「このまま医局に残るべきか、外に出るべきか」は、専攻医から中堅にかけての勤務医が最も迷う分岐点のひとつです。医局に残る・出るの判断は、好き嫌いや人間関係ではなく、①専門医研修の継続性 ②勤務地・人事の裁量 ③研究・学位・ポストの必要性という3つの軸で整理すると決めやすくなります。本記事では、厚生労働省の臨床研修修了者アンケートや2026年4月から本格化する医師偏在対策といった公的資料をもとに、判断材料と実務上の手順をチェックリスト形式で整理します。
※2026年8月時点の情報です。制度・運用は改定される場合があるため、最新の公的資料を必ずご確認ください。
この記事の要点
・医局とは、大学病院の診療科を単位に医師の人事・教育・研究を束ねる慣行上の組織で、法律上の雇用主ではありません。
・厚生労働省「令和4年臨床研修修了者アンケート」では、研修修了後の希望勤務先として大学病院を挙げた医師が合計58.9%、大学病院以外の病院が38.4%でした。
・残る・出るの判断は「専門医研修が完結するか」「学位・ポストが要るか」「勤務地を自分で決めたいか」の3点で大枠が決まります。
・2026年4月から医師偏在対策の支援事業が本格化し、医師を派遣する病院への公的支援が制度化されます。医局派遣の意味合いは今後変わり得ます。
・退局を選ぶ場合は、専門医の研修施設・単位の引き継ぎと、次の勤務先の内定時期を先に固めるのが実務上の要点です。
医局とは|残る・出るの判断を左右する3つの機能
医局に残るか出るかで実際に変わるのは、「専門医研修の器」「人事の決定権」「研究・学位・ポストへの経路」の3つです。この3つのうち自分にとって重いものがどれかを先に決めると、判断は大きく前に進みます。
医局の定義と、法的な位置づけ
医局とは、大学病院の診療科を単位として、所属医師の人事・教育・研究を束ねる慣行上の組織のことです。医療法や医師法に「医局」という法人格や定義があるわけではありません。ここが実務上とても重要な点です。
医局員が関連病院へ「派遣」されている場合、労働契約を結んでいる相手は医局ではなく、実際に勤務している病院(あるいは大学法人)です。したがって退職手続き自体は勤務先との雇用契約に沿って進みます。一方で、次の勤務先の紹介、専門医研修の施設調整、学位取得の指導といった実利は医局のネットワークに紐づいており、この「契約上の関係」と「実利上の関係」がずれている点が、退局の判断を難しくしています。
残る場合・出る場合で変わるものの全体像
| 比較軸 | 医局に残る | 医局を出る(市中病院・その他) |
|---|---|---|
| 勤務地の決定 | 医局人事による。関連病院間の異動が前提 | 自分で選ぶ。転居を伴う異動は原則なし |
| 専門医研修 | 基幹施設+連携施設の研修施設群に乗りやすい | 転籍先が同じ施設群かどうかの確認が必要 |
| 学位(医学博士) | 大学院進学・研究指導の経路が整っている | 社会人大学院や論文博士など個別の設計が必要 |
| 年収 | 大学病院本体は相対的に低く、外勤で補う構造 | 常勤先の給与水準が上がるケースが多い |
| ポスト | 助教・講師など大学ポストの道が開かれている | 部長・院長など施設内の管理職ルート |
| 戻りやすさ | ― | 退局の経緯によっては再入局のハードルが上がる |
表のとおり、医局に残る選択は「勤務地の自由度」を差し出す代わりに「研修・学位・ポストの経路」を受け取る構造になっています。逆に出る選択は、勤務地と待遇の自由度を得る代わりに、研修や学位の設計を自分で組み立てる必要があります。どちらが有利かではなく、自分がいま何を優先する時期にいるかの問題です。
データで見る医局の現在地|2026年の制度環境
