「眠れないので睡眠薬をください」——外来でもっともよく聞く言葉のひとつです。しかし世界の診療ガイドラインが不眠症の第一選択として挙げているのは、薬ではなく「認知行動療法(CBT-I)」です。
日本ではこれまで、CBT-Iを受けたくても保険が使えないという事情がありました。その前提が2026年に大きく変わっています。この記事では、不眠症治療の全体像と、CBT-Iと薬物療法をどう使い分けるのかを整理します。
不眠症治療はどこから始まるか|原因を3つの因子に分解する
不眠症の治療は、薬の選択から始まるわけではありません。まず「なぜ眠れないのか」を、素因・誘因・永続化因子という3つの因子に分けて考えます。
素因はもともとの眠りにくさ、誘因は不眠のきっかけになった出来事(転職、死別、痛みなど)です。そして治療のカギを握るのが、不眠を長引かせている永続化因子です。
たとえば「眠れないから早めに布団に入る」「眠れなかった翌日に昼寝で取り返す」「時計を見て残り時間を計算する」といった行動です。どれも善意の対処ですが、結果的に不眠を固定してしまいます。
同時に、不眠の”正体”が別の病気でないかも確認します。閉塞性睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、概日リズム睡眠・覚醒障害は、いずれも不眠として自覚されることがあり、その病気自体を治療しない限り改善しません。実際、不眠を訴える患者さんの約15%に中等症以上の睡眠時無呼吸が見つかったという報告もあります[1]。
薬剤性の不眠も見落とされがちです。SSRIやSNRIといった抗うつ薬では、およそ20%の患者に治療開始後の不眠が生じるとされ、ステロイドや一部の刺激薬も同様です。
国際的な第一選択はCBT-I|なぜ薬より行動なのか
慢性不眠症に対して、米国睡眠医学会、米国内科学会、欧州睡眠学会などの主要ガイドラインは、そろって認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia:CBT-I)を薬物療法より先に置いています[2,3,4]。
理由は3つあります。効果が薬物療法と同等であること、副作用や薬物相互作用がないこと、そして再発したときにも使える「生涯のスキル」が身につくことです。
一方で弱点もあります。効果が出るまでに数週間かかり、薬のような即効性はありません。また後述する睡眠制限法の影響で、治療の初期にはむしろ日中の眠気が増えることが知られています[5]。
CBT-Iの中身|睡眠制限法・刺激制御法・認知療法
CBT-Iは通常4〜8回のセッションで構成される多要素の治療です。中核となるのは次の3つです。
睡眠制限法(在床時間制限法)は、あえて布団の中にいる時間を削る方法です。まず1〜2週間の睡眠日誌から睡眠効率(実際に眠った時間÷布団にいた時間×100)を計算します。85%未満なら、在床時間を実際の睡眠時間まで短縮します(ただし6時間は下回りません)。その後、睡眠効率が90%を超えたら15分ずつ延ばし、85%未満に戻れば15分縮める、という調整を繰り返します。
刺激制御法は、「寝室=眠る場所」という結びつきを回復させる方法です。眠くなってから床につく、寝室は睡眠以外に使わない、20分ほど眠れなければ一度ベッドを出る、眠れた量にかかわらず毎朝同じ時刻に起きる、日中は昼寝をしない——この5点を徹底します。
認知療法では、「7時間眠らないと体を壊す」「今日も眠れないに違いない」といった睡眠にまつわる不安や思い込みを扱います。眠れないことへの不安そのものが覚醒を強めるためです。加えて、睡眠衛生指導(昼食後のカフェインを避ける、就寝前のアルコールを避ける、就寝2時間以内の激しい運動を避ける、寝室の時計を見ない)や、腹式呼吸などのリラクセーションを組み合わせます。
眠りの仕組みそのものについては睡眠生理学:夜の休息の背後にある科学も併せてご覧ください。
薬物療法の役割|「使わない」ではなく「上手に使い、上手にやめる」
CBT-Iが第一選択だからといって、薬が悪者というわけではありません。急性のストレスによる強い不眠、日中の機能低下が差し迫っている場合、あるいはCBT-Iにアクセスできない場合には、薬物療法が妥当な選択になります。
現在の不眠症治療薬は、大きく次のように分かれます。ベンゾジアゼピン受容体作動薬(ゾルピデム、エスゾピクロンなど)、オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサント)、メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)、そして低用量のドキセピンです。それぞれ作用時間も、翌朝への持ち越しやすさも異なります。
重要なのは「出口」を最初に決めておくことです。CBT-Iと薬を併用する場合、6〜8週かけて薬を減らしていく計画をあらかじめ立てます。オレキシン受容体拮抗薬やラメルテオンは中止時の反跳性不眠が問題になりにくい一方、ベンゾジアゼピン系では数週間ごとに10〜25%ずつ減らすような、時間をかけた漸減が必要になります。
