はじめに

肥満とそれに伴う罹患率・死亡率の増加は、ヒポクラテスの時代から2500年以上にわたって医学界で認識されてきた重要な問題です。現代において肥満は、BMI(Body Mass Index:体重kg÷身長m²)で定義され、過体重はBMI 25-29.9 kg/m²、肥満はBMI ≥30 kg/m²とされています。

近年、GLP-1受容体作動薬を中心とした高効果な抗肥満薬の登場により、肥満治療は大きな変革期を迎えています。今回は、成人肥満管理のアプローチについて詳しく解説します。

1. 減量の重要性 ― エビデンスから見た健康効果

肥満における減量の医学的意義は明確です。体重減少により、罹患率・死亡率の低下が示されており、生活の質改善にも直結します。

糖尿病発症予防

  • Diabetes Prevention Program (DPP):耐糖能異常を持つ対象において、強化されたライフスタイル介入は糖尿病発症を58%減少させました(NEJM 2002)。15年追跡でも効果は持続(Lancet Diabetes Endocrinol 2015)。

糖尿病寛解

  • DiRECT試験(Lancet 2018):プライマリケア主導の減量介入により、体重減少が平均10kgに達した患者の約50%で2型糖尿病が寛解

心血管リスク低下

  • 血圧(Horvath et al., Arch Intern Med 2008)、血中脂質(Douketis et al., Int J Obes 2005)、心血管イベント(Fisher et al., JAMA 2018; バリatric手術例で顕著)が改善。

総死亡率の低下

  • SOS試験(Swedish Obese Subjects Study, J Intern Med 2013):10〜20年追跡で、外科手術群は従来治療群に比べ全死亡率が29%低下
  • メタ解析(Poobalan et al., Obes Rev 2007)でも、意図的な減量は全原因死亡率の低下と関連。

生活の質改善

睡眠時無呼吸、尿失禁、非アルコール性脂肪性肝疾患、うつ症状の改善が報告。

2. 治療アプローチの基本戦略

治療目標の設定

肥満治療の目標は、肥満による合併症を予防・治療・改善し、生活の質を向上させることです。健康効果は体重の5%減少という比較的小さな減量でも報告されていますが、多くの患者は現在の体重から30%以上の減量を希望しており、これは減量手術なしには通常達成困難です。

生活習慣介入のみでは5-7%の体重減少が典型的ですが、維持が困難な場合が多いのが現実です。薬物療法試験では、薬物と行動介入を併用して5-10%の減量が「非常に良好な反応」とされ、10%を超える減量は「優秀な反応」とされています。

画期的なGLP-1ベース治療薬

近年注目されているのは、高効果なGLP-1(グルカゴン様ペプチド1)ベース治療薬です。チルゼパチドの試験では、1年間で平均20.9%の体重減少を達成し、57%の患者が20%以上の減量、3分の1以上の患者が25%以上の減量を達成しました。これは減量手術に匹敵する効果であり、今後さらに効果的な薬物療法の開発により、100ポンド(約45kg)以上の減量を希望する患者にとって減量手術の代替選択肢となる可能性があります。

3. 治療候補者の選定と評価

初期評価の重要性

すべての患者に対して定期健康診断でBMI測定によるスクリーニングを実施します。BMI 25-40 kg/m²の患者では、過剰な脂肪蓄積を確認するために追加の人体計測(腹囲測定など)を行います。

一般的に、BMI ≥25 kg/m²(アジア系では≥23 kg/m²)の患者が初期減量介入(食事療法・運動療法)の候補となります。より集中的な介入(薬物療法・手術)は、全般的な健康状態と肥満関連罹患率・死亡率のリスク因子、患者の目標と希望に基づいて個別化されます。

栄養状態の事前評価

減量治療開始前には、患者のベースライン栄養状態の評価が重要です。肥満患者でも栄養素欠乏を併発している場合や、減量中にそのリスクが高まる場合があります。この評価は、減量手術や高効果抗肥満薬(セマグルチドやチルゼパチドなど)を検討している患者、制限食を行っている患者、極低カロリー食を計画している患者で特に重要です。

4. 包括的生活習慣介入:治療の基盤

初期治療としての生活習慣介入

減量の恩恵を受けるすべての患者に対する初期管理は、包括的な生活習慣介入です。これは食事、運動、行動修正の組み合わせからなります。行動修正要素は食事・運動療法への遵守を促進し、食物摂取量、身体活動、体重の定期的な自己モニタリングを含みます。

DPPモデルの成功例

成功した包括的な生活習慣介入プログラムの一例がDPPです。DPP生活習慣介入の2つの主要目標は、低脂肪・低カロリー食による最低7%の体重減少と、週150分以上の運動(速歩など)でした。

この目標達成のために、行動的自己管理訓練、個別ケースマネージャー、グループ・個別セッション、個別化された遵守戦略、訓練・フィードバック・臨床サポートのネットワークなど、複数の行動的要素が活用されました。

