2026年診療報酬改定を「勤務医のキャリア戦略」として読む
診療報酬改定(いわゆる「短冊」)は、開業医向けの点数改定として語られることが多い資料です。しかし令和8年度改定には、あなたの診療科選択、病院選び、将来の開業判断を左右する設計が、これまで以上に明確に書き込まれています。
本稿では、短冊の記載内容に厳密に依拠しながら、「勤務医が自分のキャリアとして読むべきポイント」だけを抽出し、その意味を整理します。
1. 不足診療科の勤務医は「制度的に優遇され始めた」
地域医療体制確保加算の拡充
今回の改定で象徴的なのが、地域医療体制確保加算に新たな評価区分(加算1・加算2)が設けられた点です。これは、地域医療を担う医療機関の体制整備を、診療報酬で後押しする仕組みです。
特に加算2では、「全国的に若手医師数が減少傾向にある診療科」を対象に、より踏み込んだ評価が行われます。
短冊に明記された対象診療科
- 消化器外科
- 心臓血管外科
- 小児外科
- 循環器内科
医療機関はこれらの中から最大3診療科を「特定診療科」として指定し、診療科単位での処遇改善・勤務環境整備を行うことが要件とされています。
短冊に書かれている「具体的な評価内容」
短冊で示されている評価の中身は、かなり具体的です。
① 処遇改善(給与面)
- 特定診療科の医師に対し、他診療科と異なる給与体系を設定することを容認
- 毎月定額で支給される手当による処遇改善を評価 ※時間外手当等の変動的手当は除外
② 勤務環境の改善
- 交代制勤務の導入(例:夜勤後の休息確保)
- 複数医師による当番体制
- 医師事務作業補助者の配置
- 特定研修を修了した看護師等の配置
③ 研修体制の整備
- 臨床研修修了後の医師に対する研修体制
- 地域の医療機関と連携した育成の仕組み
ここで重要なのは、「特定の医師個人を守る」とは書かれていない一方で、”その診療科を維持・育成しようとする病院の取り組みを評価する”という設計が明確になっている点です。
つまり、不足診療科は「制度が誘導・優遇し始めた対象」になった、というのが短冊から読み取れる正確な表現です。
勤務医が見るべきポイント
- 自分の診療科は「特定診療科」に該当するか
- 勤務先は、この加算を本気で取りにいく体制か
- 同じ診療科でも「病院選び」で待遇差が拡大し得る
2. 医師の労働時間は「自己犠牲」ではなく「仕組み」で管理する前提へ
客観的労働時間管理の明確化
短冊では、特定地域医療提供医師等について、客観的な方法による労働時間管理が明確に求められています。
- タイムカード
- ICカード
- PCログ等
これらの客観的記録を基礎として労働時間を把握することが明記されました。
さらに、時間外・休日労働が基準を超える医師がいる場合には、
- その理由
- 改善計画
を医療機関のホームページ等で公表することが求められます。
時間外労働上限の段階的引き下げ
短冊では、特定地域医療提供医師について時間外・休日労働の上限を段階的に引き下げる方針が示されています。
※具体的な年次ごとの詳細数値は、経過措置・制度移行により変動要素があるため、本稿では「令和6年度:1785時間 → 令和8年度:1635時間 → 令和9年度:1560時間」と、短冊上で一貫して確認できる数値のみを例示します。
重要なのは数字そのものより、「長時間労働は例外扱いにする」という制度メッセージです。
勤務医が見るべきポイント
- 「忙しいから仕方ない」は制度上通りにくくなる
- 労働時間を把握していない病院はリスクが高い
- 時間管理の仕組みは病院選びの重要指標になる
3. タスクシフト/多職種協働は「病院点数」だが、意味は勤務医向け
看護・多職種協働加算の新設
今回の改定では、急性期一般入院料等の病棟を対象に、看護・多職種協働加算が新設されました。
一定の基準を満たす病棟で、
- 看護職員
- リハ職
- 管理栄養士
- 臨床検査技師
などを配置し、協働体制を構築した場合に評価されます。
これは形式的には病院向けの点数です。ただし、制度が示している方向性は明確です。
「医師1人に業務を集中させる医療モデルは、評価されにくい」
医師事務作業補助体制加算の実質的強化
短冊では、医師事務作業補助体制加算についても重要な変更が盛り込まれています。
具体的な改定点
- ICT活用による配置基準の柔軟化
- ICT活用時、補助者1人を1.2人/1.3人として算入できるルール
- 生成AI等を活用する場合、操作方法および適切利用に関する研修を全補助者に実施することを要件化
これは単なる人手不足対策ではなく、「ICT+人」で医師の事務負担を減らす体制を制度的に後押しする設計です。
勤務医が見るべきポイント
- クラークやICTは「あると便利」から「前提」に近づく
- 医師の事務負担が減らない病院は評価されにくい
- 働きやすさは個人の努力ではなく組織の差になる
4. 外科医療確保特別加算が示す「守る外科」の条件
今回新設された外科医療確保特別加算は、長時間・高難度手術を行う外科医療を、病院機能とセットで評価する仕組みです。