「医局離れが進んでいる」とよく言われますが、公的統計を見る限り、大学病院を希望する医師は依然として全体の約6割を占めています。むしろ2026年の制度改正は、医師派遣機能そのものを公的に支える方向に動いています。
研修修了時点で大学病院を希望する医師は58.9%
厚生労働省「令和4年臨床研修修了者アンケート調査結果」(回答者7,138人)によると、臨床研修修了後に希望する勤務先は次のとおりでした。
- 卒業した大学の大学病院:34.4%
- 卒業した大学以外の大学病院:24.5%
- 大学病院以外の病院:38.4%
- 診療所・介護医療院・介護老人保健施設:0.9%
- 臨床医以外の進路:1.2%
出典: 厚生労働省「令和4年臨床研修修了者アンケート調査結果」(2022年)。大学病院を希望する層は合計58.9%で、大学病院以外の病院(38.4%)を上回ります。ただし内訳を見ると、臨床研修病院(大学病院以外)で初期研修を行った医師のうち大学病院以外の病院を希望した割合は50.0%で、研修先によって進路の傾向がはっきり分かれています。
ここから読み取れるのは、「医局に入るのが当たり前」でも「医局離れが主流」でもなく、初期研修をどこで過ごしたかによって進路の初期値が決まりやすい、ということです。市中病院で初期研修を終えた医師が入局を迷うのは自然な流れであり、逆に大学病院で研修した医師が退局を検討する場合は、外の水準を知る機会が少ないぶん情報収集の負荷が大きくなります。
2026年4月から本格化する医師偏在対策と医師派遣
厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(2024年12月25日)では、医師偏在指標や医師の高齢化率などを踏まえて都道府県が「重点医師偏在対策支援区域」を設定し、当該区域を対象とする「医師偏在是正プラン」を策定することとされています。経済的インセンティブを含む支援は2026年度(令和8年度)から本格実施される方針です。
この対策の中身には、支援区域へ医師を派遣する病院に対する支援や、派遣元の欠員を埋める代替医師の確保支援が含まれます。従来「医局人事」という私的な慣行が担ってきた地域への医師供給に、公的な資金と枠組みが重ねられていく構図です。
現場の医師にとっての含意は2つあります。第一に、地域派遣が「医局に属していないと縁がないもの」ではなくなり、都道府県や派遣元病院を経由するルートが増える可能性があること。第二に、支援区域での勤務に対する処遇が制度的に手当てされるなら、派遣を受け入れる側の交渉材料が増えることです。医局に残る/出るの損得計算は、こうした外部環境の変化も含めて数年単位で見直す価値があります。
専門医研修は「施設群」で回るため、転籍先の確認が要る
日本専門医機構の制度では、専門研修は1つの基幹施設と1つ以上の連携施設で構成される研修施設群のなかで循環的に行われます。研修方式には、年次ごとに定められたプログラムを3〜5年で履修する「プログラム制」と、到達目標の達成をもって受験資格が与えられる「カリキュラム制」があります。
つまり、専攻医の段階で医局を離れる場合に確認すべきなのは「辞めてよいか」ではなく、移る先が同じ研修施設群に含まれるか、含まれない場合にプログラムの変更手続きが可能かです。ここを確認せずに転職すると、経験症例や研修期間の扱いが不透明になり、専門医取得が遅れる可能性があります。基幹施設のプログラム統括責任者と、所属学会・機構の規程を先に確認してください。
残る・出るを判断する8つのチェックリスト
判断を感情論にしないために、以下の8項目を書き出して確認することをおすすめします。前半4つがキャリア設計、後半4つが生活・条件の観点です。
キャリア設計から確認する4項目
- 専門医(サブスペシャルティを含む)の取得が完了しているか
未取得なら、研修施設群と単位の引き継ぎが可能かを先に確認します。 - 医学博士(学位)が今後のキャリアに必要か
