直美の増加

「直美」というキャリアパス(研修医修了後、すぐに美容医療に進むこと)が急速に増加している背景には、日本の医師数および医療の専門分化の現状や日本経済の低迷・医療業界の先行きの不安等があります。そして若手医師が専門医研修を経ずに自由診療分野に進むケースが増加しているという実態があります。残念ながら、この「直美」の正確な人数に関する公的な統計データは存在しませんが、日本美容外科学会など複数の業界団体の調査や、美容医療専門の求人サイトの動向から、その増加傾向は明らかです。

この背景には、医師の働き方に対する価値観の変化が挙げられます。救急医療や外科系診療科の過酷な労働環境が敬遠される一方で、美容医療は高収入、柔軟な勤務時間、そして比較的「クリーン」な環境という、医師にとって魅力的な選択肢となっています。

美容医療は、メスを使う美容外科と、主に注射やレーザー治療を行う美容皮膚科に大別されます。美容皮膚科も全国的に拡がっており、手軽に始められる施術が多いという認識も拡がっている可能性が高いです。しかし、美容外科ではメスを使った本格的な手術が行われ、美容皮膚科でも注入剤などにより重篤な合併症リスクが伴います。

このような状況は、美容医療の市場拡大と医師の多様なキャリア志向が絡み合った結果と言えますが、その一方で、医学的知識や技術の裏付けが不十分な医師が市場に参入することで、患者の安全を脅かすリスクが高まっていることも事実です。私も救命救急センター勤務時代には、美容施術後の心肺停止の対応なども何度も行ってきました。

政策の視点から見た課題と解決策

「直美」という現象は、日本の医療提供体制に大きな課題を突きつけています。

「直美」の課題

  • 公的医療の担い手不足: 医師のキャリア志向が自由診療へ傾くことで、救急や地域医療など、社会にとって不可欠な分野の担い手が減少する可能性があります。これは、公的な医療システムを持続不可能にするリスクをはらんでいます。
  • 医療の質の担保: 専門医制度を無視した医師の増加は、美容医療の安全性や効果に対する国民の不信感を招きかねません。患者が医師のスキルを判断する明確な基準がないため、トラブルが発生しやすい状況を生み出します。

政策的解決策

  • 伝統的キャリアの魅力向上: 医師の働き方改革をさらに推進し、専門医研修中の労働環境や待遇を改善することが不可欠です。若手医師が「直美」という選択肢を魅力的に感じなくなるような、根本的な対策が求められます。
  • 美容医療の規制強化: 医師のスキルを公的に証明する「美容医療専門医」のような第三者認証制度の導入を検討すべきです。これにより、医師の技術レベルを可視化し、患者が安心して医療機関を選べるようにします。

個人のキャリアにおける「直美」の功罪

若手医師の皆さんへ。あなたのキャリアを左右する二つの道を比較してみましょう。

「直美」の道専門医取得後の道
メリット経済的メリット: 早期に高い収入を得られる。
働き方の自由度: 夜間・休日の呼び出しが少なく、ワークライフバランスを確保しやすい。
専門性: 形成外科・皮膚科の体系的な知識と技術を習得できる。
信頼性: 専門医資格は患者や同業者からの信頼の証となり、技術を正当に評価される。
キャリアの柔軟性: 美容医療が合わなかった場合でも、保険診療に戻りやすい。
デメリット医学的知識の不足や危機管理能力の欠如: 美容医療の合併症や、他の病態を見逃すリスクがある。
キャリアの不安定性: 専門医資格がないため、もし美容医療分野で働けなくなった場合、キャリアの選択肢が狭まる。
社会的評価: 専門医を軽視していると見なされ、同業者からの評価が得にくい。
長期間の修行: 数年にわたる激務な専攻医期間を過ごす必要がある。
収入の遅れ: 早期に高収入を得る機会を逃す。
非臨床スキルの必要性: 経営やマーケティングなど、美容医療で成功するための非臨床的スキルは別途習得する必要がある。

「直美」という名の誘惑、あなたは安易な道を選びますか?

若手医師の皆さん、研修医を終え、未来のキャリアを考えるとき、聞こえてくる甘い誘惑があります。「直美」という名の、美容医療への近道です。

「専門医なんか要らないよ、美容は稼げるし楽だよ」

そう囁く声は、多忙な研修生活に疲れた心に響くかもしれません。しかし、その声に耳を傾ける前に、もう一度考えてみませんか。

「直美」は、簡単な道ではない。

確かに、すぐに高い収入を得られるかもしれません。しかし、その代償として、あなたは医師としての最も重要な「基礎体力」を犠牲にしていないでしょうか?形成外科や皮膚科の専門医研修で得られる、体系的な知識や様々な症例への対応力は、お金には変えられないあなたの武器です。

あなたが将来、患者さんから「先生に任せれば安心だ」と言われる医師になりたいのなら、その信頼は「専門医」という看板によって裏付けることができます。

本気で美容に進むのならば、専門医取得後だ。

数年間、苦労して専門医の資格を取った後のキャリアは、まさに無敵です。あなたは、患者さんの命を守る力と、美容を通じて喜びを与える力、その両方を手に入れることができます。もし美容医療が合わなければ、専門医として再び保険診療の世界に戻ることも可能です。これは、安易な「直美」の道を選んだ医師にはない、圧倒的な強みです。

安易な道は、あなたの未来を狭めます。少し遠回りでも、専門医という看板を掲げ、自信を持って「私の美容医療は、安全です」と言える医師を目指してほしい。

監修

鎌形博展 株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長

専門科目 救急・地域医療

所属・資格

  • 日本救急医学会
  • 日本災害医学会所属
  • 社会医学系専門医指導医
  • 日本医師会認定健康スポーツ医
  • 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
  • ICLSプロバイダー(救命救急対応)
  • ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
  • Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
  • FCCSプロバイダー(集中治療対応)
  • MCLSプロバイダー(多数傷病者対応)

研究実績

メディア出演

  • フジテレビ 『イット』『めざまし8』
  • 共同通信
  • メディカルジャパン など多数

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