「クリニックを開業したいが、いったいいくら準備すればよいのか」——独立を考え始めた医師が最初にぶつかる問いです。結論から言うと、クリニックの開業資金は診療科によって約3,000万円から1億円超まで大きく幅があり、内装や医療機器の規模、テナントか戸建てかで決まります。本記事では、開業資金とは何にいくらかかるお金なのかを診療科別に整理し、費用の内訳と日本政策金融公庫などの資金調達方法まで、2026年時点の情報にもとづいて解説します。臨床・経営・採用の三つの視点から医師のキャリアを支援する立場から、数字の裏にある「見落としやすいコスト」もあわせてお伝えします。

※本記事は2026年7月時点の情報にもとづいています。制度・金利・費用相場は変動するため、実際の計画時には最新の一次情報をご確認ください。

この記事の要点

  • クリニックの開業資金とは、初期費用(内装・医療機器・不動産など)と当面の運転資金を合わせた総額で、目安は5,000万〜1億円程度です。
  • 診療科別では、精神科・皮膚科が約3,000万円台と少額、内視鏡や画像診断装置を要する消化器内科・整形外科は1億円規模になることもあります。
  • 自己資金は総費用の1〜2割(500万〜2,000万円)が目安で、残りは融資で賄うのが一般的です。
  • 日本政策金融公庫「新規開業資金」の融資上限は7,200万円、独立行政法人福祉医療機構(WAM)は無床診療所の建築で3億円以内まで対応します。
  • 融資の「限度額」と「実際に借りられる額」は別物で、事業計画の精度と自己資金額が鍵になります。

クリニックの開業資金、結論はこう

クリニックの開業資金の総額は、5,000万〜1億円程度が一般的な目安です。ただしこれは平均的なレンジであって、診療科・立地・導入する医療機器のグレードによって、下は3,000万円台から、上は画像診断装置を備えると1億円を大きく超える場合まで分かれます。

開業資金とは何を指すのか

開業資金とは、開業前に一度だけかかる「初期費用(イニシャルコスト)」と、開業後に経営が軌道に乗るまで手元に必要な「運転資金(ランニングコスト)」を合わせたお金のことです。医師が見落としやすいのは後者です。診療報酬の入金は診療した月から約2か月後になるため、その間の人件費・家賃・生活費を賄う運転資金を確保しておかないと、開業直後に資金繰りが行き詰まります。

費用を左右する3つの変数

開業資金は主に、(1) 物件形態(テナントか戸建てか、居抜きか)、(2) 診療科ごとに必要な医療機器、(3) 立地の不動産コスト、の3つで決まります。この関係を整理すると次のようになります。

変数費用が下がる方向費用が上がる方向
物件形態テナント・医療モール・居抜き戸建て(土地取得を伴う)
医療機器検査機器が少ない科/リース活用CT・MRI・内視鏡など高額機器
立地地方・郊外都市部の一等地

開業資金の内訳と相場

開業資金は「初期費用」と「運転資金」に大別できます。まず初期費用の主な内訳は次の6項目です。

  1. 不動産関連費:敷金・保証金、仲介手数料、前家賃など。テナントや医療モールを選ぶと戸建てより抑えやすい。
  2. 内装・設備工事費:診療室・待合室・受付、給排水・電気工事など。居抜き開業なら大幅に削減できる。
  3. 医療機器導入費:レントゲン、超音波診断装置、各種検査機器など。診療科による差が最も大きい項目。
  4. 医療情報システム費:電子カルテ・レセコン、予約・問診システム。クラウド型は初期費用を抑えやすい。
  5. 広告宣伝費:ホームページ制作、看板、開業告知など。
  6. その他諸経費:医師会入会金、スタッフ採用・研修費、各種届出費用など。

見落としやすい運転資金

運転資金は、開業後に毎月出ていくお金です。最も比率が大きいのはスタッフの人件費で、ほかに賃料・共益費、医薬品や手袋などの消耗品費、システムの月額利用料、水道光熱費・通信費が含まれます。前述のとおり診療報酬の入金は約2か月遅れるため、少なくとも数か月分の運転資金と、医師自身の当面の生活費を別枠で用意しておくのが安全です。開業資金の総額を語るとき、この運転資金と生活費を見込んでいないと計画が甘くなります。

