【Part 1:クリティカルシンキング – 診断と治療に役立つ論理的思考法】

前回の記事では、クリティカルシンキングを妨げる要因の一つである「認知バイアス」について解説しました。今回は、クリティカルシンキングの基盤となる「論理的思考」を鍛えるための方法、そして、それを医療現場でどのように活用し、診断エラーや医療過誤を防止するかについて解説します。

論理的思考とは、「物事を体系的に捉え、筋道を立てて考える思考法」のことです。論理的思考を身につけることで、複雑な問題を整理し、最適な解決策を見つけることができます。これは、医療現場において、正確な診断と適切な治療法の選択に不可欠な能力です。

論理的思考の基本は、以下の3つの要素で構成されます。

  1. 演繹法: 一般的な法則や前提から、具体的な結論を導き出す思考法
  2. 帰納法: 個々の事例や観察結果から、一般的な法則や結論を導き出す思考法
  3. アブダクション: 観察された事実に基づいて、最も可能性の高い仮説を立てる思考法

これらの思考法を組み合わせることで、様々な問題を論理的に解決することができます。

問題解決に役立つフレームワーク(MECE、ロジックツリーなど)を紹介

論理的思考を実践するための便利なツールとして、様々なフレームワークがあります。ここでは、医療現場で特に役立つフレームワークを紹介します。

  1. MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:相互に排他的かつ網羅的)
    MECEとは、「物事を漏れなく、重複なく、全体を捉える」ためのフレームワークです。
    例えば、患者さんの症状をMECEに分類すると、以下のようになります。
    全身症状: 発熱、倦怠感、食欲不振、体重減少、リンパ節腫脹
    呼吸器症状: 咳、痰、呼吸困難、胸痛、喘鳴
    循環器症状: 胸痛、動悸、浮腫、失神
    消化器症状: 腹痛、下痢、嘔吐、便秘、吐血、下血
    神経症状: 頭痛、麻痺、痙攣、意識障害、感覚障害
    運動器症状: 関節痛、筋肉痛、運動制限
    皮膚症状: 発疹、掻痒感、腫脹

    MECEを活用することで、症状の抜け漏れを防ぎ、網羅的に評価することができます。
  2.  ロジックツリー
    ロジックツリーとは、「問題をツリー状に分解し、原因や解決策を階層的に整理する」ためのフレームワークです。
    例えば、「発熱の原因を特定する」という問題をロジックツリーで分解すると、以下のようになります。
    発熱
     ◦感染症
      ▪細菌感染症
      ・グラム陽性菌感染症
      ・グラム陰性菌感染症
      ・抗酸菌感染症
      ▪ウイルス感染症
      ・真菌感染症
      ・寄生虫感染症
     ◦非感染症
      ▪炎症性疾患
      ・関節リウマチ
      ・膠原病
      ・血管炎
      ▪自己免疫疾患
      ▪腫瘍
      ▪薬剤熱
      ▪その他

ロジックツリーを活用することで、問題の原因を体系的に整理し、効率的に解決策を見つけることができます。

問題解決プロセス

問題解決プロセスとは、「問題を定義し、分析し、解決策を実行し、評価する」ためのフレームワークです。
問題解決プロセスは、以下の5つの段階で構成されます。

  1. 問題定義: 解決すべき問題を明確にする(例:患者さんの待ち時間短縮)
  2. 問題分析: 問題の原因や背景を分析する(例:受付の混雑、診察室の待ち時間、検査の待ち時間)
  3. 解決策策定: 複数の解決策を検討し、最適な解決策を選択する(例:オンライン受付システムの導入、診察予約システムの導入)
  4. 解決策実行: 選択した解決策を実行する(例:システム開発、スタッフ教育)
  5. 解決策評価: 解決策の効果を評価し、改善点があれば修正する(例:待ち時間短縮効果の測定、患者満足度調査)

問題解決プロセスを活用することで、問題を体系的に解決することができます。

論理的思考で診断エラー、医療過誤を防止する

論理的思考は、診断エラーや医療過誤を防止するためにも非常に有効です。

  • 常に「本当に?」「他に可能性はないか?」と自問自答する
    診断を確定する前に、常に「本当にこの診断で良いのか?」「他に可能性はないか?」と自問自答することで、安易な判断を防ぎ、診断エラーのリスクを減らすことができます。
  • 鑑別診断を徹底する
    考えられる疾患を漏れなくリストアップし、それぞれの疾患の可能性について、症状、検査結果、画像診断などを用いて論理的に検討することで、診断の精度を高めることができます。
  • 情報を整理し、優先順位をつける
    患者さんから得られる情報は膨大です。 情報を整理し、重要な情報とそうでない情報に優先順位をつけることで、見落としを防ぎ、的確な判断を下すことができます。
  • 客観的な視点を持つ
    自分の経験や先入観にとらわれず、客観的な視点で患者さんの状態を評価することが重要です。
  • 多職種と連携する
    他の医療従事者と情報を共有し、意見交換することで、多角的な視点から患者さんを診ることができます。 コミュニケーションを密にすることで、誤解や情報の抜け漏れを防ぎ、医療過誤のリスクを減らすことができます。

