
2026年4月から、医師と診療所が集中している「外来医師過多区域」で無床診療所を新たに開設する場合、開設予定日のおおむね6か月前までに都道府県へ届け出ることが求められる見込みです。候補として挙がっているのは東京23区の5区域、京都・乙訓、大阪市、神戸、福岡・糸島の9つの二次医療圏です(出典:厚生労働省「地域医療構想及び医療計画等に関する検討会」の議論内容/2026年1月)。ただし、開業そのものが禁止されるわけではありません。本記事では、何がどう変わるのか、開業地選びと開業計画をどう組み替えるべきかを、実務の順序に沿って整理します。
日本の医療は長く、構造的な偏りを抱えてきました。東京23区や大阪市中心部には医師が集中する一方で、地方では医師不足が続いています。人口10万人あたりの医師数は地域によって大きな開きがあり、この「医師偏在」の是正が医療政策の中心的な課題になってきました。
2024年12月、厚生労働省は「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を公表しました。医師養成過程、医師確保計画の実効性、経済的インセンティブ、地域の医療機関の支え合い、診療科偏在という5つの柱で構成されたもので、今回の開業規制はこのパッケージの一部として位置づけられています(出典:厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」/2024年12月)。
つまりこの制度は突然出てきた話ではなく、地域医療構想や医師確保計画という長期の政策の流れの中にあります。そして重要なのは、規制(ペナルティ)だけでなく、医師不足地域に対するインセンティブ(支援)とセットで設計されている点です。この両面を知らずに規制だけを見ると、開業地の選択を誤ることになります。
外来医師過多区域とは、外来医師偏在指標が「全国平均値+標準偏差の1.5倍」以上で、かつ可住地面積あたりの診療所数が全国上位10%に該当する地域を指すとされています(出典:厚生労働省「地域医療構想及び医療計画等に関する検討会」の議論内容/2026年1月)。単に医師が多い地域ではなく、「医師が多く、かつ診療所が密集している地域」という二重の条件で絞られる仕組みです。
2026年時点で候補として挙がっている9つの二次医療圏は次のとおりです。
| 都道府県 | 二次医療圏 | 含まれる市区町村 |
|---|---|---|
| 東京都 | 区中央部 | 千代田区・中央区・港区・文京区・台東区 |
| 東京都 | 区西部 | 新宿区・中野区・杉並区 |
| 東京都 | 区西南部 | 目黒区・世田谷区・渋谷区 |
| 東京都 | 区南部 | 品川区・大田区 |
| 東京都 | 区西北部 | 豊島区・北区・板橋区・練馬区 |
| 京都府 | 京都・乙訓 | 京都市・向日市・長岡京市・大山崎町 |
| 大阪府 | 大阪市 | 大阪市 |
| 兵庫県 | 神戸 | 神戸市 |
| 福岡県 | 福岡・糸島 | 福岡市・糸島市 |
ここで注意していただきたい点が2つあります。
1つは、これらはあくまで「候補」であり、最終的な指定は都道府県が医療計画の中で決定するということです。もう1つは、都道府県は二次医療圏単位だけでなく、地域の実情に応じて市区町村単位や地区単位で指定することも可能とされている点です。上の表に自分の希望エリアが入っていないからといって、対象外だと決めつけることはできません。
開業を検討している場合、まずは希望する開業地が対象になる可能性があるかを、都道府県の医療計画・外来医療計画で確認することから始めてください。運用の詳細は今後の政省令やガイドラインで固まっていく段階にあります。
実際に外来医師過多区域で開業する場合、どのような手続きが加わるのか、順に見ていきます。
最も大きな変更は、開設予定日のおおむね6か月前までに都道府県へ事前届出を提出することが求められる点です。物件契約や資金調達のスケジュールに、この6か月が新たな制約として乗ります。開業日から逆算する起点が1つ増えると考えてください。
この届出は、診療科目や診療時間といった基本情報だけでは済みません。「地域外来医療(その地域で特に必要とされる外来医療)を提供する意向があるか」を具体的に記載することが求められる見込みです。一般内科クリニックであっても、在宅医療を行うのか、夜間診療に対応するのか、学校医などの公衆衛生業務を担うのか——そうした診療方針まで含めて届け出ることになります。
