
代表者が交代するときに前経営者と後継者の双方から保証を取る「二重徴求」の割合は、2017年度の36.9%から2025年度は3.0%まで下がりました(金融庁「『経営者保証に関するガイドライン』等の活用実績(2025年度)」令和8年6月26日公表)。クリニックの承継でも、売り手院長の個人保証をどう外し、買い手がどこまで保証を負うかは、譲渡価額と同じくらい交渉を左右します。借入金の移り方と保証の外し方を、条文と制度に分けて整理します。
交渉では「借入金」と「保証」がひとまとめに語られがちですが、この2つは別の契約です。
保証は金融機関との契約なので、売り手と買い手が譲渡契約書で合意しても動きません。保証を外す相手は金融機関であって、売り手ではない——これが出発点です。
承継の形によって、借入金が誰の債務であり続けるかが変わります(事業譲渡と持分譲渡の違い)。
| 承継の形 | 借入金はどうなるか | 引き継ぐ場合に必要なこと |
|---|---|---|
| 個人立クリニックの事業譲渡 | 売り手個人の債務として残る | 債務引受(民法第470条・第472条)。いずれの方式でも債権者の関与が必要 |
| 医療法人の持分譲渡・役員交代 | 債務者は医療法人のまま変わらない | 債務は動かない。保証人の交代を金融機関と個別に合意する |
| 医療法人の合併 | 存続法人が包括的に承継する | 合併手続のなかで債権者保護の手続が行われる |
どちらの型でも、債権者である金融機関が関与しなければ成立しません。買い手の与信が審査されるため承諾が得られないこともあり、その場合は譲渡代金で既存借入を完済してもらい、買い手が自分で借り入れる形を検討します(総額と内訳は承継開業の資金と資金調達で整理)。デューデリジェンス(買う前に対象の内容を調べる調査)では、リース残債や不動産賃貸借の引き継ぎも併せて確認します。
免責的債務引受で債務者が買い手に入れ替わっても、売り手に付いていた保証は当然には引受人の債務に移りません。民法第472条の4は、債務者が免れる債務の担保を引受人の債務に移せると定め、第3項で保証にも準用したうえで、第4項で「その承諾は、書面でしなければ、その効力を生じない」としています(第5項により電磁的記録も書面とみなされます)。
事業承継時の経営者保証については、経営者保証に関するガイドライン研究会が「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(令和元年12月公表、令和2年4月1日適用、令和5年4月改定)を定め、原則として前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めないことを金融機関に求めています。
ただし特則のいう「二重徴求」は同一の金融債権について双方から保証を取っている場合を指します。特則の脚注は、交代前の既存債権は前経営者、交代後の新規債権は後継者からのみ保証を取る場合は二重徴求に当たらない、と明記しています。「原則禁止」と聞いて前院長の保証が自動的に外れると読むのは誤りです。例外的に二重徴求が許容される場合として、特則は次の4つを挙げています。
一方で特則は、前経営者について「実質的な経営権・支配権を保有しているといった特別の事情がない限り、いわゆる第三者に該当する可能性がある」とし、保証契約の適切な見直しを求めています。前院長が理事も退くのであれば、保証解除を求める根拠になります。
なお、事業のために負担した貸金等債務の個人保証は、締結日前1か月以内に作成された公正証書で保証意思を表示しなければ効力を生じません(民法第465条の6第1項)。第465条の9第1号が「主たる債務者が法人である場合のその理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者」を適用除外としているため、医療法人の理事長・理事として保証するならこれに当たります。理事を退任した前院長に新たに保証を求める場合は要否が変わり得るので、金融機関と確認してください。
民間金融機関の新規融資件数に占める経営者保証に依存しない融資の割合は、2015年度の12.2%から2025年度は55.7%(122万件)まで上がりました(金融庁)。中小企業庁は特則のポイントとして次の5点を挙げています。
特則は、後継者に保証を求めることが止むを得ない場合でも、資金使途に応じて保証金額を限定すること、コベナンツに抵触しない限り保証の効力が発生しない停止条件付保証契約や、条件を満たせば保証債務が効力を失う解除条件付保証契約の活用を挙げています。「保証を付けるか付けないか」の二択で交渉しないことが、実務上の分かれ目になります。
「医業は信用保証協会の対象外」と説明されることがありますが、条文はそうなっていません。中小企業信用保険法第2条第1項第5号は、中小企業者の一つとして「医業を主たる事業とする法人であつて、常時使用する従業員の数が三百人以下のもの」を明文で挙げています。個人立クリニックは同項第1号の「個人」に当たるかで判断しますが、特定事業の範囲を定める同法施行令第1条第1項は農業・林業・漁業・金融保険業を除く業種としており、医業は除外されていません。一般保証の限度額は、普通保険2億円と無担保保険8,000万円を合わせた2億8,000万円です。