【診療科別】開業資金の目安

診療科ごとに必要な医療機器・設備が異なるため、開業資金も大きく変わります。以下は主な診療科の目安です(出典:エムスリーデジカル『クリニック開業資金はいくらかかる?』2026年更新)。あくまで一つの目安であり、物件形態や機器のグレードで上下します。

診療科開業資金の目安費用を左右する主因
精神科・心療内科約3,500万円検査設備が少なく比較的低額
皮膚科約3,000万円大型機器が少ない
泌尿器科3,000万〜5,000万円尿分析装置・膀胱鏡など
耳鼻咽喉科4,000万〜7,000万円ファイバースコープ等
眼科4,500万〜9,000万円検査・手術機器の構成
小児科約5,500万円キッズルーム・駐車場
産婦人科約6,000万円〜超音波・分娩対応の有無
一般内科テナント6,000万〜8,000万円戸建てか、検査体制の規模
呼吸器内科約7,000万円画像機器の導入
消化器内科約9,000万円内視鏡設備
整形外科戸建て5,000万円〜、最大1億円規模画像診断・リハビリ設備
循環器内科約1億円検査機器・設備
脳神経内科・外科6,000万〜2億5,000万円CT・MRIの有無で大きく変動

比較的少額で始めやすい科

皮膚科・精神科・心療内科は、高額な画像診断装置を必要としないため、全診療科のなかでも開業資金を抑えやすい傾向があります。診察スペース中心の設計で済むため、テナント開業と相性がよく、初期投資のリスクを小さくしたい場合の選択肢になります。

高額になりやすい科

消化器内科(内視鏡)、整形外科(画像診断・リハビリ)、脳神経内科・外科(CT・MRI)などは、機器投資が大きく1億円規模に達することがあります。こうした科では、開業当初は高額機器をリースにする、あるいは近隣医療機関と検査設備で連携するといった工夫で、初期の借入負担を抑える判断も現場ではよく行われます。

開業資金の調達方法

開業資金は、自己資金と外部からの融資・補助金を組み合わせて調達するのが一般的です。自己資金は総費用の10〜20%が目安とされ、5,000万円なら500万〜1,000万円、1億円なら1,000万〜2,000万円が一つの水準です。残りを賄う主な調達先を、実務でよく使われる順に整理します。

公的融資(公庫・WAM)

金利が比較的低く、多くの開業医が活用するのが公的融資です。日本政策金融公庫の「新規開業資金」は融資限度額7,200万円(うち運転資金4,800万円)で、返済期間は設備資金が20年以内、運転資金が10年以内(いずれも据置期間5年以内)とされています(出典:日本政策金融公庫『新規開業資金』)。独立行政法人福祉医療機構(WAM)は、無床診療所の新築建築で3億円以内、土地取得で3億円以内の長期・固定・低利融資に対応しています(出典:独立行政法人福祉医療機構『診療所へのご融資』)。

民間融資・補助金

公的融資だけで不足する分は、銀行・信用金庫・地方銀行などの民間融資で補います。金融機関ごとに条件や上限が異なるため、複数から見積もりを取り比較するのが基本です。加えて、IT導入補助金や事業承継・引継ぎ補助金などの補助金・助成金を活用できる場合もありますが、条件を満たす必要があり、補助金だけで開業資金を賄うのは困難です。融資と組み合わせて使う位置づけと考えましょう。

「限度額」と「借りられる額」は違う

現場で誤解が多いのが、融資の限度額をそのまま借りられると考えてしまう点です。実際の融資額は事業計画の内容と資金使途の妥当性で決まり、実務上は自己資金の3〜4倍程度が上限の目安と言われます。2025年以降は金利が緩やかな上昇傾向にあり、金融機関は事業計画の精度をこれまで以上に重視しています。診療圏調査にもとづく患者数の見込みと収支計画をどれだけ具体的に示せるかが、調達の成否を分けます。調達の全体像を手順で示すと次のとおりです。

  1. 総事業費(初期費用+運転資金+生活費)を積み上げる
  2. 自己資金でカバーできる割合(目安1〜2割)を確認する
  3. 公的融資(公庫・WAM)を軸に借入計画を組む
  4. 不足分を民間融資・補助金で補う
  5. 診療圏調査にもとづく収支計画で返済可能性を示す

開業資金を抑えるポイントと向いている準備

開業資金は工夫次第で抑えられます。代表的なのが、閉院予定のクリニックを引き継ぐ「承継(居抜き)開業」です。建物・設備・医療機器を引き継げるため初期費用を大きく削減でき、患者を引き継げれば集患コストも抑えられます。ほかに、クラウド型電子カルテの採用、高額機器のリース・近隣連携、予約・問診システムによる人件費の効率化などが有効です。

資金面で慎重な準備が向く人比較的挑戦しやすい条件
高額機器が必須の科で新規開業する検査機器が少ない科で開業する
自己資金が総費用の1割に満たない自己資金を2割前後確保できている
都市部の一等地にこだわる居抜き・テナントを柔軟に検討できる

よくある質問(FAQ)

Q1. 開業資金は最低いくらあれば始められますか?