減薬に踏み切れない患者さんに伝えたい数字があります。不眠を訴える人のおよそ75%は、症状の持続期間が1年未満です[6]。今の不眠が、薬を始めた当時と同じものとは限らないのです。
CBT-Iと薬、どちらが優れているのか|比較試験が示すこと
両者を直接比べた研究は、実はそれほど多くありません。それでも重要な知見はあります。
高齢者78名を対象とした試験では、CBT-I単独、CBT-I+テマゼパム併用、テマゼパム単独のいずれもプラセボより睡眠を改善しましたが、実薬群どうしに統計学的な差はありませんでした[7]。若年〜中年成人63名の試験では、CBT-Iと併用療法がゾルピデム単独やプラセボを上回りました[8]。
決定的なのは長期成績です。12〜24か月の追跡研究では、CBT-Iを含む治療のほうが、薬物療法単独よりも効果が長く持続することが示されています[9,10]。短期的には薬、長期的にはCBT-I——これが現時点での大まかな見取り図です。
【2026年】日本の不眠症治療はここが変わった
海外のガイドラインがCBT-Iを推していても、日本ではこれまで保険で受けられないという壁がありました。日本睡眠学会の「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」がCBT-Iを薬物療法のセカンドラインに置いていたのも、この事情が背景にあります。
変更点1:対面式CBT-Iが保険適用に
令和8年度診療報酬改定により、「認知療法・認知行動療法」の対象疾患に不眠症が追加されました。うつ病やパニック障害などと並び、不眠症でも保険診療としてCBT-Iを受けられるようになったということです。ただし算定できる回数は、一連の治療につき8回までとされています(他疾患は16回)。同時に、公認心理師による心理支援を伴う類型も新設されました。
変更点2:不眠障害用アプリが保険適用に
2026年6月1日、不眠障害の治療を支援するアプリ「サスメド 不眠障害用アプリ Medcle」が保険適用となりました。不眠症領域では国内初のプログラム医療機器です。
このアプリは、最初の1週間で睡眠衛生指導と睡眠表の記録を行い、続く8週間で睡眠制限法・刺激制御法・認知療法のコンテンツを進める、計9週間のプログラムです。臨床試験では、8週時点の改善度こそゾルピデムに及ばなかったものの、中止後に不眠が悪化しなかったため、10週時点では同程度の効果に落ち着きました。中止時点で薬物治療が必要と医師が判断した患者の割合は、アプリ群7.0%に対しゾルピデム群26.3%でした[11]。
ただし誰でも使えるわけではありません。日本睡眠学会などが策定した適正使用指針では、対象は「軽症から中等症の不眠障害」と定められ、重症例、2種類以上の睡眠薬を服用中の方、精神疾患を併存する方、交代勤務・夜勤に従事している方などは原則として対象外です[11]。処方できるのも、CBT-Iに関する所定の研修を修了した医師に限られます。
つまり2026年の日本では、「睡眠衛生指導 → CBT-I(対面またはアプリ) → 薬物療法」という、国際標準に近い選択肢が、ようやく制度としてそろったことになります。
治療がうまくいかないとき|見直すべき3つのポイント
第一に、睡眠への期待値が現実的かどうかです。加齢とともに睡眠は浅く短くなります。20代と同じ眠りを目標にしている限り、どんな治療も失敗します。
第二に、睡眠日誌の再確認です。在床時間が長すぎないか、起床時刻がばらついていないかを見ると、改善しない理由が見つかることが少なくありません。
第三に、見落とされている病気がないかです。睡眠時無呼吸、むずむず脚症候群、うつ病、慢性疼痛——これらはCBT-Iにも薬にも反応しにくくします。不眠が慢性化した場合の全身への影響については睡眠不足の影響とは?健康リスクと改善方法を徹底解説で解説しています。
まとめ
不眠症治療の基本方針は、次のように整理できます。
- 治療は薬の選択ではなく、不眠を長引かせている因子と背景の病気を洗い出すところから始まる
- 慢性不眠症の国際的な第一選択はCBT-I。効果は薬物療法と同等で、長期成績ではより優れる
- 薬物療法は「使わない」のではなく、出口(減薬・中止の計画)をあらかじめ決めて使う
- 2026年、日本でも対面式CBT-Iと不眠障害用アプリが保険適用となり、選択肢が広がった
なお、日本人成人の不眠症状の有症率は男性12.2%・女性14.6%、日中の機能障害を伴う厳密な不眠障害に該当する方は男性3.2%・女性4.2%と推計されています[12]。決してまれな病気ではありません。眠れない夜が週3回以上、3か月以上続いているなら、それは自己流で乗り切る段階ではなく、相談すべき段階です。
参考文献
- Hein M, Lanquart JP, Loas G, et al. Prevalence and risk factors of moderate to severe obstructive sleep apnea syndrome in insomnia sufferers: a study on 1311 subjects. Respir Res. 2017;18:135.