事業承継向けの保証制度には、経営承継円滑化法第12条の認定を前提とするものと、そうでないものがあります。同法第2条の「中小企業者」は会社および個人と定義されており、医療法人は会社ではないため含まれません。
| 制度 | 対象 | 医療法人の位置づけ |
|---|---|---|
| 信用保証協会の一般保証 | 中小企業信用保険法上の中小企業者 | 第2条第1項第5号で明文の対象(従業員300人以下) |
| 事業承継特別保証 | 一定の要件を満たす法人 | 法人であることが要件。個人立クリニックは対象外 |
| 経営承継関連保証など認定前提の制度 | 経営承継円滑化法第12条の認定を受けた会社・個人 | 同法の中小企業者に医療法人は当たらない |
事業承継特別保証は経営者保証が不要で、経営者保証付きの既存借入を借り換えて無保証にすることもできます(限度額2億8,000万円)。全国信用保証協会連合会の案内では、対象は「3年以内に事業承継を予定する事業承継計画を有する法人」または「事業承継から3年を経過していない法人(令和2年1月1日から令和7年3月31日までに事業承継を実施した場合に限る)」で、あわせて①資産超過、②EBITDA有利子負債倍率(本業で稼ぐ力に対する実質的な借入の倍率)が10倍以内、③法人・個人の分離、④返済緩和している借入金がないことの4要件をすべて満たすこととされています。後者は実施時期が令和7年3月31日までなので、2026年9月時点で新たに使えるのは前者の経路です。
なお同法第12条第1項第3号は「事業を営んでいない個人」も認定の対象としており、勤務医のようにまだ開業していない個人にも経路があります。適用可否は申込先の信用保証協会が判断するため、計画段階で確認してください。
公庫(国民生活事業)には「事業承継・集約・活性化支援資金」があります(公庫とWAMの使い分けも参照)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 融資限度額 | 別枠7,200万円 |
| 返済期間(設備資金) | 20年以内(うち据置期間5年以内) |
| 返済期間(運転資金) | 10年以内(うち据置期間5年以内) |
| 併用できる特例 | 経営者保証免除特例制度など |
この資金の「ご利用いただける方」には、経営者個人保証の免除等を取引金融機関に申し入れたことを契機に資金調達が困難になっている方で、公庫が経営者個人保証を免除する方が含まれます。保証解除を求めた結果として民間の融資が細ったときの受け皿、という位置づけです。
併用できる経営者保証免除特例制度は対象が法人に限られます(上乗せ利率はありません)。個人立クリニックを個人で買う場合は事業主本人が債務者ですから、「経営者保証の免除」という枠組み自体が当てはまりません。法人化のタイミングが保証の負担に直結する点は、承継の設計に入れておく価値があります。
消えません。売り手の債務を消すには免責的債務引受が必要で、民法第472条第2項・第3項のいずれの方式でも金融機関の関与が要ります。承諾が得られなかった場合に誰が負担するのかを譲渡契約書で決めておきます。
自動では外れません。保証は金融機関との別個の契約で、免責的債務引受をしても保証を引受人の債務に移すには保証人の書面による承諾が要ります(民法第472条の4第3項・第4項)。特則は前経営者との保証契約の見直しを求めていますが、検討を求めるものであって解除を保証するものではありません。
中小企業信用保険法第2条第1項第5号が「医業を主たる事業とする法人であつて、常時使用する従業員の数が三百人以下のもの」を中小企業者として明文で挙げているため、一般保証の対象になり得ます。ただし経営承継円滑化法の認定を前提とする制度は事情が異なります。可否は申込先の協会にご確認ください。
特則は債務者側の対応として、法人と経営者との関係の区分・分離、財務基盤の強化、情報開示の3つを挙げています。とくに院長個人への貸付金や、法人名義と個人名義が混在した資産が論点です。計画段階から金融機関と共有してください。
経営承継円滑化法第12条第1項第3号は「事業を営んでいない個人」を認定の対象としており、これに対応する特定経営承継準備関連保証があります。ただし承継の相手方が同法上の中小企業者であることが前提です。公庫の事業承継・集約・活性化支援資金も選択肢になります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の融資や保証の可否、契約条項の解釈を保証するものではありません。債務引受・保証契約の設計にあたっては、取引金融機関・信用保証協会および弁護士・税理士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年9月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年9月15日/最終更新日:2026年9月15日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身