クリニック開業において、物件選びは成功と失敗を分ける最も重要な要素の一つです。物件はクリニックの「顔」となり、患者様の第一印象を決定づけるだけでなく、立地条件によって集患力や経営の安定性も大きく左右されます。MBAホルダーの開業医として複数のクリニック経営に携わった経験から、後悔のない物件選びのポイントを詳しく解説します。
適切な物件選択は、患者満足度の向上、スタッフのモチベーション維持、そして長期的な経営安定性の確保に直結します。一方で、物件選択を誤ると、集患困難、経営圧迫、スタッフ離職といった深刻な問題が発生し、クリニック経営全体に悪影響を及ぼします。本記事では、これらのリスクを回避し、成功への基盤となる物件を見つけるための体系的なアプローチをご紹介します。
物件選びがクリニック経営に与える決定的影響
物件選択の重要性と経営への影響
クリニックの物件は、単なる診療空間を超えて、ブランディングとマーケティングの重要な要素として機能します。患者様は物件の外観、立地、アクセス性から、そのクリニックの質や信頼性を無意識に判断します。また、スタッフにとっても働きやすい環境は、モチベーション向上と離職率低下に直結し、結果として診療の質向上につながります。
立地条件は集患力に最も大きな影響を与える要素です。駅からの距離、主要道路からの視認性、周辺の商業施設や住宅密度などが、潜在的な患者数と実際の来院率を決定します。特に開業初期においては、自然な通りがかりの患者獲得が重要であり、立地の良し悪しが開業の成否を左右することも少なくありません。
経営面では、賃料や初期改装費用が月次損益に大きく影響します。売上に対する賃料比率は一般的に10-15%以下が理想とされており、この範囲を超える物件では経営が圧迫される可能性があります。また、将来的な拡張可能性や設備投資の余地も考慮し、長期的な視点での物件評価が必要です。
物件選択失敗がもたらすリスク
物件選択の失敗は、多方面にわたって深刻な影響を及ぼします。集患面では、アクセスの悪い立地や視認性の低い物件では、どれだけ優れた医療を提供しても患者様に認知してもらうことが困難になります。特に新規開業の場合、口コミや紹介患者が少ない初期段階では、立地による自然集患が極めて重要です。
経営面では、高すぎる賃料や不適切な広さの物件選択により、開業初期から資金繰りが圧迫される可能性があります。また、将来的な患者数増加に対応できない狭い物件では、機会損失が発生し、収益機会を逸することになります。逆に過度に広い物件では、無駄な賃料負担が経営を圧迫します。
人材面では、通勤に不便な立地や働きにくい環境の物件では、優秀なスタッフの採用が困難になるだけでなく、既存スタッフの離職率も高くなります。医療業界での人材不足が深刻化する中、人材確保の観点からも物件選択は重要な戦略的判断となります。
物件探し前の戦略的準備
クリニックコンセプトの明確化
効果的な物件選びのためには、まず自院のコンセプトを明確に定義することが不可欠です。診療科目、ターゲット患者層、診療方針、院内雰囲気など、クリニックの特色を具体的に描くことで、適切な物件の条件が明確になります。例えば、小児科であれば親子が来院しやすい広い待合室と駐車場が必要ですし、美容皮膚科であればプライバシーに配慮した立地と内装が重要になります。
ターゲット患者層の分析も重要な要素です。高齢者をメインターゲットとする場合は、バリアフリー対応、駅やバス停からの近さ、エレベーターの有無などが重要な選択基準となります。働く世代をターゲットとする場合は、夜間診療に対応できる立地条件や、平日夜間・土日診療での集患を考慮した物件選択が必要です。
診療規模の想定も物件選択に大きく影響します。1日の予想患者数、スタッフ数、導入予定の医療機器などを具体的に想定し、必要な面積を算出します。将来の拡張可能性も考慮し、開業時は最小限の規模からスタートしつつ、成長に応じて拡張できる物件や近隣物件の確保可能性も評価します。
予算設定と資金計画
物件にかかる費用は、賃料だけでなく敷金・礼金、仲介手数料、改装工事費、設備投資費など多岐にわたります。これらの総額を事前に算出し、開業資金全体に占める物件関連費用の比率を適切に設定することが重要です。一般的に、賃料の月額は想定月商の10-15%以下に抑えることが経営安定の目安とされています。
初期費用の内訳も詳細に検討する必要があります。敷金は一般的に賃料の6-12ヶ月分、礼金は0-3ヶ月分、仲介手数料は賃料の1ヶ月分程度が相場です。改装工事費は坪単価30-80万円程度が一般的ですが、内科系と外科系、診療科目や導入設備により大きく変動します。また2025年現在高騰が続いており、坪80万円程度は見込んでおくと良いでしょう。
資金調達計画との整合性も重要です。日本政策金融公庫からの借入、銀行融資、自己資金の配分を考慮し、物件取得と改装に必要な資金を確実に調達できる範囲で物件を選択する必要があります。また、開業後の運転資金も考慮し、過度な初期投資により資金ショートが発生しないよう注意が必要です。