- Schutte-Rodin S, Broch L, Buysse D, et al. Clinical guideline for the evaluation and management of chronic insomnia in adults. J Clin Sleep Med. 2008;4:487.
- Qaseem A, Kansagara D, Forciea MA, et al. Management of Chronic Insomnia Disorder in Adults: A Clinical Practice Guideline From the American College of Physicians. Ann Intern Med. 2016;165:125.
- Riemann D, Espie CA, Altena E, et al. The European Insomnia Guideline: An update on the diagnosis and treatment of insomnia 2023. J Sleep Res. 2023;32:e14035.
- Kyle SD, Miller CB, Rogers Z, et al. Sleep restriction therapy for insomnia is associated with reduced objective total sleep time, increased daytime somnolence, and objectively impaired vigilance. Sleep. 2014;37:229-237.
- Roth T, Jaeger S, Jin R, et al. Sleep problems, comorbid mental disorders, and role functioning in the national comorbidity survey replication. Biol Psychiatry. 2006;60:1364.
- Morin CM, Colecchi C, Stone J, et al. Behavioral and pharmacological therapies for late-life insomnia: a randomized controlled trial. JAMA. 1999;281:991.
- Jacobs GD, Pace-Schott EF, Stickgold R, Otto MW. Cognitive behavior therapy and pharmacotherapy for insomnia: a randomized controlled trial and direct comparison. Arch Intern Med. 2004;164:1888.
- Beaulieu-Bonneau S, Ivers H, Guay B, Morin CM. Long-Term Maintenance of Therapeutic Gains Associated With Cognitive-Behavioral Therapy for Insomnia Delivered Alone or Combined With Zolpidem. Sleep. 2017;40.
- Morin CM, Edinger JD, Beaulieu-Bonneau S, et al. Effectiveness of Sequential Psychological and Medication Therapies for Insomnia Disorder: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2020;77:1107.
- 日本睡眠学会「サスメド不眠障害用アプリ Medcle 適正使用指針(第3版)」2026年5月11日. https://jssr.jp/files/guideline/20260608.pdf
- Itani O, Kaneita Y, Munezawa T, et al. Nationwide epidemiological study of insomnia in Japan. Sleep Med. 2016;25:130-138.
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定 11. 重点的な対応が求められる分野(精神医療)」. https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001706379.pdf
- 三島和夫(睡眠薬の適正使用及び減量・中止のための診療ガイドラインに関する研究班)編『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』じほう, 2014.

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