【Part 2:経営戦略論 – 医療現場で活かす戦略的思考】

前回は、医療機関の現状を把握するためのSWOT分析について解説しました。今回は、医療機関を取り巻く外部環境を分析するためのフレームワークであるPEST分析について、より実践的な視点から解説します。

PEST分析とは

PEST分析とは、Political(政治)、Economic(経済)、Social(社会)、Technological(技術)の4つの要素から、マクロ環境における変化を分析するフレームワークです。

医療機関は、これらの外部環境要因から大きな影響を受けます。PEST分析を用いることで、変化の兆候を素早く捉え、機会を活かし、脅威を回避するための戦略を立てることができます。

PEST分析のフレームワーク

1.Political(政治)
  • 医療政策
    ・診療報酬改定:診療報酬体系、点数改定、特定医療行為への重点化
    ・医療制度改革:地域医療構想、病院の機能分化、地域包括ケアシステム
    ・医療関連法規:医療法、医師法、健康保険法、個人情報保護法
    ・規制緩和:オンライン診療、混合診療、医療ツーリズム
    ・政治動向:政権交代、与野党の政策、選挙、政治家の発言
    ・政策決定プロセス:厚生労働省、関係省庁、業界団体、政治家との関係構築
  • 弱み(Weaknesses)
    医療技術:特定分野の専門性の不足、医療設備の老朽化、医療ミスの発生率
    人材:医師・看護師不足、スタッフのスキル不足、人材育成の不足、 離職率の高さ
    施設・設備:施設の老朽化、設備の不足、アクセスの悪さ、IT化の遅れ
    経営: 経営の不安定性、資金不足、知名度の低さ、ブランド力の弱さ
    その他:患者満足度の低さ、待ち時間の長さ、医療サービスの質の低さ、 クレームの多さ
2. Economic(経済)
  • マクロ経済
    ・経済成長率:GDP成長率、景気動向、経済指標
    ・物価:消費者物価指数、医療費のインフレ
    ・金利:政策金利、融資利率
    ・為替レート:円高・円安
  • 医療経済
    ・医療費:国民医療費、医療費の伸び、自己負担割合
    ・保険制度:健康保険制度、公的医療保険、民間医療保険
    ・医療費抑制政策:ジェネリック医薬品の普及促進、医療費の適正化
    ・医療関連産業:製薬会社、医療機器メーカー、IT企業
  • 地域経済
    ・地域の経済状況:雇用状況、所得水準、人口動態
    ・地域産業:主要産業、観光業
3. Social(社会)
  • 人口動態
    ・高齢化:高齢化率、平均寿命、高齢者の健康状態
    ・少子化:出生率、人口減少
    ・人口移動:都市部への人口集中、地方の過疎化
  • 社会構造
    ・家族形態:核家族化、単身世帯の増加
    ・価値観:健康志向、自己責任、利便性
    ・ライフスタイル:食生活、運動習慣、ストレス
  • 医療・健康
    ・医療ニーズ:疾病構造の変化、生活習慣病、精神疾患
    ・健康意識:予防医療、健康診断、セルフメディケーション
    ・医療情報:インターネット、SNS、医療情報サイト
4. Technological(技術)
  • 医療技術
    ・AI(人工知能):画像診断、診断支援、創薬
    ・IoT:ウェアラブルデバイス、遠隔医療、健康管理
    ・ロボット技術:手術支援ロボット、リハビリテーションロボット
    ・ゲノム医療:遺伝子診断、個別化医療
    ・再生医療:細胞治療、組織再生
  • 情報技術
    ・医療情報システム:電子カルテ、医療情報連携
    ・ビッグデータ:医療データ分析、研究開発
    ・オンライン診療:遠隔医療、オンライン相談
    ・セキュリティ:医療情報セキュリティ、サイバー攻撃対策

医療機関におけるPEST分析の活用事例

1. 地方病院
  • P(政治):地域医療構想による病院の再編、医師不足対策
  • E(経済):地域経済の低迷、人口減少による患者数の減少
  • S(社会):高齢化率の高さ、医療従事者の高齢化
  • T(技術):オンライン診療、遠隔医療技術

→ 戦略例
オンライン診療を導入し、都市部の専門医との連携を強化
高齢者向けに訪問診療、在宅医療を充実させる
医療従事者の確保・育成に力を入れる

2. 都市部のクリニック
  • P(政治):オンライン診療の規制緩和、医療ツーリズムの推進
  • E(経済):健康志向の高まり、美容医療への関心の高まり
  • S(社会):多様なライフスタイル、情報収集能力の向上
  • T(技術):AIによる診断支援、美容医療技術の進歩

→ 戦略例
オンライン診療を導入し、利便性を向上
専門性を高め、差別化を図る
美容医療、予防医療などの新たなサービスを展開
情報発信を強化し、患者とのエンゲージメントを高める

分析結果を踏まえた経営戦略への活用方法

  • 機会と脅威の評価:各要因を分析し、自院にとっての機会と脅威を明確にする。
  • 重要度の評価:各要因の影響度、発生可能性などを考慮し、重要度を評価する。
  • シナリオプランニング: 複数のシナリオを想定し、それぞれに対応する戦略を検討する。
  • 戦略への反映:PEST分析の結果を、SWOT分析と組み合わせて、具体的な経営戦略に反映させる。

まとめ

PEST分析は、医療機関が外部環境の変化を素早く捉え、適切な戦略を策定するために不可欠なツールです。分析結果を 経営戦略に結び付けることで、変化に柔軟に対応し、持続的な成長を遂げることが可能になります。

【次回予告】「医療におけるイノベーション – 新規事業、サービス開発」について

次回は、「医療におけるイノベーション – 新規事業、サービス開発」について解説します。

  • 医療イノベーションの重要性を解説
  • イノベーションの類型、プロセスを解説
  • 新規事業、サービス開発の事例を紹介

医療業界は、技術革新や社会の変化により、大きな変革期を迎えています。次回は、医療現場におけるイノベーションの重要性や、具体的な事例についてご紹介します。ぜひご期待ください。


著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開

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