食事療法のアプローチ

多くの種類の食事で適度な体重減少が得られます。バランス型低カロリー食、脂肪・炭水化物含量が可変のもの、地中海食などの選択肢があります。食事は従来通りの摂取方法でも、時間制限摂取(間欠的断食)でも可能です。

重要なのは、食事療法への遵守が減量の主要予測因子であることです。そのため、食事の大栄養素組成に焦点を当てるよりも、エネルギー摂取量をエネルギー消費量以下に減らす食事を個々の患者の好みに合わせて調整することが推奨されます。

どの食事を選択しても、減量中の筋肉量と骨密度維持のために、理想体重1kgあたり1-2gのタンパク質を毎日摂取することを推奨しています。

食事の種類よりもアドヒアランス(継続性)が予後を規定(Dansinger et al., JAMA 2005)

運動療法の役割

運動は減量促進における効果は食事制限より低いものの、エネルギー消費増加による身体活動は減量維持の強力な予測因子です。また、身体活動は活発な減量中の除脂肪量(筋肉など)の喪失を軽減できます。

体重増加防止と心血管健康改善のためには、週5-7日、1日約30分以上の身体活動が必要です。有酸素運動と抵抗運動を含む多成分プログラムが望ましく、既存の疾患、年齢、運動タイプの好みをすべて考慮する必要があります。

体重減少の主因ではないが、リバウンド予防と筋肉量保持に寄与(Villareal et al., NEJM 2017)

行動修正の重要性

行動修正または行動療法は肥満治療の要です。行動療法の目標は、食物摂取の修正・監視、身体活動の修正、摂食を誘発する環境中の手がかりや刺激の制御により、患者が食行動の長期的変化を起こすことを支援することです。

DPPやLook AHEAD試験では、行動修正を取り入れることで減量効果が持続

5. 薬物療法:新時代の抗肥満治療

薬物療法の適応

薬物療法は、BMI >30 kg/m²、BMI 27-29.9 kg/m²で体重関連併存疾患がある患者、または体重関連併存疾患を伴う中心性肥満(腹囲増大など)の患者で、包括的生活習慣介入で減量目標(3-6か月で全体重の少なくとも5%減少)が達成されない場合に考慮されます。日本ではBMI ≥35 kg/m²、BMI ≥27 kg/m²で複数の併存疾患がある場合などの基準となります。

推奨される薬物選択

多くの患者にとって、GLP-1ベース薬物のチルゼパチドとセマグルチドが最も効果的な減量効果があるため推奨されます。代替選択肢には、他のGLP-1受容体作動薬(リラグルチドなど)、フェンテルミン・トピラマート配合剤、ナルトレキソン・ブプロピオン配合剤、オルリスタット、フェンテルミン単剤があります。

セマグルチド:STEP試験(NEJM 2021)で68週後に平均14.9%減量

チルゼパチド:SURMOUNT-1試験(NEJM 2022)で20.9%の減量を達成、外科手術に迫る効果。

薬物療法開始前には、薬物中止により通常体重増加が起こるため、薬物は長期間服用することを患者に説明することが重要です。

現在の体重増加誘発薬剤の見直し

初期管理では、体重増加を引き起こす可能性のある患者の現在の薬剤を見直すことも含まれます。可能であれば、体重増加を促進する薬剤を減量作用があるか体重中性の類似薬剤に変更します。この調整だけで、特定の抗肥満薬物療法の必要性がなくなる場合もあります。

6. 医療機器による治療選択肢

胃内バルーンシステム

胃内バルーンシステムでは、生理食塩水充填バルーンを胃内に設置してスペースを占有し、満腹感を生じさせます。BMI 30-40 kg/m²で1つ以上の肥満関連併存疾患を有する成人患者、または食事・運動のみでは減量に失敗した肥満成人患者での食事・運動と併用した減量に適応があります。

臨床試験データに基づくと、胃内バルーンシステムは約6-15%の体重減少を誘導します。バルーン除去後には体重回復が起こります。

内視鏡的減量手術

内視鏡的減量手術には胃内バルーン設置に加えて、内視鏡的スリーブ胃形成術(縫合器具を使用してスリーブ胃切除術に類似した管状形態を作成する手技)があります。スリーブ胃形成術は術後12か月で平均13-20%の体重減少をもたらします。

7. 減量手術:最も効果的な長期治療選択肢

手術適応

減量手術の候補者は、日本の場合は6か月の内科的治療を行っても十分な効果が得られない、BMI ≥35 kg/m²の成人。または6か月の内科的治療を行っても十分な効果が得られない、BMI 32-34.9 kg/m²で、糖尿病でHbA1c 8.0以上(NGSPの値)、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、非アルコール性脂肪肝炎を含めた非アルコール性脂肪肝疾患のうち2つ以上を合併する成人です。人種間でBMI基準が異なる可能性があるという証拠もあります。

