日本で救急・集中治療領域の経験を積まれた後、コロナ禍をきっかけにご自身のキャリアを見つめ直し、オーストラリアで医師として働く道に挑戦されました。英語要件やMCQ試験といった高いハードルを乗り越え、現地では医療教育や医療制度、働き方の違いを実体験として学ばれています。現在は家族との時間を大切にしながら臨床に携わり、将来的には救急搬送に関わる分野での活躍も視野に入れていらっしゃいます。



留学を決めた理由と最初の一歩
学生の頃から、「いつか海外で医師として働いてみたい」という思いは、漠然とながら持ち続けていました。ただ、当時は今のように情報が容易に得られる時代ではなく、どこから手を付ければよいのか分からないまま、専門医の取得や出産育児といったライフイベントを経て、気が付けば時間が過ぎていました。
大きな転機となったのは、2020年のコロナ禍です。子どもが休校となり、家で一緒に過ごす時間が増えたことで、自分の人生や今後の在り方について改めて考えるようになりました。その中で、「このままやりたいことを後回しにしたまま終わってしまうのは嫌だ」という思いが強くなり、オーストラリアで医師として働くことを本格的に目指す決断に至りました。実際に決断したのは、医師になってから10年をとっくに過ぎていました。
準備と勉強(英語・MCQ・情報収集)
大変だったこと
勉強については、やるべきことを明確に絞り、英語要件(OETなど)とAMCのMCQ試験をクリアすることに集中しました。医療英語のスピーキングを特別に練習することはほとんどせず、主に試験対策を中心に進めていました。
重点的にやったこと
「どうしても医師になりたい」という強い思いが、私の原動力になっています。勉強を始める前は腰が重く感じることもありますが、いざ取り組んでみると、自分が学びたい分野であるため、とても楽しく感じます。実習では、分からないことはその場ですぐに質問し、手技も積極的に見せてもらうなど、自分から学びにいく姿勢を大切にしています。
乗り越え方について
情報収集の面では、SNSが非常に役立ちました。最初は情報を眺めるだけでしたが、あるとき思い切ってDMを送ったことをきっかけに、実際にすでにオーストラリアで働いている先生方とつながることができました。パスウェイや試験の情報、就職活動の仕方も親切に教えていただけました。また、英語の履歴書にしてもにどう書いていいのかわからず、すでにオーストラリアで勤務されている先生に相談させていただいたところ、資料を共有していただいたりして、それも大変大きな助けになりました。
限定登録(Limited Registration)取得まで
AMCのStandard pathwayにおける限定登録を取得するために必要な要件は、三つあります。英語要件をクリアすること、AMCのMCQに合格すること、そして就職先を見つけることです。就職先が決まれば、その職場がsupervisorとなり、限定登録を取得することができますし、ビザもその職場がスポンサーとなることで取得できます。 試験については特に決して順調だったわけではありませんでした。費用面だけでなく精神的な負担も大きく、その点は正直なところ大変だったと感じています。
現地での学び:教育・研修・医療の違い
印象に残ったこと(教育・研修)
オーストラリアで印象に残っているのは、医学生やインターンの段階から、かなり早く臨床現場に出ることです。学生のうちから問診や診察を行い、指導医に相談しながら鑑別や検査方針を考えていて、「ミニドクター」のような立ち位置だと感じました。
一方で、医学生の座学については、日本と比べると、長い時間をかけて体系的に学ぶというよりも、比較的短期間で必要な内容を学ぶという構成になっているようです。
働き方
働き方については、日本では「キリのいいところまでやってから帰る」という文化がまだかなり根強いように思いますが、オーストラリアでは基本的に勤務時間が明確に区切られていると感じています。ただし、診療科や病院によって状況はさまざまで、業務に向き合う時間が自然と長くなる診療科もあるように思います。
医療制度・現場の特徴
医療制度としては、公的保険と民間保険が混在していて、日本とアメリカの中間のような位置づけだと思います。民間保険を持っている患者さんは手術を早く受けられることもあります。公立病院の救急外来では待ち時間が非常に長く、8時間、場合によっては12時間待つこともありますし、院内が満床で救急車内や廊下で待機する、いわゆるランピングが起こることもあります。
疾患の印象
