
保険医療機関の指定日(保険診療を始められる日)は、原則として指定申請をした翌月1日です(出典:地方厚生局)。締切日は厚生局ごとに異なり、間に合わなければ保険診療の開始が1か月ずれ込みます。承継開業では、引き継いだのに保険診療ができない空白期間」を作らないことが何より重要で、そのためには逆算でスケジュールを組む必要があります。本記事では、承継開業の全体スケジュールを、案件検討から開業までフェーズごとに整理します。新規開業のスケジュールと対になる内容です。
承継開業にかかる期間は、案件との出会いから開業まで、目安としておおむね6か月から年程度です。案件の状況や交渉の進み方、行政手続きの段取りによって前後します。新規開業のように物件探しや内装工事に時間を取られない一方、譲渡条件の交渉やデューデリジェンス(買う前に対象の内容を調べる調査)に一定の時間がかかります。
全体像は、次のようなフェーズで進みます。逆算の起点になるのは、開業日から見た保険医療機関の指定スケジュールです。
| フェーズ | 期間の目安 | 主な作業 |
|---|---|---|
| 案件検討〜打診 | 1〜3か月 | 希望条件の整理、案件の検討、初回面談 |
| 基本合意 | 2〜4週間 | 条件のすり合わせ、意向表明・基本合意 |
| デューデリジェンス | 1〜2か月 | 財務・労務・契約・設備の調査 |
| 最終契約(クロージング) | 2〜4週間 | 譲渡契約の締結、譲渡代金の決済 |
| 行政手続き | 1〜2か月 | 開設届/開設許可、保険医療機関の指定申請 |
| 引き継ぎ・告知・開業 | 1か月前後 | 患者・スタッフへの告知、診療の引き継ぎ |
期間はあくまで目安であり、案件ごとに幅があります。特に行政手続きは締切が決まっているため、後ろのフェーズから逆算して、いつまでに何を終える必要があるかを最初に押さえておくことが大切です。
最初のフェーズでは、希望条件の整理から始めます。診療科・エリア・引き継ぎたい規模・開業時期といった条件を先に固めておくと、条件に合う案件に出会いやすくなります。多くの承継案件は非公開で扱われるため、条件を明確にして相談を始めることが、遠回りを避ける近道です。
候補となる案件が見つかったら、資料の確認と初回面談を通じて、譲渡価額の水準や引き継ぎの範囲を把握します。この段階で扱う情報は、売り手のクリニックの経営に関わる機微なものが多いため、秘密保持契約(NDA)を交わしたうえで詳細な資料を受け取るのが通例です。初期に開示される情報は限られていることが多く、面談を重ねるから段階的に理解を深めていく流れになります。
方向性が合えば、条件をすり合わせて意向表明や基本合意に進みます。基本合意は最終契約ではありませんが、価格や引き継ぎ条件のたたき台を文書で確認する重要な節目です。この段階で、その後のデューデリジェンスや行政手続きの段取りも見通しておくと、後半が滞りません。
基本合意の後は、デューデリジェンスに進みます。ここでは、財務(収支・患者数・レセプト)、労務(スタッフの雇用条件・未消化有給・退職金)、契約(賃貸借の残存期間・更新条件)、設備(医療機器のリース残債・老朽化)などを一つずつ確認します。決算書に表れない簿外の債務が潜んでいないかを見極めることが、引き継ぎ後の想定外の支出を防ぎます。
調査の結果を踏まえて、譲渡価額や引き継ぎ条件を最終調整し、最終契約(クロージング)に進みます。クロージングでは、譲渡契約の締結と譲渡代金の決済を行い、法的にクリニックを引き継ぎます。このタイミングは、融資の実行時期とも密接に関わるため、金融機関との調整をあらかじめ進めておくことが重要です。承継の各ステップの詳細は、医院承継の流れを解説した関連コラムもあわせて確認してください。
行政手続きは、承継開業のスケジュールで最大のヤマ場です。診療所の開設に関する手続き(保健所への開設届または開設許可)を行い、あわせて地方厚生局へ保険医療機関の指定を申請します。保険医療機関の指定日は原則として申請した翌月1日で、締切日は厚生局ごとに定められています(出典:地方厚生局)。この締切に間に合わないと、保険診療の開始が1か月遅れ、その間の収入が立たない空白期間が生じます。
