【Part 2:経営戦略論 – 医療現場で活かす戦略的思考】
第4回では、医療機関の経営戦略の重要性を解説。少子高齢化や医療費抑制、病院間競争の激化、人材不足、働き方改革など現状の課題を踏まえ、PEST・SWOT・3C・STP・バリューチェーン・5フォース分析など多角的フレームワークを活用。病院理念・目標の明確化から戦略実行・評価までのステップをわかりやすく体系的に解説します。
医療機関における経営戦略の重要性
医療を取り巻く環境は、近年大きく変化しています。高齢化の進展、医療費の増大、患者さんのニーズの多様化、そして、新型コロナウイルス感染症のような新たな感染症の出現など、様々な要因が病院経営に影響を与えています。このような状況下で、病院が持続的に発展していくためには、戦略的な経営が不可欠です。
経営戦略とは、「病院の目標を達成するために、どのような資源(人材、資金、設備など)を、どのように活用していくか」を計画するものです。経営戦略を策定することで、病院は、変化する環境に対応し、競争優位性を確立することができます。
病院経営を取り巻く現状と課題
病院経営を取り巻く現状は、決して楽観視できるものではありません。
- 患者さんの減少・ニーズの多様化: 少子高齢化により、一部の地域では病院を受診する患者さんの数が減少しています。一方で、患者さんのニーズは多様化しており、高度な医療技術や質の高いサービスが求められています。
- 医療費の抑制: 政府は、医療費増大を抑制するために、診療報酬の改定や医療費適正化政策を推進しています。これにより、病院の収益は圧迫される傾向にあります。
- 競争激化: 病院間の競争が激化しており、患者さんを獲得することが難しくなっています。特に、都市部では、大規模病院や専門病院が競争力を高めています。
- 人材不足: 医師や看護師などの人材不足が深刻化しており、人材確保が困難になっています。特に、地方や中小病院では、人材不足が深刻です。
- 働き方改革: 医療従事者の働き方改革が求められており、労働時間短縮や業務効率化が課題となっています。
これらの課題を解決するためには、病院経営者は、経営戦略に基づいた効率的な病院運営を行う必要があります。
経営戦略の基本的なフレームワークを紹介
経営戦略を策定する際には、様々なフレームワークを活用することができます。ここでは、基本的なフレームワークに加え、有用なフレームワークをいくつか紹介します。
- PEST分析
PEST分析とは、「政治(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)」の4つの外部要因を分析するフレームワークです。
PEST分析を行うことで、病院経営に影響を与える可能性のある外部環境の変化を把握し、対応策を検討することができます。
例:
◦政治: 医療制度改革、診療報酬改定、医療規制緩和
◦経済: 景気変動、医療費、雇用状況
◦社会: 高齢化、人口減少、健康志向の高まり
◦技術: 医療技術の進歩、AI医療、ICT化 - SWOT分析
SWOT分析とは、「病院の強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)」を分析するフレームワークです。
SWOT分析を行うことで、病院の現状を客観的に把握し、今後の戦略を立てる上で考慮すべき要素を明確にすることができます。
例:
◦強み: 地域におけるブランド力、専門性の高い医療技術、優秀な医療スタッフ
◦弱み: 施設の老朽化、資金不足、人材不足
◦機会: 高齢化社会における医療ニーズの増加、医療技術の進歩、地域連携の推進
◦脅威: 競合病院の存在、医療費抑制政策、患者さんの権利意識の高まり - 3C分析
3C分析とは、「顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)」を分析するフレームワークです。
3C分析を行うことで、顧客のニーズ、競合の状況、自社の強み・弱みを把握し、競争力を高めるための戦略を立てることができます。
例:
◦顧客: 地域住民の年齢層、所得層、医療ニーズ
◦競合: 近隣の病院の規模、診療科、専門分野、患者数
◦自社: 施設の規模、診療科、専門分野、医療技術、患者満足度 - STP分析
STP分析とは、「セグメンテーション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning)」を分析するフレームワークです。
STP分析を行うことで、どのような患者さんをターゲットにするかを明確にし、その患者さんに合わせた効率的なサービスを提供することができます。
例:
◦セグメンテーション: 患者さんを年齢、性別、疾患、ライフスタイルなどによって分類する
◦ターゲティング: どのセグメントの患者さんをターゲットにするかを選択する
◦ポジショニング: ターゲットとする患者さんに対して、自院の強みをどのようにアピールするかを決定する - バリューチェーン分析
バリューチェーン分析とは、「病院の事業活動を、価値を生み出す一連の活動(主活動と支援活動)に分解し、それぞれの活動における強み・弱みを分析する」フレームワークです。
バリューチェーン分析を行うことで、病院のどの活動が価値を生み出しているのか、どの活動に改善の余地があるのかを把握し、競争力を高めるための戦略を立てることができます。 - 5フォース分析
5フォース分析とは、「業界の競争要因を5つの力(新規参入の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力、代替品の脅威、業界内の競争)に分解し、業界の収益性を分析する」フレームワークです。
5フォース分析を行うことで、病院が置かれている業界の状況を把握し、競争力を高めるための戦略を立てることができます。
具体的な戦略策定のステップ
- 病院の理念・目標を明確にする: 病院の存在意義や目指すべき姿を明確にします。
- 現状分析: PEST分析、SWOT分析、3C分析などを用いて、病院の現状と外部環境を分析します。
- 戦略策定: 分析結果に基づき、具体的な戦略を策定します。
◦患者さん中心の医療: 患者さんのニーズを理解し、満足度の高い医療を提供するための戦略
◦地域連携の強化: 地域内の他の医療機関や福祉施設と連携し、地域包括ケアシステムを構築するための戦略
◦経営資源の有効活用: 人材、資金、設備などの経営資源を有効活用し、効率的な病院運営を行うための戦略
◦職員のモチベーション向上: 職員のモチベーションを高め、働きやすい環境を作るための戦略
◦イノベーションの導入: 新しい医療技術やサービスを積極的に導入し、競争力を高めるための戦略 - 戦略実行: 策定した戦略を実行に移します。
- 戦略評価: 戦略の効果を評価し、改善点があれば修正します。
まとめ
今回は、医療における経営戦略の重要性、病院経営を取り巻く現状と課題、経営戦略の基本的なフレームワーク、そして具体的な戦略策定のステップについて解説しました。
病院経営者は、これらの情報を参考に、自院の状況に合わせた効率的な経営戦略を策定し、病院の持続的な発展を目指しましょう。
次回は、「競争優位性を築く – 差別化戦略とブルーオーシャン戦略」について解説します。
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開