
医療機関の休廃業・解散は2024年に722件と過去最多を更新し、その81.3%(587件)を診療所が占めました(出典:帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」/2025年1月)。背景にあるのは経営者の高齢化で、日本医師会の調査では診療所の50.8%が「後継者候補はいない」と回答しています(同2020年調査)。この状況は、これから開業する医師にとって「引き継げるクリニックが増え続けている」ことを意味します。開業の方法は新規開業だけではありません。本記事では、新規開業と承継開業の違いを整理し、どちらが自分に合うかを判断できるようにします。
承継開業とは、すでに診療を続けている既存のクリニックを、建物・設備・患者・スタッフごと引き継いで院長になる開業方法です。第三者への承継(M&A)と、親族への承継の2つがありますが、後継者不在が広がるいま、血縁関係のない医師が引き継ぐ第三者承継が増えています。
新規開業は、物件探しから内装、設備導入、スタッフ採用、集患までをゼロから立ち上げる方法です。自分の理想どおりに設計できる反面、患者がつくまでに時間がかかり、初期費用も大きくなりやすいという特徴があります。
両者は「ゼロから作るか、動いているものを引き継ぐか」という点で根本的に異なります。どちらもクリニックを開くという結果は同じですが、必要な資金の額とタイミング、収益が立ち上がるまでの期間、そして抱えるリスクの種類が変わってきます。まずはこの違いを俯瞰しておくことが、進路選びの出発点になります。
費用・期間・リスク・患者基盤を並べると、両者の性格の違いが見えてきます。診療科や立地によって金額は変わるため、以下はあくまで一般的な目安です。
| 比較項目 | 新規開業 | 承継開業 |
|---|---|---|
| 初期費用の目安 | 5,000万〜1億円超(内装・設備をゼロから整備)(一般的な目安) | 譲渡価額(のれん含む)+運転資金。内装・設備を流用でき抑えやすい場合がある |
| 立ち上がり期間 | 患者がつくまで数か月〜年単位かかりやすい | 既存患者を引き継ぐため収益が立ち上がりやすい |
| 患者基盤 | ゼロから集患 | 通院患者・地域の認知を引き継げる |
| スタッフ | 新規採用・教育が必要 | 既存スタッフを引き継げる(雇用条件の確認は必要) |
| 建物・設備 | 新しく選べる(自由度が高い) | 既存を活用(老朽化・レイアウトの制約がある場合も) |
| のれん代 | 原則なし | 発生することが多い |
| 主なリスク | 集患の遅れ、初期投資の回収期間 | 前任者の経営状態・評判・設備の状態の引き継ぎ |
新規開業は自由度と引き換えに初期投資と立ち上がりリスクが大きく、承継開業は初期の負担と時間を抑えられる代わりに「既存の状態を引き継ぐ」リスクを負う、という関係にあります。金額の目安は診療科・エリアで大きく変動するため、実際の判断は個別の事業計画で確認してください(新規開業の費用内訳は関連コラムで解説しています)。
承継開業の最大の利点は、収益の立ち上がりが早いことです。既存の患者が通院を続けてくれるため、開業初日から一定の来院が見込めます。新規開業では、地域に認知され、かかりつけとして選ばれるまでに数か月から年単位の時間がかかることも珍しくありません。この「空白期間」の資金繰りが、新規開業でつまずきやすいポイントです。
一方で、承継開業でも引き継ぎには準備期間が必要です。譲渡条件の交渉、行政手続き(開設許可・保険医療機関の指定など)、患者やスタッフへの告知には数か月を要します。「引き継げばすぐ満床」ではなく、前任者との診療の重なりや引き継ぎ期間を設けるケースが一般的です。承継開業の全体像とかかる時間は、新規開業のスケジュールと対比して把握しておくと計画が立てやすくなります。
引き継げる資産と、確認すべきリスクはセットで捉える必要があります。患者については、通院患者やカルテ情報を引き継ぐことで、地域での認知やかかりつけ関係をそのまま活かせます。ただし院長交代を機に離れる患者も一定数いるため、引き継ぎ後の告知や診療方針の連続性が鍵になります。
スタッフを引き継げる点も承継開業の強みです。地域の患者を知る看護師や医療事務がそのまま残れば、運営が安定します。ただし雇用条件(給与・勤務形態・退職金の扱い)や就業規則を事前に確認し、引き継ぎ後のトラブルを避けることが欠かせません。
