医師の時間外労働「短縮目標ライン」とは何か?
短縮目標ラインとは、地域医療確保暫定特例水準(B水準・連携B水準)が適用される医師について、令和17年度末までに年間の時間外・休日労働時間を960時間以下へ縮めていくために国が設定した、段階的な目標値です。医療法第105条に基づく告示「医師の労働時間短縮等に関する指針」の第2に定められています(出典:厚生労働省「医師の労働時間短縮等に関する指針」令和4年1月19日 厚生労働省告示第7号)。
指針は短縮目標ラインを「全ての地域医療確保暫定特例水準が適用される医師が到達することを目指すべき年間の時間外・休日労働時間の上限時間数の目標値」と定義しています。ここで注意したいのは、これが労働基準法上の上限規制そのものではないという点です。B・連携B水準の上限時間数(年1,860時間)は省令で別に定められており、短縮目標ラインは「その上限の内側で、いつまでにどこまで下げるか」を示す目安にあたります。
指針は、暫定特例水準の対象医療機関が医師労働時間短縮計画(時短計画)で設定する目標について、「この短縮目標ラインを目安に、各医療機関において設定し、労働時間短縮計画に基づく労働時間の短縮を行うものとする」としています。国が各病院に目標値を割り当てるのではなく、各医療機関が自ら設定する建付けです。
指針は、できる限り令和17年度末よりも早い段階で年960時間以下を達成することが望ましく、達成した医療機関はさらなる勤務環境の改善に取り組むことが望ましい、とも書いています。2035年度末という終了年限の考え方は特例水準「2035年度末解消」に向けた見直しの記事で扱っています。
令和9年の目標値はどう計算するのか?
短縮目標ラインは、令和6年4月時点における年間の時間外・休日労働時間数を t として、3年ごとの目標値を算式で定めています。最初の節目が令和9年(2027年)で、そこでの目標値は「t-(t-960)/4 時間以下」です。つまり、令和6年4月時点の水準と年960時間との差を4分割し、その4分の1を最初の3年間で縮める、という設計になっています。
指針の別表は次のとおりです(出典:厚生労働省「医師の労働時間短縮等に関する指針」別表(第2関係))。t の値による計算例は、厚生労働省が令和8年9月10日の検討会に提出した資料に示されたものです。
| 年 | 指針別表の算定式 | t=1,860時間の場合 | t=1,560時間の場合 |
|---|---|---|---|
| 令和9年 | t-(t-960)/4 時間以下 | 1,635時間 | 1,410時間 |
| 令和12年 | t-2×(t-960)/4 時間以下 | 1,410時間 | 1,260時間 |
| 令和15年 | t-3×(t-960)/4 時間以下 | 1,185時間 | 1,110時間 |
| 令和18年 | 960時間以下 | 960時間 | 960時間 |
算式に入れる t は「令和6年4月時点における年間の時間外・休日労働時間数」であって、直近の実績値ではありません。2024年4月の上限規制適用開始時点の水準が起点として固定されており、そこからの縮減幅で評価される構造です。自院の t を特定できていない場合は、まずそこを確定させる必要があります。
なお指針は、短縮目標ラインそのものについても3年ごとに見直しを検討するとしています。加えて、暫定特例水準の上限時間数の引下げは短縮目標ラインと連動して自動的に行われるものではなく別途検討を行うこと、連携B水準については地域の医療提供体制確保の観点から特に丁寧に実態を踏まえて検討を行うことも、指針に明記されています。
医師の労働時間は実際にどこまで縮んだのか?
縮減は進んでいます。病院の常勤勤務医のうち週労働時間60時間以上(時間外・休日労働の年960時間換算に相当)の割合は、平成28年調査の39.2%から令和7年調査では15.0%(n=13,205)まで下がりました(出典:厚生労働省「医療勤務環境改善支援センターの在り方・短縮目標ライン等について」第2回 令和8年度医師の働き方改革の推進等に関する検討会 資料3、令和8年9月10日)。この調査は3年ごとに実施されているもので、同資料は「全体として医師の労働時間の縮減傾向が見られる」とし、若手から中堅の世代に限った場合や診療科ごとに見た場合も概ね同様の傾向だとしています。
特定労務管理対象機関に絞った数字もあります。同資料によれば、時短計画に添付する参考資料を提出した機関数は令和6年度448機関・対象医師30,666人、令和7年度459機関・対象医師30,184人でした。このうち連携B・B水準が適用される医師で時間外・休日労働時間が年960時間を超える割合は、令和6年度から令和7年度にかけて1.3ポイント低下しています。
ただし、この数値は各特定労務管理対象機関が提出した時短計画の参考資料を集計したものであり、同資料は「前年度の労働時間実績のほか、評価時点までの労働時間実績を基に年度末実績を推計した暫定評価データを含む」と注記しています。確定実績のみの集計ではない点は押さえておく必要があります。
年960時間超はどこに残っているのか?