大学ポスト、海外留学、研究職を視野に入れるなら、医局に在籍したまま大学院に進む経路が最短です。 - 10年後にどの立場で働いていたいか
大学の教育・研究ポストを目指すなら残る、施設内での臨床実績や管理職を目指すなら出る、という整理が基本線になります。 - 今の医局で得られる症例・手技が頭打ちになっていないか
関連病院を含めた症例構成を数字で把握し、外に出た場合の見込みと比較します。
生活・条件から確認する4項目
- 今後5年間、転居を伴う異動を受け入れられるか
配偶者の就業、子どもの就学、親の介護など、動かしにくい条件を先に洗い出します。 - 常勤先の年収と外勤(バイト)の内訳を把握しているか
大学病院は本給が低く外勤で補う構造のため、額面ではなく「外勤込みの総額と、それに要する労働時間」で比較します。 - 当直・オンコールの回数と、その対価が明示されているか
宿日直許可の有無で労働時間の扱いが変わるため、就業規則と勤務実態の両方を確認します。 - 退局後に戻る可能性を残したいか
再入局や共同研究の可能性を残したいなら、辞め方そのものが将来の選択肢に影響します。
退局を選んだ場合の実務手順
- 専門医研修の状況を確定させる(取得済みか、残り何単位・何年か。プログラム統括責任者に転籍時の扱いを確認)。
- 次の勤務先の候補を先に固める(退局の意思を伝える前に、条件と着任時期の見通しを持っておく)。
- 直属の上司→医局長→教授の順に伝える(順序を飛ばすと関係がこじれやすい)。
- 医局人事が固まる前に伝える(多くの医局は年明けから春にかけて次年度人事を組むため、遅くとも半年前が目安)。
- 勤務先との雇用契約に沿って退職手続きを進める(退職の申し出時期は就業規則に従う。医局への意思表示と法的な退職手続きは別物です)。
- 引き継ぎと研究データの扱いを整理する(担当患者、進行中の研究、共著論文の帰属を明確にしておく)。
伝え方については、労働環境や人間関係への不満をそのまま述べるより、「専門性を深めたい」「家族の事情で勤務地を固定したい」といった前向きかつ具体的な理由を主軸にしたほうが、話が円滑に進む傾向があります。事実として不満がある場合でも、退局面談は交渉の場であって告発の場ではない、と割り切るのが現実的です。
医局に残るのが向いている人・出るのが向いている人
残るほうが合いやすい人
- 専門医・サブスペシャルティの取得が途中で、研修施設群の恩恵を受けたい
- 医学博士や大学ポストを視野に入れており、研究指導者との関係を維持したい
- 希少疾患・高難度手術など、大学病院に症例が集まる領域を専門にしたい
- 数年単位の異動を許容でき、幅広い施設で経験を積むことに前向き
- 将来的に留学や公的機関への出向など、推薦が必要な進路を考えている
出るほうが合いやすい人
- 専門医を取得済みで、次の目標が症例数・手技の反復や臨床実績にある
- 家族の事情などで勤務地を固定する必要がある
- 研究より臨床、あるいは開業・企業といった大学外のキャリアを志向している
- 外勤に依存しない収入構造にしたい
- 意思決定のスピードを自分でコントロールしたい
なお、この二択は一度きりのものではありません。専門医取得までは医局に残り、その後に市中病院へ移り、さらに数年後に大学院へ戻るという経路も現実に存在します。「今後3〜5年をどちらで過ごすか」という期限つきの問いとして扱うほうが、判断の精度は上がります。
よくある質問
医局を辞めるベストなタイミングはいつですか?
実務上は、専門医を取得し、年度末(3月末)で区切りをつけるタイミングが最も摩擦が少ないとされています。多くの医局が年度単位で人事を組むため、次年度の配置が固まる前に意思を伝えるのが原則です。ただし、専攻医の途中で移る場合でも、研修施設群と単位の扱いを確認できれば不可能ではありません。
医局に入らないと専門医は取れませんか?