立地条件の詳細評価方法
アクセス性の多角的評価
立地条件の評価において、アクセス性は最も重要な要素の一つです。最寄り駅からの距離と徒歩時間、バス停の位置と運行本数、主要幹線道路からの距離とアクセス経路を詳細に調査します。特に高齢者をターゲットとするクリニックでは、公共交通機関の利便性が集患に大きく影響するため、綿密な調査が必要です。
自動車でのアクセス性も重要な評価項目です。駐車場の確保可能性、駐車台数、駐車料金、周辺道路の交通状況、渋滞の発生頻度などを調査します。郊外型のクリニックでは特に駐車場の重要性が高く、患者0.5-1人に1台程度の駐車スペース確保が理想的とされています。院内に患者が10人滞留する場合は5-10台
徒歩・自転車でのアクセス性も見落とせません。歩道の整備状況、自転車駐輪場の有無、周辺住宅地からの距離と経路の安全性などを評価します。特に小児科や内科では、近隣住民の日常的な利用が期待できるため、生活圏内でのアクセス性が重要になります。
視認性と周辺環境の分析
クリニックの視認性は、自然集患に直接影響する重要な要素です。主要道路からの見えやすさ、看板設置の可能性と規制、建物の外観と周囲との調和などを詳細に評価します。特に開業初期では、通りがかりの患者獲得が重要であり、視認性の高い立地は大きなアドバンテージとなります。
周辺環境の分析では、商業施設、教育施設、公共施設、住宅地の分布と密度を調査します。ショッピングセンターや駅前商業施設の近隣は人の流れが多く、ついでの来院が期待できます。学校や保育園の近隣は小児科にとって有利ですし、オフィス街の近隣は内科や心療内科にとって有利な立地となります。
競合医療機関の分布も重要な分析対象です。同一診療科の競合クリニックとの距離、それぞれの特色や評判、診療時間帯の違いなどを詳細に調査し、差別化の可能性を評価します。適度な競合は医療ニーズの存在を示す指標でもあるため、競合の多さよりも差別化の可能性に注目することが重要です。
物件条件の詳細評価
面積と間取りの最適化
クリニックに必要な面積は、診療科目と想定患者数により大きく異なります。一般的な内科クリニックでは、1日50-80人の患者に対して40-60坪程度が標準的です。都市部の場合はもう少し小さいテナントが多いです。待合室は患者一人当たり1.5-2.0㎡、診察室は15-20㎡程度が目安となります。検査室や処置室の必要性も診療科目により異なるため、具体的な診療フローを想定した面積計算が必要です。
間取りの評価では、患者動線とスタッフ動線の分離、プライバシーの確保、効率的な診療フローの実現可能性を重視します。受付から診察室、検査室、処置室への移動が円滑に行える配置であること、患者同士のプライバシーが適切に保護されること、スタッフが効率的に業務を行える配置であることが重要な評価基準となります。
将来の拡張可能性も重要な検討事項です。開業時は最小限の規模でスタートし、患者数の増加に応じて診察室や検査室を増設できる余地があるか、隣接区画の利用可能性はあるかなどを評価します。また、医療機器の搬入・搬出を考慮した通路幅や天井高、床荷重の確認も必要です。
建物条件と設備の評価
建物の築年数と構造は、改装費用と将来の維持費用に大きく影響します。築浅の物件は改装費用を抑えられる一方で賃料が高く、築古の物件は賃料が安い一方で改装費用がかさむ傾向があります。建物の構造(鉄筋コンクリート、鉄骨、木造)により、医療機器の設置制限や防音性能が異なるため、診療科目に応じた適切な選択が必要です。
電気設備の容量は、医療機器の導入において重要な制約要因となります。CTやMRIなどの大型機器導入を予定している場合は、必要な電力容量と工事の可能性を事前に確認する必要があります。上下水道の配管状況、ガスの供給状況、空調設備の容量なども、改装工事費用に大きく影響するため詳細な調査が必要です。
バリアフリー対応の状況も重要な評価項目です。入口のスロープ、エレベーターの有無、段差の解消、手すりの設置状況、車椅子対応トイレの設置可能性などを確認します。高齢化社会の進展により、バリアフリー対応はすべての診療科において重要性が増しており、改装で対応できない場合は大きなデメリットとなります。
賃貸条件と契約内容の精査
賃料以外の費用項目も詳細に確認する必要があります。共益費、管理費、駐車場使用料、看板設置料など、月々発生する費用の総額を正確に把握します。また、定期的な設備メンテナンス費用、修繕費用の負担区分も確認し、予想外の出費が発生しないよう注意が必要です。
契約期間と更新条件も重要な検討事項です。医療機関は一般的に長期安定的な賃貸が前提となるため、定期借家契約よりも普通借家契約が望ましく、更新料や更新時の賃料改定条件についても事前に確認が必要です。また、中途解約条件や違約金についても、将来の事業環境変化に備えて詳細に確認しておきます。
