財務省が推進する医療制度改革と診療所経営への影響

親愛なる開業医の先生方へ。
社会保障制度、特に医療制度の改革議論が加速度を増しています。令和7年度の社会保障関係費は前年から5,600億円増加し38.3兆円に達し、このままでは制度の持続可能性に赤信号がともる状況です。
今回は、2025年4月にアップデートされた財務省の分科会の議事録を参考として、財政当局の視点も踏まえ、開業医にとって痛みを伴う可能性がある改革案の本質と、それに対する積極的な対応策について率直に掘り下げてみたいと思います。

未来を担う若手医師の先生にも対岸の火事ではありません。自分自身の未来やキャリアを考える上で、ぜひご一読ください。

2025年最新!診療所経営に迫る構造改革の波

皆さんが日々の診療に奮闘される中、診療所を取り巻く構造的な環境変化が急速に進行しています。特に注目すべきは、都市部における診療所の過剰状態です。近年の統計によれば、東京では2014年から2022年の間に診療所数が2,114施設も増加し、外来医療費も4,405億円(約32%)増加しました。この状況下で、診療所過剰地域から診療所不足地域への医療資源シフトを促す「地域別診療報酬」の導入が検討されています。

端的に言えば、診療所過剰地域における1点単価(10円)の引下げが視野に入っているのです。同時に「特定過剰サービス」に対する減算措置の導入も検討されており、これらが実現すれば都市部の診療所経営に直接的な影響を与えることになるでしょう。ただし、検討自体は以前からされており、今すぐというわけでもないし、具体的な施策を練る段階にはまだ至っていませんので、SNSの過剰反応に踊らされる必要はありません。

さらに、診療所経営に関わる重要な指摘として、医療経済実態調査によれば診療所の利益率は9.7%、財務省機動的調査では8.8%と、病院(2.8%)に比べて高い水準にあります。また、最新の厚生労働省データでは、無床診療所のみを経営する医療法人の利益率は8.6%で、中小企業の全産業平均3.6%を大きく上回っています。この数字は今後の診療報酬改定において、診療所に対する報酬の厳格化につながる可能性があることを示唆しています。

外来診療報酬2026年改定の焦点と対策

より具体的に、診療所経営に直接影響しうる改革案として、外来診療報酬の抜本的な見直しが検討されています。

まず、「機能強化加算」(80点)については、その廃止を含めた抜本的見直しが議論されています。初診患者に一律算定される現在の仕組みでは、「初診時におけるかかりつけ医機能の発揮」を適切に評価できていないという批判があるためです。

次に「外来管理加算」(52点)についても、再診料への包括化等が検討されています。同様に、「地域包括診療料・加算」と「認知症地域包括診療料・加算」についても、報酬体系の再構築が検討されています。これらの加算は本来、複数の慢性疾患を持つ患者への継続的・全人的な医療を評価するものですが、必要な体制整備が困難との理由で算定実績が低調であるため、より実効性のある報酬体系への見直しが求められています。

また生活習慣病管理料については、2024年度改定で既に一定の見直しが行われましたが、さらに踏み込んだ適正化が検討されています。例えば、血圧がコントロールされている高血圧症患者の診察頻度を1か月より長くするなど、診療ガイドラインに沿った形での報酬体系の見直しです。3か月に一度しか算定できないとなれば、医院としては長期処方やリフィル処方、オンライン診療を促す要因となりえるでしょう。

処方箋改革とリフィル処方普及戦略

処方関連の改革も診療所経営に大きな影響を与えるかもしれません。注目すべきは処方箋料(院外処方)と処方料(院内処方)の格差是正です。現在、処方箋料3(院外処方)は68円、処方料3(院内処方)は42円と大きな差があり、この格差是正は医薬分業政策の見直しにつながる可能性があります。

さらに、セルフケア・セルフメディケーションの推進として、OTC類似薬の保険給付範囲の見直しが論点となっています。保険外併用療養費制度を活用し、例えば「新たな選定療養」としてOTC類似薬のみ自己負担とする仕組みや、スウェーデンのように薬剤費の一定額までの全額患者自己負担制度の導入などが検討されています。