示されている主な記載事項は次のとおりです。
「提供しない場合の理由」を書く欄があることに注目してください。制度は、担わない選択も想定した上で、その理由の説明を求める設計になっています。
届出を受けた都道府県は、地域の医療提供体制を踏まえて、地域で不足している医療機能の提供を要請することができます。想定されているのは次のような機能です。
ここで重要なのは、この要請は法的な「命令」ではなく「お願い」であるという点です。応じる義務はありません。ただし要請を拒否した場合、都道府県に対して理由を説明する義務が生じます。
また、都道府県は外来医療の協議の場であらかじめ地域で不足する医療機能を協議し、公表することとされています。つまり開業を検討する段階で、自分の開業予定地でどのような機能が求められているかを事前に確認できる仕組みになっています。これは実務上、かなり使える情報です。
地域外来医療を提供しない意向を示した場合、次のような段階を踏むことになります。
一足飛びにペナルティが来るのではなく、説明の機会を挟みながら段階的に進む設計です。逆に言えば、対応を後回しにすると、開業後も継続的に説明の負担が発生し続けることになります。
実務上もっとも影響が大きいのが、保険医療機関の指定期間の短縮です。通常の指定期間は6年ですが、要請や勧告を受けた診療所については次のように短縮されるとされています。
| 指定期間 | 対象となる診療所 |
|---|---|
| 3年 | ・要請を受けて、期限までに応じなかった診療所 ・勧告を受けた診療所 ・再指定時に、勧告に従わない状態が続いた場合(2度目の指定) |
| 2年 | ・再々指定時以降に、勧告に従わない状態が続いた場合(3度目の指定以降) |
指定期間が短くなると、更新手続きの事務負担が増えるだけでなく、経営上の不確実性が高まります。融資の返済計画を長期で組む開業医にとって、指定の更新が3年ごとになることの意味は小さくありません。
なお、要請・勧告に応じなかった診療所が、その後に応じて地域外来医療を提供している場合、次回の指定期間は通常の6年に戻るとされています。一度短縮されたら固定される仕組みではありません。
医療機能情報提供制度(医療情報ネット)において、外来医師過多区域で2026年10月以降に開設した無床診療所について、「地域外来医療の提供の有無および内容」「医療法による要請または勧告の有無」が公表されることになっています。患者が診療所を探すときに参照する情報基盤に載るという点で、これは評判に関わる論点でもあります。
制度の全体像を押さえたうえで、具体的なケースで考えてみましょう。
総合内科の経験を積み、都内の住宅地でかかりつけ医として開業したいケースです。
影響:開業予定地が外来医師過多区域(例:東京都区中央部)に該当する場合、開業6か月前の事前届出が必要になります。都から訪問診療の実施や夜間・休日診療の対応を要請される可能性は高いと見ておくべきでしょう。
打ち手:当初から訪問診療を診療計画に組み込み、週1〜2回の夜間診療枠を設けることで、地域貢献型のクリニックとして設計する方法があります。訪問診療には診療報酬上の加算もあるため、要請への対応と収益の両立は不可能ではありません。あるいは、対象区域に該当しない隣接区での開業も選択肢になります。診療圏調査の段階で、隣接区も含めて比較しておくことが有効です。
大学病院で研鑽を積み、出身地である地方都市の郊外で開業したいケースです。
影響:開業予定地が医師少数区域に該当する可能性があります。その場合は規制を受けるどころか、むしろ都道府県からの支援対象になり得ます。
打ち手:地域医療への貢献を前面に出すことで、診療報酬上の加算や地域からの評価を得やすい環境です。競合も少なく、地域医療の中核としての位置を築きやすいと言えます。後述の支援策も確認してください。
美容医療に特化したクリニックを都心の一等地で開業したいケースです。完全自由診療であれば、この規制の影響はほとんど受けません。保険診療を扱わなければ保険医療機関の指定も不要であり、指定期間短縮というペナルティが成り立たないためです。
ただし一般皮膚科の保険診療も併設する場合は対象になります。その場合は、一般皮膚科の診療機能を充実させ、地域のかかりつけ医としての役割も担う形で要請に応えることが考えられます。あるいは美容医療に完全特化し、自由診療のみで経営する道もありますが、保険診療による安定収益を得られないというトレードオフがあります。