敷金・保証金の条件も資金計画に大きく影響します。敷金の償却条件、保証金の返還条件、原状回復の範囲と費用負担について明確に確認し、退去時のリスクを事前に把握しておくことが重要です。特に医療機関の場合、一般的なオフィステナントよりも原状回復費用が高額になる可能性があるため、詳細な協議が必要です。
不動産業者との効果的交渉術
医療機関の特殊性をアピールした交渉戦略
医療機関は一般的なテナントと比較して長期安定的な賃貸が期待できる優良顧客であることをアピールすることが重要です。医師の社会的信用度の高さ、安定した収益性、地域貢献性などを強調し、貸主にとってメリットの大きいテナントであることを訴求します。
また、医療機関特有のニーズを明確に伝えることで、適切な物件紹介を受けやすくなります。バリアフリー対応の必要性、医療機器設置のための電気容量や床荷重の要件、患者プライバシー確保のための間取り要件など、一般的なオフィステナントとは異なる特殊要件を詳細に説明します。
地域医療への貢献という観点からのアピールも効果的です。地域住民の健康維持・向上への貢献、雇用創出効果、地域活性化への寄与などを強調することで、貸主や地域関係者からの理解と協力を得やすくなります。
条件交渉の具体的手法
賃料交渉では、市場相場の詳細な調査結果を基に、客観的なデータを示しながら交渉を進めます。周辺類似物件の賃料水準、空室率、成約事例などを収集し、提示された賃料の妥当性を評価します。医療機関の長期安定性や地域貢献性を考慮した賃料減額の根拠を論理的に説明します。
初期費用の軽減についても積極的に交渉します。敷金の減額や分割払い、礼金の免除、仲介手数料の割引など、開業初期の資金負担を軽減できる条件を提案します。特に新築物件や長期空室物件では、貸主側も早期成約を重視するため、交渉の余地が大きくなります。
改装工事に関する条件交渉も重要です。内装工事費の一部負担、設備投資の協力、原状回復範囲の限定など、改装に関わる費用負担の軽減を交渉します。特に築古物件の場合、設備更新の必要性を指摘し、貸主負担での改修を提案することも可能です。
契約時の重要チェックポイント
契約書の詳細検証
賃貸借契約書の内容は、将来のトラブル防止のために詳細に検証する必要があります。賃料の改定条件、更新料、更新時の条件変更可能性、中途解約条件、違約金などの重要条項について、具体的な条件と適用基準を明確に確認します。
使用目的の制限についても注意深く確認します。医療機関としての使用が明確に許可されているか、診療科目の制限はないか、将来的な診療科目変更や拡張の可能性は確保されているかなどを詳細に検討します。また、営業時間の制限、騒音に関する制約なども確認が必要です。
修繕・改装に関する条項も重要な確認事項です。借主負担での改装工事の範囲、貸主への事前承諾が必要な工事の基準、原状回復の詳細な範囲と基準などを明確に定義し、将来の紛争を防止します。特に医療機関の場合、感染対策やプライバシー保護のための特殊な改装が必要になることが多いため、詳細な協議が必要です。
リスク管理と保険対応
医療機関特有のリスクに対する契約上の対応策も重要です。医療廃棄物の処理、感染対策、医療機器による近隣への影響など、医療機関特有のリスクについて、責任の所在と対応方法を明確に定義します。
火災保険、賠償責任保険などの加入義務と補償範囲についても詳細に確認します。医療機関の場合、一般的なテナントよりも高額な設備を設置することが多いため、適切な保険金額の設定と補償範囲の確認が重要です。
近隣との関係についても契約書で言及することが望ましいです。医療機関の運営による近隣への影響、騒音やプライバシーに関する配慮、緊急時の対応方法などについて、事前に協議し、可能な範囲で契約書に盛り込むことで、将来のトラブルを防止できます。
まとめ:成功する物件選びの要点
クリニック開業における物件選びは、立地戦略、財務計画、リスク管理を統合した戦略的判断が必要です。コンセプトに基づいたターゲット患者層の分析、詳細な市場調査、競合分析を通じて、最適な立地条件を特定します。同時に、資金計画との整合性を保ちながら、将来の成長可能性も考慮した物件選択を行います。
物件探しから契約まで、専門知識を持った不動産業者や開業コンサルタントとの連携が成功の鍵となります。医療機関特有のニーズと制約を理解した専門家からのサポートを受けることで、効率的で効果的な物件選びが可能になります。
次回は「開業資金、どうしよう? – 資金調達の悩みを解決!」をテーマに、クリニック開業に必要な資金調達の具体的手法と成功のポイントについて詳しく解説していきます。
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2025/04/03
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開。