実習体験と両国医療従事者との会話を通して
保険制度と受診動線
日本:
国民皆保険制度により、全国民が公的医療保険に加入しています。自己負担は原則1〜3割で、所得や年齢に応じた軽減措置もあります。全国で診療報酬が統一されており、原則としてどの医療機関にも自由に受診できる「フリーアクセス制度」が制度的に保障されています(ただし紹介状なし加算など一部制限あり)。
中国:
公的医療保険は就業者向け(職工医保)と都市・農村居民向け(居民医保)など複数に分かれており、給付や清算方式、「異地受診(居住地以外での受診)」の扱いは地域差があります。2018年設立の国家医療保障局(NHSA)が薬価交渉・保険運営・異地結算システム整備を統括しています。
病院の規模・等級と受療行動
日本:
公的な病院ランク付けは存在せず、大学病院(特定機能病院)などが高度医療を担い、地域の一般病院や診療所が初期医療を担当するという明確な機能分担がなされています。患者は症状に応じて自由に受診可能であり、地域包括ケアも進んでいます。
中国:
病院は「三級三等級制度」に基づき格付けされています。最上位の三級甲等(3A)病院は、高度医療・教育・研究を担う中核施設で、全国から患者が集中しています。 例:北京協和医院、阜外医、西京医院など。都市部の3A病院に患者が集中し、地方病院との格差が課題です。
支払い慣行と医療費負担
日本:
診療後に自己負担分を支払う後払い制。全国統一の診療報酬制度のもと、費用差はほとんどありません。また、高額療養費制度により、支払額が一定水準を超えると超過分が払い戻されるため、経済的リスクが低い仕組みです。
中国:
外来・検査・投薬ごとに前払い制で、入院時には「押金(デポジット)」を数千〜数万元前納するのが一般的です。退院時に清算します。電子決済(WeChat Pay・Alipay)によって決済効率は高いですが、保険適用範囲が限定されるため、自己負担率は日本より高めな印象です。しかし、2025年の通知により、公立医療機関では外来の事前預かり金が全国で廃止、入院預交金は縮小・標準化が進行中(地域実装は移行段階)。
救急・救命体制
日本:
通報番号は119で、消防・救急が統合的に運用されています。救急搬送は無料(医療費の自己負担は別)で、重症例は高度救命救急センターに搬送されます。全国どこでも一定の救急対応が可能です。
中国:
公安报警电话(警察への通報)110番、消防报警电话(消防への通報)119番、医疗急救电话号(救急(医療)通報)120番、交通事故报警电话122(交通事故の通報)122番。救急搬送は病院または民間業者が担い、有料(地域で数百〜数千元)となります。都市部では急診(ER)が24時間稼働していますが、日本のように必ずしも電話連絡や救急要請をしなくても直接受診可能で、軽症患者の集中により待機時間が長くなる傾向があります。
外来フローとデジタル化
日本:
多くのクリニックで当日受付が可能で、診察後にまとめて会計。薬は院外薬局で受け取る形式が主流です。
中国:
外来受付(挂号)は微信・支付宝(WeChat・Alipay)などのミニプログラムや病院現地の機械を通じて行い、予約・支払い・結果確認まで基本的にスマートフォンで完結できます。受付機や受付窓口で挂号(診療予約券)を購入すると診察順の番号が割り当てられます。挂号には複数の種類があり、追加料金を払って専門医・主任医師の診察枠を選ぶことも可能です 。人気の高い専門号は予約開始と同時に埋まることも多く、病院によっては早朝から並んで確保する必要があります 。診察→検査→薬受け取りの各段階で都度支払いを行い、多くは薬は院内薬局で受け取ります。電子化が進み効率的ですが、患者側の行動負担が大きいです。
プライマリ・ケアと大病院志向
日本:
地域の診療所や中小病院がプライマリ・ケアの中心を担い、必要に応じて大病院へ紹介。紹介・逆紹介システムが比較的機能しています。
中国:
「分級診療」や「医聯体」政策で地域連携を進めていますが、依然として大病院志向が強く、3A病院に患者が集中。逆紹介(専門病院→基層病院)は十分に定着していません。
伝統医学の位置づけ
日本:
西洋医学中心で、漢方薬が一部保険適用されていますが、「中医科」の独立診療は一般的ではありません。
中国:
中医(伝統医学)は公的体系に正式に組み込まれており、中医病院や総合病院内の中医科が保険適用対象です。西洋医学と中医が並行して提供されるのが特徴です。
