※本記事は2026年8月時点の情報に基づいています。
「臨床は続けたいが、現場で感じた課題を事業として解決してみたい」——そう考える医師が増えています。結論から言うと、医師の起業とは、開業(クリニック経営)だけでなく、株式会社を使ったヘルステック事業や、臨床を続けながら顧問・CMOとして関わる形まで含む幅広い選択肢です。本記事では、開業との違い、医療法人と株式会社(MS法人)の使い分け、資金調達の道筋、そして臨床を続けながら小さく始める手順を、厚生労働省・経済産業省などの一次情報をもとに整理します。
この記事の要点
- 医師の起業は「クリニック経営」「MS法人」「ヘルステック」「顧問・CMO」の大きく4類型に整理できる
- 病院・診療所は営利法人(株式会社)では原則開設できず、医療事業は医療法人、非医療事業は株式会社と「器」を使い分ける
- 医師の兼業は法的に原則自由で、勤務先の就業規則と利益相反に配慮すれば臨床を続けながら起業できる
- 国は厚労省のホワイトペーパーや経産省・AMEDの基金で、ヘルスケアスタートアップの支援を強化している
- いきなり専業化せず、副業・顧問から小さく検証するのがリスクを抑える現実的な入り口
医師の起業
医師の起業とは、医師が自ら事業の主体となって新しい価値を生み出す働き方の総称です。同じ「独立」でも、開業が自分の診療を軸にクリニックを経営することであるのに対し、起業は診療以外の事業(プロダクト開発、医療DX、コンサルティングなど)まで広く含みます。まずは全体像を4つの類型で押さえましょう。
開業と起業はどう違うか
開業は「医師である自分が診療して収益を上げる」モデルで、収益の源泉は保険診療・自由診療です。一方の起業は「仕組みやプロダクトで収益を上げる」モデルで、必ずしも自分が診療する必要はありません。臨床を続けながら関与できる余地が大きいのが、開業にはない起業の特徴です。
医師の起業4類型(全体像)
| 起業のタイプ | 主な事業内容 | 使う「器」 | 臨床との両立 |
|---|---|---|---|
| クリニック経営(開業・承継) | 外来・在宅などの診療 | 医療法人/個人 | 常勤が基本 |
| MS法人型 | 不動産・物品販売・人材・システム等の非医療事業 | 株式会社 | 両立しやすい |
| ヘルステック・創薬 | SaMD・AI問診・医療機器・医薬品など | 株式会社 | 副業〜専業まで幅広い |
| 顧問・CMO | 事業戦略・医学監修・アドバイザリー | 業務委託・顧問契約 | 週数時間から可能 |
「起業=会社を辞めて専業」というイメージは実態と異なります。実際には、勤務医や開業医を続けながら顧問やアドバイザーとして関わる形が入り口になるケースが多く、報道でも起業を検討する医師の裾野が広がっていることが指摘されています(出典: 日経BP「未来コトハジメ」)。
制度の基本:医療法人と株式会社、MS法人の使い分け
医師が起業でつまずきやすいのが「どの法人格(器)を使うか」です。結論は、診療そのものを行う事業は医療法人、診療以外の事業は株式会社という使い分けです。理由は医療法にあります。
医療法人は「非営利」が原則
医療法人は非営利法人と位置づけられ、剰余金の配当が法律で禁止されています。また、営利を目的とする株式会社等は、病院・診療所を営利目的で開設することが原則として認められていません(出典: 医療法第7条第7項)。これは、利益追求が患者の利益や医療の質を損なうことを防ぐための規定です。したがって、株式会社を作っても、その会社名義でクリニックを開設して保険診療を行うことは原則できません。
株式会社(MS法人)でできること
MS法人(メディカルサービス法人)とは、医療機関の周辺業務——不動産の保有・賃貸、医療材料や物品の販売、人材・事務の受託、システム開発など、医療行為そのものではない事業——を担う株式会社の通称です。医師がヘルステックや医療DXで起業する場合も、この株式会社という器を用いるのが一般的です。診療を伴わないため、勤務医が副業として関与しやすいのも利点です。
| 項目 | 医療法人 | 株式会社(MS法人等) |
|---|---|---|
| 性格 | 非営利(剰余金の配当禁止) | 営利(配当可) |
| 病院・診療所の開設 | 可 | 原則不可(医療法第7条第7項) |
| 主にできる事業 | 医療・介護・付帯業務 | 非医療の事業全般 |
| 資金調達 | 出資・融資が中心 | 増資・VC出資などエクイティも可 |
起業を後押しする国の支援
近年は国のスタートアップ支援も厚くなっています。厚生労働省は2024年6月に「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」を公表し、バイオ・再生、医療機器・SaMD、医療DX・AI、介護テックなどの分野で計25の施策を提言しました(出典: 厚生労働省)。経済産業省・AMEDでも、創薬ベンチャーエコシステム強化事業(認定ベンチャーキャピタルの出資に応じて開発費を補助)や、令和7年度「次世代ヘルステック・スタートアップ育成支援事業」の公募など、資金・伴走支援の枠組みが整いつつあります(出典: 経済産業省、AMED)。
臨床を続けながら起業する手順と資金調達
臨床を辞めずに起業する現実的な進め方は、「小さく検証してから器を作る」ことです。以下のステップで整理できます。
起業までの6ステップ
- 現場で感じた課題を言語化する(誰の・どんな困りごとかを一文で書き出す)
- 事業の型を決める(クリニック経営/MS法人/ヘルステック/顧問・CMO)
- 器(法人格)を選ぶ——診療を伴うなら医療法人、非医療事業なら株式会社
- 勤務先の就業規則・兼業規定と、利益相反(COI)を確認する
- 副業・顧問など小さい関与から始めて需要と自分の適性を検証する
- 手応えを得たら資金調達と体制づくりに進み、必要に応じて専業化を判断する