全体が縮む一方で、負荷の高い層には長時間労働が残っています。同資料は、各医療機関における連携B・B水準医師の最大時間外・休日労働時間が年960時間を超える医療機関は「なお約8割を占めている」とし、その内訳を見ると年960時間から年1,440時間の範囲に約7割が集中していると分析しています。
平均が下がっても「院内でいちばん長く働いている医師」の時間数は多くの病院で960時間を超えたまま、ということです。時短計画の実効性を都道府県や評価の場で問われるとき、まず目に付くのはこの最大値になります。
診療科別では、年960時間超の連携B・B水準医師の人数が多い順に、循環器内科、外科(外科+消化器外科)、心臓血管外科、救急科が挙げられています。施設類型については、同資料の論点が「より長時間の時間外労働等である医師や、大学病院における医師においては、取組の進捗状況等において課題の存在が示唆される」と記しています。
なお同資料には大学本院・大学分院・その他医療機関の別に人数と割合を示した図もありますが、凡例と数値の対応関係をPDF本文から確定できなかったため、本記事ではこの内訳は扱いません。
第2回検討会で「検討段階」として示されたのは何か?
ここからは決まった制度ではなく、議論の途中にある論点です。令和8年9月10日の第2回検討会は、「医療勤務環境改善支援センターの在り方」「短縮目標ライン」「C水準等の運用」の3点を議題としました(出典:厚生労働省「第2回 令和8年度医師の働き方改革の推進等に関する検討会:資料」令和8年9月10日)。いずれも資料上は「〜してはどうか」という論点提示の形で書かれており、この時点で確定した変更ではありません。
短縮目標ラインについては、次期の目標ラインの検討にあたり「医師がその健康を確保しつつ良質かつ適切な医療を行うこと、地域医療への影響を最小限にすることに配慮し、着実に縮減できるような目標設定を行ってはどうか」という論点が示されました。現行の算式がそのまま維持されるのか、水準が見直されるのかは、今後の議論次第です。
医療勤務環境改善支援センター(勤改センター)については、都道府県ごとに職員配置やアドバイザーの支援体制、支援実績に差があること、年次活動計画でアウトカム指標を設定している都道府県が一部にとどまり、設定していても多くは「医師の労働時間」に着目したものであることが課題として挙げられました。論点としては、国が勤改センターの体制を拡充しICT機器等の導入・活用についても助言できるよう支援を進めてはどうか、都道府県は相談対応中心の支援に加えて特定労務管理対象機関等への継続的な状況把握とフォローアップ支援の充実を図ってはどうか、という方向が示されています。勤改センターの現行の法定業務は医療勤務環境改善支援センターの解説記事で整理しています。
臨床研修とC水準では、令和7年の調査で時間外・休日労働の上限により研修時間が十分に確保できなかったとした割合が、臨床研修プログラム責任者で26.3%(n=821)、臨床研修医で14.3%(n=6,970)だったことが示されました。初期臨床研修医の頃に就業終了時刻後に院内に残ることが「原則禁止」または「禁止」されていたとの回答も2割程度ありました。これを受けて資料は、就業終了時刻後の院内滞在を一律に禁止するような過剰な制限まで求めているものではない、という周知を行ってはどうかと提起しています。C-2水準については、適用されている医師・医療機関が限定的であるとして、学会への情報提供やマニュアルの充実に取り組んではどうかという論点が示されました。
病院は令和9年に向けて何を準備すべきか?