入院設備と医療環境の違い
日本:
日本の病院では大部屋だと4人部屋が一般的で、カーテンによる仕切りがありプライバシーに配慮されています。多くの病院ではテレビや小型冷蔵庫、ロッカーなどの設備が整っている場合が多く、快適な入院環境が整備されています(施設により差あり)。
希望すれば個室も利用可能で、追加料金(1日数千円〜数万円)を支払えば誰でも選択できます。病室は清潔で静か、面会時間やマナーも厳格に守られており、落ち着いた入院生活が送れます。
中国:
公立病院では6〜8人部屋が一般的で、施設によってはカーテンなどの仕切りが十分でない場合もあります。プライバシーよりも効率性を重視する傾向があります。一回だけですが、ベッド数が不足し、廊下にベッドを設置していた光景も拝見しました。各ベッドにテレビや冷蔵庫はなく、トイレ・シャワーは共同。家族が24時間付き添う文化が根強く、病室内は常に人の出入りや話し声で賑やかです。VIP病房(個室)や特需病房は存在しますが、保険適用外で高額なため、利用できるのは一部の富裕層に限られます。
実習中に感じた現場の違い(体験)
日本:
手術室では使い捨てオペガウンが多く、ポケットはありません。手術終了後、患者ベッドには電気毛布が設置されていることが多く、細やかな保温管理が印象的でした。
中国:
手術着には胸ポケットがあり、手を入れられる構造のオペガウンもあったので便利だと感じました。日本同様、使い捨てオペガウンも導入されています。中国では手術後に患者ベッドへ電気毛布を設置する習慣はあまり見られません。

日本と中国の衛生環境の違いと疾病傾向
日本:
日本は衛生インフラが高度に整備されており、水道水はそのまま飲用可能です。食品衛生も厳格で、食中毒や感染症の発生率は低く抑えられています。喫煙率の低下や大気汚染対策の成果により、呼吸器疾患の罹患率は世界的に低水準です。慢性閉塞性肺疾患(COPD)の死亡率はOECD諸国の中でも低水準にあり、禁煙対策や大気環境の改善が寄与しています。胃がんの5年生存率はおおむね60〜80%台で、ステージや集団によって差がありますが、早期発見例では非常に高い水準にあります。実際、日本の内視鏡医療は非常に発展しており、中国の医師の多くが研修や技術習得のために日本を訪れている印象です。
中国:
中国では地域差が大きく、特に内陸部では乾燥・大気汚染・喫煙率の高さなどにより呼吸器疾患が多く見られます。成人のCOPD有病率は約8.6%に達し(Carenet, 2023)、WHOによれば毎年100万人以上が大気汚染関連疾患で死亡しています。水道水は飲用に適さず、飲み水を購入したり、煮沸やお茶を飲む習慣が一般的です。食品衛生の基準にはばらつきがあり、屋台などでの食中毒や胃腸炎も報告されています。また、B型肝炎ウイルス(HBV)保有率は、C型肝炎(HCV)も日本より高いです。定期健診制度が未整備な地域も多く、胃がんの5年生存率はおよそ35%前後(時期/集団で変動)と報告され、日本との格差が依然として大きい状況です。
医学教育と専門医制度
日本:
6年制医学教育を修了後、国家試験受験が可能。2年間の初期研修を経て、専門医養成プログラムへ進みます。臨床実習や医療安全教育も体系的に整備されています。
中国:
医学部は5〜8年制で、卒業後1年間のインターンを経て国家試験受験。早期から臨床実習が始まり実践力重視の教育体制です。
無痛分娩
日本:
実施率は最新調査ではおおむね13%前後と報告されています(地域差あり)。保険適用は限定的。麻酔科医の確保、小規模産院の体制整備が課題。
ただ私が実際に実習を通した印象としては、日本の方が中国より普及している印象がありました。
中国:
国策として普及が進んでいるが、都市部と農村部・地域病院の間に大きな実施格差あり。文化・制度・人材・設備などが普及のハードル。
出産・産後ケア
日本:
分娩後入院5〜7日が一般的。自治体による産後ケア補助・産後ケアセンターの制度が整備。サービスの全国均てん化が進行中。
日本の実習で驚いたのは、祝膳(お祝いの特別食)が提供される病院も多く、出産というライフイベントへの配慮が見られたことです。
自治体による産後ケア補助・産後ケアセンター利用助成制度が整備されており、母親の休養・育児支援・授乳・産後うつ予防など多面的なケアが可能です。
中国:
