自己紹介
皆様、こんにちは。聖路加国際病院の藤川と申します。
私はもともと厚生労働省にて、医師の働き方改革に関する政策立案を担当しておりました。
その後、厚生労働省を退職し、現在は聖路加国際病院の臨床医として現場での診療に従事しております。
政策策定の立場から、そして現場の医師として、働き方改革をどのように捉え、今後どのように発展させていくべきかをお話ししたいと思います。
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医師の働き方改革とは?
近年、「働き方改革」という言葉が日常的に使われるようになりました。しかし、「働き方改革=長時間労働の是正」と誤解されがちです。実際には、「働く人が健康に働き続けられる環境を整備すること」が本質です。日本の生産年齢人口(15〜64歳)は年々減少しており、特に医療・介護分野の労働力不足が深刻化しています。一方で、85歳以上の高齢者人口は2040年頃まで増加し続けると予測されています。
つまり、「患者数の増加」と「医療従事者の減少」が同時に進行しているのです。この状況の中で、医師が健康に働き続けられる環境を整え、持続可能な医療体制を構築することが求められています。
なぜ医師の働き方改革が必要なのか?
働き方改革に対して、「労働時間を短縮すると患者の診療時間が減り、医療の質が低下するのではないか」と懸念する声もあります。しかし、医学的に見ても、長時間労働は心血管疾患(心筋梗塞、脳卒中)、精神疾患(うつ病)などのリスクを高めることが知られています。医師自身が健康でなければ、質の高い医療を提供することはできません。
また、医師の過労による判断ミスや医療事故のリスクも無視できません。日本の医療は、これまで医師の長時間労働に依存して維持されてきた側面があります。
例えば、民間病院の心臓血管外科では、一日中働き続ける医師がいるのが現実です。
しかし、このような労働環境が若手医師のキャリア選択に悪影響を及ぼしており、特定の診療科を敬遠する傾向が生じています。
医師の働き方改革の影響
1 医師の診療科選択への影響
日本全体の医師の総数は増加傾向にあります。
特に女性医師の割合が増加し、医学部医学科の入学者に占める女性の割合は**38.8%(令和4年度)**まで上昇しました。
しかし、診療科ごとの医師数の伸びを分析すると、外科や産婦人科、救急科などの診療科では医師数の増加が鈍化しています。
その主な理由として、ワークライフバランスの確保が難しいことが挙げられます。
近年では、美容医療への転向を希望する若手医師が増えており、厚生労働省の調査では美容外科に従事する医師数が2008年比で3倍以上に増加しています。
収入や労働環境の良さが、若手医師の診療科選択に影響を与えているのです。
2 タスク・シフト/シェアの推進
医師の負担軽減のために、「タスク・シフト/シェア」が推進されています。
これは、医師以外の医療従事者が業務の一部を担う仕組みです。
具体的な例として、
・特定行為研修を修了した看護師の活躍(2024年9月時点で1万人以上)
・診療放射線技師による造影剤投与の静脈路確保(一部病院で実施)
これにより、医師が本来の診療業務に集中できる環境が整いつつあります。
3 地域医療における課題
一方で、地方では医療従事者が不足しており、単純なタスク・シフトでは解決が難しい現実もあります。
そのため、IT・AI技術の活用や業務の標準化・オートメーション化が求められています。
国民の協力が不可欠
医師の働き方改革を成功させるには、患者・国民の理解と協力も重要です。
政府は「上手な医療のかかり方.jp」を通じて、以下の点を国民に呼びかけています。
・診療時間内の病状説明の推奨
・主治医以外の医師による診察の理解
・救急車の適正利用
・「かかりつけ医制度」の活用
特に、救急車の適正利用については、茨城県などで不要な救急搬送に対する費用徴収が始まるなど、全国的な取り組みが進んでいます。
おわりに
医師の働き方改革は、単なる労働時間の短縮ではなく、持続可能な医療提供体制の構築を目的としています。
・医師が健康に働き続けられる環境を整えること
・診療科ごとの労働環境の改善を進め、若手医師が希望する診療科を選択できる社会を作ること
・患者・国民の理解を得ながら、より良い医療を提供すること