リフィル処方箋の普及も強力に推進されようとしています。現状ではリフィル処方箋の使用割合は0.07%と極めて低いですが、KPI設定や実績のリアルタイム把握、診療報酬上の加減算措置などを通じて、普及を促進する方針が示されています。特に、長期間状態が安定している生活習慣病患者に対しては、リフィル処方とかかりつけ薬剤師による服薬状況確認の組み合わせによる通院負担軽減が想定されています。

開業医経営強化!保険外サービス拡大と予防医療への挑戦

このような厳しい改革の方向性の中で、診療所経営をどう守り、発展させていくべきでしょうか。一つの鍵は保険外サービスの積極的な導入と医療と介護の連携強化にあります。

介護保険事業者が保険内外サービスを柔軟に組み合わせて提供することの有用性が認識されつつあり、自治体のローカルルールの見直しも進められています。例えば、通所介護サービスの提供時間中に個人の希望する外出先への同行や、訪問介護の提供後にペットの世話や同居家族のための買い物サービスを提供するなど、保険内外の組み合わせによる柔軟なサービス提供が模索されています。

また、従来ケアマネジャーがシャドウワークで担ってきた業務を保険外サービスに位置付けることで、収入増や専門職の負担軽減が可能になります。このような動きは、診療所が地域包括ケアの中心となる上で重要な示唆を与えています。

予防・健康増進領域への積極的な展開も視野に入れるべきでしょう。特に生活習慣病の重症化予防や早期介入は、将来的な医療費適正化につながるだけでなく、診療所の新たな価値創出にもつながります。保険者と連携した特定健診・特定保健指導の強化や、企業の健康経営支援なども有望な分野です。

既存の高収益分野への投資や、オンライン診療、インバウンド・アウトバウンドなどのターゲットもあるでしょう。

開業医主導の地域医療改革で生き残る戦略

改革の波に対して受け身になるのではなく、むしろ開業医自身が地域医療改革を主導する姿勢が求められています。具体的には以下のような取り組みが考えられます。

第一に、地域フォーミュラリの積極的な推進です。「有効性・安全性・経済性」等を踏まえ、優先的に選択すべき医薬品のリストを地域の医師・薬剤師が協働で作成することは、医療の質の向上と医療費適正化の両立に貢献します。酒田市や八尾市などの先行事例では、地域医療連携推進法人や医師会・薬剤師会が中心となって取り組みが進められています。

第二に、地域の診療所間でのネットワーク化や機能分担の促進です。個々の診療所が全ての機能を担うのではなく、得意分野に特化し相互に紹介し合う体制を構築することで、効率的かつ質の高い医療提供が可能になります。

第三に、データを活用した予防医療の強化です。レセプトデータやHealthビッグデータを活用した疾病予測や重症化予防への取り組みは、将来的な医療の姿を先取りするものであり、診療所の新たな価値創出につながります。

医療戦国時代に生き残る医師・診療所になる!

確かに、今後の医療制度改革は開業医にとって逆風となる側面があることは否めません。しかし、この変化を自己変革と新たな価値創造の機会と捉えることもできます。

医療提供の効率化と質の向上は相反するものではなく、むしろ適切な効率化によって本当に必要な患者により質の高い医療を提供することが可能になります。地域の患者を「治し、支える」かかりつけ医としての本来の役割を再認識し、時代に即した診療スタイルへの転換を図りましょう。

財政当局の視点からは、限られた財源の中で持続可能な医療制度を構築することが至上命題です。しかし医療の本質は、患者一人ひとりの健康と生活の質の向上にあります。この本質を大切にしながら、地域医療の最前線に立つ開業医自らが改革の担い手となることこそが、この難局を乗り越える鍵となるのではないでしょうか。

制度改革の波を受け身で迎えるのではなく、自ら波を起こす存在となる—そんな志を持った開業医の先生方だけが生き残る。そんな戦国時代になるかもしれません。読者の先生たちが、これからの日本の医療を支える中核となることを期待しています。

2025/04/25
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医指導医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開。

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