疾患の印象としては、糖尿病や肥満に関連したケースが多いと感じています。足の感染症などもよく見かけますが、生活習慣や裸足で生活する文化なども関係しているのかもしれません。
現地で直面した壁と乗り越え方(メンタル面)
一番つらかったのは、英語力そのものというよりも、海外医大卒医師であっても英語を流暢に話し、自信を持って発言する人たちに囲まれた環境でした。その中で次第に自分が萎縮してしまい、精神的にかなり辛い時期を経験しました。一時帰国日までの日数を表示してくれるカウントダウンアプリを使い、「ここまで頑張れば帰れる」と自分に言い聞かせながら過ごしていた時期もありました。
そうした状況の中で支えになったのは、やはり家族の存在でした。また、日本で以前一緒に働いていた同僚・上司や、オーストラリアを目指すきっかけとなった先生と話をしたりメッセージをやり取りすることも、大きな助けになりました。一時帰国をしたことや、日本語の話せるGPに相談したり、カウンセリングを受けたことも、気持ちを立て直すと助けになったと感じています。
「日本人のいない環境の方が成長できる」と言われることもありますが、私にとっては同じ文化背景を持ち、率直に気持ちを共有できる先輩医師であったり友人の存在が、精神的な支えとして非常に大切だと実感しました。
キャリア観・価値観(軸/相談相手)
これまでのキャリアで大切にしてきた軸は、「楽しそうだと思える方を選ぶ」ということです。診療科を選ぶ際も、さまざまな要素を検討した上で、最終的には自分が前向きに取り組めそうか、やりがいや楽しさを感じながら続けられそうかという点を重視し、救急・集中治療の道を選びました。医師として10年ほど経ち、救急や集中治療に一通り対応できるようになった頃には、「次は何を目標にするのか」と、改めて自身のキャリアについて考える時期がありました。進路については、主に夫に相談してきました。ただし、「どうしよう」と迷い続けるというよりも、自分で情報を集め、ある程度考えを固めた上で、「こうしようと思うけれど、どう思う?」と意見を求める形が多かったように思います。
現在の生活と習慣(働き方・1日)
現在はローテーション研修中で内科に勤務しています。勤務時間は8時から16時までで、残業をすることもありますが、日本ほど長時間ではなく、家族と過ごす時間が増えたと感じています。ただし、すべての診療科が同様の働き方というわけではなく、外科系などの分野では、業務に充てる時間が長くなる場合もあると感じています。
医療以外の経験が活きた点
子育てをしながら勉強や生活を回してきたことで、自然とマルチタスク能力や段取り力が身についたと思います。これは救急の現場でもとても役立っています。また、ワーキングホリデー時代に医療とは全く違う世界を経験できたことは、視野を広げるうえで非常に良い経験だったと感じています。
留学後に変わった価値観・今後の目標
留学を通して、医療の在り方や働き方について、より多角的に考えるようになりました。現地で医療に携わる中で、患者として医療を受ける視点と、医療者として働く視点の双方から、さまざまな気づきを得ることができたと感じています。また、日々の臨床を続ける中で、働き方や生活とのバランスを意識するようになり、自身にとって大切にしたい価値観も次第に明確になってきました。
オーストラリアでは医療の標準化が進んでおり、一定の水準を保った医療が提供されている一方で、個々の状況に応じた柔軟な対応が難しいが場面もあります。そうした現場を経験することで、医療の多様性や奥深さについて改めて考えるようになりました。
今後の目標としては、長期的には、日本でも関わっていた、ドクターヘリなどの救急搬送に携わりたいという思いがあります。その一方で、家族との時間を大切にしながら、自身の経験を生かし、さまざまな形で医療に関わっていければと考えています。
海外を目指す医療者へのメッセージ
海外を目指す方にお伝えしたいのは、SNSはとても有力な情報源ではあるものの、制度は頻繁に変わるため、必ず公式サイトなどの一次情報を確認してほしいということです。分からないことがあれば、今はAI翻訳も使えますし、英語が大変でも直接問い合わせて正確な情報を得ることが、結果的には一番の近道になると思います。
そして、海外での生活、勤務を経験したからこそ、日本の医療の良さにも改めて気づくことができました。そのことも含めて、海外に挑戦する価値は十分にあると感じています。
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