ここで押さえておきたいのが遡及指定です。個人診療所を医療法人化する場合や、患者が引き続き同じ場所で診療を受けている場合など、一定の要件を満たすと、開設日に遡って保険医療機関の効力が認められることがあります(出典:地方厚生局)。承継の形態によっては、この遡及指定によって保険診療の空白を避けられる可能性があります。ただし要件は個別性が高く、移転を伴う場合は距離などの条件もあるため、早い段階で管轄の厚生局に確認することをおすすめします。なお、新規に指定を受ける場合はオンライン資格確認の導入が原則として義務づけられています。
引き継ぎと告知は、クロージングの前後から開業にかけて段階的に進めます。患者への告知は、院長交代の事実と診療の継続を丁寧に伝えることが大切です。告知が遅れたり不十分だと、不安から他院へ移る患者が増えてしまいます。院内掲示や案内、地域への周知を、開業日に合わせて準備します。
スタッフへの引き継ぎは、さらに早い段階から始めるのが理想です。既存スタッフが残ってくれれば運営は安定しますが、雇用条件や勤務体制の変更点は事前に説明し、不安を解消しておく必要があります。前任の院長と一定期間、診療を重ねる引き継ぎ期間を設けると、患者・スタッフ双方の移行がスムーズになります。こうしたソフト面の引き継ぎは、行政手続きのような締切こそないものの、患者定着を左右する重要な工程です。
見落とされやすいのが、カルテや予約・会計システムの移行です。既存の電子カルテをそのまま引き継ぐのか、入れ替えるのかによって、準備期間もスタッフの習熟にかかる時間も変わります。患者情報を扱うため、移行の際は個人情報の取り扱いにも注意が必要です。開業直後の混乱を避けるには、システムの移行方針を早めに固め、開業前に操作の慣らし期間を確保しておくことが望まれます。
新規開業と承継開業では、時間のかかり方が異なります。新規開業は、物件探し・内装工事・設備導入・スタッフ採用にまとまった期間を要し、開業後も患者がつくまでに時間がかかります。承継開業は、これらの立ち上げ作業を省ける一方で、譲渡条件の交渉とデューデリジェンスという承継特有の工程が加わります。
もう一つの違いは、収益が立ち上がるタイミングです。新規開業では開業後に集患を積み上げますが、承継開業では既存患者を引き継ぐため、保険診療を始めた時点から一定の収入が見込めます。だからこそ、保険医療機関の指定を予定どおりに受け、空白期間を作らないことが、承継開業のスケジュール管理では決定的に重要になります。新規開業側の全体像は、新規開業スケジュールの関連コラムで確認できます。
案件との出会いから開業まで、目安としておおむね6か月〜1年程度です。案件の状況、交渉の進み方、行政手続きの段取りによって前後します。行政手続きの締切から逆算して計画を立てると、遅延を防ぎやすくなります。
指定日は原則として申請した翌月1日で、締切日は地方厚生局ごとに定められています。締切に間に合わないと保険診療の開始が1か月ずれ込むため、開業日から逆算して申請時期を決めることが重要です。
一定の要件を満たす場合に、保険医療機関の効力を開設日に遡って認める取り扱いです。個人診療所の法人化や、患者が引き続き同じ場所で診療を受けている場合などが対象になり得ます。要件は個別性が高いため、管轄の厚生局に早めに確認してください。
行政手続き、特に保険医療機関の指定です。締切が決まっているうえ、間に合わなければ保険診療の空白期間が生じます。ここを起点に、デューデリジェンスや契約のスケジュールを逆算して組むことが失敗を防ぎます。
設けることをおすすめします。前任の院長と一定期間、診療を重ねることで、患者の不安を和らげ、スタッフの引き継ぎもスムーズになります。患者定着を左右する工程のため、告知と合わせて計画的に進めることが大切です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。実際の承継・税務手続きにあたっては、医師・税理士・弁護士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。
公開日:2026年8月3日/最終更新日:2026年8月3日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身