手術効果と長期成績

様々な外科的アプローチが肥満治療に用いられており、術後12-18か月で最大40%の体重減少を達成でき、非外科的アプローチよりも優れた長期体重減少維持が可能です。

Swedish Obese Subjects(SOS)研究では、10-20年の追跡調査で、減量手術を受けた患者は従来治療群と比較して、肥満関連罹患率(糖尿病、高血圧、脂質異常症)と全死亡率がより大きく減少しました(ハザード比0.71、95% CI 0.54-0.92)。

最近の傾向マッチコホート研究では、代謝減量手術を受けた2161人の2型糖尿病・重度肥満患者を、GLP-1受容体作動薬(81.7%がリラグルチド)で治療された類似の非手術患者2161人と比較したところ、研究期間中、手術患者の方が主要心血管有害事象や全死因死亡が少なかったことが示されています。

内視鏡的スリーブ胃形成(低侵襲でコスト効果に優れる可能性あり, JAMA Netw Open 2024)

8. 減量の維持:最大の課題への対策

体重再増加の現実

体重再増加は肥満患者治療における共通の問題であり、この疾患の慢性性を浮き彫りにしています。減量維持に成功する可能性が高い特徴には、頻繁な自己体重測定、より大きな初期減量(4週間で2kg以上)、減量プログラムへの頻繁かつ定期的な出席、体重をコントロールできるという信念、低カロリー(1400kcal/日など)低脂肪食の摂取、定期的な身体活動(平均1日1時間)、生活習慣介入プログラムへの参加があります。

生理学的メカニズムの理解

身体は脂肪組織量の「セットポイント」を持っているように見え、減量後には体重を高いレベルに再確立するための代償調節ホルモンを分泌します。加えて、減量自体による代謝率の低下が減量維持の困難さに寄与しています。

これらの代謝効果に対抗するには、体重回復防止のためのより高いレベルの身体活動(中等度強度の身体活動を週約300分)が必要です。抵抗運動訓練と、高齢者では高タンパク食も、これらの代謝効果に対抗する可能性があります。

ホルモン変化(グレリン増加、レプチン低下)により食欲が亢進(Sumithran et al., NEJM 2011)。

エネルギー消費低下もリバウンド要因(Leibel et al., NEJM 1995)

長期管理戦略

生活習慣修正戦略は長期体重管理計画の基礎であり続けますが、肥満の効果的治療が個人の「意志力」だけの問題であると仮定する戦略は、身体がセットポイントに戻る傾向のために繰り返し失敗につながる可能性があります。

身体の脂肪組織セットポイントを変更する可能性のある減量手術と、抗肥満薬物療法の長期使用は、これらの基礎的な生理学的変化に対処するのに役立つ可能性があります。

9. 推奨しない治療法

脂肪吸引

脂肪吸引を長期減量戦略として推奨していません。生理食塩水注入後の脂肪の吸引除去は、脂肪量と体重の大幅な減少をもたらす可能性がありますが、インスリン感受性や冠動脈疾患の他の代謝リスク因子を改善しないことが示されています。

栄養補助食品

市販の栄養補助食品は減量を試みる個人によって広く使用されていますが、その効果と安全性を支持する証拠が限られているため、使用に反対しています。エフェドラ、緑茶、クロミウム、キトサン、ビタミンB12、グアーガムなどの例があります。

まとめ:個別化された包括的アプローチ

成人肥満管理は、患者の個別状況に応じた包括的で長期的なアプローチを必要とする複雑な課題です。まず包括的生活習慣介入(食事・運動・行動修正)から開始し、必要に応じて薬物療法、医療機器、最終的には減量手術を検討します。

特に注目すべきは、GLP-1ベース薬物の登場により肥満治療の選択肢が大幅に拡大したことです。これらの薬物は減量手術に匹敵する効果を示し、多くの患者にとって新たな希望となっています。

しかし、どの治療選択肢を選んでも、長期的な成功のためには継続的なサポート、定期的なモニタリング、患者教育、そして現実的な期待の設定が不可欠です。肥満は慢性疾患であり、短期的な「治療」ではなく、生涯にわたる管理が必要であることを患者と医療提供者の双方が理解することが重要です。

参考文献

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監修

鎌形博展 株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長

専門科目 救急・地域医療

所属・資格

  • 日本救急医学会
  • 日本災害医学会所属
  • 社会医学系専門医指導医
  • 日本医師会認定健康スポーツ医
  • 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
  • ICLSプロバイダー(救命救急対応)
  • ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
  • Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
  • FCCSプロバイダー(集中治療対応)
  • MCLSプロバイダー(多数傷病者対応)

研究実績

メディア出演

  • フジテレビ 『イット』『めざまし8』
  • 共同通信
  • メディカルジャパン など多数

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