自己紹介
ポーランドの医学部で学び、卒業後は日本で研修医として臨床に携わっている先生です。海外医学部という進路を選択した背景や、そこで得た学びについてお話を伺いました。
留学と学生時代
海外の医学部に興味を持ったきっかけ、留学を決意した理由や不安・葛藤はありましたか?どう乗り越えましたか?
高校卒業後、進路を考える中で海外の医学部に進学することを決めました。もともと海外留学への関心があり、新しい環境に身を置いて学ぶことに前向きだったからです。
留学に対して大きな不安はなく、「まずはやってみよう」という気持ちで決断しました。ご家族からは心配の声もありましたが、「経験してみなければ分からない」「どんな環境でも自分なりに乗り越えられる」と考え、一歩を踏み出しました。
入学手続きや必要な語学力の準備について教えてください。
留学エージェントは通さず、大学の公式サイトを読み込み、自分で出願から入学手続きまで行いました。
入学前には、現地の予備課程に約1年半通い、必要な英語力と入試科目(理系科目)の基礎を固めています。英語要件はTOEFLやTOEICなどが利用可能で、私は最終的にTOEICのスコアを提出しました。また、予備課程以外にもオンライン英会話や友人との積極的な交流などを取り入れ、実際に話す練習を重ねていきました。
医学生時代に印象に残る「失敗」や「壁」、それをどう克服しましたか?
一番大きな壁だったのは、勉強そのもの以上に「文化と言語の違い」、そして「人との関わり」でした。
子どもの頃にホームスクーリングの期間が長く、人と接することに苦手意識があったため、異文化の環境で積極的に人と関わることは大きな挑戦でした。それでも「慣れるしかない」と考え、あえて交流の場やイベントに参加するなど、自分から外に出ることを続けることで、少しずつ克服していきました。
勉強面も決して楽ではありませんでした。授業や試験では、あらかじめトピックが提示され、その中から準備した内容をもとに口頭試問を受ける形式も少なくなかったため、理解力だけでなく、言語で表現する力も常に求められました。
留学先ならではの授業・実習・生活で大変だったこと、学びになったこと。
特徴的だったのは、口頭試問(オーラル試験)の存在です。事前に提示されたテーマについて、自分の言葉で説明できるよう準備し、友人同士で模擬試験を行いながら対策を重ねました。
また、明確な差別は今の時代に稀ではあるものの、文化的背景の違いから生じる何気ない一言や、日本やアジアに対する理解不足に基づく発言に触れることもあり、「マイクロアグレッション」と感じる場面が戸惑いやストレスの一因になることもありました。一方で、そうした経験を通じて、「多様な価値観を持つ人々と共存するレジリエンス」を得られたことは、現在の大きな糧になっているといいます。
学生時代の経験の中で、今の自分を支えていると感じるものは?
一人暮らしを通して身につけた「生活力」と「自己管理能力」です。家事や自炊、時間管理など、日常を自分で組み立てる力が、そのまま今の生活の土台になっています。
学校や仕事がある日の1日のスケジュールは?
学生時代は、朝8〜9時頃に登校し、午前中〜昼過ぎまで講義や実習。高学年では、座学+実習が組み合わされたスケジュールで、少人数グループでのベッドサイド実習が中心でした。
現在の初期研修医としての生活は、同じく8〜9時頃に出勤し、定時は17時。現在の勤務先はメリハリをつけて働ける環境です。
キャリア選択と分岐点
初期研修先や診療科を選ぶときに重視したこと、条件と直感・人との出会いのバランスは?
病院選びで重視したポイントは、大きく分けて次の4つでした。
- 給与水準
- 病院全体の雰囲気
- 勤務環境(ハイパーかハイポか)
- 地理的条件(実家との距離やアクセスのしやすさ)
その中でも最終的な決め手となったのは、「一緒に働く人」でした。上級医や職員の雰囲気を見学などを通して感じ、「この人たちと一緒に働きたい」と思えた病院を選びました。
留学先での症例や医療経験が、日本での進路やキャリア選択にどのように影響しましたか?