資金調達の選択肢
資金調達は事業の型で変わります。クリニック経営なら日本政策金融公庫や民間金融機関の融資が中心です。ヘルステックや創薬では、自己資金・補助金に加え、ベンチャーキャピタル(VC)からのエクイティ調達が選択肢になります。実際、薬局DXのカケハシは2025年に大型のシリーズD調達を実施し累計調達額が業界上位に達し、AI問診のUbieも累計100億円超を調達したと報じられています(出典: 各社発表・報道)。まずは補助金や小規模融資で検証し、拡大局面でVCを検討する順序が無理がありません。
副業・CMOから始める
医師の兼業は法的に原則自由で、勤務先の規定と利益相反に配慮すれば、臨床を続けながらスタートアップに関与できます。多くの医療ベンチャーでは、医師が週数時間のアドバイザーやCMO(最高医療責任者)として、プロダクトや医学的妥当性の助言を担う体制がとられています。契約形態は業務委託・顧問契約が一般的で、報酬は時給・月額のほか、ストックオプションで受け取る例も増えています(出典: 医療系メディア報道)。まず顧問として関わり、事業性を見極めてから自ら起業する、という道筋も現実的です。
医師の起業に向いている人・注意すべき人
起業はキャリアの正解ではなく、適性と目的によって向き不向きがあります。判断材料として、メリットと注意点を整理します。
- 向いている人:現場の課題を仕組みで解決したい/臨床以外にも自分の時間資産を分散したい/不確実性を許容しながら学び続けられる
- 注意すべき人:安定収入を最優先したい/臨床のやりがいが第一で経営業務の負担を避けたい/短期での成果を強く期待している
臨床の専門性は起業の大きな武器になりますが、事業には資金繰り・採用・法務など診療とは別のスキルが必要です。だからこそ、いきなり退路を断つのではなく、副業・顧問で経営の解像度を上げてから判断するのが安全策です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 医師が起業すると医師免許や臨床に影響しますか?
会社を設立すること自体は医師免許に影響しません。医師の兼業は法的に原則自由で、臨床を続けながら経営者を兼ねることも可能です。ただし勤務先の就業規則や利益相反の規定は必ず確認しましょう。
Q2. 開業と起業はどう違いますか?
開業は自分の診療を軸にクリニックを経営する形で、収益の源泉は診療報酬です。起業はプロダクトや仕組みで収益を上げる形で、必ずしも自分が診療する必要はありません。臨床を続けながら関与しやすいのは起業の特徴です。
Q3. 資金がなくても起業できますか?
事業の型によります。ヘルステックのようにソフトウェア中心の事業は、初期費用を抑えて補助金や小規模融資から始められる場合があります。設備投資が大きいクリニック経営は融資の活用が前提になります。まず小さく検証し、必要に応じて調達額を増やすのが現実的です。
Q4. 勤務医のまま副業として起業してもいいですか?
多くの民間病院では就業規則(兼業規定)の範囲で可能です。国公立・大学病院では許可制のことが多いため、事前の届出・許可を確認してください。まず顧問やアドバイザーとして関わり、事業性を見極めてから法人化する道もあります。
Q5. 医療法人と株式会社、どちらを作ればよいですか?
診療を行うなら医療法人、診療以外の事業なら株式会社が基本です。株式会社では病院・診療所を営利目的で開設できないため(医療法第7条第7項)、両方を手がける場合は医療法人と株式会社(MS法人)を併用する設計も検討されます。
まとめ
医師の起業は、開業だけでなくヘルステックや顧問・CMOまで含む幅広い選択肢です。要点は3つ——(1)起業は4類型で整理でき、診療は医療法人・非医療は株式会社と器を使い分ける、(2)医師の兼業は原則自由なので臨床を続けながら小さく始められる、(3)国の支援も広がっており、副業・顧問から検証して段階的に進めるのが現実的です。株式会社ENでは、医師のキャリア相談、転職先の個別探索、アルバイトのご紹介、開業支援、M&A支援などを行っております。起業・開業・キャリアの相談は、株式会社ENまでお気軽にご連絡ください。
出典一覧
- 厚生労働省「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」(2024年6月)
- 経済産業省「ヘルスケアスタートアップ政策」
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代ヘルステック・スタートアップ育成支援事業」
- 医療法(第7条第7項ほか、医療法人の非営利性)
- 日経BP「未来コトハジメ」ほか各社発表・報道(資金調達事例・起業動向)
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監修・著者
鎌形 博展(かまがた・ひろのぶ)
医師/株式会社EN 代表取締役/医療法人社団季邦会 理事長/東京医科大学病院 救急・災害医学講座 非常勤医師
救急・災害医療の現場で臨床経験を積んだ後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)にて経営学を修める。認知症予防や感染症診断デバイスのスタートアップ経営を経て、現在は東京・神奈川で複数のクリニックを運営する医療法人社団季邦会の理事長を務めるほか、医療業界の構造的な人材課題の解決を目指し株式会社ENを創業。医師紹介プラットフォーム「Med-Pro Doctors」、開業支援コミュニティ「クリニック開業ラボ」、医療機関M&Aアドバイザリーを展開する。現在も東京医科大学病院にて救急・災害医学の臨床に携わる。社会医学系専門医指導医。臨床医・経営者・採用側の三つの視点から、医師のキャリア形成についての実践的な情報を発信している。





