「専門医」という資格は昔からありました。しかし2018年度から運用が始まった新専門医制度によって、誰が・どういう基準で・どう認定するのかという枠組みが根本から組み替えられています。専攻医として研修する人は、この制度の上でキャリアの最初の3年を過ごすことになります。
ここでは専攻医本人の応募手続きではなく、制度そのものを扱います。なぜこの制度が作られたのか、どういう論争を経て今の形になったのか、そして今も残っている課題は何か。制度の「なぜ」が分かっていると、毎年変わる募集要項の変化にも意味が読み取れるようになります。
旧制度にはどんな課題があったのか
新制度が始まる前、専門医の認定は各学会がそれぞれ独自の基準で行っていました。学会ごとに研修内容・審査の厳しさに差があり、取得に相応の症例経験と試験を求める領域もあれば、比較的容易に取得できる資格もありました。「同じ専門医という名前でも、中身が揃っていない」という状態です。
加えて、専門医を名乗る資格の種類そのものが数多く存在していました。患者・国民の側から見れば、「この医師は本当にその領域の専門家なのか」を判断する統一的なものさしがない。2002年に一定要件を満たす学会認定資格の広告が認められて以降、専門医の表示は広く目にするようになりましたが、質のばらつきという根本の課題は残ったままでした。
制度化までの経緯──1年延期という出来事
この課題を受けて、厚生労働省に「専門医の在り方に関する検討会」が設けられ、2013年に報告書がまとめられました。ここで、学会から独立した第三者機関が専門医の認定とプログラムの評価を担うべきだという方向性が示されます。これを受けて2014年に日本専門医機構が設立されました。
新制度は当初2017年度からの開始が予定されていましたが、開始直前になって1年延期されます。理由は、地域医療への影響を懸念する声でした。専門研修が基幹施設中心のプログラム制になることで、専攻医が大学病院など都市部の大規模施設に集まり、それまで医師を派遣していた地方の病院から人が引き上げられるのではないか。地方自治体や病院団体から強い懸念が示され、開始は2018年度(平成30年度)に持ち越されました。
この延期は、新専門医制度という仕組みの性格をよく表しています。専門医の質を担保する制度でありながら、同時に医師がどこに配置されるかを左右してしまう制度でもある。以降の運用が地域偏在をめぐる議論と切り離せないのは、この構造によるものです。
日本専門医機構と学会の関係
日本専門医機構は、基本領域ごとの研修プログラムの認定基準を統一し、プログラムの認定と専攻医採用システムの運営を担っています。
ただし、機構が研修の中身をゼロから作ったわけではありません。実際の研修内容は、各基本領域の学会が長年培ってきたものをベースに、機構が定める「専門研修プログラム整備基準」という共通の枠組みに沿って再構成されています。学会が中身の専門性を担保し、機構が第三者として基準の統一と評価を担う。この二層構造だと理解しておくと、募集要項に学会名と機構名の両方が出てくる理由も腑に落ちます。
19の基本領域と、総合診療という新設領域
新専門医制度では、専門研修に進む際にまず選ぶ「基本領域」が19領域に整理されています。
内科・小児科・皮膚科・精神科・外科・整形外科・産婦人科・眼科・耳鼻咽喉科・泌尿器科・脳神経外科・放射線科・麻酔科・病理・臨床検査・救急科・形成外科・リハビリテーション科・総合診療科
このうち総合診療科は、新専門医制度で新たに基本領域として加わった領域です。他の18領域が旧制度から続く学会組織を土台にしているのに対し、総合診療は既存の学会認定資格をそのまま引き継いだものではなく、機構が主導する形で立ち上げられました。特定の臓器・疾患に限定せず、複数の健康問題を抱える患者を全人的に診る力を養う領域として位置づけられています。
人口減少と高齢化が進む地域では、専門分化した診療科をいくつも維持することが難しくなります。総合診療が新設された背景には、そうした地域で医療を支える医師をどう育てるかという課題があります。実際、地方のプログラムほど総合診療の比重が大きい傾向が見られます。
「施設群」という運用単位
新制度では、1つのプログラムを「基幹施設」と複数の「連携施設」からなる施設群として運用する仕組みが、基本領域共通のルールになりました。1つの病院だけでは経験しにくい症例や地域医療の機会を、施設群全体で分担してカバーする狙いです。
基幹施設がプログラム全体の管理・責任を負い、専攻医は数か月から1年単位で連携施設をローテーションしていきます。研修実績は施設群の中で記録・共有される仕組みです。
プログラムを比較するとき、基幹施設の名前だけを見て判断すると実態を見誤ります。実際に自分が3年間で回ることになるのは施設群全体だからです。連携施設に地域の中核病院が含まれているか、都市部で完結するのか、遠方の施設が入っているのかで、経験の幅も生活の動き方も変わってきます。
プログラム制とカリキュラム制
新制度で見落とされがちですが、専攻医にとって実務上とても重要なのが、研修の進め方に2つの方式があることです。
- プログラム制:あらかじめ定められた年限とローテーションに沿って、原則3年間で研修を進める方式。新制度の基本形
- カリキュラム制:必要な症例経験・到達目標を積み上げていく方式。決まった年限に縛られにくく、非常勤勤務や中断・再開にも対応しやすい
制度開始当初はプログラム制が中心でしたが、「決まった年限で決まった施設を回る」という設計は、出産・育児・介護や、疾病による中断といったライフイベントと両立しにくいという批判を受けました。この指摘を踏まえ、そうした事情のある医師が選べる仕組みとしてカリキュラム制の整備が進められています。
ライフイベントが研修期間と重なりそうな場合、志望する領域・プログラムでカリキュラム制が選べるのか、選べるとしたらどういう条件かは、事前に確認しておく価値があります。