診療科によりますが、皮膚科や精神科・心療内科など検査機器の少ない科であれば3,000万円台から始められるケースがあります。ただし総額のうち自己資金は1〜2割が目安とされ、運転資金と当面の生活費を別途確保しておく必要があります。

Q2. 自己資金がなくても開業できますか?

土地や保証人などの条件が整えば自己資金が少なくても融資を受けられる場合はあります。ただし自己資金が多いほど審査で有利になり、開業後の返済負担も軽くなります。実務上は自己資金の3〜4倍程度が融資額の目安とされるため、可能な範囲で自己資金を準備するのが現実的です。

Q3. 承継開業と新規開業では資金はどのくらい違いますか?

承継(居抜き)開業は、建物・内装・医療機器を引き継げるため、内装工事費や機器導入費を中心に初期費用を抑えられます。患者も引き継げれば開業直後の売上が立ちやすく、運転資金の負担も軽くなります。一方で設備の老朽化や引き継ぐ負債の有無など、承継特有の確認事項がある点には注意が必要です。

Q4. 運転資金はどのくらい用意すべきですか?

診療報酬の入金は診療月から約2か月後になるため、少なくとも数か月分の固定費(人件費・家賃・システム費など)を運転資金として手元に置くのが安全です。加えて、経営が軌道に乗るまでの医師自身の生活費も別枠で見込んでおきましょう。

まとめ

  • クリニックの開業資金は5,000万〜1億円が目安。診療科により3,000万円台〜1億円超と幅がある。
  • 初期費用だけでなく運転資金と生活費まで見込むことが、資金計画の成否を分ける。
  • 自己資金1〜2割を軸に、公庫・WAMなど公的融資を組み合わせ、事業計画の精度で調達額が決まる。

開業資金は「総額いくらか」だけでなく、「何にいくらかかり、どう調達し、どう返すか」を一体で設計することが重要です。診療科の特性や物件形態によって最適解は変わるため、早い段階で自分のケースに即した試算を行うことをおすすめします。株式会社ENでは、医師のキャリア相談、転職先の個別探索、アルバイトのご紹介、開業支援、M&A支援などを行っております。開業の資金計画や承継の選択肢についても、現場の視点からご相談いただけます。

出典一覧

  • 日本政策金融公庫『新規開業資金』 https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/01_sinkikaigyou_m.html
  • 独立行政法人福祉医療機構『診療所へのご融資』 https://www.wam.go.jp/hp/guide-iryokashitsuke-kind_clinic-tabid-378/
  • エムスリーデジカル『クリニック開業資金はいくらかかる?費用の目安や内訳・調達方法を解説』(2026年更新) https://digikar.m3.com/articles/opening/article37
  • 厚生労働省『医療施設動態調査』(無床診療所の開設・廃止動向) https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/

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監修・著者

鎌形 博展(かまがた・ひろのぶ)
医師/株式会社EN 代表取締役/医療法人社団季邦会 理事長/東京医科大学病院 救急・災害医学講座 非常勤医師

救急・災害医療の現場で臨床経験を積んだ後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)にて経営学を修める。認知症予防や感染症診断デバイスのスタートアップ経営を経て、現在は東京・神奈川で複数のクリニックを運営する医療法人社団季邦会の理事長を務めるほか、医療業界の構造的な人材課題の解決を目指し株式会社ENを創業。医師紹介プラットフォーム「Med-Pro Doctors」、開業支援コミュニティ「クリニック開業ラボ」、医療機関M&Aアドバイザリーを展開する。現在も東京医科大学病院にて救急・災害医学の臨床に携わる。社会医学系専門医指導医。臨床医・経営者・採用側の三つの視点から、医師のキャリア形成についての実践的な情報を発信している。

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