伝統文化「坐月子」が根付いており、都市部ではホテル並みの「月子中心」産後ケア施設も出現。ただし高額で保険適用外が多く、地方では施設自体が少ないため都市‐農村格差が大きい。
緩和医療(終末期・ホスピス医療)
日本:
1980年代以降普及が進み、病院内緩和ケア・在宅ホスピス・訪問緩和ケアの三位一体体制が整備。チーム医療(医師・看護師・薬剤師・PT・OT・ST等)による支援が全国的に定着。
中国:
本格的な緩和ケア導入は比較的最近。都市部の大病院中心に整備が進むが、全国普及には至っていない。保険適用・地域包括ケア体制・人材配置が課題。実際の実習では実習課程に組み込まれておらず、あまり見る機会はありませんでした。
リハビリテーション・訪問リハビリ
日本:
急性期→回復期→在宅・地域生活支援(維持期)まで一貫したサービス体制あり。
医療保険・介護保険による支援、訪問リハビリも普及。医師と連携を取り、積極的に行い、環境が整っているイメージがありました。
中国:
リハビリ需要が高まっており、政府も三段階体制(三級病院→リハ専門病院→地域/在宅)を整備中。ただし専門人材・設備が都市部に集中、地方ではサービスが十分でない。
ロボット支援手術
日本:
手術支援ロボットは2012年の保険適用以降急速に普及しており、国内では数百台規模で稼働が拡大。国産「Hinotori」(2020承認)は適応拡大が続いています。
中国:
ロボット手術の導入が非常に速く、都市部を中心に拡大。さらに国産ロボット開発・5G遠隔手術実証も進行中。ただし、信頼性・保守・地方病院への導入の遅れが課題。
呼吸器疾患(大気汚染・結核・慢性呼吸器疾患)
日本:
高齢化の影響で誤嚥性肺炎・肺炎の割合が高い。結核罹患率は10万人あたり約9人と低水準。実際に日本の実習では、中国に比べて高齢者の誤嚥性肺炎の症例に多く接しました。
中国:
大気汚染(PM2.5等)、屋内暖房・調理時汚染、喫煙率の高さなどが呼吸器疾患のリスクを高めており、WHO推計で大気汚染関連死は年数百万規模。
都市‐農村間で医療アクセス・専門医・機器の差が大きい。
専門医制度(内科・外科等)
日本:
2018年に新専門医制度が本格実施。19の基本領域において、専攻医研修・認定試験が制度化され、質保証の枠組みが明確。
中国:
従来の「住院医師→主治医師→副主任医師→主任医師」という職称制度から、近年「専門医(专科医)研修制度」への移行が加速。3年研修+統一試験を義務化する省もあり。ただし全国統一には至っておらず、病院ランク・地域・医師経験が専門医取得や診療機会に影響。
参考文献
- 厚生労働省:高額療養費制度・国民皆保険制度(2024)
- 国家医療保障局(NHSA):薬価交渉・医療保険運営(公式サイト, 2024)
- 国家衛生健康委:三級三等級病院制度「三级医院评审标准(2025年版)」
- 総務省消防庁:救急搬送制度と119番通報(Guide for Ambulance Services, 2024)
- WHO China:Air pollution – key facts(2024)
- Wang C. et al., The Lancet, 2018 ― 中国成人COPD有病率8.6%
- WHO:Global Tuberculosis Report 2024 ― 日本・中国の結核罹患率比較
- 日本産科麻酔学会(JSOAP):無痛分娩実施率(2018→2023で13.8%)
- 日本東洋医学会:保険適用漢方エキス製剤一覧(2024)
- 日本胃癌学会:胃がん全国登録データ(5年生存率 約60〜80%台)
- 厚生労働省:介護・リハビリテーション制度概要(2024)
- Medicaroid社:「hinotori™手術支援ロボット」承認リリース(2020)
- Sysmex社:ロボット手術国内導入・適応拡大状況(2024)
- Lancet Gastroenterol Hepatol, 2021 ― 中国の胃がん5年生存率 約30〜35%
- Frontiers in Public Health, 2022 ― 中国の分級診療・医聯体政策レビュー
- .JATA(結核予防会):Tuberculosis in Japan 2022(罹患率9.2/10万)
- 厚生労働省:緩和ケア・地域包括ケア政策資料(2024)
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