優先順位は明確です。第一に、算式の起点となる t、すなわち令和6年4月時点の年間時間外・休日労働時間数を対象医師ごとに確定させること。第二に、そこから逆算した令和9年の目標値と現在の実績との差を把握すること。第三に、院内の最大値を持つ医師・診療科を特定することです。前述のとおり、最大値が年960時間を超える医療機関は依然として約8割を占めており、平均の改善だけでは説明がつかない局面が来ます。
経営面では、令和8年度診療報酬改定で地域医療体制確保加算が加算1(620点)と加算2(720点・新設)に分かれ、加算1の施設基準として対象医師の1年間の時間外・休日労働時間を令和8年度は1,635時間以下、令和9年度は1,560時間以下とすることが求められています。加算1が令和8年度に求める1,635時間という数値は、短縮目標ラインで t=1,860時間の医療機関が令和9年に到達すべき値と同じ数字です。ただし原典がこの対応関係を明記しているわけではなく、あくまで2つの数値が一致しているという事実にとどまります。
また指針は、特定労務管理対象機関の管理者に対する推奨事項として、36協定で定める上限時間数を「対象となる業務に必要とされる時間数であることを合理的に説明可能な時間数」とすること、労働時間短縮の取組実績に応じて上限時間数の引下げを行うことを挙げています。36協定の上限を指定時のまま据え置いているなら、実績との整合を説明できるか点検しておくとよいでしょう。労働基準監督署の監督指導の運用変更は2026年9月からの見直しを扱った記事で解説しています。
評価の受審時期についても確認が要ります。第2回検討会の資料には、令和2年12月の検討会参考資料からの再掲として「地域医療確保暫定特例水準の対象医療機関は、2024年度以降、3年に一度、労働時間短縮の取組の状況等について評価機能による評価を受けることとなる」との記載があります。もっともこれは検討会資料上の記載であり、自院の指定期間や次回の受審・更新の時期は都道府県が行う指定手続に沿って決まります。所在地の都道府県の担当課に、指定の有効期間と次回手続のスケジュールを確認しておくのが確実です。
よくある質問
短縮目標ラインを下回れなかった場合、罰則はありますか?
指針は短縮目標ラインを「目標値」と位置づけ、時短計画の目標設定の「目安」としています。罰則を定めた規定ではありません。ただし、労働基準法に基づく時間外・休日労働時間の上限規制そのもの(B・連携B水準の年1,860時間など)は別に存在し、こちらは法規制です。両者は性格が異なります。
算式の t はいつの数字を使うのですか?
指針の別表の備考は「この表における算定式中tは令和6年4月時点における年間の時間外・休日労働時間数とする」と定めています。直近年度の実績ではなく、2024年4月時点の水準が起点です。
短縮目標ラインが変わる可能性はありますか?
指針は短縮目標ラインについて3年ごとに見直しを検討するとしています。令和8年9月10日の第2回検討会でも次期短縮目標ラインの検討が論点として提示されました。ただし、この時点では論点の提示であり、変更が決まったわけではありません。
短縮目標ラインを達成すれば、B・連携B水準の指定は不要になりますか?
短縮目標ラインの各年の目標値は、令和18年の段階を除けば年960時間を上回る水準です。年960時間以下に収まらない限り、暫定特例水準の適用と特定労務管理対象機関の指定は引き続き必要になります。また指針は、暫定特例水準の上限時間数の引下げは短縮目標ラインと連動して自動的に行うものではなく別途検討するとしています。
参考資料
- 厚生労働省 / 「医師の労働時間短縮等に関する指針」 / 令和4年1月19日 厚生労働省告示第7号(令和4年2月1日適用) / https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00012460&dataType=0&pageNo=1 / 確認日:2026年9月14日
- 厚生労働省 / 「医療勤務環境改善支援センターの在り方・短縮目標ライン等について」第2回 令和8年度医師の働き方改革の推進等に関する検討会 資料3 / 令和8年9月10日 / https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001747680.pdf / 確認日:2026年9月14日
- 厚生労働省 / 「第2回 令和8年度医師の働き方改革の推進等に関する検討会:資料」 / 令和8年9月10日 / https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_76089.html / 確認日:2026年9月14日
本記事の令和8年度診療報酬改定に関する記述(地域医療体制確保加算1・2の点数および施設基準の時間数)は、上記の第2回検討会 資料3に収載された厚生労働省作成のスライドの記載を典拠としています。改定に係る告示・通知そのものは参照していません。届出にあたっては、厚生労働省および地方厚生(支)局が公表する施設基準の告示・通知をご確認ください。