取れます。専門研修は日本専門医機構が認定した研修プログラム(基幹施設+連携施設の施設群)に登録して行うものであり、大学の医局への所属が要件とされているわけではありません。市中病院が基幹施設となっているプログラムも多数あります。ただし、地域や診療科によっては大学が基幹施設の中心を占める場合があるため、志望領域のプログラム一覧を個別に確認する必要があります。
退局すると医学博士は取れなくなりますか?
取得経路は残ります。臨床を続けながら通う社会人大学院や、一定の研究業績をもとに申請する論文博士の制度があるためです。ただし論文博士の要件は大学ごとに異なり、研究指導者との関係が前提になる点は変わりません。学位取得を明確に予定しているなら、退局前に指導体制の見通しを立てておくほうが確実です。
一度辞めた医局に戻ることはできますか?
制度上の禁止はなく、実際に再入局する医師もいます。判断するのは各医局であるため、辞め方や在籍中の関係性が大きく影響します。将来の再入局や共同研究の可能性を残したい場合は、退局理由を前向きに整理し、引き継ぎを丁寧に行うことが実質的な条件になります。
医局を出ると年収は上がりますか?
常勤先の給与水準が上がるケースは多い一方、単純比較はできません。大学病院は本給が低く外勤で総額を組み立てる構造のため、比較すべきは「常勤の額面」ではなく「外勤を含めた年間の総収入と、それに費やす労働時間」です。加えて、退職金制度や研究費の扱い、当直手当の単価も条件に含めて確認してください。
まとめ
- 医局に残る・出るの判断は、専門医研修の継続性・勤務地の裁量・学位やポストの必要性という3軸で整理すると決めやすくなります。
- 厚生労働省の臨床研修修了者アンケートでは大学病院希望が合計58.9%と依然多数派で、「医局離れが主流」という前提は統計上は正確ではありません。
- 2026年度から医師偏在対策の支援が本格化し、医師派遣を取り巻く制度環境は変化しています。判断は期限つきで見直すのが現実的です。
残るか出るかは、正解のある問いではなく「今後3〜5年をどう設計するか」という配分の問題です。判断材料が足りないまま決めると後悔につながりやすいため、外の水準を具体的な求人条件として把握したうえで比較することをおすすめします。
株式会社ENでは、医師のキャリア相談、転職先の個別探索、アルバイトのご紹介、開業支援、M&A支援などを行っております。医局に残る場合・出る場合それぞれの選択肢を並べて比較したい方は、Med-Pro Doctorsよりご相談ください。
出典一覧
- 厚生労働省「令和4年臨床研修修了者アンケート調査結果」
- 厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(令和6年12月25日)
- 厚生労働省「医師偏在対策推進本部」
- 一般社団法人 日本専門医機構「専攻医の方」(研修施設群・プログラム制/カリキュラム制)
- 厚生労働省「医師臨床研修制度のホームページ」
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監修・著者
鎌形 博展(かまがた・ひろのぶ)
医師/株式会社EN 代表取締役/医療法人社団季邦会 理事長/東京医科大学病院 救急・災害医学講座 非常勤医師
救急・災害医療の現場で臨床経験を積んだ後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)にて経営学を修める。認知症予防や感染症診断デバイスのスタートアップ経営を経て、現在は東京・神奈川で複数のクリニックを運営する医療法人社団季邦会の理事長を務めるほか、医療業界の構造的な人材課題の解決を目指し株式会社ENを創業。医師紹介プラットフォーム「Med-Pro Doctors」、開業支援コミュニティ「クリニック開業ラボ」、医療機関M&Aアドバイザリーを展開する。現在も東京医科大学病院にて救急・災害医学の臨床に携わる。社会医学系専門医指導医。臨床医・経営者・採用側の三つの視点から、医師のキャリア形成についての実践的な情報を発信している。