建物・設備は流用できればコストを抑えられますが、老朽化や動線の使いにくさ、医療機器のリース残債が残っている場合もあります。引き継ぐ前に、設備の状態と契約関係を「買う前に対象の内容を調べる調査」(デューデリジェンス)で点検しておくことが、後悔しない承継につながります。具体的には、決算書に表れない簿外の債務、スタッフの未消化有給や退職金の扱い、賃貸借契約の残存期間と更新条件、リース契約の残債といった項目を、引き継ぎ前に一つずつ確認します。ここを曖昧にしたまま譲り受けると、開業後に想定外の支出が発生し、せっかくの立ち上がりの早さという利点を打ち消してしまうことがあります。
のれん代とは、決算書には載らない「収益力の価値」に対して支払う対価です。立地の良さ、通院患者の基盤、地域での評判、スタッフの体制など、そのクリニックが将来も稼ぎ続ける力を金額に換算したものと考えると分かりやすいでしょう。承継開業では、この のれん代を含む譲渡価額の支払いが、新規開業にはない費用として発生することが多くなります。
譲渡価額の考え方は案件によって異なり、資産の時価に、本業で稼ぐ力(EBITDA)などをもとにしたのれんを上乗せして算定するのが一般的です。相場やのれんの評価方法は関連コラムで詳しく解説しています。金額の妥当性は個別性が高いため、譲渡価額が適正かどうかは、第三者の視点で評価を受けることをおすすめします。
なお、譲渡価額のほかにも、承継開業では引き継ぎ後のリニューアル費用、行政手続きにかかる費用、専門家への相談費用などが加わります。新規開業のように内装や設備をすべて新調する必要はないものの、「引き継いだ後にどこまで手を入れるか」で総額は変わります。前任者との交渉では価格だけに注目しがちですが、患者やスタッフの引き継ぎ条件、診療の重なり期間、設備の保証まで含めて条件を詰めることが、結果的に総コストと立ち上がりの安定につながります。買い手の立場に立って条件を整理する支援者を活用すると、こうした交渉を進めやすくなります。
新規開業が向くのは、診療方針や内装・立地を理想どおりに設計したい医師、まだ承継案件が出ていないエリアで開業したい医師、そして立ち上がりまでの資金余力を確保できる医師です。ゼロから作る自由度は、こだわりを形にしたい人にとって大きな価値になります。
承継開業が向くのは、初期投資と立ち上がりリスクを抑えたい医師、早期に安定した診療基盤を得たい医師、後継者不在で困っている地域の医療を引き継ぎたい医師です。特に、自己資金に限りがある場合や、勤務医から早く自分の診療に集中したい場合には、承継開業が現実的な選択肢になります。
どちらが優れているという話ではなく、資金・急ぎ度・地域・診療スタイルによって最適解は変わります。判断に迷う場合は、両方の道を並べて検討することが有効です。株式会社ENでは「新規開業 vs 承継開業」をテーマにしたセミナーも開催しており、自分に合う進路を具体的に整理できます(詳細はセミナーページをご覧ください)。
一概には言えません。承継開業は内装・設備を流用できるため初期投資を抑えやすい一方、のれん代を含む譲渡価額の負担が生じます。総額は案件によって新規開業より高くも安くもなり得るため、譲渡価額と改装費・運転資金を合わせて比較することが大切です。
勤務医からの承継開業は一般的です。既存のスタッフや業務フローを引き継げるため、運営面の負担は新規開業より軽くなる傾向があります。ただし経営の実務は別に発生するため、引き継ぎ期間の設定や専門家の支援を活用すると安心です。
のれん代は、立地・患者基盤・評判・スタッフ体制など「決算書に載らない収益力」を金額に換算したものです。資産の時価に、本業で稼ぐ力(EBITDA)などをもとにしたのれんを上乗せして算定するのが一般的で、案件ごとに幅があります。
多くの患者は通院を続けますが、院長交代を機に離れる患者も一定数います。引き継ぎ後の告知、診療方針の連続性、スタッフの継続がある程度残ることが、患者定着のポイントになります。
仲介会社や買い手側の支援者を通じて探すのが一般的です。多くの案件は非公開で扱われるため、診療科・エリア・時期などの希望条件を先に整理してから相談を始めると、条件に合う案件に出会いやすくなります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。実際の承継・税務手続きにあたっては、医師・税理士・弁護士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年8月3日/最終更新日:2026年8月3日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身