欧州での学びを通じて、日本とはやや異なる疾患スペクトラムにも触れる機会がありました。例えば、グルテン関連疾患など、西洋人に多い病気がより身近なものとして扱われており、そうした教育を受けた経験は、自身の視野を大きく広げるきっかけとなりました。
ただし、「どの診療科を選ぶか」という点において、特定の症例が直接的な決め手になったわけではありません。むしろ、多様な価値観や医療文化に触れた経験そのものが、今後の自分のキャリアを考えるうえでの土台になっています。
これまでのキャリアで「ターニングポイント」となった出来事は?
最大のターニングポイントは、「海外の医学部に進学する」と決めた瞬間でした。
その選択がなければ、医師になる道も、今の自分自身もなかったと感じています。
進路に迷ったとき、誰に相談しましたか?またどんな基準で決断しましたか?
進路については家族に相談することが多かった一方で、留学や資格取得といった専門的なテーマについては、留学支援者や制度に詳しい専門家など、それぞれの分野のプロにも積極的に相談してきました。
今振り返って伝えたいメッセージとしては、「『失敗するかもしれない』という理由だけで挑戦を諦めるのはもったいない。周囲の意見も大切にしながら、最終的には自分が納得できる選択をして良かったと思える道を選んでほしい」という思いが強くなっています。
経験と学び方
医療以外の経験(アルバイト・趣味・サークル)や留学生活が、日本でどのように役立っていますか?
在学中および卒業後に遠隔で医療通訳や翻訳の仕事を経験したことがあります。現在の職場で直接活かす機会はまだ多くないものの、「多言語・多文化対応の医療を提供すること」は今後の強みになり得ると感じています。
また、趣味の野鳥観察は、留学中から続けている大切な活動です。現地でも日本でも、その趣味を通じて人と繋がることができ、コミュニティに溶け込む助けになったと思います。
勉強法や情報収集の工夫、留学先と日本での違いは?
留学先では、口頭試問への対策として、友人同士で問い合うスタイルが非常に有効でした。
勉強法としては、以下のような方法を取り入れていました。
- ポモドーロ・テクニック(25分集中+5分休憩)
- 「Study With Me」動画を活用し、集中力を保ちながら学習
- 図書館やカフェを利用して、学習環境を意識的に変える
- オンライン教材や動画解説コンテンツの活用
医療環境の違い
留学先と日本の病院での診療スタイル・症例・教育スタンス・患者さんとの関わりの違いは?
印象的だったのは、日本の「患者さんへの配慮の細やかさ」。
身体診察や検査の際にタオルや検査着で露出を最小限にする、声かけを丁寧に行うなど、「尊厳や安心感」に対する意識が非常に高いと感じたそうです。留学先では必ずしもそこまで徹底されているとは限らず、その差に驚いたと話します。教育面では、留学先では専攻医クラスの若い先生が学生を指導するスタイルが一般的で、日本の「研修医・専攻医について学ぶ」構造と近い部分もあります。
その違いを経験したことで、日本での臨床にどのように活かせていますか?
海外での経験を通じて、「日本では、患者さん一人ひとりに対する丁寧な配慮がより一層求められる」という自覚が強くなったといいます。
終末期や看取りの場面での声かけや所作、亡くなられた方への接し方など、先輩医師の姿勢から学んだことも踏まえ、「目の前の患者さんとご家族に敬意を払う」という軸を大切にしながら、日々の診療に活かしていきたいと考えています。
ご自身と未来
医師を志したきっかけや、留学を経て得た価値観の変化。さらに今後の目標や夢は?
医師を志す原点には、身近な家族が精神科医療を受けていた経験があります。自分や家族にとっては大きな困難を伴う経験でしたが、その過程で患者家族としての目線から医療に関心を持つようになり、医師を目指すきっかけになりました。
留学を経て大きく変化したのは、「生き方に対するスタンス」だといいます。かつては「この道しかない」と思い詰めてしまうこともありましたが、さまざまな国や価値観に触れる中で、「もし一つの選択がうまくいかなくても、他の道はいくらでもある」と、良い意味で肩の力を抜いて物事を考えられるようになりました。
今後は児童精神科領域を志望しつつ、海外で培った経験や言語力を活かし、日本に限らず国際的なフィールドで臨床に携わる可能性も視野に入れています。
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