単に手術件数や難度だけでなく、外科医の勤務環境改善に取り組んでいる医療機関であることが前提となっています。
外科医を「気合」で使い続ける病院ではなく、守る体制を整えた病院での高度医療を評価する、という明確な設計です。
勤務医が見るべきポイント
- 外科医が守られるかは「病院次第」
- 高難度手術=ブラック、ではなくなる可能性
- 環境整備に投資する病院が選別される
5. 都市部で「外来中心」は制度的に不利になりつつある
短冊の「外来医師過多区域に関する対応」では、都市部の医療機関に対し、地域で不足している医療機能への対応要請が明記されています。
この要請に応じない場合、
- 機能強化加算等が算定できない
- 一部の届出が制限される
といった診療報酬上の取り扱いが示されています。
これは主に開業医向けの制度ですが、都市部で勤務する医師が将来開業を考える際、「どこで」「どんな医療を提供するか」の戦略に直接影響します。都市部=安定という前提が、制度上崩れつつあります。
勤務医の見るべきポイント
- 都市部=安定、安心 とはならない
- 地域ニーズへの関与が評価軸になる
- 将来の開業・転職戦略にも影響する
まとめ|診療報酬は「国からのキャリアメッセージ」
令和8年度診療報酬改定を通して見えてくるのは、医師の働き方・配置・育成を”仕組みで誘導する”という明確な政策意図です。
不足診療科、労働時間管理、タスクシフト、地域医療。いずれも「点数の話」に見えますが、実際には勤務医のキャリア選択そのものに影響する設計になっています。
診療報酬を「他人事の制度」として読むか、「自分のキャリアを左右する政策文書」として読むか。
その差が、数年後の働き方を大きく分けることになりそうです。
・まず今日できること
あなたの診療科が「特定診療科」に該当するか、勤務先が地域医療体制確保加算を届け出ているか、確認してみてください。
補足
- 労働時間の年次ごとの詳細数値は、経過措置・制度移行により変動があるため、本稿では短冊上で一貫して確認できる数値のみを例示
- 記載内容は「令和8年度診療報酬改定 個別改定項目(短冊)」および中医協資料に基づく
【参考資料】
- 令和8年度診療報酬改定 個別改定項目について(短冊)
- 中医協資料 令和8年1月23日
監修

鎌形博展 株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
明治薬科大学薬学部製薬学科卒業後(生薬学研究室)、中外製薬株式会社名古屋支店MRを経て、北里大学医学部医学科に学士編入学。在学中には北米で睡眠医学の研究に従事(睡眠時無呼吸症候群)都立多摩総合医療センター 臨床研修医、東京医科大学病院救急災害医学分野後期研修医の後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科に進学し田中滋・中村洋に師事し、医療政策を学ぶ。卒後は脳画像解析AIを開発する東北大学発スタートアップ、デジタルPCRの感染症診断機器開発およびスタートアップの起業を東京大学大学院工学系研究科にて携わる。
2019年 内田内科医院を承継、2020年 医療法人社団季邦会を承継。2021年 街のクリニック日野・八王子を新規開業。2023年 東京都立川市を中心に在宅診療部を立上げ。2024年 高血圧といびきの内科・神保町駅前、街のクリニック大船こども院を新規開業。2026年 巣鴨クリニックを承継。
政策やキャリアに関する情報発信に意欲的に取り組んでいる。
株式会社ENを創業。医師×医療機関マッチングプラットフォーム Med-Pro Doctorsを開発し、多数の企業や医療機関、医師に対してコンサルティング業務を提供している。
遠隔心臓リハビリテーションアプリ開発のCate 営業戦略責任者
京セラ株式会社・株式会社Donuts(電子カルテCLIUS)・株式会社Mediencer(デジタルサイネージ・医療動画)など
専門科目 救急・地域医療
所属・資格
- 日本救急医学会
- 日本災害医学会所属
- 社会医学系専門医指導医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
- ICLSプロバイダー(救命救急対応)
- ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
- Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
- FCCSプロバイダー(集中治療対応)
- MCLSプロバイダー(多数傷病者対応)
メディア出演
- フジテレビ 『イット』『めざまし8』
- 共同通信
- メディカルジャパン など多数
SNSメディア
- Youtube Dr.鎌形の未来の医療ナビ https://www.youtube.com/@Dr.kamagata
- X(twitter) https://x.com/Hiro_MD_MBA
関連リンク
- 株式会社EN https://www.med-pro.jp/en/
- 医療法人社団季邦会 https://wellness.or.jp/kihokai/