医療現場における問題解決事例を交え、フレームワークの活用方法を具体的に説明

事例1:発熱の原因特定
40歳代女性が発熱を主訴に来院しました。問診、身体診察の結果、感染症の可能性が高いと考えられました。ロジックツリーを用いて、発熱の原因を具体的に検討しました。

(上記ロジックツリー参照)

さらに、問診や検査結果から、インフルエンザが疑われました。迅速検査でインフルエンザA型陽性となり、インフルエンザと診断しました。

事例2:病院の待ち時間短縮
病院の待ち時間が長いことが問題となっていました。問題解決プロセスを用いて、待ち時間短縮のための対策を検討しました。

  1. 問題定義: 病院の待ち時間が長い
  2. 問題分析:
    ◦受付の混雑
    ◦診察室の待ち時間
    ◦検査の待ち時間
    ◦会計の待ち時間
    ◦患者さんの移動時間
  3. 解決策策定:
    ◦オンライン受付システムの導入
    ◦診察予約システムの導入
    ◦検査予約システムの導入
    ◦会計システムの改善
    ◦患者さん動線改善
  4. 解決策実行:
    ◦オンライン受付システムを導入
    ◦診察予約システムを導入
    ◦検査予約システムを導入
    ◦会計システムの改善
    ◦患者さん動線改善
  5. 解決策評価:
    ◦待ち時間が短縮されたか評価する
    ◦患者満足度調査を実施する
    ◦改善点があれば修正する

事例3:病棟の業務効率化
病棟の業務効率が悪いことが問題となっていました。MECEを用いて、業務内容を洗い出しました。

  • 病棟業務
    患者ケア:
     ▪服薬管理
     ▪点滴管理
     ▪食事介助
     ▪入浴介助
     ▪排泄介助
     ▪体位変換
     ▪褥瘡予防
     ▪バイタルサイン測定
     ▪記録
    事務作業:
     ▪カルテ整理
     ▪書類作成
     ▪電話対応
     ▪物品管理
    その他:
     ▪カンファレンス
     ▪委員会活動
     ▪勉強会

これらの業務を分析した結果、記録作業に時間がかかっていることが分かりました。そこで、電子カルテ導入を検討し、導入後の業務効率を評価しました。

まとめ

今回は、論理的思考を鍛えるための方法と、問題解決に役立つフレームワーク、そして論理的思考を活用した診断エラー、医療過誤の防止について解説しました。論理的思考は、複雑な問題を整理し、最適な解決策を見つけるために、医師にとって必須のスキルです。

フレームワークを活用することで、論理的思考を効率的に実践することができます。ぜひ、今回紹介したフレームワークを、日々の診療や病院経営に役立ててください。

次回は、Part 2「経営戦略論 – 医療現場で活かす戦略的思考」の第1回として、「医療における経営戦略 – 病院経営の基礎知識」について解説します。

【論理的思考を鍛えるための日々のトレーニング】
  • 日々の診療で、常に「なぜ?」「本当に?」という問いを持つ
  • 他の医師とのディスカッションやカンファレンスで、論理的な思考を意識する
  • 論文を読む際に、著者の論理展開を批判的に評価する
  • 問題解決に関する書籍やセミナーに参加する
  • 日常生活においても、論理的に考えることを心がける
    ◦例えば、新聞記事やニュース番組を見るとき、その内容を批判的に評価する
    ◦友人や家族との会話の中で、相手の意見を論理的に分析する
  • 論理パズルやクイズに挑戦する
    ◦論理パズルやクイズは、論理的思考を鍛えるための良いトレーニングになります
    ◦インターネットや書籍で、様々な論理パズルやクイズを探してみましょう
  • 自分の考えを文章で表現する練習をする
    ◦ブログ記事を書いたり、レポートを作成したりすることで、自分の考えを論理的に整理する練習になります
    ◦書いた文章を読み返し、改善点を探すことも重要です

【参考文献】

  • 思考の整理学 (ちくま文庫)
  • 問題解決プロフェッショナル「思考と技術」齋藤嘉則による本
  • 論理思考の技法
  • 厚生労働省 医療安全対策について
  • How Doctors Think (Jerome Groopman)

2025/04/04
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開

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