都市部集中を抑える「シーリング」
地域偏在への配慮を具体化した仕組みが、いわゆるシーリングです。都道府県別・診療科別に専攻医の採用数に上限を設け、医師が集まりやすい都市部への一極集中を抑えようとするものです。東京都をはじめとする大都市を抱える都府県が主な対象になります。
実務上重要なのは、シーリングの対象になっている都道府県では、志望しても採用枠に上限があるという点です。一方で、地方の連携施設での研修を組み込んだプログラムなど、シーリングの枠外として扱われる仕組みも設けられており、都市部の施設を基幹としつつ地域研修を含む形であれば道が開けている場合もあります。
シーリングの設定は年度ごとに見直され、対象となる診療科・都道府県も変わります。志望地域が決まっているなら、応募年度の機構の公表内容を必ず確認してください。
症例登録という日常業務
新制度では、研修の中身を客観的に担保するために、専攻医が経験した症例を記録・登録する仕組みが整えられました。領域によってはこれが研修生活のかなりの部分を占めます。
代表的なのが内科のJ-OSLER(専攻医登録評価システム)です。70疾患群・200症例以上という登録目標が掲げられており、実際に各プログラムの募集要項にもこの数字が明記されています。症例を経験するだけでなく、登録し、指導医の評価を受け、病歴要約を作成するという一連の作業が求められます。
この登録作業の負担は領域によって差があり、「どの領域を選ぶか」を考えるときの現実的な検討材料の一つになっています。
サブスペシャルティと連動研修
基本領域の専門医を取得した後、さらに細分化されたサブスペシャルティ領域を目指す道が制度上に組み込まれているのも新制度の特徴です。救急科であれば集中治療、内科であれば消化器・循環器・呼吸器といった領域が続きます。
領域によっては、基本領域の研修とサブスペシャルティの研修を一部並行して進められる「連動研修」の仕組みも整備されています。これが使えるかどうかで、専門医取得までの実質的な年数が変わってきます。
実務上のポイントは、基幹施設がサブスペシャルティ領域の研修施設を兼ねているかです。兼ねていればそのまま同じ施設群で進めますが、そうでなければ改めて施設を探すことになります。募集要項のサブスペシャルティ欄に具体的な領域名が挙がっているかどうかは、その先のキャリアの組みやすさに直結します。
専門医資格は更新制になった
新制度のもう一つの転換が、専門医資格が取得して終わりではなくなったことです。一定期間ごとに、診療実績の提出や講習の受講を通じて資格を更新していく仕組みが基本領域共通で整えられました。医療安全・感染対策・医療倫理といった共通講習の受講が求められる点も、領域を越えた標準化のひとつです。
旧制度では更新の有無や基準が学会ごとにまちまちだったため、ここも新制度で揃えられた部分です。専攻医の段階ではまだ先の話に見えますが、専門医は「維持にコストがかかる資格」になったという前提は知っておいて損はありません。
医師の働き方改革との交差
専攻医にとって新専門医制度と切り離せないのが、2024年4月から始まった医師の時間外労働の上限規制です。専門研修は集中的に技能を身につける時期であり、この規制と正面から交わります。
上限規制には複数の水準が設けられており、原則となるA水準に対して、地域医療の確保のための暫定的な特例水準(B水準等)や、臨床研修医・専攻医が集中的に技能を向上させる期間に適用されうる特例水準(C-1水準)があります。特例水準は上限が高く設定されている一方で、連続勤務時間の制限や勤務間インターバルの確保といった健康確保措置が併せて義務づけられています。
実務的に意味を持つのは、研修先の施設がどの水準の指定を受けているかです。同じ診療科のプログラムでも、施設によって想定される勤務のあり方が変わりうるということでもあります。当直体制や勤務時間の記載を読むときは、この観点も併せて確認しておくとよいでしょう。
いまも残っている論点
新専門医制度は完成した仕組みではなく、運用を見直しながら動いている制度です。主な論点として、次のようなものが継続的に議論されています。
- 地域偏在は解消したのか:シーリングを導入してなお、医師の地域偏在・診療科偏在が解消されたとは言い難いという指摘が続いています
- シーリングの是非:実効性が乏しいという批判と、志望地域を選べなくする過度な制約だという批判が、立場によって同時に存在します
- 大学医局への集中:基幹施設中心のプログラム制が、結果として大学医局の位置づけを強めたという見方があります
- 研修と生活の両立:カリキュラム制の整備は進みましたが、選択できる領域・条件はまだ一様ではありません
- 事務負担:症例登録や更新要件が、診療以外の業務を増やしているという声があります
大切なのは、これらが「制度がダメだ」という話ではなく、質の標準化・国民への分かりやすさ・地域配置という複数の目的を同時に満たそうとしているがゆえのトレードオフだということです。そのバランスの取り方が毎年調整されているため、募集要項や採用の枠組みも年度ごとに動きます。
制度を知ることは、プログラムを読む力になる
制度の背景が分かっていると、募集要項の読み方が変わります。連携施設の顔ぶれは施設群という仕組みの表れであり、サブスペシャルティ欄の記載はその先のキャリアの入口であり、当直体制の記載は働き方改革の水準と結びついています。地方のプログラムに総合診療が多いことにも理由があります。
なお、シーリングの対象や各種の運用は年度ごとに変わります。実際に応募する際は、必ず応募年度の日本専門医機構の公表内容を確認してください。
専攻医本人としての具体的な手続き・応募スケジュールは「専攻医とは?」で解説しています。制度の全体像を踏まえたうえで、気になる専門研修プログラムを比較してみてください。
出典:日本専門医機構、厚生労働省「専門医の在り方に関する検討会」報告書ほか