特定行為実施体制推進事業」として、地域版の推進委員会やコーディネーターの設置を補助する枠組みを設けています(同資料)。

2026年の制度見直しで研修は短くなりますか?

2026年8月時点で断定できる段階ではありません。見直しの議論が2026年2月25日の第38回看護師特定行為・研修部会で報告まで進んだことは確認できますが、研修時間や免除の具体的な扱いは部会資料・議事録および施行通知の改正内容で確認する必要があります(第38回部会の開催案内部会ページ)。

整理:制度が変わる前提でキャリアを設計する

特定行為研修は、制度開始から10年で修了者11,441人・指定研修機関426機関という規模に達し、診療報酬上の評価も改定ごとに積み上がってきました。一方で修了者の86.2%が病院に集中し、都道府県間の研修機関数の差も大きい。政策の重心は「養成すること」から「養成した人が実際に実践できる体制をつくること」へ移りつつあり、2026年の制度見直しはその文脈上にあります。

受講を検討する看護師にとって重要なのは、制度が動いている前提で、変わりにくい部分から固めることです。自分が働きたい場と、そこで必要とされる区分。この2つは制度改正の影響を受けにくく、判断の土台になります。研修時間や免除の扱いは、正式な通知が出た時点で読み替えれば足ります。

出典(一次情報)

本記事の記載内容は2026年8月20日時点の公表資料にもとづきます。診療報酬の点数は令和6年6月時点の値であり、改定により変わります。制度の詳細および最新の運用は、必ず厚生労働省の告示・通知および所属施設・指定研修機関にご確認ください。