【Part 2:経営戦略論 – 医療現場で活かす戦略的思考】
前回は、病院経営における戦略的思考の重要性と、基本的なフレームワークについて解説しました。今回は、病院が競争優位性を築くための具体的な戦略として、「差別化戦略」と「ブルーオーシャン戦略」について詳しく解説します。
医療機関を取り巻く競争環境
医療機関を取り巻く環境は、競争が激化しています。
- 患者さんの獲得競争:患者さんは、より良い医療サービスを求めて医療機関を選択する時代になりました。
- 優秀な医療従事者の確保競争:医師や看護師などの人材不足が深刻化しており、優秀な人材を獲得するための競争が激しくなっています。
- 経営の安定化:医療費抑制政策や患者数の変動などにより、病院経営は厳しさを増しています。
このような状況下で生き残っていくためには、他の病院との違いを明確にし、患者さんに選ばれる病院になる必要があります。それが、競争戦略です。
差別化戦略
差別化戦略とは、他の病院にはない独自の価値を提供することで、患者さんに選ばれる病院になる戦略です。
差別化のポイント
差別化のポイントとしては、以下の点が挙げられます。
- 医療技術の高さ:
◦最新の医療技術や設備を導入し、高度な医療を提供する。
◦特定の疾患や治療法に特化し、専門性の高い医療を提供する。
◦例:ロボット支援手術、AI診断支援システム、最新のがん治療、心臓血管外科手術 - サービスの充実:
◦患者さんの満足度を高めるためのサービスを提供する。
◦待ち時間の短縮、丁寧な説明、快適な入院環境、オンライン診療、24時間対応
◦例:コンシェルジュサービス、アメニティの充実、託児所 - ブランドイメージの向上:
◦病院のブランドイメージを高める活動を行う。
◦地域貢献活動、広報活動、医療従事者教育、ホスピタリティ向上
◦例:メディア露出、患者体験談の発信、地域イベントへの参加 - 価格:
◦自由診療において、価格競争力をつける。
◦透明性の高い価格設定、パッケージプランの提供
◦例:美容医療、人間ドック
差別化戦略の成功事例
- A病院:
◦地域で唯一、陽子線治療を提供することで、がん治療の患者さんを集患している。
◦がん治療の専門チームを結成し、患者さん一人ひとりに合わせたオーダーメイド医療を提供することで、高い治療成績をあげている。
◦患者サポートセンターを設置し、がん治療に関する相談や不安を解消するためのサポート体制を充実させている。 - Bクリニック:
◦女性医師が多く、女性特有の疾患に特化した診療を提供することで、女性患者から支持されている。
◦院内は、ホテルのような内装で、アロマを焚いたり、リラックスできる音楽を流したりすることで、患者さんに安らぎを与えている。
◦託児所を併設し、子育て中の女性が安心して受診できる環境を整えている。
ブルーオーシャン戦略
ブルーオーシャン戦略とは、競争のない未開拓の市場(ブルーオーシャン)を作り出し、そこで独自の価値を提供する戦略です。
既存の市場(レッドオーシャン)で、他の病院と価格やサービスで競争するのではなく、新たなニーズを創造し、競争を避けながら、患者さんに選ばれる病院になることを目指します。
ブルーオーシャン戦略を実現するためのポイント
ブルーオーシャン戦略を実現するためには、以下の点が重要です。
- 既存の枠にとらわれない発想:
◦従来の医療の常識にとらわれず、自由な発想で新しい医療サービスを創造する。
◦医療の枠を超えたサービスや価値を提供する。
◦例:健康増進、予防医療、ウェルネス - 患者さんの潜在ニーズの発掘:
◦患者さんがまだ気づいていないニーズを捉え、それを満たす医療サービスを提供する。
◦表面的なニーズだけでなく、潜在的なニーズを掘り起こす。
◦例:精神的なケア、生活の質の向上 - 医療以外の分野との連携:
◦他の業界との連携を通じて、新たな価値を創造する。
◦IT企業、介護施設、地域団体など、様々な分野との連携を検討する。
◦例:IT企業と連携した遠隔医療システムの開発、介護施設との連携による在宅医療サービスの提供
ブルーオーシャン戦略の成功事例
- C病院:
◦従来の病院のイメージを覆す、リゾートホテルのような病院を設立。
◦豪華な内装、充実したアメニティ、オーシャンビューの病室など、患者さんに最高の癒しを提供することで、富裕層の患者さんを集患している。
◦医療ツーリズムにも力を入れており、海外からの患者さんも積極的に受け入れている。 - Dクリニック:
◦予防医療に特化したクリニックを設立。
◦最新の遺伝子検査や健康診断、栄養指導、運動指導など、健康増進のためのサービスを包括的に提供することで、健康意識の高い人々から支持されている。
◦企業と提携し、従業員の健康管理プログラムを提供することで、新たな収益源を獲得している。
差別化戦略とブルーオーシャン戦略の比較
区分 | 差別化戦略 | ブルーオーシャン戦略 |
市場 | 既存市場(レッドオーシャン) | 未開拓市場(ブルーオーシャン) |
競争 | 競争に打ち勝つ | 競争を回避する |
価値提供 | 独自の価値を提供 | 新たな価値を創造 |
重点 | 競合との差別化 | 顧客ニーズの創造 |
どちらの戦略を選ぶべきか
どちらの戦略を選ぶべきかは、病院の置かれた状況や強み、弱み、外部環境によって異なります。
- 差別化戦略は、既存市場で競争優位性を築きたい場合に有効です。
- ブルーオーシャン戦略は、新たな市場を創造し、競争を回避したい場合に有効です。
病院は、自院の状況を分析し、最適な戦略を選択する必要があります。
まとめ
今回は、病院が競争優位性を築くための戦略として、差別化戦略とブルーオーシャン戦略について解説しました。
差別化戦略は、既存の市場で、他の病院との違いを明確にすることで、競争に打ち勝つ戦略です。一方、ブルーオーシャン戦略は、競争のない未開拓の市場を創造することで、競争を回避する戦略です。
病院は、自院の強みや弱み、外部環境などを分析し、最適な競争戦略を選択する必要があります。
【競争戦略を成功させるためのポイント】
- 自院の強みを活かす:自院の強みを最大限に活かした戦略を立てることが重要です。
- 患者さんのニーズを捉える:患者さんのニーズを的確に捉え、それに合わせたサービスを提供することが重要です。
- 継続的な改善:常に外部環境や競合の状況を分析し、戦略を改善していくことが重要です。
- 全職員の理解と協力:競争戦略を成功させるためには、全職員が戦略を理解し、協力することが不可欠です。
【参考文献】
- ブルー・オーシャン戦略
- 競争の戦略
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開