ここまでを踏まえると、2026年4月以降の開業戦略は大きく3つの方向に整理できます。
| 方向 | 内容 | 主なメリット | 主なデメリット |
|---|---|---|---|
| ①都市部×地域貢献型 | 対象区域で開業し、地域で不足する機能(夜間診療・在宅医療・初期救急)を診療計画に組み込む | 患者アクセスの良い都市部で開業できる/地域から評価される/診療報酬上の加算を活用できる | 夜間・訪問に対応するスタッフ確保が必要/初期投資が増える/医師の負担が増える |
| ②地方・医師不足区域 | 医師不足が深刻な地域で開業する | 都道府県の支援を受けられる可能性/競合が少ない/地域の信頼を得やすい | 患者数に天井がある/スタッフ採用が都市部より難しい/設備投資が限られる場合がある |
| ③規制対象外エリア・自由診療特化 | 対象区域を避けて開業する、または保険診療に依存しないモデルにする | 要請に縛られない/診療スタイルの自由度が高い/価格設定の自由度が高い | 自由診療特化では保険診療の安定収益がない/集患にマーケティング力が必要 |
①は地域医療への貢献意欲が高く、診療報酬制度を戦略的に使える医師に向きます。②は腰を据えて地域医療に取り組みたい医師に向き、地域包括ケアの中で長期的に安定した基盤を築ける可能性があります。③は特定の専門分野に強みがあり、自由診療市場で勝負できる場合の選択肢です。
そして、この3方向と重なりながら別の軸になるのが、次に述べる承継開業です。
制度の話題が広がるなかで、「既存クリニックを引き継ぐ承継開業なら規制を受けない」という説明を見かけることがあります。ここは正確に押さえておく必要があります。
規制の対象として示されているのは「外来医師過多区域における無床診療所の新規開設」です。一方、個人開設の診療所を引き継ぐ場合、実務上は前院長が廃止届を出し、新院長が開設届を出す形になることが多く、手続きの上では「開設」にあたります。同一の場所・同一の診療内容を引き継ぐケースが事前届出の対象に含まれるのかどうかは、今後の政省令・ガイドラインで詰まる論点です。「承継なら規制の対象外」と決めつけるのは危険です。
そのうえで、承継開業には検討に値する実質的な理由があります。仮に事前届出の対象になったとしても、すでにその地域で提供されている外来医療を引き継ぐ形であれば、地域で不足する機能をめぐる議論の前提が、ゼロからの新規開設とは変わってきます。既存の診療実績と患者基盤を示せることは、届出や協議の場での説明においても材料になります。
規制とは別の理由も大きいものです。
内装や医療機器、既存の患者基盤やスタッフを引き継げるため、ゼロから開業する場合に比べて初期投資と立ち上がりの負担を抑えやすい傾向があります。一方で、のれん(決算書に載らない収益力の価値)の評価額や、既存の労務・契約関係の引き継ぎには専門的な確認が欠かせません。詳しくは新規開業と承継開業はどちらを選ぶべきかと承継開業に必要な資金と資金調達で解説しています。
診療所の院長の高齢化が進み、後継者が不在のまま閉院を検討するケースが増えています。譲り渡す側にとっても、地域医療を止めずに引き継げること、創業者としての対価を得られることには大きな意味があります。買い手と売り手の関心が噛み合いやすい状況だと言えます(後継者不在のクリニックはどうする?5つの選択肢)。
医業承継に関連する認定医療法人制度(持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行にともなう相続税・贈与税の納税猶予)について、移行計画の認定申請期限は令和11年(2029年)12月31日です。もともと令和8年(2026年)12月31日が期限でしたが、令和8年度税制改正で3年間延長されました(出典:財務省 令和8年度税制改正関連資料)。ただし期限は「認定を受ける期限」であり、認定後の移行手続きには別途の時間がかかります。詳細は医業承継の税制優遇はいつまで?認定医療法人制度の納税猶予で解説しています。
承継開業を検討する場合、まず決めるべきは物件ではなく条件です。診療科・エリア・引き継ぎたい規模・開業時期を固めておくと、条件に合う案件に出会いやすくなります。承継案件の多くは非公開で扱われるため、条件を明確にしてから探し始めることが遠回りを避ける近道になります。当社では、お預かりした条件をもとに提携するM&A仲介20社へ問い合わせ、市場全体からお探ししています。実際にどのような案件が動いているかは承継案件の取り扱い例でご覧いただけます。
開業規制を単独で見ると「都市部で開業しにくくなった」という話に見えますが、対策パッケージは規制とインセンティブの両輪で組まれています。「重点医師偏在対策支援区域」に関して示されている支援は次のようなものです。
注目していただきたいのは、支援メニューの1つ目に「診療所の承継」が明記されていることです。国の政策として、医師不足地域における診療所の承継を後押しする方向が示されています。「都市部への集中を抑え、地方での開業・承継にメリットを与える」という二本柱で偏在の解消を目指す構図です。
この流れは短期で終わるものではありません。地域医療構想では2040年頃までの医療提供体制が議論されており、高齢化のピークに向けて在宅医療や地域包括ケアの重要性は増していきます。開業地を選ぶときは、目先の制度対応だけでなく、10年後20年後に自分のクリニックがどの役割を担うのかという視点を持っておくことが、結果的に経営の安定につながります。
開業できなくなるわけではありません。示されているのは事前届出と、地域で不足する医療機能の提供を求める要請の仕組みです。要請に応じない場合に保険医療機関の指定期間が短縮されるなどの措置がありますが、開設そのものを禁止する制度ではありません。
都道府県が策定する医療計画・外来医療計画で確認します。候補として9つの二次医療圏が挙がっていますが、最終的な指定は都道府県が行い、市区町村単位や地区単位で指定される可能性もあります。候補に入っていない地域でも、都道府県の公表資料で確認してください。
要請は命令ではないため、応じる義務はありません。ただし断る場合は理由を説明する義務が生じ、協議の場や都道府県医療審議会での説明を求められることがあります。理由がやむを得ないものと認められない場合は勧告に進み、勧告に従わないと公表や保険医療機関の指定期間短縮につながります。
対象外と断言できる段階にはありません。個人開設の診療所を引き継ぐ場合は手続き上「開設届」を出す形になることが多く、事前届出の対象に含まれるかは今後の政省令・ガイドライン次第です。ただし既存の外来医療を引き継ぐ形であるため、地域で不足する機能をめぐる議論の前提は新規開設と異なります。
完全自由診療であれば、影響はほとんど受けないと考えられます。保険診療を扱わなければ保険医療機関の指定が不要であり、指定期間短縮という措置が働かないためです。ただし保険診療を併設する場合は対象になります。
制度の運用は今後も動きます。区域指定や要件は変わり得るため、個別の開業・承継の判断にあたっては、必ず最新の一次情報を確認し、医療・法務・税務の専門家にご相談ください。
株式会社ENは、クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで支援しています。「自分の希望エリアは規制の対象になりそうか」「新規と承継、どちらが自分に合うのか」といった段階からのご相談も承っています。カジュアル面談・セカンドオピニオンは無料です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。実際の開業・承継・税務手続きにあたっては、医師・税理士・弁護士等の専門家に必ずご確認ください。数値・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。制度の詳細は今後の政省令・ガイドライン等で確定していく段階にあります。
公開日:2026年7月15日/最終更新日:2026年8月4日
鎌形 博展(かまがた ひろのぶ)/ 株式会社EN 代表取締役社長。クリニックの開業支援・事務長代行・医業承継(M&A)をワンストップで手がける株式会社ENを率いる。制度改正が相次ぐ医療業界において、開業・承継の実務に精通した立場から現場に即した情報発信を行っている。
医療法人社団季邦会 理事長(首都圏7拠点運営)、東京医科大学救急災害医学講座 非常勤医師
社会医学系専門医指導医、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 田中滋・中村洋ゼミ出身